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■女子大生・春の小川(1)

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春の小川
作詞:高野辰之(1876-1947) 文部省唱歌
 
春の小川は さらさら流る。
岸のすみれや れんげの花に、にほひめでたく 色うつくしく
咲けよ咲けよと さゝやく如く。
 
この歌は1912年に発表されたが、その後1942年、1947年と2度歌詞が改訂されており、世代によって覚えている歌詞が異なっている。1942年の改訂ではこの歌が低学年に移動されたため何カ所か表現が易しくあらためられた(林柳波1892-1974)。たとえば「流る」が「行くよ」に変更され、また最後の行も「咲いてゐるねとささやきながら」と変更されている。しかし1947年には「咲けよ咲けよ」に戻された(咲けよ咲けよとささやきながら)。現在は1947年版の歌詞を載せている本と1942年版の歌詞を現代仮名遣いに改めたものを載せている本があり、まちまちである。最新の歌詞は例えば↓
https://j-lyric.net/artist/a00126c/l01328d.html
 
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なお筆者は1947年版(↑の歌詞)で記憶していたが、「さらさら流る」という歌詞もあったことは童謡の本で知っていた。しかし「ささやく如く」という歌詞があったというのは今回歌詞の変遷を確認するまで知らなかった。「遊べ遊べと」という歌詞もあったのではと思ったが、それは2番の歌詞だった!
 
なお東京の代々木にこの歌の歌碑があるが、作詞者はそこで娘さんと散歩しながら詩を書いたという説と、生まれ故郷の長野県で子供の頃見た風景を思い出しながら書いたという説がある。
 
なおこの歌でいう“れんげ”とは水面に葉を広げるハス(蓮)のことではなく、地面に咲く“レンゲソウ”(別名:げんげ)のことである。この花は昔はゲンゲと呼ばれていたが、この歌ができたころから“れんげ”という呼び方が広まった。有機農法では収穫期の水田に種を蒔き、緑肥として利用する。虫媒花であり、養蜂にも使われる。
 
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京都南邸は3月25日に千里・清香・双葉・公世が引っ越して来て4人の生活が始まる。
 
26日の朝、双葉は6時頃起きると道着に着替えて2階の練習場に行った。まだ誰も来てない。軽く準備運動したあと、素振りをしていたら公世が来るので斬り返しをして手合わせする。
 
「誰かが朝練始めたらそれが目覚まし、とか言ってたから清香ちゃんあたりが5時頃から朝練始めるかと思った」
「多分ぼくか双葉ちゃんが最初になるからこのくらいの時間からにしようよ。さやちゃんを起こすには忍耐が必要。毎朝ちーちゃんはよくやってるよ」
「そんなに朝に弱いのか」
「ちーちゃんも、それしないといけないから朝は稼働できない」
「大変そう」
 
一応朝6時に清香の部屋の時計は鳴るが、そんなもので起きる清香ではない。同女受験の日はセリアが(ロビンの代理で)起こしてあげた。セリアは「よくロビンはこれを毎朝やってるよ」と思った。
 
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それでここでの生活は毎朝6時半頃から公世と双葉が朝練を始めて7時過ぎに清香と千里が“清香の部屋から”リビングに出て行くことになる。朝御飯とお弁当は7時頃までにできているので、みんなが出て来たら百合はお味噌汁を温める。なお香澄は7時頃、ロビンに転送されて北邸に戻る(夜梨子の朝御飯とお弁当を持って行く:但し北邸では朝7時にタイマーでご飯が炊ける。またお味噌汁は大抵夜梨子が自分で作っている。また夜梨子はお昼はお弁当を自宅で食べてから國學院に出掛ける:夜梨子のお弁当箱はレンチンできるタイプ)。
 
