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N高校の2学期が始まってすぐ、バスケットの秋の大会が始まる。
春の大会の頂点は夏のインターハイだが、この秋の大会の頂点は冬のウィンターカップである。高校3年生にとって最後の大会になるのだが、千里たちのN高校は進学校なので、特進組・進学組は(一部の特例を除いて)部活は2年生で終わり、それ以外の子も夏で終わっている。
それで今回の大会では1〜2年生で編成したチームで臨むことになった。キャプテンも男子では3年の黒岩さんから2年の真駒さんへ、女子では3年の蒔枝さんから2年の久井奈さんへバトンタッチされる。久井奈さんは千里と留実子が中3の秋に学校訪問した時、バスケ部に入ってよと声を掛けてくれた人である。千里はせっかく彼女が声を掛けてくれたのに、女子バスケ部ではなく男子バスケ部に入ってしまったことで、少し気が咎める思いをしていた。
そのことを更衣室で着替えている時にふと口にしたら
「気が咎めるなら、今度の大会からは女子の方に参加してよ」
と久井奈さんから言われてしまった。
「千里は実際女子ですよ。病院で検査した結果ですから間違い無いです」
と暢子が言う。
「千里はJなんとかって公的機関の検査官にも女子と認められてます」
と同じ1年の寿絵にも言われる。
そして更に小さい頃からの親友である留実子にまで
「千里とは私、中学の時に何度か一緒にお風呂入っているから、女の子であるのは間違い無いです」
などと言われる。
「でも今回、私、協会に戸籍抄本提出して男子だと認めてもらいましたから」
と千里は弁明する。
6月の大会で協会側が千里の性別に疑問を呈してきたので、先日戸籍抄本を提出して、確かに男子であるとして、今回の秋の大会には男子チームへの出場が認められている。
「戸籍がそうだとしても、実態が女だからね」
「千里は生徒手帳の性別も女になってますよ」
「だいたい、いつもこうやって女子更衣室で着替えてるし」
「トイレも女子トイレ使ってるし」
「男子更衣室からも男子トイレからも追い出されるんですよー」
と千里は弁解するが
「そりゃ、女なんだから当然」
と言われてしまう。
そういった議論はあったものの、千里は取り敢えずこの大会では男子チームに参加し、シューティングガードとして活躍。チームは順調に地区大会を勝ち上がり、北海道大会に駒を進めた。むろん女子チームも順調に勝って北海道大会に行く。
そして北海道大会には貴司のいるS高男子バスケ部も進出していた(S高女子は今回地区大会決勝戦で敗退した)。S高校は進学校ではないので3年生もこの大会に参加しており、キャプテンは3年生の山根さんだが、実質的なS高の中心選手は2年の貴司である。
そしてS高校とN高校は今回、1回戦で激突してしまったのである。
試合前日、千里は貴司と電話で話した。
「今回、最悪の組合せだね」と貴司。
「うん。でも、どっちみちウィンターカップはどちらかしか行けないからね」
と千里。
「確かにどこで当たるかだけの問題ではある」
北海道はインターハイは代表2校だが、ウィンターカップは代表1校である。
「でも貴司が相手なら私も戦い甲斐があるよ」
「まあ、僕は負けないけどね」
「今度こそ貴司を倒す」
「まあ、全力で掛かって来い」
「当然」
「それでさ」
「うん」
「僕が勝ったら、やらせろよ」
「いいよ。じゃ、私が勝ったら私を抱いてよ」
「何か同じことのような」
「じゃ貴司が勝ったらフェラしてあげる。私が勝ったら、お風呂場から部屋まで私をお姫様抱っこ」
「OKOK」
そしてS高対N高の試合は始まった。
ティップオフはS高の佐々木さんが勝って貴司が速攻で攻めてくる。そこに千里が立ちふさがる。貴司は無理せず清水君にパス。清水君から山根さんにパスが渡り、山根さんがゴール下に進入してシュート。
しかしN高北岡君のブロックが決まる。こぼれ球を拾った氷山君が真駒さんにパス。攻め上がる。千里にパスが来るが、当然貴司が猛烈にチェックに来る。構わず撃つが貴司が指で弾いて軌道を変えてしまう。
