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レオポルド王子は目を瞑ってそのまま10分くらい考えていましたが、ふと目を開けますと、アルツの方を見て訊きました。
「あの解毒剤の副作用は出たのか?」
「出ました。スノーホワイト殿の身体は完全に性別が変わってしまいました」
「だったら、今スノーホワイト殿の身体は男なのか?女なのか?」
「女です」
「だったら、何も問題無い気がするのだが」
とレオポルド王子は考えるようにして言いました。
「ん?」
「みんなスノーホワイト殿のことは姫君だと思っていた。私もスノーホワイト殿は姫君だと思ってずっと慕っていた。そして、今スノーホワイト殿は女なのだから、今まで通りでよいのではないか?」
とレオポルド王子が言いますと今度は
「ちょっと待って」
とスノーホワイトが焦って声を出します。
アグネスが言います。
「実はその線も私はチラッと考えました。いっそのこと、このままスノーホワイト様はそもそも王女様であったということにしてしまったらどうだろうかと」
「うん、それでいいと思う」
とレオポルド王子は言います。
「待ってよ。だったら私はどうすればいいの?」
と情けない顔でスノーホワイトは言います。
「殿下はふつうに王女殿下としてふるまえばよいと思います」
とアグネス。
「それで私の妃になってくれないか?」
とレオポルド王子。
「うっそー!?」
「スノーホワイト殿は、先ほど何でもすると言われた」
「はい?」
「だったら、私と一緒になってくれてもいいよね?」
「え〜?」
「レオポルド様、スノーホワイト王女が元は男だったとしても構いませんか?」
とアグネスが訊きます。
「そんな細かいことは気にしない。今女であれば問題無い」
とレオポルド王子。
「そんなぁ」
「だから私と結婚して下さい。スノーホワイト王女」
「待って。心の準備が」
「私のこと嫌いですか?」
「嫌いではないよ」
「だったら、突然女になってしまって戸惑うこともあるかも知れませんが、私も色々フォローしますし、きっとアグネス殿も色々助けてくれるでしょうから何とかなりますよ」
「でも・・・」
「突然妃と言われてもどうしていいか分からないかも知れません。でもただ私と一緒に居てくださって、仲良くしてくださればいいんですよ」
スノーホワイトはそれでも悩んでいるようでしたが、やがて
「一緒にいるだけならいいよ」
と言いました。
「では婚約成立ですね」
とアグネスは笑顔で言いました。
「アルツ殿、こういうことにしないか?」
とレオポルド王子は言いました。
「スノーホワイト王女は、元々女だった。しかし解毒剤の副作用は奇跡的に出なかった。それで今でも王女は女のままである、と」
「私はそれでいいですよ。およそ医療に携わるものは患者の秘密は決して他言しないことになっています。私は専門の医者ではありませんが、医者と似たようなことに関わっている者として、同様に守秘義務があるつもりです。他の人に訊かれてその問題に答えることは決してありません」
とアルツは言いました。
それでスノーホワイトは元々女であったことにしてしまったのです。
レオポルド王子とアグネスはステファンとアルツを残して小屋の外に出ると、周囲に居る人たちに言いました。
「スノーホワイト殿はかなり回復なさった。一週間くらいは寝ていなければならないものの、無事だ。そしてみんな喜んで欲しい。解毒剤の副作用は奇跡的に出なかった。スノーホワイト王女は女のままだ」
思わず歓声が起きます。
ジャンヌとマルガレータも手を取って喜びあいました。
「良かった。だってあんな美人が男になったらいけないよ」
とマルガレータ。
「全くだよ。僕みたいなのは男になってもいいけどさ」
とジャンヌ。
「ジャンヌさん、もしかして男になりたいの?」
「なりたい。男になれなくても女の子と結婚したい」
「誰か可愛い子、紹介してあげようか?」
「ほんと?」
スノーホワイトたちは安全のため、場所を移動することにしました。鉱夫たちが以前使っていた小屋が少し離れた場所にあるので、スノーホワイトとごく少数の護衛、そしてアルツだけがそちらに移動し、レオポルド王子が連れてきた兵士たちなどはそのまま元の小屋の周囲に野営していました。そちらの小屋の近くには擬装用のお墓まで作り「スノーホワイト王子ここに眠る」などという墓標まで書きました。
スノーホワイトが“性変”してから3日経った日、お城から侍女のローラとフロム中尉がやってきました。2人はスノーホワイトが姫様になってしまったと聞き驚きますが、
「それは全然構わない気がする。スノーホワイト様、元々女の子になりたかったでしょ?」
などとローラは言います。
「女の子になりたくなかったか?と訊かれてなりたくなかったと答えたら嘘になるんだろうけど、色々変な気分だよ」