一方、留萌のロゼ家では玲羅は朝6時頃にリビングに出て来て、ロゼが作ってくれた朝御飯を食べロゼが作ってくれたお弁当を持ち学校に出掛ける。早朝はちょうどいいバスの連絡が無いので、サハリンが車で高校まで送ってくれる。それで朝7時からの補習に出席する。帰りは留萌駅前乗換のバスで帰宅する。それで玲羅は定期券を買っても片道しか利用しないので、回数券を使っている。更に駅前からは結構買い物に出て来ていたサハリン(又はロゼ)の車に乗せてもらえる。サハリンもロゼも大抵チューオーというスーパーで買い物するので、玲羅もそこに行ってみる。
 
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なおサハリンは学校から発行してもらった保護者証を持っている。サハリンは2009年4月以降は深川に常駐して留萌はタスリンが担当する予定だったが、サハリンが玲羅の信頼が厚いため、結局タスリンが深川でゆりの助手を務め、留萌をサハリンの担当にした。(ゆりとロゼの話し合いにより担当交換)
 

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玲羅は昨年9月に普通科から特進科に移動したのだが、2年進級時に普通科に落とされることもなく特進科の中でも中の上の成績をキープしている。2年進級時には特進科から普通科に5名落とされ、普通科から3名特進科にあがってきた。今回特進にあがってきた内のひとりは昨年夏特進から普通科に落とされた子で、みんなから「お帰りー」と言われていた。逆に今回普通科に落ちた子のひとりは昨年夏まで普通科にいた子でこの子も「お帰り」と言われていた。S高校ではこの後は普通科と特進科の入れ替えは無い。
 
玲羅は特に英語の成績が良く、それが他の科目の成績も牽引している。やはり洋画を原語で聴いているのが凄い勉強になっており、特に英作文(和文英訳)に強いのが褒められている。玲羅は「あ、これはあの映画のあのシーンで出て来た表現だ」などと思いながら英語の文章を書いている。音から入っているので
「すみません。ヘイペニーって綴りはどうでしたっけ?」
などということもある。(half pennyと書く。半ペンス。多くの日本人英語学習者は逆にこれをハーフペニーと読んでしまう。発音に忠実な書き方はha'penny だが、実際には1/2 p と書かれることが多い。またtwopenceはタッペンスと読み、これも難しい。ディズニー映画『Mary Poppins』で鳩の餌をタッペンスで売る老女が出て来た:penceはpennyの複数形)
 
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遠駒恵雨の曾孫・高木紀美は4月から札幌の大学に通い始めた。札幌市内の2DKのマンションに平日は居るが土日は留萌に戻る。紀美はこの3月に免許を取ったので自分で車を運転する。車は中古のヴィッツである。紀美にしては随分庶民的な車に乗っているがこれは千里が「初心者マークのベンツやレクサスは目立ち過ぎて悪い人に狙われるから最初は安い車のほうがいい。それと新車は入手に時間が掛かるよ」と助言したから。でも4月中に電柱やデリネーター・道路標識などに5回ぶつけ、安い中古でよかったぁと思った。(妹の貞美は「お姉ちゃんの運転する車なんて怖くて乗れない」と言っている。よく分かっている)
 
土日は結構元・理数協会の信者さんがP神社に来たりもするので、握手したり、記念写真を撮ったりする程度のサービスをしている。(このほか実は背中を叩いてあげるサービスが人気)
 
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妹の貞美は毎日K高校に通っているが、玲羅同様、朝の補習に間に合うバスの連絡が無いため吉田さんという30代の女性ドライバーを雇い送迎してもらっている。貞美の場合はバスは使わない。帰りも学校から吉田さんの車で帰宅する。使用している車はAUDI A2である。
 
吉田さんは昼間することがないので千里が便宜を図り、朝貞美を高校に送り届けた後下校時刻までは新早川ラボに車を駐め、そこの個室で休憩していてよいことにした。ここは雑誌や漫画も置いてあるし、wi-fiがあるので結構暇が潰せる。でも(管理者の)カノ子に便利に使われていたりする!吉田さんは高木邸の別棟(離れ)に住んでいる。本来業務外なのだが、昼間のうちに貞美の代理で買い物をしてくれていたりもする。本人は「自分の買い物をするついでです」と言っている。新早川ラボは冷蔵庫も使える。なお、高木邸のごはんは貞美が自分で作る。コンビニ利用率が高い姉よりもマメである。もっとも三泊にはコンビニなどという便利なものが無い!
 
