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(C)Eriko Kawaguchi 2014-06-07
12月23日。土曜日ではあるが天皇誕生日で特進組の補習はお休みである。そしてこの日、Dawn River Kittens の音源製作をすることになった。制作したCDは谷津さんが紹介してくれた横浜レコードというインディーズレーベルから発売することになっている。孝子と鮎奈・蓮菜が学校側と交渉したのだが、メジャーレーベルからCDを出すのであれば歌手デビューということになるから「バイト」とみなさざるを得ない(特進組は本来バイト禁止で千里の巫女は例外的に認められたもの)が、インディーズからのリリースなら趣味の範囲と認めてくれたこともあった。
制作の指揮をするために、谷津さんの所属する∞∞プロの関連会社∴∴ミュージックという所の三島雪子さんという人が旭川までやってきてくれて、旭川市内の音響技術者さんと一緒に作業をしてくれるということだった。
蓮菜は三島さんの名前を知っていた。
「マリンシスタのマネージャーさんですよね?」
「あ、一時期してました。マリンシスタってメンバーもコロコロ変わっていたけどスタッフもコロコロ変わっていたんですよ」
三島さんはメンバーの名前を教えてくれということだったので、蓮菜が持っていたレポート用紙に全員名前を書いた。なりゆきで蓮菜自身が最初に名前を書いたのだが三島さんはその名前を見て
「へー。ことお・ほうらいさん?」
と読んじゃう。
「いえ、ほうらい(蓬莱)ではなく、れんな(蓮菜)です」
と言って、別の紙に《蓬莱》《蓮菜》と並べて書いて見せる。
三島さんはしばらくそれを見比べてから
「あ!違う字なんだ!」
と言った。
「連絡先はまた村山さんの携帯にすればいいかな?」
「あ、むしろ学校に連絡してもらった方がいいかもです」
と言って、学校の電話番号を書いておいた。
この日集まったのは、Dawn River Kittens のメンバー11人、前回のCD制作の実質的な指揮をしてくれた田代君、様子を見せてと言って押しかけてきた音楽コースの麻里愛、それに鮎奈の従姉妹で、東京に住んでいるもののたまたま旭川に住む父の家に来ていた月夜・美空という姉妹である。
月夜・美空姉妹の両親は離婚していて、普段は東京に住むお母さんの所で暮らしているのだが、時々旭川のお父さんの家を訪ねてくるのだという。
「へー。じゃ田代君たちのバンドもCD作ったの?」
「うん。取り敢えず録音だけ。でも忙しいから冬休みに入ってからミクシング・マスタリングの予定」
「わあ」
「でも俺が書いた歌詞を蓮菜にだいぶ変更された」
「だって、そもそも日本語の文法が間違ってるし、誤字・脱字に単語の取り違えまであるんだもん。見てられなくてさ」
取り敢えず三島さんの前で収録予定の3曲を演奏する。雨宮さんが書いてくれた『子猫たちのルンバ』、千里が書いた『鈴の音がする時』、そして麻里愛が私の作品も入れて〜と言って提供してくれた『ユーカラ夜想曲』。
そしてすぐに三島さんが楽しい人であることが判明する。
「『鈴の音がする時』って何だか格好いい曲ね。さすが雨宮先生だなあ」
「えっと、それうちの千里の作品ですが」
「『ユーカラ夜想曲』も悠久の時を感じる。ほんとにオーストラリアの平原でコアラが戯れているよう」
「あのぉ、ユーカリと間違ってませんか?」
「『子猫たちのルンバ』は楽しい曲だよね。リオのカーニバルとかで踊ってもいいよね」
「それはサンバです」
3曲とも智代を中心に京子と千里が協力する形で11ピースバンドの編曲をしていたのだが、自分でも高校生バンドを組んでいるという月夜が
「横から口を出すのは何だけど」
と言って、色々と改善した方がいいのではという点を出して、田代君も
「ああ、確かにそうした方がいい」
と言って変更が入る。
三島さんはそういう細かいことは分からないようであったが
「ああ、その方がきれいかも」
「うん。そこにソロが入ったら格好良いよね」
といった感じで、田代君たちの意見をだいたい追認してくれた。
「『鈴の音がする時』はその小型の鉄琴じゃなくてコンサート用のグロッケン使った方がいいんじゃないかな。この曲でのある意味主役だもん」
という意見が出て来て、スタジオの大型グロッケンシュピールを借り出す。
「『ユーカラ夜想曲』はツイン・フルート、ツイン・トランペット、にしようよ」
という話になり、スコアを調整する。
「その構成は担当の移動があるよね」
と言って蓮菜が整理する。
「フルートは恵香と千里、トランペットは鮎奈と京子、グロッケンが私で、ヴァイオリンは孝子、リードギター梨乃、リズムギター智代、ベース鳴美、ピアノ花野子、ドラムス留実子」
