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夕方、私はノートのストックが無くなっていたことを思い出して、寮を出て町の文房具屋さんまで行ってきました。いつもは校内の購買部で買っているのですが、もう時間は閉まっています。
以前はきわめて無機質なノートを買っていたのですが、女の子として生活するようになって以来、自分でも趣味が変わってきたようで、最近は可愛い文具ばかり買っていました。少し迷って結局、ピングーのノート3冊パックのを買って帰路につきました。
学校は町のややはずれにありますので、この時間帯は人通りが若干少なくなります。私は一人で来たことを少し後悔し始めました。男の子だったころはそんなこと心配したこともなかったのですが。
「絵里を誘って来るべきだったな」
しかし人通りは少なくても車は時々通ります。それがせめてもの救いでした。そして、もうすぐ学校の裏門にたどつく、という頃。
一台の車が急停車しました。そこから出てきたのは。。。
「こんにちは。覚えてる?」
「あ、こんにちは。絵里さんのお母さんでしたよね」
私はちょっとホッとしました。もっともしばらく後にはホッとしたことを後悔するのですが。
「今、時間ある?」
「あ、はい」
「じゃ、一緒に来て」
私は何も考える暇もなく、車の中に誘い込まれました。
「絵里さんに会いに来られたんですか」
「うん、ちょっとね。いつも忙しくしててなかなか来れないからね。ちょっと手が空いたから来てみたのよ。あの子、冬休みもスキーに行くって言ってたし」
「あ、済みません。それ私も一緒です。写真の撮影で」
「うんうん、聞いたよ。あ、そこのコーヒー、まだ開けただけで口付けてないのよ。良かったら飲んで」
「ありがとうございます」
私は言われるままにコーヒーを飲んだのですが、そこから先の記憶が曖昧になります。
ふと気づいた時は、私はどこかの妙に明るい部屋にいました。ベッドの上のようですが、よくわかりません。
そして何よりも変なのは、手足が動かないことでした。
「あら、もう目がさめちゃった」
それは絵里のお母さんの声でした。
「あのぉ、何ですか、これ」
「急にあなたを診断してみたくなってね」
そういえば手足は固定されているのですが、ひざはたっていて、足を大きく左右に広げた状態になっているようです。
「診断って何ですか」
私はようやく状況を理解し始め、少し焦り始めました。
「あなた、可愛そうに、ヘルニアなのね。ちょっと飛び出しているわ」
「ちょっと待ってください」
「心配しないで。私が直してあげるから」
「直すってどうするんですか?」
しかし、それに対する返事はなく腕に注射針が打たれました。そこでまた意識がなくなります。
私は言い争っているような声で目を覚ましました。
「とにかく、こんな勝手なこと、2度としようとしたら、親子の縁を切るからね」
どうもそれは絵里の声のようです。
「わかったわよ。ちょっと親切してあげただけなのに」
絵里のお母さんがなにか弁解しているようです。
「あ、直美。気がついた?」
「絵里。。。」
「ごめんね。ごめんね」
「私、どうなったの?」
「自分で確かめた方がいいわ」
絵里は私の手足の固定を外してくれました。私は恐る恐るそこを触ってみました。
まず一番気になるものの存在を確認したあと、その周りを触っていて、ハッとしました。
「玉、取っちゃったの?」
「取ってないわよ。体の中に戻してあげただけ。飛び出していたからね」
「そういうことらしいのよ。お母さん、すぐ元に戻して」
「いいじゃない。害になるわけでなし。その方が便利でしょ」
私は絵里とお母さんの会話をぼーっと聞きながら、ただそこを触っていました。
「。。。。というところで目が覚めたのよ」
私が笑いながらいうと、絵里も裕子も大笑いしました。私はこの夢を見て以来、どうもすっきりしなかったので、彼女たちが笑ってくれてなにか心の中がすっきりする思いでした。しかし、みどりだけは真顔でこんなことを言いました。
「それってさ、やはり直美が早く手術を受けて、本物の女の子になりたい、という夢なんじゃないの?」
「そういうつもりはないんだけどな」
「でも、直美ずっとこのまま女の子してるんでしょ?」
「うん、そのつもりだけど」
「じゃ、やはり手術しちゃうんでしょ?」
「うーん、分かんない」
「手術は受けるんだったら早い方がいいらしいよ。20歳過ぎてからじゃ、やはり女の体形にならないんだって」
「もう、みどりったら、あまりマジにならないでよ」
私は、笑ってはぐらかして、話題を変えたのでした。
そして、いよいよミス北山コンテストが始まりました。
コンテストは各クラスから代表一人ずつ、合計12名の候補者で争われます。最初のコーナーはひとりずつ制服で登場。自己紹介とセールスポイントを30秒で語ります。