そのボールをS高の田臥君が確保してドリブルで運んでいく。そして佐々木さんにパスするが一瞬早く佐々木さんの前に立ったN高の真駒君が横取り。北岡君にパスして北岡君がフロントコートに運ぶ。千里のそばに貴司が居るのを見て、氷山君にパス。氷山君が撃つが、S高の清水君のブロックが決まる。
試合はそもそもなかなか点数が入らないまま進行した。
試合開始後4分も経って、やっと田臥君の3ポイントが決まってS高が先制する。その後も両者なかなか点数を入れられない状態が続き、第1ピリオドを終わって、S高7点対N高6点、という信じがたいロースコアであった。
「村山、物凄く消耗してるな」
と真駒君が心配する。千里は激しく呼吸をしていた。
「大丈夫です。行けます」
と千里は言い、スポーツドリンクを1本一気飲みすると、第2ピリオドに出て行った。
試合ではとにかく千里のシュート、パスをことごとく貴司が邪魔した。しかし、貴司のシュートもことごとく千里が邪魔するし、1度は貴司がドリブルしているところを死角から忍び寄って千里がスティール。貴司はものすごく悔しそうな顔をしていた。
普段なら貴司も千里もチーム得点の半分くらいを稼いでいるのに、この試合では第2ピリオドを終えても、2人とも無得点であった。
「村山が封じられているな。代わりに落合を入れる?」
と2年生の白滝さんが言う。
「とんでもない! 村山君でさえ封じられているのに、僕では歯が立ちませんよ」
と1年生シューティングガードの落合君。
しかし宇田先生は言った。
「流れを変える意味でも第3ピリオドは落合を出そう」
それで第3ピリオドは千里は休み、代わりに落合君が入った。貴司はそのまま出ている。そして落合君のシュートは全て貴司が叩き落としたし、そもそも落合君へのパスがなかなか通らなかった。
「全然フリーになれないな」
と同じく第3ピリオド休んでいる氷山君が言う。
「でも村山もフリーにしてもらえなかった」
一方貴司はこのピリオドやっと得点をすることができた。貴司の巧みなフェイントに、1年生の北岡君だけでなく、2年の真駒さん・白滝さんも引っかかる。それでこのピリオド、貴司の活躍でS高が30対18と突き放した。
「ごめんなさい。ちょっと格が違った」
と落合君は疲労しきった声で言った。
「大丈夫。ボクが倒すから。第3ピリオド休ませてもらって体力回復した」
そう千里は言い、第4ピリオドに出て行った。
N高が攻める。真駒君から千里にパスが来る。
貴司が突進してくる。すると千里はドリブルで貴司に向かって行った!
(本当はこういうペネトレイトをするのもSGの役目である。ただし千里はたいていスリーを撃つし身体も小さいので、少なくとも強い相手との試合ではほとんどペネトレイトを見せない。なお、スリーよりペネトレイトの方が得意なSGはスラッシャー型と呼ばれる)
一瞬貴司が「え?」という顔をして戸惑った。その意識的な隙を突いて貴司の右側を抜き貴司の向こう側に回る。そして貴司が振り返る間に撃つ。
ここはスリーポイントラインより内側である。千里が敢えてそんな場所から撃つというのは貴司の想定外だったようであった。
きれいに決まって2点。
貴司が千里を睨み付ける。こちらも睨み返す。
S高が攻めてくる。ドリブルしている貴司の前に千里が立ちはだかる。貴司は自分のフェイントが千里に通じないのは知っている。しかし貴司はフェイントなど入れずにそのまま突込んできた。千里はそれにひるまず迎え撃つように貴司の方に向かって間を詰める。
当然両者激突。
笛が鳴る。
貴司のチャージング、千里のブロッキング、両方が取られてダブルファウル。両者激しく睨み合ったが、ここで審判が更に笛を吹く。
「テクニカルファウル」
あ、しまった!と貴司の顔。千里もやばかったと後悔する顔。相手チームに対する無礼な行為はテクニカルファウルの対象である。
ここまで貴司は2度のファウルを取られていた。千里も1度ファウルを取られていて、貴司はこれで累積4個、千里は3個になる。貴司はあと1度ファウルすると退場である。
