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■私の高校生活(18)

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(C)Eriko Kawaguchi 2002.03.04
 
 
やがて3学期が始まります。一応学校との約束では「因幡直美」としての私は今学期一杯。2年生になれば「因幡啓一」に戻ることになります。しかし今更男子高校生なんて出来ないんじゃないかな、という気がしていました。しかし学校もこれ以上はこういう「悪ふざけ」は認めてくれないかも知れません。もちろん学校の先生たちは私がもうバストもあって、お股も女の子に見える形になっているとは知りません。しかしそれを知られたら逆に退学にされそうな気もしていました。そういう訳で、私の新学期は若干憂鬱な気分で始まりました。
始業式の日の午後、私はブラスバンド部の顧問の木下先生に呼び出されました。入っていくと「おぉ、ミス北山が来たな」と言われます。見ると桜木多香子さんと服部千絵さんもいます。桜木さんが「チャオ!」と笑顔で声を掛けました。
 
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「実は来週、軽井沢で親しくしている5高校合同のブラスバンドの演奏会があってね。実は東京から偉い先生をお招きして指揮をしてもらうんだよ。その時に最後に花束をその先生に渡すプレゼンターに、うちから生徒を出して欲しいと言われてね、それでミス北山の三人にお願いしようと思ってね」と言います。「華やかなドレスを着て、花束を渡して欲しいんだ。あ、衣装はちゃんと貸衣装を手配するから」
 
私は焦りました。「ちょっと、そんなスゴイ場に男の私が出て行ったらまずいから、桜木さんと服部さんにお任せしますよ」と言いますが、すぐに桜木さんに否定されました。「それはダメよ。直美ちゃんがミスで、私たちは準ミスだもん。直美ちゃんがしっかりしてくれなくちゃ。ね、千絵さん」「うん。私もその意見に賛成」と温厚な感じの服部さんもニコニコしながら言います。
 
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「大丈夫、大丈夫。君を見て男だと思う人はいないよ。完璧な女装だもん。これうまく行ったら、あと1年女生徒のままでいられるよう校長に交渉してあげるよ」と先生はいいます。ブラスバンド部はいつも大会で大きな賞をとっていて発言力があります。本当に言うかも知れない、と私は思いました「君も、こういう格好でいるのが好きなんだろう。いっそ、このまま性転換しちゃってもいいと思うけどな。本校初の性転換生徒として、校史に名を刻めるよ」木下先生は、案外大胆な発言もします。でもどういう校史なのか。
 
結局、私たちは3人で来週軽井沢に行くことになりました。
 
現地に入り、私たちは念のためプレゼンターをする時の衣装を身につけて問題ないことを確認します。私のバストが実際に膨らんでいることを桜木さんは知っていましたが、服部さんは初めて知り「すごい。触っていい?」などといって、いろいろ触ったりもんだりしていました。そして「タマはもう取ったの?」などと大胆なことまで聞きます。「まだ付いてるけど」と私が真っ赤になって答えますが、服部さんは「『まだ』付いてるか。その内、取るということね。早い内に取った方がいいらしいよ、どうせ取るなら。遅くなると男の身体ができてしまって、せっかくきれいに女装していても体型見るとまさにオカマという感じになっちゃうって」などとアドバイスします。どうして、みんなこんなことに詳しいんだ?
 
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衣装合わせが終わると、私たちは制服に着替えて客席の後ろの方に入り、みんなの演奏を聴いていました。どこの学校も本当に上手です。この時私は自分の学校のブラスバンドの中に意外な人物がいることに気づきました。それは先日蔵王に行った時にゲレンデでぶつかった男の子。同じ学校の生徒だったのか、すごい偶然だな、と思いましたが、もしかしたらただ似ているだけかも知れないという気もします。その内確かめられないかな、と私はその男の子のことが気になり出しました。
 
演奏が次々に続いてます。最後の学校の演奏が始まった所で、私たちは着替えるために控え室に行きました。胸のところが紐でしばるようになっていて、スカートはフレームがはいって広がっており、なんだか貴婦人にでもなったような気がしました。色は私がローズピンク、桜木さんがパステルイエロー、服部さんがペパーミントグリーンで「なんだか信号機みたい」などとはしゃいでいました。指揮者の人に渡す花束が搬入されてきましたが、結構重たい。こんなの3つ持つなんて大変じゃないかと心配しましたが、私たちが渡すとすぐにそれをステージ上でスタッフの人に渡すそうなので、大丈夫だよと言われます。
 