とスノーホワイトも気の許せる相手に本音を吐露します。
「姫様になったら、たくさん可愛い服を着られますよ」
「実はちょっと楽しみにしている」
「おちんちん無くなったのはどんな気分ですか?」
「それが、あまり大して違い無いみたいな気がして」
「へー!」
「それよりおっぱいが少し膨らんだのがなんか楽しい気分」
「やはりスノーホワイト様、女の子になる適性があったんですよ」
「そうかも」
「でもスノーホワイト殿下がご無事で良かった。私たちはいったん城に戻ってやや不安がっているみんなを安心させますよ。スノーホワイト様に何かあったのでは、という噂がかなり立っています」
とフロム中尉は言いましたが、スノーホワイト王子は停めます。
「私が無事であることは、中尉とせめてフランツ軍曹、ローラとイレーネくらいまでに留めておいてください。私の侍女たちの中にさえ女王の間者は絶対居ます。女王には私が死んだものと思い込ませていた方がいいのです」
「確かにそうかも知れない」
「フロム中尉。それよりフェルト中佐と連絡を取ってくれません?」
「はい。どのようなことをお伝えしましょう?」
「耳を傍へ」
「はい。失礼します」
それでスノーホワイト王子が囁いた内容にフロム中尉は頷きました。
マルガレータが入って来て、
「姫様、頼まれていたもの調達してきました」
と言いました。
「その使い方、教えて」
「はい。少し練習しましょう」
と言ってスノーホワイト姫を小屋の外に連れ出すと、使い方を教えて練習させました。
その様子をロンメル、ジャンヌ、ステファンらが見守っていました。
やがて一週間たち、スノーホワイトはほぼ完璧に体調を取り戻しました。
「それでは姫様をアルカスへお連れします」
と王子が連れてきた小隊の中で特にその命を受けていた分隊のバルト軍曹が言ったのですが
「今私はアルカスへは行けません」
とスノーホワイト姫は言いました。
「私はノガルドですべきことがあります」
とスノーホワイトは言います。
「レザンナを倒すのです。あれを放置していたら、私はまた殺されます。私は戦いを望みませんが、身を守るためなら戦います。それにレザンナの治世下で国も乱れています。ノガルドの国を守るためなら、私はこの手を血で汚すことを厭いません」
その言葉に一同から拍手がありました。
「それでは私たちもスノーホワイト姫と一緒にアッシュ(ノガルドの首都)に参ります。手勢30名ほどですが、少しでもお役に立てると思います」
とレオポルド王子は言ったのですが、スノーホワイト姫は首を振ります。
「それはやめて下さい。アルカスの軍人がアッシュに入れば、ノガルドとアルカスが戦うことになります。これはノガルドの国内問題です。ノガルドの者だけでやります」
「しかしノガルドの者と言っても・・・」
「私が居ます」
とアグネスが言いました。
「私たちもノガルド人です」
とマルガレータとステファンが言います。
「乗りかかった船だから、俺たちも協力するよ。俺たちもあの自称・女王にはかなりむかついていた」
と鉱夫たちのリーダー、ブリックが言います。
「フロム中尉に頼んで、絶対に信頼できて協力してくれる人達を集めています。私が城内に入ったら、彼らが要所を押さえてくれる手筈になっています」
するとレオポルド王子が言った。
「スノーホワイト。私はあなたの夫です。ですから、私もノガルド人ということでいいですよね?」
「ノガルド人になってくれるのであれば」
とスノーホワイトは答えます。
「私は王子の護衛ですし、スノーホワイト姫様とも親しくなりました。私は王子と一緒にノガルド人になってレザンナを倒したい」
とジャンヌが言います。
「その話、俺も乗せてくれ」
とロンメルが言いました。
結局、そのふたりがレオポルド王子の護衛も兼ねて付きそうことにしました。
作戦は明け方実行することになりました。
闇の中首都に潜入しましたが、特に大きな騒ぎにはなりませんでした。夜間の警備をしている兵士に何度か見とがめられたものの、“スノーホワイト王女”と分かると、みんな剣礼で見送ってくれました。
スノーホワイトはアグネスがローラを通じて入手してくれた式典用の女性王族のドレスを着ていました。
まず身の軽い鉱夫たちが密かに城の壁を越え、城門を開けました。鉱夫達は、フロム中尉やローラの所に行き連絡を取ります。ローラと連絡を取るのは、ヘレナが担当しました。ヘレナは普通に見たら女性にしか見えないので、男子禁制のエリアに入っても怪しまれません。
開いた城門から、スノーホワイト王女とアグネス、護衛に付いているジャンヌとマルガレータ、そしてレオポルド王子と護衛に付いているステファンとロンメルが入ります。
侵入に気付いて衛兵が駆けつけて来ますが、スノーホワイト王女は
「私はスノーホワイトである。レザンナを倒しに来た。通せ」
