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嶋田は対戦しながら武矢に訊いてみた。
「村山さん、お嬢さんおられます?」
「うん」
やはり、あれは村山さんの娘さんだったのだろうか。
「おいくつくらいですか?」
「今高校生」
だったら違うか。あの電話の声はそこまで若くなかった。20歳前後と思った。
「二十歳(はたち)くらいの人はいませんよね?」
「大学生の息子なら居るけど」
息子さんじゃ違うよな、と思う。
4月中旬。
海上保安庁のスタッフが、鹿無島灯台から、嶋田がいったん送ってしまった荷物を三泊灯台に持って来てくれた。
「ありがとうございます。着替えとか少ない数で回してたから助かる」
「あっち行けとか、こっち行けとか大変だね」
と運んできてくれた人も言う。
荷物は布団袋、着換えや小物を入れた段ボール、それに缶コーヒーの箱がひとつあった。
「このコーヒーは?」
「なんか宅急便で届いてたよ」
確かに宅配の伝票が付いている。
嶋田はハッとした。電話の女性が言っていた「眠くならないように」って、もしかしてこのコーヒーのこと〜?嶋田はありがたくて涙が出る思いだった。
なお翌週には別便で缶コーヒーを缶ごと温められるドリンクウォーマーも送られてきた。
しかし嶋田と武矢の夜の将棋は、翌年春にこの灯台が無人化されて(*16)、嶋田が函館保安部勤務になるまで続いた。また缶コーヒーの箱は毎月届けられた。
(*16) 本当は国内の灯台は2006年12月で全て無人化された。
京都。
西の千里たちの剣道部で初日の集まりが終わった後、外人女子の参加者が訊いた。
「済みません。どこに行けば忍者を雇えるか知りませんか」
彼女はフィンランド人でシルキ・クイッカといった。剣道は初めてだが、フェンシングはかなりやるらしい。その彼女が唐突に忍者のことを訊いたのである。
「は?」
「クラスでも訊いたんだけど、忍者なんて居ないと言われて。それで、やはり忍者って秘密の存在だからおおっぴらには居ないことになってるのかなと思って。でも剣道部の人なら知らないかなと思って」
「いやほんとに忍者はもう居ないんだよ」
「そんな」
公世が説明した。
「江戸時代までは忍者は使われていたけど、1868年に明治維新が起きて国の体制が変わり、全て西洋式が導入されて、忍者も使われなくなったんだよ。忍者の里であった伊賀・甲賀でも忍者の養成はおこなわれなくなった」
「そんなあ。私お祖父ちゃんに忍者10人くらい雇って帰ると約束して日本に来たのに」
「でもなんで忍者が必要なの?」
「うちのお祖父ちゃん、山で木を切って製材所に売る仕事をしてたんだけど、年取ってなかなかお祖父ちゃんの体力では山に入れなくなったのよ。でも凄い急傾斜の険しい山だから普通の人にはなかなか現地まで行くのも大変で。でも3mくらいの壁を飛び越えたり、高いお城に登ったりできるような忍者ならきっと、あの山にも入れると思って」
「それはむしろ君のお祖父ちゃんの身体能力を尊敬するな」
と双葉。
「そう?うちのお祖父ちゃん、若い頃は城壁登りのチャンピオンにもなったことあるんだよ」
「凄いじゃん」
「私日本に来てから何本か忍者映画鑑たよ。『滝沢毛野と影の軍団』感動した〜。富山城(とみやまじょう)に集団でよじのぼって天守閣を攻略するとか」
「あれは特撮 SFX だからねー」
「えー!?そうなの?」
「あんな人がほんとにいたら日本はオリンピックの体操競技で金メダル独占するよ」
「プロの忍者はオリンピック出場禁止なのかと思った」
「でも毛野さんの女装もお美しかったぁ。女の振りして敵陣に潜入する忍者を“くのいち”と言うんだっけ」
「違う違う。“くノ一”は女性の忍者」
「そうだったのか」
「でも、彩真吾(いろどり・しんご)さんの女装はポイント高い」
「あの人、現代劇でセーラー服着たこともあるし」
「可愛いから、みんなでおだてて乗せて著せちゃうんだよね」
「NASMOの写真集ではウェディングドレス着てタキシード着た弘樹君と模擬結婚式あげてた」
「声も女の人の声みたいだった」
