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(C)Eriko Kawaguchi 2014-05-30
2006年9月。千里が高校1年の秋。
金曜日、部活を18時で早めにあがらせてもらった後、千里は女子制服を着て、ロングヘアのウィッグを着け、愛用の筮竹・タロット、そして龍笛を持って、旭川空港に向かった。羽田行き最終便に乗る。
到着ロビーで∞∞プロの谷津マネージャーと落ち合い、彼女の車で都内に向かった。
「ごめんね。こんな遅い時間に」
「いえ。いつもだいたい12時過ぎまで勉強してますし」
「偉いね!」
千里は先月1日、谷津と旭川市内で偶然会った時に、8月7日に上越新幹線沿線で有望なアーティストを見つけられると占った。その結果を受けて谷津は当日高崎に行き、そこでLucky Tripper というバンドとRed Blossom というバンドを見出し、両者をまとめてスカウト。合体させてLucky Blossom の名前でデビューさせることになった。
その件で少し相談したいことがあると言われて、千里は東京に呼び出されたのである。
「占ってもらう前に、彼らの演奏を聴いてもらいたいと思ってね。でも彼らまだ勤めている会社とかを辞めてないから、遅い時間帯にしか集まって演奏ができないのよ」
「全員お勤め人さんですか?」
「2人、大学生がいる。これはよほど売れて多忙にならない限りは卒業まで学校と掛け持ちでいいことにしている。でも会社勤めの人は辞めて専業になってもらう」
「会社勤めだと残業とか命じられた時の優先度の問題があるから難しいでしょうね」
「そうそう。学生さんは何とかなるけどね。それに会社側に兼業禁止規定がある所もあるからね」
「なるほど。でも谷津さんも大変ですね。こういう遅い時間帯に」
「ううん。音楽業界はだいたい時間感覚のずれてる人が多くてさ。だいたい一般の人と6時間ずれてる。昼の12時が音楽業界では朝、夜の12時が夕方くらいの感覚なのよ」
「なるほどー。すると23時でもふつうの人の17時の感覚なんですね」
「そうそう」
やがて都内の某スタジオに着く。中に入っていくとスタジオのメインフロアに12人の人が居る。
「12人のバンドですか?」
「ああ。メンバーは7人。他はうちやレコード会社のスタッフ」
と谷津は説明し、
「ちょっと演奏してみてもらえる?」
と声を掛ける。
「まず第1形態で」
と言われて、演奏者以外が外に出て演奏が始まる。千里やスタッフたちは副調整室の方でそれを聴く。
ギター2人、ベース2人、ドラムス、キーボード、そしてサックスが1人である。曲はオリジナル曲だろうか?千里の知らない曲であった。
ベースが2人居てどうなるんだろう?と思ったら、ひとりが根音を中心にリズムを刻み、ひとりはスラップ奏法などで演奏している。ギターの2人はリードギターとリズムギターという感じだ。サックスが基本的にはメロディーを担当し、そのバックアップをリードギターがしている。ドラムスを打っているのが女性で紅一点。これだけ男性メンバーが揃っていて、一番腕力の必要なドラムスが女性というのは変わっているなと千里は思った。
先日の電話で谷津さんはRed Blossomのリーダーの女の子がスター性があると言っていた。このドラマーがそのリーダーなのだろうか? しかし千里には、その子にそんなにスター性があるようには感じられなかった。むしろ、サックスを吹いている、イケメンの男の子の方にスター性を感じる。
それで千里は遠慮がちに言ってみた。
「ドラムスの人がリーダーですか? 彼女も良いかも知れませんが、むしろサックス吹いている男の子が凄くスター性があるように思うのですが」
すると、谷津さんの向こう側に座っていた25-26歳かな?という感じの女性が千里に言った。
「あんた、見る目があるね。あの子はスター性が強い。あの子を前面に押し出すことでこのバンドは売れると思うのよ」
谷津さんも頷いている。どうも雰囲気的にこの女性は作曲家さんか何かで、このプロジェクトのプロデューサーか何かであろうか?と千里は思った。
「でもね、あんたひとつだけ勘違い」
「はい?」
「あの子、男の子じゃないんだよね」
「へ!?」
ちょうど曲が終わったので谷津さんが少し笑いながら
「次に第2形態で」
と声を掛ける。すると、今サックスを吹いていた人が楽器を置き、歌い始める。その瞬間千里は
「嘘!?」
と言ってしまった。
その人は女声で歌っていた。
「あの人、両声類さん?」
「違う。女の子なんだよ」
「えーーー!?」
谷津さんが笑って説明する。
「いや私も最初男の子と思ったんだけどね。すっごく格好良いし。あの通り短髪だし。でも言葉を掛けてみたら女の子の声じゃん。あのぉ、ニューハーフさんじゃないですよね?と確認したら、よく間違えられるけど生まれながらの女ですって」
「へー! あれ?でもドリームボーイズのバックダンサーしてるとか、おっしゃってませんでした? あんなに短い髪の人、いましたっけ?」
「バックダンサーする時は普通の女の子レングスのウィッグ付けるらしいよ」
「そうだったのか!」
ああ。ウィッグの愛用者って結構居るんだなと思った。しかし自分ってやはり性別曖昧な人と縁が出来やすいのだろうか?