と言って通ります。すると多くの兵が剣礼したり控えたりしていますが、中には攻撃してくる者もいました。そういう者は、ジャンヌやロンメルが遠慮無く倒しました。
兵の中には、むしろスノーホワイト殿下に協力したいと申し出る者もあったので、そういう者は自分に続くようにスノーホワイトは言いました。それで王宮の玄関に到達した時は、一行は既に20人ほどに増えていました。
玄関の詰め所には近衛隊長のマルスが詰めていました。スノーホワイトは女王に殺されたものと思っていたマルスが仰天しますが、近衛兵を連れて飛び出してきました。
「スノーホワイト殿下、生きておられたか」
「マルス殿。貴殿には色々武術を教えて頂いた恩があるが、ここは国家のため、私は通られねばならぬ」
「私は女王陛下の犬です。殿下が女王陛下に危害を加えるおつもりであれば、私はそれを排除せねばならぬ」
スノーホワイトとマルスは剣を抜いて睨み合いますが、そこにロンメルが割って入ります。
「王女殿下。ここは私にお任せ下さい。先に行ってください」
「分かった頼む」
とスノーホワイトは言い、アグネスやレオポルド王子と一緒に先に進みます。
近衛兵が数人、それを阻止しようとしましたが、ジャンヌやステファンが剣や槍で排除しました。そして逆にスノーホワイトに協力したい申し出る近衛兵もいたので、それを加えて一行は30人近くに膨れあがり、王宮内を歩いて行きます。
「何事だ?」
と言って飛び出してきたのは、つい1時間ほど前にやっとヴァルトから戻ってきた、ソリスでした。
「スノーホワイト殿下!生きておられましたか」
と言いつつ、ソリスはいきなり剣を抜きます。
「それならここで死んで頂く」
とソリスは言います。
ソリスはケーンズ皇帝不在の状態で、不安がっていた軍部や官僚、更には反皇帝の狼煙を上げようとした反乱分子などの処理にまで手こずり、約半月ぶりにアッシュの都に戻ってきていた所でした。
「ソリス参謀長。私は閣下にも色々指導して頂いた恩があります。しかし私はレザンナ女王に3度殺されるところでした。私は争いは好みませんが、殺されるなら反撃します。通して下さい」
とスノーホワイトは言いました。
「それは無理だ。ここがあなたの墓場になるのです」
とソリスが言います。
「待て。そなたの相手は私だ」
と言ってレオポルド王子がスノーホワイトの前に出ます。
「スノーホワイト殿、あなたは外国人を使って反乱を起こされるのか?」
とソリスが言いましたが
「国を乱しているのはむしろそなたたちであろう。それに私はノガルド人になった。スノーホワイトと結婚したから」
とレオポルド王子が言いますと、ソリスは驚いていました。
「男同士で結婚ですか!?まるで皇帝ネロとスポルス・サビナですな。だったら勝負しようではありませんか?レオポルド殿下」
「望む所だ。念のため言っておくがスノーホワイトは立派な女性だ」
スノーホワイトは心配そうな顔をしますが、レオポルドは素早くスノーホワイトにキスして「僕は大丈夫だから行って」と言い、スノーホワイトも頷きます。
ジャンヌがその場に残り、スノーホワイト・アグネス・ステファン・マルガレータの4人で先に進むことにします。騎士同士の決闘にジャンヌは基本的には手を出さないものの、万一誰かがソリスを助太刀しようとしたら、それを阻止するためにジャンヌは残ったのです。
その頃、城内の各所では、フロム中尉やフランツ軍曹、また彼らが絶対に信頼できる者と見込んで頼んでおいた軍人たちの手により、女王やソリスに忠実であった人物が「スノーホワイト殿下の命令である」と言って、一斉に拘束されていました。スノーホワイトの侍女たちが控えている部屋にも女性兵士が数名入ってきて3人の侍女が拘束されました。
この「スノーホワイト派」の兵の中には実はボウルに居るフェルト中佐が手配して送り込んでいた兵たちもいました。
スノーホワイトは3日前からこのクーデターを準備していたのです。
やがて玉座に進みます。ここまで来たのは、スノーホワイト王女とアグネス、ステファンとマルガレータおよび場内に入ってからスノーホワイト王女に従いたいと言って付いてきた兵士たちですが、アグネスや兵士たちには入口の所で待っているように言い、スノーホワイトとステファン・マルガレータだけで中に入ります。
玉座にはレザンナ女王が、わざわざ王冠をつけ正装をして座っていました。最初にレザンナはステファンに言いました。
「この嘘つき猟師め。お前は後で死刑にしてやる」
「緊急避難だ。報酬は返すぞ」
と言ってステファンはスノーホワイト殺害の報酬でもらった金貨・銀貨の袋を女王の前に持って行って置きました。レザンナはじっとそれを見ていました。
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■プリンス・スノーホワイト(10)