S高のスローインで再開。佐々木さんがシュートしたのをN高北岡君がブロック。氷山君が運んでいき、千里にパス。当然貴司がチェックに来る。貴司は次にファウルしたら退場だからといって全くひるまない。全力チェックである。千里が撃つ。貴司は停まりきれずにに千里にぶつかりかけたが、千里は巧みに身体をかわして接触を避けた。
千里のシュートは決まって7点差。
貴司が千里を見詰める。そして小声で「勝負事に情けは禁物」と言う。「分かってるよ」と千里は小声で言った。
その後お互いに6点ずつ取り合う。
S高が攻めて来る。また貴司の前に千里が立ちふさがる。千里の前で貴司が停まる。ドリプルしながら次のアクションを選択している。氷山君が死角から寄って来てスティールしようとするが貴司は気配で気付いて反対側の手にドリブルを移す。そして、氷山君がふたりの間に入った隙にそのまま貴司はシュートした。
しかし千里はそれを読んでいてジャンプ。空中ではじいて、真駒さんの居る方角にボールを飛ばす。真駒さんが速攻で攻め上がる。そしてそのままゴール下まで進入してシュートするがブロックされる。そのボールを北岡君が拾い、再びシュートしようとする。ここで貴司のブロックが決まった。
と思ったが、笛が鳴る。
貴司の手が北岡君の手に触れたようであった。貴司のファウルが取られて北岡君のフリースロー。
しかしこれで貴司はファウル5個になり退場になってしまった。
不満そうな顔で退場する貴司。そして千里も不満そうな顔でそれを見送った。
北岡君のフリースローは1本目は決まり2本目は外れたが、リバウンドを確保した氷山君が千里にパス。撃ってシュート成功。これで3点差。
残りは1分である。S高がゆっくり攻めて来る。どうかしたスポーツなら時間稼ぎして逃げ切るが、あいにくバスケでは24秒ルールがある。24秒以内にボールがゴールリングに触れない限りヴァイオレーションを取られる。
佐々木さんが攻め込んでくる。千里がマッチアップする。しかし佐々木さんは千里が目の前に来ただけで嫌そうな顔をした。中学時代から、佐々木さんは千里にマッチアップで勝てたことがないのである。
そしてその嫌そうな顔をした隙を狙ってボールをスティール。自らドリブルして速攻で攻め上がる。そして3ポイントラインのぎりぎり外側まで来た所でピタリと停まる。そこから身体全体のバネを使ってシュート。
きれいに決まって3点!同点!
残りは26秒。何とも微妙な時間である。しかし同点だからS高は攻めざるを得ない。今度は清水君がボールを運んで来る。北岡君がその前に立ってマッチアップ。フェイントを数回入れてから突破しようとするが北岡君は騙されない。無理かと思ったところでボールを真横に投げる。田臥君が居る。千里がチェックに行く。構わずシュートするが千里が指ではじいて軌道を変える。落ちていくボールを氷山君が確保。
残り13秒で速攻。全力で走って白滝君にパス。白滝君がゴール下からシュート。佐々木さんがブロック。リバウンドを千里が取り、そのままシュート。外れる。しかしそのリバウンドを更に北岡君が取ってシュート。佐々木さんのブロック。と思った所で笛。
しかしそれは試合終了ではなく、佐々木さんがファウルを取られた笛であった。
時計はもう1秒である。
北岡君がフリースローをする。これで決めたい。
1本目。外れる。
2本目。北岡君が何度もボールを床に打ち付けている。そして構えてシュート!
決まる。逆転!勝った!!
両軍ともクタクタに疲れていたが整列する。
「37対36でN高校の勝ち」
千里は居並ぶS高のチームメンバー全員と笑顔で握手した。貴司とは握手した後、お互いに肩を叩き合った。
ベンチに引き上げてきたところで宇田先生から言われる。
「にらみ合いでテクニカルファウルを取られたのと、相手がファウルになりそうだったのをわざわざ無理な体勢で回避したのと、始末書」
「はい。申し訳ありませんでした」
「あの回避はかなり危険だったぞ。あれで、ねんざでもしてたらどうするつもりだった?」
「はい、今後気をつけます」