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■続・サクラな日々(11)

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ゴールデンウィークの後半、5月3日、私は進平と一緒に進平の実家へ行った。 
向こうの家に行くというのは母に連絡していたのだが、直前になってお土産をことづかってと言われて、クール宅急便でうちの地元の高級和菓子が送られてきたので、それを持って、進平の車で関越を走り、彼の実家まで行った。進平のお母さんからは振袖も持ってきてと言われていたので、セットを車に積んでいった。 
実家には、彼の2人のお兄さんとお姉さんも帰省して来ていた。お姉さんの亜紀さんは彼氏を連れてきていた。まだ挙式とかは未定であるものの2〜3年以内に結婚しようかと言っているということであった。
 
私はちょっと緊張したが、みんな私を歓迎してくれたし、何といってもお母さんが私を優しくもてなしてくれたので、落ち着くことが出来た。うちの実家からのお土産を渡し「今度きちんと挨拶に来ますから」と言ってましたと伝えると、お母さんは「あら、こういうのは男の子の親が女の子の親の所に挨拶に行くものだわ」などと言い、今月か来月にでも私の実家の方に行きたいと伝えてくれと言われた。 
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進平のお父さんは漁師さんで、その日の夕食も、新鮮な獲れたてのお魚を使った握り寿司であった。お母さんがじゃんじゃん握っていたが「あ、私も手伝います」と言って、やらせてもらう。「あら、あなた握り方うまいわね」と言われた。お魚はある程度の量をお母さんが既に3枚に下ろして刺身サイズに切っていたのだが、途中で足りないかな?ということになって追加でさばいたが、それを3枚に下ろすのも、私がやらせてもらった。
「お魚がちゃんとさばける女の子は素敵」などと言われる。
 
「お魚さばくのは子供の頃からやらされてました。うち、女のきょうだいが居ない中で私が一番下だったから、あれこれ母のお手伝いさせられてたんです。洗濯機回したり洗濯物干したりとか、お風呂とか玄関とか家の中のお掃除とか、お米研ぐのとかも私の担当だったし、カレーライスとか、玉子焼きとか、おでんとかは、よく私が作ってました」「へー。いいお嫁さんになれるよう教育されてるのね」
 
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「そうかもです」と私は笑って答える。
「握り寿司は、2月頃、進平さんが、握り寿司大量に食べたい、店で売ってる奴じゃなくて、私に握って欲しいと言い出して、それで私頑張って練習したんです。2週間くらい、ひたすら握り寿司作ってました。最初の頃はなかなかうまく握れなくて、進平さんも少し不満そうでしたけど、最後の方は結構満足してもらえたかな。でも、お母さんが握り寿司を作られるんで、手作りの握り寿司が食べたかったんですね、進平さん」 
「男の子ってマザコンだからねえ」とお母さんは笑っている。
 
ふたりで握ったので、あっという間に大量のお寿司が出来たが、人数も両親とお父さんのご両親、2人のお兄さん、亜紀さんと彼氏、私達2人と合計10人なので消化も速かった。
「母ちゃんの作った寿司と、ハルちゃんが作った寿司の区別がつかなかった」
と進平。
「私の作ったものはお母さんのより、握り方が少し緩いです。私握力無いから」
「私も区別付かなかった」と亜紀さん。
「え?これ晴音さんが半分くらい握ったの?全部母ちゃんが握ったと思ってた」
とお父さん。
 
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「区別が付いたのは私とハルちゃんだけかもね」とお母さんはニコニコ笑っていた。 
翌日は親戚の人たちが来るからと言われ、私と亜紀さんは朝から振袖を着た。着付けは、朝早くから来てくれた、お母さんのお姉さんがやってくれた。近隣の町で美容師をしていて、花嫁さんもちゃんと作れるという人であった。「もしこっちの方でも披露宴やるなら、私がふたりとも花嫁さんにしてあげるね」
などと伯母さんは言っていた。
 
「親戚の人への挨拶とかもあるんなら、前もって言っててよ」と私は進平に文句を言ったが、進平も「いや、俺も今聞いた」などと言う。進平はスーツを持ってきてなかったので、お父さんのスーツを借りていた。亜紀さんの彼氏も同様にスーツを借りていた。
 
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午前中からぱらぱらと、これはどこどこの誰々さんでといわれて、たくさんの親戚さんがやってきたが、私はとても覚えきれなかった。「あとでちゃんと教えて」と進平に言ったが「いや、実は俺も誰がどういうつながりか、さっぱり分からん」などと言う。
 