しかしさすがにミスコンの候補者とあって、みんなきれいな人ばかりでした。その中で2年生の桜木多香子さんという人とちょっと打ち解けて、話しこんでしまいました。しかし話し混んでいたおかげで、ドキドキせずに済んだようです。「7番1年3組因幡直美さん」と呼ばれると、「はい」と大きな返事を桜木さんに手を振ってから、出ていきました。
「みなさん、こんにちは因幡直美です。最初に宣言しておきますが、私は一応男です」(ここで爆笑)「趣味はこういう格好をすること」(また爆笑)「可愛いものを集めること、少し人をばかにすることです」(更に爆笑)「今日はきれいな本物の女性がたくさんいますから、間違えて私に票を入れたりしないでください」(大爆笑)
ということで、笑いの渦に向かって手を振って、反対側の袖に入りました。
すると次のアナウンスは「8番2年3組桜木多香子さん」というものでした。私はちょっと場を壊したかなと反省し、桜木さんにも悪いことしたなとちょっと後悔しました。
「こんにちは、桜木多香子といいます。最初に宣言しておきますが、私はほんとに女です」(爆笑)「趣味はこういう格好をすることと」(大いに爆笑)「可愛いものを集めること、それから美人と知り合いになることです」(おかしくないのだが勢いで笑い)「今日はたくさん美人の知り合いができましたので嬉しく思います。今出てこられた因幡さんなどとはデートくらいしたいです」
(大爆笑)
桜木さんは袖に入ってくると、私を見てペロリと舌を出して、いたづらっぽく微笑みました。
しか、このあとは会場が妙に乗ってしまい、あとの出場者は少し迷惑したようでした。
2つ目の審査は私服で登場し、何か自分の得意なものを披露するということでした。
さっきは桜木さんと話ばかりしていたので観察できなかったのですが、3番目に登場した3年生の服部千絵さんというのが、ひじょうにきれいな人でした。花柄のほんとに上品なワンピースを着こなして、それでバイオリンを披露しました。私が見とれていると桜木さんが
「彼女、きれいでしょう。おばさんは女優さんで、おじいさんは大会社の社長」
と解説します。
「すごーい。本物のお嬢様なんだね」
やがて私の番が来ました。絵里たちといっしょに選んだ、ライトグリーンのブラウスと白いミニプリーツです。
「こんにちは、因幡直美です。私は何も芸が無いので」といったところで客席から「ゲイじゃーん」と突っ込みが入ります。爆笑が起きるのを軽くてのひらで抑えて「歌を歌います」といい、広瀬香美の「BEGIN」をアカペラで歌い出しました。
文化祭の劇で女声は披露して、今も普通に使っていた訳ですが、女声で歌うのは初披露です。このために実は3日前から、絵里と二人で音楽練習室を借りて練習していたのでした。
これにはみんな意外だったようで、雑音一つしません。制服審査の時笑いを取った反動で思いがけず強烈な効果が出ている雰囲気があります。そして、歌の方は『出てよね』と半分祈りながら出した何度かの上のミの音もかすれたりせず、きれいにソプラノで出てくれました。
そして歌い終わると、すごい拍手を受けてしまいました。私は笑顔で一礼して袖に去りました。
次の桜木さんは白いセーターと赤いチェックスカートという、とてもカジュアルな雰囲気で、でも頭をかきながら出てきました。
「済みません。因幡さんの後のオチ担当の桜木です」と発言すると、会場がどっと沸き、みんなの緊張がほぐれたようでした。「あくまでオチ担当なので、手品を披露します」といって、ロープやハンカチの手品を始めました。素人の領域をこえてる、と私は思いました。
これにも大きな拍手がわきます。すると桜木さんは深々とおじぎをし、「ありがとうございます。でも私はオチですから、みなさん投票は因幡さんに入れてあげてください」と言いのけて下がってきました。また爆笑の波が彼女の背中を追いかけて来ました。
そしてとうとう最後は水着審査です。「お嬢様」の服部さんは、おとなしめの可愛いワンピースで登場しました。パレオを巻いています。「すみません、これ以上は恥ずかしいので」と言い訳するすがたがひじょうに様になっていました。
その服部さんの次に出てきた1年の二宮恭子さんが、ものすごいナイスボディを披露してどよめきを呼んでいました。
「すごいね。あれFカップくらいある?」と桜木さん。
「ほんとすごいね」
「でもさ、因幡さんも胸あるじゃん。シリコン?」
「ううん、そんなのはしてない」
「そんなのは、か。まぁいいけど」と桜木さんは微笑んで言います。
「下もあるように見えないけど、取っちゃったの?」
「ううん、付いてるよ。これはねぇ、隠し方の技術があるのだよ」
「へえー」
桜木さんはほんとに私に興味を持ったようでした。
やがて私の番になります。
私は音楽に合わせて軽くポーズをとりながら、ちょっとモデルをきどってステップを踏み、サービスでステージの縁まで行って、あちこちで何回転かして見せました。裕子が言っていたように、確かに股間に視線が集まるのが分かりました。当然そこは計算済み。
