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(C)Eriko Kawaguchi 2016-08-12
月の物のため、2日ほど休んでいた、スノーホワイト付きの侍女アグネスは登城しますと、王子が病気で寝ていると聞きます。
「あら、様子を見てこようかしら」
「それが医者が誰も入れるなと言っていて」
アグネスは驚きます。伝染病でしょうか?
「それでも私は殿下の傍に行かなければならない」
と言ってアグネスは強引にスノーホワイト王子の居室に入りました。そしてベッドの所に行くと
「殿下、お具合はいかがでしょうか?」
と訊きました。
「あ、アグネスか。私、お腹空いた」
などと王子のベッドの中で言っているのは、王子ではなくイレーネです。
「あんた何やってるの?」
「だから殿下の影武者」
「殿下はどこ?」
「それがローマまで秘密のお使いに行ってるって」
「ローマ〜〜!?」
と言ってから、アグネスは小さな声でイレーネに訊きました。
「その話、誰から聞いたの?そして誰の命令で影武者してるの?」
「ソリス参謀長だけど」
「ソリス閣下が?」
アグネスは考えました。これは・・・殿下の身に何か起きたのでは?
「イレーネ、あんたのお世話はローラに頼んでおくから」
「アグネスは?」
「私は・・・」
と言ってから、これはハモンド大公の力をお借りしなければならないとアグネスは判断しました。
「秘密の使いに行く。そのことはローラとあんた以外には誰にも言わないで。特にソリス様や女王陛下には絶対に言っちゃダメだよ。私はまだ月のものが重くて城から下がっていることにしておいて」
「あ、うん」
それでアグネスは乗馬用のズボンに着替えると、愛用の馬を出して一路東の国アルカスへと向かったのです。
その頃、妖獣とスノーホワイトたちが遭遇した黒川のほとりで、ステファンがマルガレータを介抱していました。
「お兄様・・・」
「大丈夫か?」
マルガレータは自分の身体をあちこち確かめています。
「私は大丈夫です。かすり傷程度。それよりスノーちゃんが」
「どうした?」
「何か見たこともない大きな獣に襲われたのです。致命傷を与えたつもりはあります。スノーちゃんには水の中に潜るよう言いましたが、間一髪だったと思います。獣は私が矢を頭に撃ち込んだので凄い悲鳴をあげて。それでもすぐ倒れず、私に向かってきたので槍で心臓を突いたのですが、こちらものしかかれて気を失ってしまったようです」
「ではあの子は無事か?」
「たぶん。でも下流に流されたかも。探しに行きましょう」
「うん。立てるか?」
「はい、何とか」
それでステファンとマルガレータの兄妹は下流に向けてスノーホワイトを探しに行ったのです。
その頃、スノーホワイト本人は、何とか川から這い上がっていました。
川の流れが思ったより速かったことと、獣?に襲われた時、左腕でかばった際、獣の爪が腕をかすめて、少し怪我したので、その痛さもあって少し気が遠くなり、思ったよりたくさん流されてしまったようです。
這い上がってからその痛い左腕を見ると少しえぐれていますが、このくらいは1ヶ月もすればきれいに治りそうです。それよりもスノーホワイトは王家の者であることを示すプレートを中に入れている腕輪を紛失していることに気付き「参ったなあ」と思いました。きっと獣の爪がこちらの腕をかすめた時に輪が切れてしまったのでしょう。あるいはあの腕輪のお陰で怪我が小さくて済んだのかも知れません。
自分をかばってくれたマルガレータが無事かどうかも心配ですが、それよりも今は自分がこのあとどうするかが問題です。
腕輪に入れていたプレートが無くても、なんとかアルカスまで辿り着けば、ハモンド公は自分の顔を覚えていてくれるのではないかという気がしました。これまで3〜4回会っています。
持ち物を確認すると、護身用に持っていた短剣も、ステファンから借りた銀貨を入れた袋も紛失しています。靴もありません。
「これは困った。とにかくどちらかに向かって歩いて、誰かいたらアルカス方面への道を訊くしかないかな」
とスノーホワイトは思いました。
それで立ち上がったら、左足に痛みが走ります。どうも川に流されている間に岩か何かにぶつけたようです。あざもできていますが、骨は折れたりしていないようです。
「でもちょっと痛い」
とスノーホワイトは呟きました。