お昼は仕出しが取られて、家の中の仏間とその隣の部屋、更にその隣の部屋との間の障子が撤去されて、合計20畳くらいになった広い部屋で、まるで披露宴みたいな感じで、私と進平、亜紀さんと彼氏が前に座らされて会食となった。 
「もしかしてこれお披露目なの?」と進平にささやくと「そうかも知れんということに俺も今思い至った」などと言う。亜紀さんの方もかなり焦っている雰囲気であった。「私、まだこの人と婚約もしてないんだけど」などと小声で言う。「私達もですよ〜。結婚したいね、と言ってるだけだもん」と私は答えた。「でも、晴音ちゃん、その指輪いいわね〜。進平も頑張るじゃん」
とお姉さんは私の左手薬指の指輪を褒めてくれた。
「ねえ、トモちゃん、私も安いのでいいから、左手薬指に付ける指輪欲しい」
「分かった、分かった。じゃ大阪に戻ってからね」
などと向こうも会話している。
 
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進平の上のお兄さんが挨拶をして、私達2組のカップルを紹介してくれた。私も「晴音です。よろしくお願いします」などと挨拶する。しかし挨拶の後は何だかよく分からない宴会になっていった。親戚の人のひとりが歌を歌うと言って立ち上がると、演歌っぽいもの?を歌う。三味線と太鼓(持参!)を弾いて民謡を歌う親戚さんもいた。たぶんこれ氷川きよしの曲だったかな?と思うのを歌った親戚さんが「じゃ、進平ちゃんのお嫁さんも何か歌ってみよう」などと言い出す。お酒もかなり入っているようだ。
 
私は頭を掻きながら立ち上がると、松田聖子の『赤いスイートピー』を歌った。これなら知ってる人も多いだろうかなということでの選曲だったが、けっこう受けていた。「では次は智和さん」と言って、私は亜紀さんの彼氏に振る。彼氏さんは次は自分に来そうと予想していたようで、照れながら立ち上がると福山雅治の『化身』を歌った。あまり歌がうまくないようで音程がとめどもなくずれていき、途中で少し可哀想になったが、何とか歌いきって拍手をもらった。 
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宴会はどんどん混沌となっていった後、午後3時過ぎに散会となった。私達は4人で挨拶しながら、親戚さんたちを送り出した。お兄さんたち2人も夕方には慌ただしくJRで帰って行った。智和さんたちがお兄さんたちを駅まで送っていってくれた。
 
「まあ、恋人のお披露目だから3時間で終わったね」とお母さん。
「あの・・・・結婚式の御披露とかはもっと凄くなるんですか?」
「うん。3日連チャンとかでやるよ」
「きゃー」
「葬式が一週間かかるのは知ってたけど、披露宴の3日は知らんかった」と進平。田舎の風習というのは凄いなと私は思った。
 
「だけど男の子3人もいて、ひとりも漁師を継いでくれないみたいなのよね」とお母さんは少し嘆くように言う。
 
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「涼太は大学出てすぐに証券マンになっちゃって今は九州で勤務、忠良も大学出たあとソフト会社に入って名古屋で勤務、進平は腕力無いから漁師は無理と最初から諦めてる。亜紀の彼氏も大阪で塾の先生だしね」 
「お兄さんはふたりともがっしりした体つきですよね。同じ兄弟でも体質違うんだなと思って見てました」「俺、子供の頃から華奢だったから、よく女の子みたいって言われてたよ。遊ぶのも女の子と遊んでる方が多かったし。まともな男の子の友達ができたのは椎名たちが初めてだった。俺もひとつ間違えば晴音と同じ道に行ってたかも」などと進平は言う。これは初耳だ、
 
「でも結果的には4人の中で俺がいちばん近くにいるから、何かあった時は真っ先に駆けつけるよ」「しょうがないね。私もあんたを頼りにするかね。もっともあんたより晴音さんのほうが頼りになるかも知れないけど」「ははは」と進平。
「私でできることなら、何でも言ってくださいね」
「うん、よろしくね」
 