おかげで、今の段階ではあまり注目されたくない、胸にはあまり視線が集まらずに済みました。ほとんどの人が気にもしなかったか、普通にパットを入れてるのだろうと思ったことでしょう。
青い水着の私が引っ込むと、次は濃い黄色のセパレーツを着た桜木さんです。
桜木さんは音楽に合わせて中央まで歩いてきて、そこでいきなり宙返りを見せて拍手を取りました。なかなか面白い人です。私も思わず拍手で彼女を迎え入れました。
審査が終了し、投票が始まりました。このコンテストは全校生徒の投票で単純にミス北山1人と準ミス北山2人が選出されることになっています。ホールの数カ所にパソコンが置いてあり、そこにブロック単位で行って一人ずつキーボードを打って投票していきます。従って、投票が全部終わると同時に即、集計結果も出るという仕組みです。
私たち出場者はその様子をステージの上に並べられた椅子に座って見ていました。
「やはり服部さんかな」
「二宮さんも最後の印象が強かったよ」
隣同士になった私と桜木さんは小声でお話をしていました。
投票は15分ほどで終了しました。
実行委員長である、生徒会長の松原さんが出力結果を持った紙を持って、壇上に上がってきました。
「はい、静粛に、静粛に。それではただいまより今年度のミス北山を発表します」
拍手と歓声がわきます。
「まず、準ミス北山。2年3組、桜木多香子さん」
「うっそー」そう叫んだのは本人でした。
「やったやった」私は拍手をして、戸惑っている彼女の手を引いて立たせ、ステージ中央に送り出しました。
賞状をもらい、プレゼンターである前年のミス北山から記念のティアラを付けてもらっても、まだ困惑しているような感じです。
「もうひとりの準ミス北山。3年1組服部千絵さん」
服部さんがニコニコ微笑みながら、ステージ中央に出てきます。私はへえー意外と思いました。ということはミス北山は二宮さんかな?
そう思っていたところに松原さんの声が響きました。
「そして、今年のミス北山は1年3組因幡直美さん」
「えー?」
私は完全に耳を疑いました。
確かに裕子には「ミスになる可能性高いよ」とは言われていたのですが、これだけの美女を前にして、そんなことは頭の中から完全に消えていたのです。
今度は桜木さんが飛んできて、私を中央へ引っ張りだしてくれました。
賞状、そしてひときわ大きなティアラ、プレゼンターから祝福のキスをもらい、私は何がなんだか分からなくなってしまいました。
「感想をひとこと」と言われてつい
「ほんとに私でいいんですか?」
と聞いてしまいました。すると松原さんが「投票総数341票、内因幡さんへの投票が153票ありました。約半分の人が因幡さんに投票したことになります。2位以下に大差を付けての堂々の優勝です。これを機会に益々女を磨いてください」
松原さんは最後に冗談っぽく付け加えましたが、私はつい
「はい。そうします」
と答えてしまいました。爆笑の渦の中、今年のミス北山コンテストは終了しました。
翌日25日は午前中に終業式があり、学校は冬休みに突入します。終業式を終えると生徒はみな各自実家に帰る準備をし始めますが、その日の午後、私は絵里・裕子・みどりという、いつものメンバーでささやかなお祝いのパーティーをすることになりました。
「予想通りだったね」
「でも、あんなにきれいな人がたくさんいるのに、私なんかが選ばれちゃって」
「直美は十分美人だよ」と裕子。
「でも、直美、ますます女を磨くって答えたよね」と絵里。
「あれは勢いで...」
「がんばってね」とみどり。
私たちは町のケーキ屋さんでケーキセットを食べていた。
「ところでミス北山って何かしないといけないの?」
「大したことはないけど、春には姉妹校への表敬訪問なんかもあるよ。去年は確か北海道に行ってきたような。あとは体育祭とかデザイン展とかのプレゼンターかな。最後は来年のミス北山コンテストのプレゼンター」
「はぁ....」
ちょっと気が重いような気もしましたが、なんとかなるかな、という気もしていました。ここ数ヶ月女の子として生活してきて、女の子としての自分が既に日常感覚になってしまったような気もします。よけい今更男に戻れとか言われた方が困惑しそうな気分です。
ケーキ屋さんを出てから、裕子とみどりはそのまま駅に行き、実家に帰っていきました。
絵里は明日帰るということで、帰る先が無いのでお正月まで寮にいる私とともに、学校へ戻る道を歩き始めました。正月の3日に上野駅で落ち合って、蔵王へ撮影に行く予定です。
町の中心部から離れて少し人通りが無くなってくると、私はふと先日の夢を思い出してしまいました。
しかし今は絵里といっしょなので、ずいぶん心強い気がします。
そこへ突然クラクションがなり、車が一台止まりました。
そこから出てきたのは。。。。
「あれ、ママどうしたの?」
ほんとに絵里のお母さんでした。