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「まさか、あなた男の子なの?」
「ええ。今のところは」
「うっそー!?全然そう見えない。だって、私あなたが振袖に着替える時にそばにいたけど、女の子の裸だったわ」
「ええ。でも実はまだ手術もしてなくて。今年中には手術して性別変更を申請するつもりでいるのですが」
「信じられない。御免なさい。ちょっと頭が痛い」
「大丈夫ですか?」
「でも、あなた声だって女の子だわ」
「えっと・・・出し方があるんですが・・・・でも私、ずっとこの声ばかり使っているから、もう男の子の声の出し方のほうを忘れてしまいました」
「うーん。御免。一晩考えさせて」
「はい。進平さん、お母さんをホテルまで送って行こう」
「うん。母ちゃん、大丈夫か?」
「はあ。。。あんたが選ぶ女の子だもんね。何かあると思うべきだったわ」
お母さんはコーヒーをぐいと飲むと言った。「それ頂戴」と言って私のコーヒーも一気に飲む。
「ごめん。晴音に言わせてしまったけど、俺がちゃんと説明すべきだった」
「そうよ。こういうの本人に言わせるなんて。言うの辛いに決まってるじゃん」
え?お母さんが私を気遣ってくれてる?
「うん」
「あれ・・・立てない」
精神的なショックに伴う体調の乱れだろうか?
「お母さん、ここでもう少し休んでから行きましょうか?」
「あ、そのほうがいいかも知れない」
と言うと、お母さんはテーブルの呼び鈴を鳴らした。
ウェイトレスさんがやってくる。
「ご注文でしょうか?」
「あ、えっとね。こちらのシーフードピザ30cm1つ、それからシーザーサラダの大盛り、ホットチキン5人前、トルティーヤ5人前、鉄板餃子5人前、それからライトビール2本、あと少したってからイチゴパフェ3つ」
「かしこまりました」
と言ってウェイトレスさんは去っていく。
「ちょっと、母ちゃん、何そのオーダーは?」
進平が訊いたが、私も目を丸くしていた。
「あの・・・お夜食ですか?」
「今から食べるの。こういう時はね、食べるの。あんたたちも食べなさい」
「はい」と私は返事した。
「うーん。いいお返事。私、あなたのこと好きよ、晴音さん」
「ありがとうございます」
注文の品が次々と来る。
「ビールは、私と晴音さんね。進平はドライバーだからお預け」
「うん」
「さ、乾杯」
「はい、乾杯」
というと私とお母さんはグラスを合わせた。
お母さんは一気に飲む。
「美味しい−。ビール飲んだの、久しぶり。さあ、晴音さんも一気に行こう」
「はい」
私は微笑んで、ビールを一気飲みする。
「おいおい、大丈夫か?」
「飲みました!」
「うーん、可愛い子、可愛い子」とお母さんは手を伸ばして私の頭を撫でてくれる。
「母ちゃん、少し元気になった?」
「ビールの力よ。さあ、みんな食べるよ」
私はその前にお母さんのお友達とした夕食がボリュームあったので、かなりお腹いっぱいだったのだが、ここは頑張って食べた。
進平も頑張ったので20分くらいでオーダーした品はきれいに無くなる。
「お腹いっぱいです」
「私も−」
「俺も」
「さあ、帰りましょう。ここの支払いは進平よろしく」
「うん」
車に乗り込み、お母さんが泊まるホテルに行ったが(車はとりあえずそばの駐車場に駐めた)、フロントに預けた荷物が少しある。
「あんたたち、これ部屋まで運ぶの手伝って」
というので、ふたりで荷物を持って、お母さんの部屋まで行った。
「ああ、汗掻いたわねえ。大浴場行ってこようかな」
「ゆっくり休んでくださいね」と言って引き上げようとしたら
「あ、晴音ちゃん、一緒にお風呂行こうよ」と言う。
「え?でも私、宿泊客じゃないし」
「分からないわよ、そんなの。なんなら、あんたたちもこのホテルに部屋取る?」
私と進平は顔を見合わせた。
「じゃ、泊まっちゃおうか」
「そうだね」
ということでフロントに電話を入れてもう1部屋確保する。隣の部屋が空いていたので、そこを当ててもらった。
「私、鍵取って来ます」
「あ、そんなの進平に行かせましょ。私達はお風呂行こう」
「はい」
ということで、私は進平のお母さんと一緒に大浴場に行った。
「一緒に行こうって来たけど、晴音ちゃん、女湯に入れるんだっけ?」
「はい、いつも女湯です」
「良かった」
大浴場の入口まで行き、姫様と書かれたのれんをくぐる。服を脱ぐ。
「やはり、あんたきちんとしてるわ。脱いだ服をたたんでロッカーに入れるなんて」
「えー?ふつう畳みませんか?」
「たたまずにそのまま放り込む子も多いよ」
「うーん。それは私には心理的抵抗があります」
「子供の頃、ほんとにしっかり躾られてるんだね」
私が全部服を脱いでしまうと、お母さんの視線を感じる。
「さ、入りましょう」と私が言うと「うん」といって一緒に浴室に入った。掛かり湯をし、微妙な部分などを洗ってから、浴槽に入る。
「私は最近のホテルのユニットバスが好きじゃなくて。あれ、お風呂入った気がしないもん。だからいつも大浴場のあるホテルに泊まるの」
「そうですか?確かにシャワーだけ浴びれたらという人向けかも知れないですね」
「でも、あなた手術がまだだと言ってたけど、既に女の子の身体じゃん。どこを直すの?」
