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京都の西の千里は入学式の前、4月7日に健康診断があった。6日が男子。7日が女子だったが、むろん千里・清香・双葉・公世と4人とも女子の日程で健診を受けた。ロビンはお酒飲んだあと1日置いてからの健康診断で良かったぁと思った。
公世は女子と一緒に受けたが、彼も高校時代に身体測定を女子と一緒に受けていたこともあり、女子と一緒の健康診断は平常心で受けられたようである。彼が男子のほうで受けていたら一緒に診断を受ける男子たちが平常心ではいられなかったろう。きっと心電図で異常出まくりである。
4月9-10日(木金)は新入生合宿があった。公世は女子の部屋割だったが、清香と同じ部屋になったし、清香の隣の布団になり安眠できたようである。
「女の子たちが気になるならオナニーしてさっさと眠ってしまえばいいよと言ったんだけどね」
と南邸に戻って来てから清香は言う。
「オナニーとかしないよ」
と公世。
「昔の男みたいなこと言ってる」
と、きーちゃんが言う。
「昔の男ってオナニーしなかったの?」
「昔はオナニーなんてするのはもてない男だけと思われてたらしいよ」
「セックスが標準だったのか」
「もてなくても多少の金があれば江戸時代なら岡場所とかでセックスできたし」
「ああ」
「岡場所って明治以降はどうなったんだろ」
「銘酒屋(めいしゅや)というのに変わった」
「ほお」
「銘酒を売りますという名目で酒瓶を何本か棚に並べて、実態は売春宿」
「そういうのがあったのか」
「見ただけでそれと分かる白い化粧の女が客引きしてるから、初めての町でもすぐそれと分かる。造花屋さんとか新聞縦覧所(*2)といって色々な新聞を読めますよという店とかを装って実はというのもあった」
「看板は何でもいいんだな」
「それが最初は町中に乱立してたけど警察の指導で1ヶ所に集められ、これが紆余曲折を経て赤線に至る」
「なるほど」
(*2) 明治初期は新聞の販売網も未整備だったので新聞縦覧所はかなりの需要があった。自治体などが運用するケースや新聞社が自ら設置するケースもあった。しかし明治も後期になると新聞の販売網が整備されて需要が減り、“本物は”姿を消していった。公共のものは図書館に吸収された。一方で実態は売春宿という偽物が増え、警察の取締り対象になった。
「一方では昔の女は生理なんてしてなかった」
「うそ。なんで?」
「ひたすら妊娠期間と授乳期間を繰り返していたから」
「生理よりつらいじゃん」
「昔は結婚年齢が若かったし、避妊なんて考えが無かったからね。生理してたのは夫を亡くした女だけ。あとは尼さんとか」
「でも昔は夫を失うと生活手段が無いよね」
「うん。女の仕事なんて無かったからね」
「結局どこかの男の世話になるか大きな家の女中とかにしてもらうか尼さんになるか」
「女中もめかけも同じ事だったりして」
「ああ、女中には手を付けていいと思われてるからね」
「うーん」
「多くの国で一夫多妻が公認または黙認されていたのは女の生活保証の為だね」
「今とは根本的な社会的システムの違いがあるな」
「田舎だと女でも農作業ができたけど、都会では、髪結いとか常磐津(ときわづ)の師匠とか特殊な技能の持ち主以外は、旅籠(はたご)とかの仲居、大きな武家の女中や下女、酒場とか茶屋の女、矢場(やば)の女、若い内なら子守女、あとは尼さん」
「明治になって女工なんてのができたのは大きいね」
「西洋でも近代になって紡績工場で女を使うようになってる。それまでなら間引き(*4)されかねなかった女の子たちがそこで働いた」
「女工哀史とかいうけど、女工になれた人はまだ恵まれてる」
「私もそう思う。西洋では教養があれば家庭教師とかコンパニオン(*3)とかもあったけどね」
(*3)コンパニオンとは金持ちの家の娘の話し相手や遊び相手を務めた女性。相応の教養が求められた。コンパニオンはどこにでも連れて行ったし、昔は未婚の女性はボーイフレンドと会う時もコンパニオンを連れていた。コンパニオンを連れずに男と会うのははしたない行為とみなされていた。
(*4) 間引きとは食い扶持を減らすため子供を(一部)殺すこと。濡らした紙を寝ている子供の顔に乗せ、窒息死させるなどのことが行われた。昔は仕事先の無い女の子はいつでも間引きされかねなかった。一方で昔はワクチン接種とかが無いので、病気による子供の死亡率も高かったから、近所で子供が死んでも誰も気にしなかった。
「家庭教師とかもかなりの特殊技能だ」
「昔は男だって仕事が無い。スタンダールの『赤と黒』に書かれているように、貧乏な家の男には軍人になるか坊さんになるかしか道は無かった」
「ああ」
「史上最初のナプキン“コテックス”は従軍看護婦さんのために作られた」
「普通の環境の女には不要だったわけか」
「今普通のことがちょっと70-80年前にはまるで事情が違ったんだな」
「現代日本では風俗に行く男は半数くらいらしいよ。だから残り半数のうち彼女がいる男を除くとみんなオナニーで性欲を解消している」
「テンガが日本で発明された訳だよ」