「待って。この曲でライアは外したくない」
「うん。ユーカラ(アイヌの叙事詩)の世界観を出すのに竪琴は欲しいよ。本当はトンコリ(アイヌの竪琴)を使いたいところだよね」
「じゃ智代はライアを弾くとしてリズムギターどうする? あ、麻里愛ギター弾けない?」
「そんな弦が6本もあるようなの無理〜」
と麻里愛。
「じゃ、ベースにする?弦は4本だし。私がリズムギター弾くよ」
と鳴美が言う。
「4本でも無理〜」
「いや1本だけでもいいよ」
「うん。ベースはどれか1本だけで弾いちゃえばいい」
と言って、麻里愛にベースを持たせてみるが左手でしっかり弦を押さえきれないことが判明する。
「ヴァイオリンがあんなにうまい人がなぜベースの弦を押さえきれない?」
「だってフレットがあって邪魔なんだもん」
「フルートや龍笛が吹けてリコーダーが吹けないという千里並みに変だ」
そんなことを言っていた時、鮎奈が思いついたように言う。
「ね、ね、美空ちゃんベース弾いてくれない? この子、すっごくベースうまいから」
「へー」
美空が弾いてもいいよというので入ってもらうと、ホントにうまい。
「あのぉ、まさかプロということは?」
「いや、お姉ちゃんのバンドでベース弾いてるので」
「へー!お姉さんの担当は?」
「あ、私はキーボード」
「ほほぉ」
千里は美空の声を聞いていて、すごくきれいな声だな。でも凄く低い声だなと思った。正直こんな低い声は自分には出ない。
「じゃベースパートは譜面を参考にしながら適当にアドリブ入れて」
と田代君からのアバウトな指示。美空はOKOKと言っている。
それで合わせてみる。
「千里はこの曲ではフルートではなくて龍笛の方がよい気がする」
「うん。龍笛に変えて」
「了解〜」
更に合わせてみる。
「フルートを1本にしてしまうと寂しいな」
「麻里愛、フルートは吹けない?」
「あ、フルートは吹いたことある」
「私のフルートでよければ」
というので千里のフルートを麻里愛が吹いて合わせてみる。
「なんか、物凄く素敵な曲になった!」
と三島さんが感動しているふうである。
そういう訳でこの曲は総勢13人の女の子による演奏になったのである。
それで3曲の録音を1時間ほど掛けて行った。
「あとはこれに君たちの歌を入れたらいいね」
と三島さんが言う。
みんな顔を見合わせる。
「すみません。歌は想定してませんでした」
「え?これ歌無いの?」
と三島さんが驚いたように言う。
「『鈴の音がする時』は一応歌詞があるのですがCDに入れる予定はありませんでした。他の2曲にはそもそも歌詞がありません」
すると田代君が言う。
「歌の上手い子4人くらいで歌おう。歌詞は蓮菜即興で書けよ」
「いいよ」
「歌のうまい子というと誰々だ?」
「私音痴〜!」
「私ピアノ弾けるのになぜそんなに歌が下手なんだと言われる」
などという声が出てくる。
「蓮菜、田代君のバンドでも歌っているんでしょ?こちらでも歌わない?」
と鮎奈が言ったが
「私より、花野子や千里の方が上手い」
と蓮菜は言う。
「ああ、確かにうまい」
「でもふたりともメゾソプラノだよね」
「ソプラノとアルトも入れたいな」
「ソプラノは麻里愛、歌ってくれない?」
「いいよ」
「アルトの子って誰だ。梨乃?」
「私下手だよー。私が歌うくらいなら、うちの猫に歌わせた方がマシ」
「美空ちゃんアルトだよね?」
「うん」
「美空ちゃん、歌うまい?」
「あまり自信無いなあ」
とは言うものの、ドレミファソラシドと歌わせてみると、物凄く正確な音程で歌う。
「美空ちゃん、もしかして絶対音感持ち?」
「私のは相対音感。出だしをまちがうとそのまま違う音で歌ってしまう」
「よし、アルトは美空ちゃん」
ということで、蓮菜がその場で2曲の歌詞を書き、京子と鮎奈で校正して、その間に智代・千里・孝子で四声のパート譜を作成した。
「まず練習、練習」
と言って歌うが、歌組の麻里愛・花野子・千里・美空、4人とも初見に強いようで、すぐに合ってしまう。
「じゃこれを収録〜」
録音済みの楽器演奏を再生してそれをヘッドホンで聴きながら、4人で歌った。念のため2回ずつ歌い、後で聴き比べて良い方を使おうということになった。
「お疲れ様でした〜」
「では明日までにミキシング、マスタリングしますね」
「では1月1日発売の線で」
「すっごーい」
更に三島さんは美空を何だか勧誘していた。
「美空ちゃんだっけ? 東京に住んでるなら、よかったら気が向いた時でもいいから、うちの事務所に顔出してみない?美空ちゃんほどの歌唱力があったら、お仕事あるよ」
「おっ凄い」
しかしここで美空が爆弾発言をする。
「私、男ですけど、いいんですか?」
「はぁ!?」