「進平さんに初めて裸を見られた時も、そんなこと言われました」
「あらら」
「でも実はこの身体、まだ何もメス入れてないんですよ。いろいろとテクニックで誤魔化してるんです」
「えー!?そうなの?」
「おっぱいも実は偽乳です。ここに境目あるの分かります?」
「どれどれ・・・・・うーん。私の目では分からないわ」
「一応ホルモンも1月から飲み始めたので実胸も少しずつ膨らみ始めてはいるんですが、実胸だとまだAカップ程度しかありません」
「あ、でもAカップはあるんだ」
「はい。おかげで今年の春の健康診断は女子の方で受けました。でも進平さんが大きいほうがいいから、もうしばらくは普段はこの偽乳のままにしとけって」
「うんうん。男の子は大きなおっぱい好きだから。あ、でもあの子はヘテロなのね」
「私を女の子と思ってくれてるから、愛してくれてるんだと思います。進平さんは同性愛ではないですよ。私もですけど」
お母さんは頷いている。
「ね、あなたたち、どういうセックスしてるの?」とお母さんが小声で訊く。
「主としてSを使います。Aは使いません。あるいは私がお口でします」
「S・・・S・・・、あ、分かった」
「進平さんには私のSはふつうの女の子のVと感覚が似てるって言ってもらいました」
「おやおや。あら?でも、進平そんなこと言うなんて、あの子、二股してないわよね?」
「はい、二股されてました。当時」と私は苦笑しながら言う。
「あらあ」
「私がデート現場を押さえたので、その子とは別れてくれました」
「呆れたわ。女の子に不器用な癖に二股とか」
「で、その子がですね・・・」と私も小声。
「芸術論を永遠に話している子だったそうです。ピカソのゲルニカで6時間話し続けたとか」
お母さんが大笑いする。
「やっぱり、あの子、女の子を見る目が無いのよ」
「ですね。私みたいな子まで好きになっちゃうし」
「ううん、あなたはとってもいい子。女の子選びが下手な子だけど、あなただけは正解だったみたい。私ね。今日はちょっと、そもそもあなたのこと知ったのが突然だったこともあるし、頭の中でいろいろ熟成させたいから、ちゃんとした言葉では明日言うつもりだけど、私としては、あなたたちの結婚は認めてあげたいと思い始めたところ」
「ほんとですか!ありがとうございます」
「今日1日お花の会に付き合ってもらって、あなたの動きとか話し方とか、色々見てて、この子最高!子供が産めないって言ってたけど、そんなこといい。進平にはもったいないくらいの良い子だって、あなたに惚れ込んじゃって」
「それは褒めすぎです」
「あなた男の子だって言うけど、それも、どこをどう見たって実際問題として女の子じゃん。私、男の子から女の子に変わった子って、今まで何度か見たことあるけど、あなたそういう子たちとも少し雰囲気が違うんだわ。あなたは女の子そのものとしか思えない。あなたが男の子だということを証明することが不可能なんじゃないかという気がする。だから、私の頭の中ではあなたはふつうの女の子・・・・どうしたの?」
私が涙を浮かべてしまったので、お母さんが驚いて尋ねた。
「いえ、何だか嬉しくて・・・・」
「手術受けるの、焦って無理しないのよ。時間かかったっていいんだから。結婚できるようになるまで3年でも4年でも待たせればいいのよ」
「はい、ありがとうございます」
翌朝、一緒にホテルの朝のヴァイキングを食べながらお母さんは
「そういう訳で、私としてはあなたたちの仲を認めてあげる。ゴールデンウィークに一緒にうちに来てね。みんなに紹介しなくちゃ」
と言う。
「ただ」とお母さんは小声で「晴音ちゃんの性別のことは、私だけが知っていればいいと思うから、他の人にはわざわざ言わないで」と言った。
「うん。そうする。外野からあれこれ言われたくないし」と進平。
「お気遣い、ありがとうございます」と私は笑顔で感謝のことばを述べた。
「私としては、進平が晴音ちゃんにその指輪を渡した時点で、ふたりはもうフィアンセになったんだと思ってるから」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「ほんとにふたり仲が良さそうだし、相性も良さそうだけど、お互い気を抜かずに頑張りなさい」
「はい」
「今日はお母さんは何時の新幹線でお帰りになるんですか?」
「夕方6時のに乗る予定」
「じゃ、私達の学校が終わってから、また会えますね」
「うん。晴音さん、今日は何時に終わるの?」
「私は今日は午前中だけです。進平さんは2時半までですが」
「じゃ、晴音さんの手料理食べさせてくれない?晴音さんのアパートで」
「はい。私のでよければ。何か希望のメニューはありますか?」
「カレー」
「カレーですか!」
「うん、辛〜いのが食べたい」
「えーっと・・・・こないだ、進平さんが思いっきり辛いカレーが食べたいと言って、進平さんが涙を流して食べたレシピとかがあるんですが」
「あ、それいい。ただし進平の舌は特別だから、私が食べられる程度の辛さで」
「はい。あの時は私もパスしましたから」と私は笑って言う。
「私自身が食べられる程度の辛さにしますね」
「うん、よろしく」
ホテルのラウンジの窓ガラスから明るい太陽の光が射し込む。今日も天気は良さそうだ。しかし私の心の中は、空の天気以上に晴れ渡っていた。