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客席の後ろの方のドアのそばでその重たい花束を持ったまま控えていて、ドアを通しても拍手が鳴り響いているのがかすかに聞こえてきました。そろそろ出番のようです。ドアが開けられ、私を先頭に中に入っていきました。できるだけシズシズとした歩き方で、通路を通りステージ中央の下まで行きます。そして花束を笑顔で差し出しますと、指揮者の人がにっこりして受け取り、私はいきなりキスをされました。何?そんな話は聞いていませんでしたが、私は笑顔を崩さずに戻ります。
 
私がキスされたのを見ていた桜木さんは花束を渡した瞬間、指揮者の先生との間に微妙な距離をすばやく取りました。そこでキスを諦めた?先生は手を差し出し、桜木さんはそれを握って握手をしました。服部さんはそれを見て自分も同じようにしようとしましたが、動きが桜木さんほど俊敏ではありません。みごとにキスをされてしまい、思わずキャッと悲鳴をあげてしまいました。しかも動転してその場から動けなくなっています。私はサッと飛んでいくと、服部さんの手を引き、指揮者の先生に笑顔で会釈して、服部さんを連れてきて、桜木さんと一緒に三人で退場しました。
 
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「参ったな。スケベジジイが!」と控え室に戻ると桜木さんが怒っています。服部さんの方はやっと落ち着いてきた感じでした。しかし「私まだ好きな男の子ともキスしたことなかったのに」と少し涙ぐんでいる感じ。「あんなのキスの内に入らないよ」と私はなぐさめて言いました。「だって、赤ちゃんの頃なんて、きっと親戚の人とかにたくさんキスされてるよ、千絵さん可愛いから」
と言ってあげると「そうよね。あれ、まだ私のファーストキスじゃないよね」
とやっと自分を納得させられたようでした。
 
そこに「入っていい?」と声がかかり、木下先生が入ってきました。「御免。君たち申し訳なかったね。あの人が女に手が早いのは知っていたんだけど、まさか高校生にまであんなことするとは思わなかった。本当に済まない」と謝っていました。桜木さんは何か言いたそうでしたが、その前に服部さんが「いえ、大丈夫です。もう落ち着きましたから」と笑顔で答えます。やはりこの人、お嬢様なんだなと私は彼女を見直しました。
 
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「悪かったから、お詫びに、この後の夕食会に来ないかい。3人くらい増えても大丈夫だから」と言います。「その夕食会、まさかあの先生出ませんよね」
と言うと、木下先生は頭をかきながら「いや、それはあの人が主賓なんで....」と歯切れが悪い。すると桜木さんが「結構です。私たち帰りますから」と言いましたが、服部さんが「いえ、私出たいです。お腹も空いてきたし」とにこやかに言うので、結局私たち3人はそこに行くことにしました。
 
演奏会に出席した生徒は5校合わせて150人ほどでしたが、一番遠くから来ている高校の生徒は夕食会に出ると帰れなくなるということで顧問の先生と部長さん・副部長さんだけが出ていました。また他の高校の生徒でも疲れた子や早く帰りたい子は先に帰ってしまったので、結局出ているのは70人くらいでした。特に女子の出席率が悪く、女子は私たちを含めても20人もいない感じです。「だから私たちが誘われたのかなぁ」などと桜木さんが言っていました。夕食会は広いレストランを1件貸し切りにして行われました。
 
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顧問の先生達はアルコールは避けていましたが、指揮者の先生は完全にお酒が入って、かなり気持ち良さそうにしていました。そしてうちの学校の木下先生に付き添われて各テーブルを回っては生徒たちと「談話」していましたが、生徒の方からみると、単に酔っぱらいのおじさんが何か言っているだけという感じで、特に女生徒のテーブルでは迷惑そうな顔をしている子もいました。そして先生はやがて私たちのいるテーブルにも回ってきました。
 
「おや、君たちは花束を渡してくれた子だね。気に入ったよ。どう?今晩一緒しない?」服部さんはその意味が分からずにきょとんとしています。桜木さんが素早く「すみませんが、私たちはレスビアンなので、お相手はできかねます」と言ってしまいました。すると先生は「え?きみたち3人でそういう関係。あ、僕それを見学してみたいなぁ」などと言っています。完璧にできあがっている感じ。木下先生が困ったような顔をしていました。「でも、見られるのは困りますので」と私が言うと、先生は「そうだ。お金出してもいいよ。僕は金持ちなんだから。そうだ。30万ではどう?一人10万ずつ」などと言い出します。その時点では服部さんは先生が何を言っているのか全然分からないでいるようでした。
 
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木下先生が「先生、そろそろ次のテーブルに行きましょう」と言いますが、指揮者の先生はなかなか動こうとしません。その時でした。一人の男性が私たちのテーブルにやってきました。生徒には見えませんが、どこかの顧問のようでもありません。全然知らない人でした。
 