「ちなみにさ、私の性別知ってる?」
とその作曲家さん(?)は言った。
「え?女の方じゃないんですか?」
「私、男よ」
「嘘!」
谷津さんがまた笑っている。
「この人はワンティスの雨宮三森ですよ」
と谷津さんが言う。
「ああ! そうか!どこかで見たような気がしていたのですが。あれ?でも私、雨宮三森さんって女性だと思ってたのに」
「ああ、時々そう思い込んでいる人いるみたいね」
と雨宮さんは笑いながら言った。
何で今日はこんなに性別曖昧な人に遭遇するの!?
「まあ、それで千里ちゃんに占って欲しいんだけどね」
「はい」
「今聴いた、第1形態と第2形態、どちらが売れると思う?」
「つまり、あの格好良い女性が、サックスを吹くのと歌を歌うのですね?」
「そうそう」
「易を立ててみます」
それで筮竹の略筮方式で2つ易卦を立てた。
第1形態(サックス)は天雷无妄の上爻変。之卦は沢雷随である。
第2形態(ボーカル)は雷天大壮の三爻変。之卦は雷沢帰妹である。
「みごとに上下逆の卦が出ましたね。サックスの方は最初は戸惑いを持って受け入れられます。しかし次第に人気が出て来ます。ボーカルの方は最初から人気が出ます。しかしすぐに行き詰まります」
と千里は結果をまず結論から言った。
「あんたの占い、当たってると思う」
と雨宮さんが言う。
「そうですか?」
「だって、それ私の見方と同じだから」
「ああ、占い師さんは雨宮先生の意見に近いか」
とその向こうで40代くらいの男性が言っている。
「実はね、彼らのデビューに当たって、レコード会社側から、こういうバンドって女の子ボーカルを入れた方が人気出るから、サックスなんか吹かせないで、彼女、ゆまちゃんって言うんだけど、ゆまちゃんに歌わせるべきだという意見が出たのよ。それに対して、彼女のサックスの先生であるこの雨宮先生は、彼女にサックスを吹かせろ、ボーカルなんて要らないという意見でね。それで占い師さんに占ってもらいましょうよ、というので千里ちゃんを呼んだ訳」
と谷津さんが説明する。
「でも君の占いの精度を確認しておきたいな」
と(多分)レコード会社の人が言う。
「僕の愛用のボールペンが、今、背広の右ポケットか左ポケットに入っているんだけど、どちらと思う?」
すると千里は筮竹を1回だけ左右に分けて本数を数える。
「偶数なので陰、右です」
と千里は答える。
「残念不正解。左ポケットに入れたんだよ」
と言って男性は左ポケットからボールペンを出そうとするが・・・・
「あれ?あれ?」
と言っている。見つからないようである。
「吉田さん、もしかして右に入ってない?」
と雨宮さんが言うので、吉田と呼ばれたそのレコード会社の人は右ポケットを探る。
「・・・・あった」
と言ってボールペンを取り出した。
「吉田さんの勘が外れてるという証明にもなったね」
などと言って雨宮さんは笑っている。
「いや、参った。君、凄いよ!」
と吉田さんは少し千里を信頼する気になったようである。
「もうひとつ占って欲しいんだけど、今ベースが2人いるのよね」
「はい、珍しい構成だと思いました。でも椎名林檎さんの発育ステータスはベースが3人もいましたから、有り得ない構成ではないです」
「ああ、よくそういうの知ってるね。でもあまり一般的ではないでしょ」
「ええ」
「やはりベーシストは1人でいいと思うのよね。今演奏した2人の内、どちらがいいと思う?」
と雨宮さんが訊く。
ひとりは失職するのだろうか?とも思ったが、質問されたら占うのみである。タロットを1枚引く。
「女司祭のカード。女司祭はヘブライ文字ではギメル。Gですからギブソンのベースを使っている方」
さっきスラップ奏法をしていた方のベーシストである。
「ほほぉ。じゃ、もうひとりスクワイヤのベースの方は首にすべき?」
今度は筮竹で易卦を立てる。
「山雷頤(|::::|)。この易卦の形が管楽器を連想させます。何か管楽器を吹いてもらうといいと思います」
「ふーん。具体的には何がいい?」
「変爻が五爻に出ているんです。高音が出る笛だと思います。でも上爻ではないから、ピッコロではなくフルート」
「あんた凄いね。実は、スクワイヤのベース弾いてる子は木管楽器、何でもできてね。Red Blossomって実は元々木管四重奏で、そこではパートの都合でバスクラを吹いていたんだけど、実はフルートも上手いんだよ」
と雨宮さんが言う。
「彼にフルートかクラリネットを吹いてもらうのはどうだ?というのは、一部から出てましたね」
と吉田さんも言う。
「逆に相馬君の方は他にできる楽器が無いから、ベースを貝田君ひとりにする場合は解雇するか、あるいはパーカッションでも覚えてもらおうかという話になっていた」
と別の人(恐らく吉田さんの部下か?)が言っていた。