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3日目はせっかくこちらに来て、名所とかも見ないのもと言われ、智和さんの車(カローラ・フィールダー)に、亜紀さんと智和さん、私と進平、お母さんと5人で乗り込み、近隣の観光名所を見て回った。智和さんは道が分からないのでドライバーは進平が務めた。お母さんが「女3人でおしゃべりしよう」などというので、智和さんが助手席に乗り、後部座席でお母さんが真ん中、私が右、亜紀さんが左に座って、ほんとにおしゃべりばかりしていた。 
「えーっと、お前らおしゃべりが忙しいみたいだけど、ここは観光絵はがきにもよく載っている◇◇◇の滝だ」などと進平が解説してくれる。
 
この地域はけっこう古くから開拓されていた地のようで、1000年も前の大名主さんの家なんてのが残っていたりする。規模は小さいものの、よく信仰されている感じの、雰囲気の良い神社などもあった。私達はあちこちで5人であるいは私達カップル・亜紀さんカップルの記念写真を撮った。
 
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そして私達は翌日、4日間の連休をほんとに慌ただしく過ごして、それぞれの普段暮らしている町に帰還した。
 
その翌週は私の21歳の誕生日だった。私達はケーキとワインを買ってきて、(私の)自宅でのんびりした夜を過ごした。この日は進平が今日くらいは自分が御飯を作るといって、いろいろメニューを考えていたようだったが、結局はホットプレートを使って焼きそばになった。
 
この誕生日の日から私はブレストフォームを外して実胸で生活するようにした。実胸だと、胸のサイズはBカップが少し余るくらいであったので、少し足りない分はウレタンパッドを入れておいた。進平はサイズが小さくなったのが寂しいなどと言っていたが、私は胸を揉まれる時、ダイレクトな感触になるので気持ち良かった。それにそろそろ夏が近づいてくるので、蒸れやすいブレストフォームは外しておきたいという気持ちもあったのであった。男の子に揉まれると胸って大きくなりやすいらしいよ、と言ったら、しょっちゅうマッサージ?してくれた。 
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その翌週、また椎名君たちとの深夜ドライブで、栃木県の方の温泉に深夜入浴したが、胸のサイズは当然花梨たちに指摘された。
 
「かなりおっぱい小さくなったね」
「えへへ。でも上げ底無しのリアル・バストだから」
「凄いね。半年弱でこれだけ成長したんだ」
「うん。私、ホルモンの利きがいいみたい」
「あと1年くらいしたらかなり大きくなるんじゃない?これなら」
「そうね。今はホントまだ成長期だから」
「ふつうの女の子なら、小学5〜6年生くらいの状態か」
「たぶん」
「外したブレストフォーム、彼氏をびっくりさせるのに使いたい人に貸します」
「貸して〜」と麻耶。
ということで、私は麻耶にブレストフォームの貼り付け方を説明した。 
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進平のご両親(+付き添いで大阪の亜紀さんとその彼氏)が5月の下旬に私の実家に挨拶に来てくれた。こちらも風史兄が都合を付けて窓歌さんと一緒に来てくれて母が仕出しを取って10人で会食して、両方の家の親睦を・・・などということをした。 
進平のお母さんとうちの母は比較的似た性格だよなと思っていたが(ふたりともとにかくノリが良い)、きちんとした挨拶が終わった途端、あっという間に打ち解けてしまっていた。また、窓歌さんと亜紀さんが同い年であったことから、なんだか仲良くなっていた。同じ大阪在住なので連絡を取り合いましょうなどと言っていた。亜紀さんたちはこの時はじめて私の性別のことを知ったようであったが、これだけ女らしければ問題無しと笑っていた。
 
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「私は実は進平自身がひょっとして性転換したりしないだろうかと思ってた時期もあったし、そういう進平が性転換した人と結婚するというのは、面白いね」などと言う。
 
「進平って、よく中学生の頃とか、同級生の女の子に頼まれてラブレターの代筆してたんだよ。私、添削してくれと言われてよく見てたけどさ、ほんとに女の子が書くような文章を、女の子みたいな可愛い字で書くんだもん。この子実は女の子の心持ってるんじゃないかと思ったりした」「へー、でもそれは才能ですね」
と私は答える。出会い系サイトの返信がいまやベテランとなった私から見ても進平の書いてた文章はやはりうまかったと思ったりもしていたが、元々そんなこともしていたのかと私は納得する。進平は少し照れていた。
 
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「孫は私が5〜6人産むから大丈夫だよ、お母ちゃん」と言ったら智和さんが「え、5〜6人?」などといって焦っている。
「育てきれなくなったら、2〜3人、ハルちゃんとこに押しつけるかな」
などとも言う。
「その時はしっかり子育てしてね」
「はい、頑張ります」
 

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