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3月中に4回にわたり、留萌沖を航行する漁船から
「三泊灯台の少し南側に灯りが見えるのは何ですかね」
と、海上保安庁に問合せがあり、海上保安庁の職員が調べてみると、A町の御旅所(旧・胡桃神社)のところであることが分かった。ここの管理者である三泊P神社に、何か灯火のようなものを点けていたか?と照会があったのだが、常弥と千里は話し合って、逆にここに灯りを付けることにした。
 
「しかし自ら発光するとはさすが火の神の息子ですね」
 
ここに祀られているオキクルミの母は火の女神・アペフチ大神の従者であるチキサニ姫である。チキサニ姫は春楡(はるにれ)の精で、雷神カンナカムイに撃たれて燃えながらオキクルミを妊娠し(あなたは稲妻のように!?)、炎に包まれながら出産した。そして出産後も一週間燃え続けて消滅するが、その火は人間たちの囲炉裏(いろり)の火として伝えられることになる。(日本神話の木花咲耶姫(このはなさくやひめ)の火中出産を連想させる。また雷で妊娠するというのは金の雨で妊娠したダナエとかも連想させる)
 
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またオキクルミ自身“輝く毛皮を著るもの”という意味だという説もある。
 

P神社の秋祭りは実はこの神話も下敷きにしており、姫奉燈に描かれている若武者と姫の姿も、源義経(みなもとのよしつね)と浄瑠璃姫(じょうるりひめ)という伝承がある一方で、オキクルミと奧さんのレタッチリ(白鳥の姫)という説もある。
 
祭りに使う火は江戸時代末期から昭和初期には崎山灯台(現在の真広の家の近くにあった)の火を使っていたが、それ以前は三泊チャシ(チャシは一種の城で礼拝所の役割も果たした)の囲炉裏の火を使っていたという伝承もあり、そうであれば1994年にこの祭りが復興された後はかえって旧来の形に戻ったことになる。
 
ちなみに新井白石は「オキクルミは源義経」などと言っている!
 
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なおオキクルミの愛刀は虎杖丸(クトネシリカ)と言い、男女一対の龍神が宿り、鞘の先には夏狐(夏熊という説もある)(*1) の彫刻があったという。
 
アイヌの伝統的な刀では鞘に金属の薄板を螺旋状に巻いたものがあるので、男女一対の龍神とはあるいは鞘の両側に各々螺旋があったものか?
 
(*1) 原文はサッキモトペで、アイヌ神話の伝承者は熊と説明したが、金田一京助が、言語学的な観点から「多分狐の間違い」と言って狐に訂正した。伝承者の言うことを訂正しちゃう金田一先生も凄いが、確かに熊より狐のほうが知的な感じがして神秘的かも。
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御旅所だが、九重達がしあわせ工務店のフォローも3月には落ち着いたので、千里は彼らを呼んで工事させた。
 
太陽光パネルを1個と、LEDランプを祠(ほこら)前面の左右に付けた。雪が積もらないように太陽光パネルの上にもLEDランプの上にも斜めの屋根を付けた。太陽光パネルの上の屋根は透明なポリカーボネイトである。
 
ここは道路沿いにジョギング・ウォーキングする人の休憩所のような働きもすることになる。太陽光パネルから電気を分けてもらって自販機まで置かれることになる。
 
この付近には街灯とかも無いので、国道を通る車とかからも「明るくて良いし、(北から来ると)市街地が近いという目印にもなる」と好評だった。通りがかりの車が結構この自販機を利用したようでかなりの売上があった。警察の要請で車が停められるスペースも作った。
 
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