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■女の子たちの精密検査(8)

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その日は午前中にこの録音をしてからお昼からはまたQ神社に行き巫女さんのバイトをする。バイト中はロングヘアのウィッグに巫女衣装で終わるとショートヘアのウィッグに高校の女子制服に着替えて帰宅することが多いのだが、この日は帰る時、雪が降っていたこともあり、ロングヘアのまま、そして女子制服の上にコート(学校指定のものだが千里は女子用を着ている)を着て雪の降る中、根性で自転車を漕いで帰宅した。
 
さすがに疲れたなあと思いつつ、自転車を自転車置き場に置き、階段を昇る。部屋の鍵を開けて、この日は「ただいま」も言わないまま中に入ったら、そこに思わぬ顔を見てぎょっとする。
 
父であった。
 
うっそー!? なんで父ちゃんが来てんのよ? と思う。
 
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「あれ?愛子ちゃんだっけ?」
と父が言った。
 
「あ、叔父さん、こんばんは」
と千里は挨拶する。
 
どうも父は自分を従姉の愛子と間違っているようである。元々千里は愛子と顔立ちが似ている。しかも千里は以前まだ長い髪だった頃に、愛子の身代わりでテレビに出たことがあるので、父は愛子も長い髪をしていると思い込んでいるようである。
 
「こちらに遊びに来たの?」
「あ、はい。旭川で優佳良織(ゆうからおり)の講座やってたんで受けに来たんですよ。泊まりがけだったので、こちらに泊めてもらって」
などと千里が言うので、美輪子が呆れて見ている。
 
千里はコートのまま座った。これを脱ぐと下に女子制服を着ているのでさすがに愛子でないことが分かるだろう。愛子は今札幌市内の大学に通っている。
 
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「ああ。そちらも講座か。俺も植木剪定の講習を受けに来たんだけどね。ちょっと千里の顔を見て帰ろうかと思って寄ったんだけど」
 
「千里ちゃん何時頃帰るんだろうね? 昨夜も遅かったね」
と千里は愛子の振りをして言う。
 
「今の時期は年末に向けてバイトも忙しいみたいね」
と叔母も言ってくれる。
 
「バイトかあ。バイトするのもいいけど高校生は勉強が仕事だからなあ。あまりやりすぎないように言っといてよ」
などと父は言う。
 
「その勉強するのにもお金が必要ですからね」
と千里。
 
「今仕送りいくらくらいしてるのかな。母さんに聞いてみよう」
などと父は言っている。
 
実際には4月に母が美輪子に下宿代3万と千里に3万くれただけでその後、千里も美輪子も全く実家からお金はもらえていない。
 
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「おじさんはお仕事見つかりそうですか?」
「なかなか難しい。何度か面接も行ったけど、全部残念ながらと言われた。俺も陸(おか)の仕事なんてしたことないからなあ」
 
それより人と接する仕事をしたことがないことのほうが大きいだろうなと千里は思う。船の上で安全に走行すること、魚を獲ることだけを30年間やってきている。どちらかというと若い漁船員を叱り飛ばすことが多かったろう。父はそもそも敬語の使い方も怪しい。
 
「40過ぎてると求人自体が激減するからね」
と美輪子も言う。
 
「養殖関係の後継者募集を出している所もあるけど、だいたい40歳以下の掲示で、実際には30歳以下希望みたいなんだよね」
 
留萌はホタテ稚貝の養殖で北海道一である。留萌海域で育てられた稚貝が各地のホタテ養殖地に出荷されている。
 
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「そりゃ、指導する側もおじさんみたいなたくましい海の男を叱り飛ばせないもん。やりにくいよ」
と美輪子。
 
「本音としては高校出たてくらいの若い男の子がいいんでしょうね。でもそういう子はみんな都会に行ってしまう」
と千里。
 
「そうそう。うちの息子もなんか都会に行きっぱなしになりそうでちょっと寂しい」
などと父から言われると、千里は少し気が咎めた。
 
結局千里は愛子の振りをして20分くらい父と話していた。美輪子は少し呆れている雰囲気だったが、何とか話を合わせてくれた。
 
やがて19時近くになる。
 
「そろそろ帰らないとやばいかな」
「留萌行きに間に合う最終は旭川19:15だから」
 
ということで美輪子が駅まで車で送って行くことにする。千里も助手席に座って一緒に駅まで行った。
 
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「今日、千里に会えなかったけど、無理するなと言っておいてください」
と父。
「おじさんも焦らずに。おかしな仕事に就いてもすぐ辞めるはめになりますから」
と千里。
「そうなんだよなあ。なんか職安に登録されている仕事でも、ちょっと怪しい感じのはあるんだけど」
と父。
「疑問感じたら、おばさんとも相談するといいですよ」
「うんうん。あいつにも負担掛けてるなとは思うんだけど」
 
それで父は帰っていった。
 
美輪子が汽車が出て行くのを見送ってから言った。
 
「千里が嘘つきなのは知ってたけど、ここまで凄いとは思わなかった」
「ごめーん」
「だけど、あんたの父ちゃん、本気で気付いてないみたいだったね」
「あはは」
 
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「千里、あんた実はもう性転換してるでしょ?」
「してませんよー」
「いや、千里の言葉は全然信用できん」
「えーん」
 

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「でも留萌から出てくるのに車じゃないんだね」
と美輪子は帰りの車の中で行った。
 
「お父ちゃんペーパードライバーだもん」
「あ、そうだったんだ?」
「だって30年間、ずっと船の上にいたから」
「確かに海の上では車を運転する機会ないよなあ」
 
「中卒で40過ぎてて、運転免許はあるけどペーパーで、漁船関係以外の資格は皆無で営業とかの経験も無くて、というのはほんとに就職厳しいよ」
「なるほどね。それってまずは高校に行くべきかも」
 