「わりと高い声が出るし、あの人、女性みたいな話し方もできるんだよね」
「電話ではたいてい女性と思われると言ってた」
「NASMOの『森のラブ・ストーリー』では女性パート歌ってるし」
「10代の時、高い声が失われないように睾丸を取らないかと言われて、少し悩んだことあると言ってた」
「ああ、睾丸取ってるんだ」
「いや、取らないかと言われただけで、取ってないと思う」
「でも女性ホルモン飲んでたのではという疑惑はある」
「ああ、それはきっと飲んでるよ」
「本人は僕女の人と結婚したいからと言ってたけど、睾丸くらい無くても結婚したい女性はたくさんいると言われてた」
「うん。たくさんいるから、取っちゃえばいいのに。声もだけど、あの美貌が失われるのは損失だよ」
「ね」
「真吾ちゃんをお嫁さんにしたいという男の子も多い」
「ああ、それも多いだろうね」
「ともかくどういうところなのかその山を一度見てみたいね」
と双葉は言った。
「うん。ぜひ見に来て。この夏にも。招待するから」
とシルキーは言う。
「よし。だったら、みんなでシルキーちゃんのお祖父さんの山を見に行こう」
と双葉が言う。
「みんなでって?」
「私ときみちゃんと、千里に清香だよ」
「私も行くのか」
と千里も清香も言った。公世はどうも最初からこの青い目の娘に同情的だったようである。
しかしそれで今年の夏のフィンランド旅行が決定したのである!
部活が終わってから、みんなでシルキーのお道具を見に行った。
道着と袴を買い、面・胴・小手を買い、それから竹刀(しない)を選ぶ。
「カーボン製もあるけど、感触が違うから竹製がいいよ」
と言って竹を勧めた。
付属の竹刀袋に虎の絵があったので彼女はこの竹刀自体にティカリ(虎)と命名していた。
垂れに付ける名札も注文した。彼女の苗字はクィッカ(Kuikka)だが“橘花”という漢字で頼んだ。自分の名前を漢字ではどう書くかというので考えていたものらしい。シルキーは“知絹”らしい。元々シルキーというのが絹という意味である。
道具入れも買い、それに防具と竹刀を収納してもらって店を出る。
シルキーは尋ねた。
「今日買ったのは竹の刀ですね。本物の刀はどこで買うんですか?」
「そんなもの買わないし使わない」
「え〜〜?そうなんですか」
「そんなもの持ち歩いたらというか所有するだけで法律違反」
「そんな。日本では鉄道とか飛行機に刀置きがあると聞いたのに」
「ああ、そんな映画があったな」
「危険なものとして、銃刀法、銃砲刀剣類所持等取締法で厳しく取り締まられているから」
「日本刀でなくても、6cmを越える長さの刃物を持つのは違反になる」
「だから一般に売られているハサミだってみんな6cm以下」
「厳しいですね」
「時代劇の撮影とかで使われているのは刃も無い小道具。素材もラバー」
「警察官とかは刀は持たない、警棒だけ」
「美術的に価値のある日本刀のみが観賞用として所有が許可される」
「ちなみに本物の日本刀は買えば安いのでも数百万円はする」
「高いんですね!」
「今では数少なくなった刀鍛冶さんから直接買うしかないけど、刀鍛冶さんも年間に作っていい本数が定められているから入手はかなり困難」
「そもそも日本刀の材料の玉鋼(たまはがね)が稀少なもの」
玉鋼はとても上質の鋼。普通の鋼は日本刀を“鍛える”過程に耐えきれず折れてしまう。
玉鋼は近代的な高炉などでは得られず、古くからのたたら製鉄でのみ生まれる。現在、玉鋼を製造しているのは島根県の“日刀保(にっとうほ)たたら”1ヶ所だけで、年間4−5回しか作鋼しない。ただし、鋼自体を自作する刀工さんも居る。古くは眞砂砂鉄と呼ばれる上質の砂鉄から作っていた。
明治時代の軍刀などは普通の鋼をローラーなどで機械的に刀の形に成型したいわば“刀もどき”である。2〜3人斬ったらもう切れなくなるなどと言われた。現代のヤクザが持っているのも似たようなレベルのものと思われる。
後日、彼女を京都国立博物館に連れて行き、本物の日本刀を見せてあげたが
「美しーい!」
と感動していた。
でもその後、河原町の土産物店で木製の刀(銀色ラッカー仕上げ)とプラスチックの手裏剣を買って喜んでいた!