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グレースはA大神様に呼ばれて北海道旭岳の中腹、千島桜の森の中にある1軒の古い民家に来ていた。家の材料は(安価な)ミズナラっぽい。家の土台の材木が基礎のコンクリートに直付けされているのを見てグレースは顔をしかめた。昭和20-40年代の家に多い工法で、地震にとても弱い。使用されている材木自体が凄く細い。
グレースはシネさん(*5)に案内されて家の中に入ると、寝室で冬眠しているっぽい2人の千里を見た。
(*5) “シネ”は“死ね”ではなく、アイヌ語の数詞
1.シネ 2.ツ 3.レ 4.イネ 5.アシクネ 6.イワン 7.アルワン 8.ツペサン 9.シネペサン 10.ワン
A大神はおっしゃった。
「6年前、私が千里をデュプリケイトして赤と青を作った時、その反動でその2人のコンプリメントができてしまった。これは誰かが作ったというものではなく、自然に生まれたものだ。そのあとP大神が青の千里をコピーして黄色を作った時、またそのコンプリメントが生まれた。赤のコンプリメントを仮にグリーン、青のコンプリメントを仮にオレンジ、黄色のコンプリメントを仮にヴァイオレットと呼ぶ」
「私とP大神・Q大神はそのあと千里のクローンを台木にして他の3人の千里を接ぎ木してひとつにまとめた。これが白の千里だが、そんな人間を合体させるなどという無茶をしたので、その反動で白のコンプリメントが生まれた。これを仮にブラックと呼ぶ」
「これらのコンプリメントは千里の本体が全滅した場合はこのコンプリメントのほうを3人(A大神・P大神・Q大神)で分ければいいやと思って放置していた。でもオレンジを私は見失った。ブラックはヴァイオレットと合体してヴィクトリアがうまれた。一方で白の霊体がグリーンに吸収されてお前になった」
「その後、3年前にヴィクトリアは透明なガラスドアに気付かずそこを通り抜けようとして再び表現体のヴァイオレットと肉体のブラックに分離した。ブラックはK1,K2に分れて青と赤に吸収された。この時点でK1には青と黄色の肉体が、K2には赤の肉体が入っていたが、その1ヶ月後の階段下衝突事件で黄色の半分がK1からK2に移動した」
「それで新しいK1にはブレンダの肉体とゆきの肉体が含まれていて、新しいK2にはロビンの肉体と夜梨子の肉体が含まれている。ロビン・夜梨子とロゼ・グレース・ジェーンはK2ベースだから、この中の誰かがお酒を飲むと他の子も酔う。ブレンダ・ブルームとゆき・ゆりもK1ベースだから誰かひとりがお酒を飲むと他の子も酔う」
先日ブレンダが雨宮先生にしこたま飲まされた時はゆきも完璧にダウンしていた。しかし逆に言うと2人分の身体で飲んだからこそ比較的軽い酔いで済んだのだろう。
「まあ、そういうわけで、ここで冬眠しているのがK1とK2だよ。3年前の衝突事件の直後は赤・青と一体化していたが自然に分離してしまったのでここに寝かせている。」
「どちらがどっちですか」
「左側がK1, ブレンダとゆきのベース。まあ色で呼ぶとしたら青の強い緑だから青緑かな。右側がK2, ロビンと夜梨子のベース。赤の強いオレンジだからバーミリオンかな」
と言いながら、大神は各々の色を白い紙に塗って冬眠している2人の身体の上に置いた。
「提案です。ここもっと丈夫な建物に建て替えましょうよ。こんなボロい家に私たちの本体があるのは不安です」
「任せる」
それでグレースは秘密を守ってくれそうな(というより本人たちがすぐ忘れてしまいそうな)清川と零風を使ってこの家の近くにもっと丈夫な家を1ヶ月ほど掛けて建てさせた。材料は江差ヒバである。地震対策でダンパーも入れている。千里K1,K2の移動はA大神にお願いした。清川たちの報酬はレミーマルタンの最高級品“ルイ13世”と神戸牛1頭である。零風が
「このウィスキー美味〜い」
などというので清川が
「これはブランデー」
と訂正していた。
「どう違うんですか」
「お前はドラッグストアで売ってるエチルアルコールでも良さそうだな」
ロビンは黒い礼服を着て和歌山市内の佐田家を訪問した。喪中の紙が貼ってある。ピンポンを押すと奧さんらしき人が出てくる。弔問に来たことを告げると中に案内されたので、仏間に行き、仏前に御香典を供えて手を合わせた。(般若心経は自粛した!)