「日本では結婚している男でもオナニーするし、女もオナニーするし、日本はオナニー大国だね」
「海外の女はオナニーしないの?」
「少なくとも先進国ではすると思う。アメリカで聞き取り調査したのでは過去4週間以内にオナニーしたことがあると答えたのは男女とも9割だった」
「ほほお」
「でも多分残りの1割は嘘ついてる」
「あはは」
「その内女性用テンガが出たりして」
「女はテンガに処女を捧げたくないと思う」
「入れなくてもクりちゃんに当てて気持ち良くするとか」
「ローターというものがあるじゃない」
「あ、そうか」
「双葉ちゃんに1個進呈しよう」
と言うと、きーちゃんは自分の部屋からピンクのローターを取ってきて双葉に渡した。
「一応アルコールウェットで拭いたけど、自分でも拭くといいよ」
「はい」
「清香は自分で買えそうだ」
「アマゾンで買った」
「何でも売ってるんだな」
「その内ミサイルとかでも買えるようになる」
「それはきっとそうなる」
4月7日は星弥・月弥の1歳の誕生日なので、姫路の翻田家ではお祝いをした。
まず前日に花絵が桜ジェットで留萌に行きP神社のお留守番を務める。常弥が桜ジェットで姫路に来て、誕生祝いを始める。最初に“一升餅”をする。この行事は地域によってかなりバリエーションがある。今回はこのようにした。
プリンセスに頼んで、餅米一升で撞いた丸餅を作ってもらっている。これを姫路翻田家の居間に置き、星弥・月弥に踏ませた。この踏ませるのは九州系らしいが、留萌の翻田家では花絵や和也の時(当時は稚内に住んでいた)もこの方式だったらしい。
その後、餅は細かくして大人たちがぜんざいにして食べた。細かくするのは千里が九重にやらせた。人力ではなかなか大変である。一度には食べきれないので残りはビニール袋に小分けして冷蔵庫に保管した。
そのあと“選び取り”をする。子供たちの前に並べたのは下記である。
・姫革細工(姫路の特産品)の小物入れ
・白樺の木彫り人形
・電卓(商売人?)
・国語辞典(学者?)
・USBメモリ(iT関係?)
・スプーン(料理人?)
・ミニカー(運転手?)
星弥は姫革細工の小物入れ、月弥は白樺の木彫り人形を取ったので、
「星ちゃんが姫路の跡取りで月ちゃんが留萌の跡取りかな?」
などと光子などは言っていたが
「分かんないよねー」
などと、まゆりとかは言っていた。
そのあと、スーパーで買ってきたヤマサキのケーキを食べたが、星月は手づかみで食べるので最近1歳の誕生行事としてはやっている“スマッシュケーキ”のような感じになった。
おとな向けに千里が北海道方式のお赤飯(甘納豆を混ぜる)を作り、光子は鶏の唐揚げを作ったが、子供たちはケーキを食べていた。
誕生祝いが終わった後は常弥は桜ジェットで留萌に帰り、花絵が桜ジェットで姫路に戻った。
子供たちが1歳になったので、まゆりは
「おっぱいは終わり」
と宣言した。こどもたちがおっぱいを求めても
「おっぱいは無い」
と言う。
「おっぱい無いの?」
「無い」
それで子供たちはまゆりのおっぱいは諦めた。
でも和也のおっぱいに吸い付いた!(断乳の意味無し!)
東の千里が旭川から送った荷物は入学式の翌日4月9日に到着した。ゆきは自分の分の服や辞書、楽器、また大学の教科書などを司令室に移しておいた。ブレンダのアパートはゆきの予想通り雨漏りでブレンダの服はずぶ濡れになるが、ゆきの分は移しておいたので無事だった。ブレンダは結局雨漏りの酷い居室を諦めてまだマシなキッチンで寝起きするようになる。
グレースは青龍に工作させてキッチンの天井にブルーシートを張り、キッチンは雨漏りがしないようにした。青龍も「この居室の方は救いようが無いです。野原と同じです」と言っていた。
押し入れの布団もずぶ濡れになったので、グレースは中古の布団セットをビニールの布団袋に入れ台所に置いておいた。またレジャーシートに、下着とかタオルも数セット置いておいた。
ブレンダは桃香のアパートに同居するようになるまでこの雨漏りの酷いアパートの台所で暮らし続ける。
なお、ブレンダの龍笛やキーボードはゆきが台所に移し、雨にやられないようビニール袋に入れておいた。(後日ブレンダ自身の手で車のほうに移される)
東の千里は先月自動車学校に行った時、自動車学校の寮で辛島さんという千葉市内の神社(L神社)の巫女長さんと同室になったのだが、4月14日、その神社を訪問し、バイト巫女に採用された。千里は辛島さんとこの後20年以上付き合うことになる。
森林の買収だが、2009年の前半は、神奈川・岐阜、また四国で多くの山を買った。みんな木を切ってもとても人手では搬出できないような場所である。また各々の麓付近で製材所の買収、時には新設も進めている。廃業して何年も経ったところを買い取ったものもある。こういう所では元従業員の再雇用に成功したところもあった。しかし完全に新規立ち上げになった所も数ヶ所ある。
岐阜で買った山の一部は飛騨山脈(北アルプス)にかかっている。結構立派な飛騨杉もあったが、運び出せないのではどうにもならない。千里は数本の杉を切らせ、取り敢えず葉枯らし(山林に放置して自然乾燥させること)させた。