「君たちさぁ、夜の相手くらいしてあげたら。先生、この3人を連れ込めば面白いものが見れますよ。特にこの子」とその人はいきなり私を指さしました。
「君、そんな格好してるけど男だろう。ねぇ、先生。女の格好した男。どこまで身体をいじっているのかも見てみるの面白いと思いませんか。胸は少なくともちゃんとあるみたいだし」と言いました。私は真っ青になってしまいました。木下先生も桜木さんも固まってしまい、どうすればいいのか分からない様子。しかし先生は「おぉ、それは面白い。君は男の子か。僕はそういうのは初めてだよ。そうだ。君には20万あげるよ」などと言い出します。
 
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その時、唯一人動転していなかった服部さんが口を開きました。「違いますよ。この人はちゃんと女の子です。調べてもらえば分かります。ちゃんと因幡直美と学籍簿にも記されているはずです」確かに私の学籍簿は因幡直美になっている。
 
ところがその男は続けました「ふふふ。調べているとも。確かに君は今は因幡直美と名乗っているけど、本当は因幡啓一と言うんだろう。ねぇ、あまり表沙汰にならない内に、先生の言うこと聞いたほうがよくないかい」と言いました。私は冷や汗がタラタラ出て、もう頭の中が空白になってきました。一体何者なの、この人?騒ぎになっているので何だろうと、近くのテーブルにいた他の高校の生徒が集まってきています。絶体絶命のピンチという気がしました。
 
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その時でした。私たちのテーブルにしっかりした足取りで近づいてきた人がいました。彼はテーブルのまわりの人混みを掻き分けて入ってくると「えっと、確か週刊△▽の記者さんですよね」と言いました。そう、それはうちの高校のブラスバンド部の例の男の子。蔵王のスキー場でぶつかった彼(に似ている人かも知れない人)でした。「そうだよ。よく知っているね」と男は言います。記者だったのか!何かの偶然で、因幡直美が本来は因幡啓一だということを知ったのだろうか。確かにその気になれば、記者なら調査能力があるだろう。そもそもうちの高校の生徒ならみんな知っていることだ。しかし、何てゴロ記者なんだ。私はそう思うと青ざめていた顔に赤みがさしてきて、代わりに怒りがこみあげてくるのを感じていました。
 
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「でもね、記者さん。それはあなたの勘違いというものですよ。だって因幡啓一というのはボクなんですから」とその男の子は言い切りました。「え?」これには、その記者、そして私、そして桜木さんが同時に驚きの声を上げました。奇妙な反応をしたのが木下先生で「あ、そうだった」という声をあげたのです。
 
「ボクとこの直美ちゃん、少し似ていると思いませんか」とその男の子は言います。「あ、本当だ」とまわりにいた他校の生徒の一人が声を上げます。そう言われてみると、彼の顔は私に似ている感じがありました。
 
「似ているし、苗字も同じ因幡でしょう。それでね、ボクがお遊びで女装して、この直美ちゃんと入れ替わったりして文化祭なんかでは笑いを取ったりしたんですよ。それで中には啓一が女装したのが直美だと思いこんでいる生徒もいるみたいで」と男の子は笑いながら言います。「でも直美ちゃんは直美ちゃんで、こうやって別にいるんです。学籍簿をちゃんと見てもらってもいいし、なんなら戸籍謄本でもとってみて下さい。因幡啓一も因幡直美もそれぞれちゃんと存在しているんですから」
 
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男の子の説得力のある話し方に、たちまち記者は旗色の悪さを感じたようでした。「済みません。私の勘違いだったようです」彼は急に話し方が今までの横柄な感じから小心な感じに変わり、こそこそと会場から出て行ってしまいました。指揮者の先生の方は「あれ、違ったの?君は普通の女の子なのか。それでも構わないよ。そうだ3人で50万円だそう。それから、その直美ちゃんに似ている、うーんと名前なんだっけ。僕は男の名前は覚えきれなくて、君も一緒にどう。君にも10万円あげるよ」などと言っています。木下先生は溜め息をつくと、「先生、高校生誘ったら淫行で捕まりますよ。さぁ、私と飲み直しましょう」と言って、促してどこか外に連れ出してしまいました。
 
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まわりに集まっていたギャラリーも自分たちの席に戻ります。その『因幡啓一』君も私たちにニコっと笑うと、「とんだ騒ぎだったね。食事が冷めちゃうよ。あんなの気にしないで、さあ食べて食べて」と言うと、楽しそうに自分のテーブルに戻っていきました。私はその後ろ姿をぼーっと見ていました。
 
 
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