京都から来たのでと言っておたべさんを渡したら、娘さんらしき人がお茶をいれてくれた。独特の香りから中国茶の東方美人とみた。
プリンスの筆頭株主の村山と名乗り、肩書きの無い名刺も渡しておいた。
「田上さんにはあの人のお父さんの代からお世話になって」
と奧さんは言っていた。奧さんの話は田上から聞いた話とほぼ一致していた。
銀行内の勢力争いに敗れ、バスも1日に2本しかない山奥の支店に左遷されたので退職した。しかし大学(関西大学)を出て銀行に入って30年銀行の仕事ひとすじだったから他のことが何もできない。それで一時期は牛丼屋さんのバイトとかをしていたらしい。それを田上父にスカウトされた。会社の規模が大きくなりバイトの女の子たちだけではとてもお金の管理ができなくなってしまったので、お金に強く信頼できる人が欲しかったということだった。それで経理部長を10年、息子さんの代になってから副社長を10年務めた。ほんとに田上親子にはお世話になったと言っていた。
「今回も相続税を払うあてが無くて困っていたらプリンス株を田上さんが買ってくださって。お陰でこの家を売らなくて済みます」
と言っていた。
「いい人ですね」
娘さんは大阪のマンションに住んでおり、夫は旅行代理店に勤めているらしい。自分達と一緒に住まないかと誘ったものの住み慣れた和歌山を離れたくないと言っていたという。
子供が3人、廊下を走っていった。
「この家に来ると鬼ごっこするのが楽しみみたいで」
と娘さんが言っている。確かにこの家は鬼ごっこのし甲斐がありそうだ。都会のマンションではとてもできないだろう。
この家はかなり広い。多分評価額は3億円程度とみた。するとプリンス株も含めた相続税は2億円程度だろう。流動資産を持ってないと簡単には払えない。しかしプリンス株を田上が2億円で買い取ったのでそれでちょうど相続税が払えると思われる。多少足りなかったとしてもこの家があれば銀行が貸してくれるだろう。
「長年住み慣れた町からは移動したくないでしょうね。うちの祖母も北海道の旭川でひとり暮らしで、札幌の息子からこちらに来ないかと言われるものの住み慣れた旭川を離れたくないと言って」
「ああ気持ち分かります」
「特に祖母は目が見えないので子供としては心配なのですが、目が見えないからよけい知らない町には行きたくないみたいで」
「目が見えないのなら子供も心配だけど本人は確かに引っ越したくないでしょうね」
佐田家の弔問の後、千里は明るい色のスーツに着替えてエレガントの本社にも挨拶に行った。社長の小川さん夫妻が会ってくれた。奧さんは常務の肩書きを持つ。元々この奧さんの高祖父だかが始めたお店らしい。最初は呉服屋さんで、創業は天保年間という。今でも売上の半分が衣料品である。また子会社の呉服店“雅(みやび)”を主要店舗に併設している。そもそも“エレガント”は“雅”を英語に翻訳?したものである。
しかしご夫婦とも、特に奧さんが“商売人”という感じだった。いかにも“企業家”という雰囲気の田上や片倉とは全然別のタイプの経営者だ。
「プリンスの田上さんからこちらの株式40万株を買い受けさせていただきました姫路のスーパー・プリンセスの親会社・桜製菓の80%株主の村山と申します。図らずもこちらの筆頭株主になってしまいましたが、基本的には配当を受け取るだけで充分ですので、こちらの取締役とかにしていただかなくてもいいですから」
と千里は言った。
「いやお若い方で驚きました」
と小川さんは言っていた。
「大量保有報告書でお名前を見てお名前は“せんり”と読んで男性だろうか“ちさと”と読んで女性だろうかなんて言ってたんですけどね」
「ああ。歌手の大江千里(おおえせんり)とか居ますしね。私の父は私のこと男の子だと思ってたみたいですけどね」
「分かります。村山さんすごい男勝りっぽいもん」
「父は漁船の仕事をしていたので自分の後を継いで船に乗ってくれと言ってましたが、私は船酔いするので勘弁してくれと言って逃げてきました」
「女に漁船に乗れというのはさすがに無茶」
「でもプリンセスは生鮮食品の仕入れが強力ですね。提携以来、お魚が美味しくなったとお客様にも好評でしてね」
「私自身多数の養殖業者を配下に持ちますし、多数の農園・牧場・養豚場・養鶏場を運営しているので、実はプリンセス自体、お魚・お肉や野菜の販路として使わせてもらってるんですよ」
「ああ、生産者のほうが本業なんですね」
「ええ。瀬戸内海では牡蛎とか、たい・ひらめ、はまち、かんぱち、など、九州ではハマチ、うなぎ、まぐろなど、北海道では桜鱒、すけそうだら、ほたてとかを養殖しています。養殖以外でも四国のカツオ漁業者とかと契約しています」
「北海道でも展開しているんですか」
「私、元々北海道の出身なんですよ」
「へー」
「高校進学で姫路に出て来たんですよね」
「すみません。失礼ですが、村山さん何歳ですか?」
と社長が訊くと奧さんは
「女に年を聞いてはいけない」
と言っている。
「別にいいですよ。18です。それで未成年なので会社の役員になれないんですよ。だから私が実質経営しているところも名目上の代理人を立てています」
「ああ」
「大学生さん?」
「この春、京都の大学に進学しました」
「だったら今は京都にお住まい?」
「ええ。南区です」
すると奧さんが言った。
「だったら成人式の振袖作りません?」
さすが商売人である。
「まだ再来年だから1年後くらいに」
「だったら1年後に」
「そうだ。うちの振袖のCMに出てもらえません?」
「え〜!?」
「だって凄い和風美人だし」
「ああ、私剣道するし、神社の巫女さんもするから和風かもしれないですね」
それで千里は雅の振袖のCMに出ることになったのである。
千里が剣道をして巫女さんもすると聞いて、剣道をしているところ、巫女さんをしているところまで撮影することになる。
結局ここの振袖を着て
・竹刀の素振りをするところ
・藁を立てて試斬り(しぎり)をするところ
・大幣(おおぬさ)を振る所
・龍笛を吹くところ
・扇を持って舞をするところ
などのシーンを撮影した。
試斬りに使った刀はいつもの村正ではなく、小川さんが用意してくれたもので、レンタル品である。竹中さんという岐阜県の関(せき)の刀鍛冶さんの作品で、“虎龍”(こりゅう:とらぶりゅーではない)という銘が入っている。
振袖を着た女性が日本刀を振り回すなんてCMはかつて無かったものだろう。このCMが受けて、雅には振袖の注文やレンタル予約が殺到し、大増産体制を取ることになる。(詳細後述)