「うん。それで実は先月からNHK学園に入ったんだよ」
「じゃ、あんたの父ちゃんも高校生なんだ!」
「うん。向こうは本当の男子高校生」
「まあ女子高校生ではないよな」
「だから親子そろって男子高校生かな」
「いや、あんたは女子高校生だ」
 
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千里はそれに対しては答えずに微笑んでいる。
 
「学割が使えるらしいよ」
「ほほぉ。でもあそこ、誰でも入れるけど出るのは大変とは言うけど、あんたの父ちゃんなら頑張り通せるかもね」
「うん。頑張るのだけは得意」
 
「千里はもう少し頑張った方がいいよね。あんた何でも最初だけだもん」
「すみませーん」
 

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月曜日、千里が学校に出て行くと、朝から教頭先生に呼ばれる。職員室に行くと宇田先生と保健室の山本先生が居て
「ちょっと話そう」
と言われる。
 
それで最初に山本先生に促されてふたりで防音面談室に入る。
 
「男の先生の前では言いにくいだろうから、私にだけ教えて。決して悪いようにはしないから」
と言われて、当日、貴司と《どこまでしたのか》を尋ねられた。
 
千里は隠しても仕方無いし、貴司の話と矛盾したら印象を悪くされるだけだと思ったので、正直にフェラチオをしたことを話した。
 
「やはり、そういう場所でやるには、やりすぎだよね」
「すみません。つい盛りあがってしまって」
 
「あなたたちを目撃した人は何だかすごく密着しているとだけ思ったらしい。向こうもあまりじっと見ちゃいけない気がしてすぐその場を離れたというのよね。それで、後から考えて、ひょっとしてセックスしてたんじゃないかとも思ったらしいけど、そこまではしてないのね?」
 
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「さすがにそこまではしません」
「じゃ、具体的にどこまでしたかまでは言わないけど、セックスはしていないし、性器への直接接触とかもしてないということにして報告していい?」
 
「はい、お願いします」
 
フェラもやはりやばいので山本先生の所で停めようということか。山本先生はもし自分が「済みません。セックスしました」と言っても、言わずにいてくれるつもりだったのかもと千里は思った。
 
「でもあなたたち、人に見られない所ではどこまでしてるの?」
「3回セックスしました」
 
「避妊はしてる?」
「はい。ちゃんと付けてくれます」
「だったら大丈夫か」
 
と言ってから、山本先生は「あれ?」という感じの顔をした。
 
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「えっと、あなた妊娠することあるんだっけ?」
「まだ妊娠はしたことないです」
 
「うん。そうだよね」
「うちの学校、妊娠したら退学でしたっけ?」
「うん。妊娠させた側もね。気をつけてね。セックス自体は個人的なことだから、学校としても問題にしないけど、きちんと避妊することは絶対条件」
「はい。気をつけます」
 

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それでそのまま待っているように言われ、しばらく待つと、宇田先生と教頭先生が来た。
 
「プライバシーの問題もあるから深くは詮索しないけど、うちの学校の生徒としてふさわしくない行動まではしていない、ということで山本先生から聞いたので、それを信用することにするから」
と教頭先生から言われる。
 
「済みません」
と千里は謝ったが、あそこでセックスしていたら《ふさわしくない行動》だったのだろうか?というのをいぶかった。生徒手帳にはそんなことまで書いてないし。って、やはりそこまで書かないか!?
 
「でも協会としては、君をまた男子チームで出すと、今N高校もS高校も強いから、また直接ぶつかる可能性が高い。すると、またこういう問題が起きたりしないかというのを懸念していてね。できたら女子チームでプレイして欲しい。でもどうしても男子の方でというのであれば、再度君の性別を明確にして欲しいという要望があった」
 
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「戸籍じゃだめですか?」
「向こうとしては、戸籍よりも実態を優先するということらしい。今オリンピックとかのセックスチェックでも、昔は染色体基準だったのが実態基準に移行してきているんだよ。アメリカのテニス選手が性転換手術を受けた後、女子選手として大会に出場するのが裁判所に認められたのが契機になって、見直されるようになってきてね」
 
「あ、その人のことは知っています」
と千里は答えた。レニー・リチャーズだ。
 
「実際問題として染色体って実情に合わないんだよね。染色体としては女性でも何らかの原因で男性ホルモンが分泌されていて男にしか見えない人もいるし、染色体的に男でも女らしい体つきの人がいる」
 
「確かにそうですが」
 
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「君、運営関係者に生徒手帳を見せて、女子生徒として登録されていることが向こうに知られているしね」
 
「済みません。やはり見せたのまずかったですか?」
「いや、それは全然問題無い。ただ、協会としては、女子生徒として在籍しているのであれば、やはり女子チームで出て欲しいというのだよ」
 
「でも出てもいいんですか?」
「それで、向こうの指定する病院で、検査を受けてくれないかと言っているのだけど、受けてもらってもいい?」
 
「はい、それは構いません」
「お医者さんに性器や陰部を観察されたり触られたりすると思うけど、いいかな?」
「いいですよ。お医者さんに見られるのは、そのあたりの岩や木に見られているくらいに思いますから」
 
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「うんうん。それで僕たちは協会側の判断に委ねたいと思う。それで君、女子チームで出てくれということになった場合、女子バスケット部の方に移籍してもらえる?」
 
「私はその方が気持ち的にも落ち着きます。中学の3年間はずっと女子バスケット部だったし、自分自身としては自分は女だと思っていますので。でも病院で検査されたら、私が医学的には男だってのが明確に出ちゃうと思いますけど」
 
「まあ、それは検査が終わってからまた話そうか」
「はい」
 
 
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