スノーホワイトは川に落ちているのでずぶ濡れです。取り敢えず着ているドレスの裾を少し手で絞り、また穿いている女物のパンティは一度脱いでこれも絞ってから穿き直しました。ドレス自体を一度脱いで絞りたい気分だったのですが、あいにくこのドレスは後ろを締めるようになっているので自分では脱ぎ着することができません。それで服が濡れていて、この冬のさなかでは寒くてたまらなかったのですが、仕方ないのでそのまま歩いて行っていました。ただ風が無いのが幸いでした。この状態で風が吹いていたら簡単に凍死できそうです。
左足が痛いのも問題ですが、裸足なので、踏みしめる雪が冷たくてたまりません。それでも時々立ち止まって足を揉んだりしながらも身体を温めるため早足で歩いていました。
時々休みながら1時間近く歩いた時、スノーホワイトは小さな小屋があるのを見ました。
わあ、人がいる!と思って近づいて行きます。小屋の戸をノックします。返事はありません。
「こんにちは」
と声を掛けますが、やはり返事はありません。
「お留守なのかなあ」
と思い、ちょっとドアを押してみたら鍵などは掛かっていなかったようで簡単に開きます。
「お留守ですか?」
などと言いながら、スノーホワイトは小屋の中に入りました。
小屋の中では暖炉に火が入っていて、赤々と燃えていました。スノーホワイトは「暖かそう」と言って、そばに寄り、暖炉に当たっていました。
そして、身体が温まってくると次第に眠くなり、スノーホワイトはすっかり眠ってしまいました。
「君君」
という老人のような男性の声で目が覚めます。
「君は誰かね?」
と背の低い老人は訊きました。
「ごめんなさい!旅の者です。川に落ちてずぶ濡れになって、それで歩いていたらここに辿り着いて、暖炉があったかそうだったので、ついここで休んでしまいました。すぐ出ますね」
とスノーホワイトは言いました。
「すぐ出ると言っても、もうすっかり暗くなった。こんな遅くに女の子をひとりで外に出す訳にはいかない。良かったら今夜は我々の家に泊まって、明日出発されるとよいであろう」
と眼鏡を掛けた30歳くらいかな?という感じの人が言います。
「待て。そなた怪我をしているではないか」
と40代くらいの難しそうな顔をした人が言いました。
「実はよく分からない獣に襲われたんです。その時怪我してしまって。その後水に落ちて、獣からは逃れられたのですが」
とスノーホワイトは言います。
「獣にやられた傷なら、そのままにしていてはいけない」
「うん。薬草を塗ってあげよう」
「済みません!」
それで結局その難しそうな顔をした人が壺の中に入っていたピンク色の薬を怪我した所に塗ってくれました。痛みがやわらぎ、すーっとした感じもします。
「足も怪我しているな」
「こちらはどこかにぶつけたみたいです」
「どれ・・・」
と言って、薬草を塗ってくれた人は足にも触っていましたが
「骨は折れていない。しかし痛みが引くまではあまり動き回らない方がいい」
「とりあえず湿布を貼っておこう」
と言って、あざのできている所をきれいに拭いた上で膏薬を貼ってくれました。
「ありがとうございます」
「そなた裸足だが、靴は?」
「それも水に落ちた時に無くしてしまって。持っていた財布も失ったんですよ」
小屋の住人たちは顔を見合わせていました。
「取り敢えず、怪我が治るまで、数日ここに滞在なさらんか?靴は新しい物を作ってあげるよ」
とリーダー格っぽい老人が言いました。
「本当ですか?助かります。アルカスまで辿り着いたら、必ず御礼もしますので」
「そなた、アルカスの者か?」
「いえ。ノガルドの者ですが、アルカスにいる知り合いを訪ねていく所だったのです」
「なるほど。しかし女の子ひとりで?」
あ・・・そうか。僕、今女の子の服を着ているから、女の子と思われているんだ、とスノーホワイトは思ったものの、まあそれでもいいかと思います。
「連れの女性がいたのですが、川に落ちた時に、その人ともはぐれてしまったのです」
「その女性も心配だな」
「実は獣に襲われた時彼女がかばってくれて。彼女は猟師の娘で、弓矢とか槍を持っていたので、何とかなっていることを祈りたいのですが」
「森に慣れている者なら、何とかしているかもしれんね」
「そうそう、君の名は?」
「申し遅れました。スノーと申します」
「雪ちゃんか。可愛い名前だ」
「髪も長いし、どこか貴族の娘さん?」
「ええ。大した家系ではないのですが」
「わしはブリック」
といちばん年上の人が言います。
「俺はクリット」
と50歳くらいの感じの落ち着いた雰囲気の人。
「私はアルツ」
と薬草を塗ってくれた40代くらいの人。
「僕はオイスト」
と眼鏡(*10)を掛けた30代くらいの人。若くてもこの人は全体の中心になっているようにも見えました。
「俺はフィディ」
と27-28歳くらいの体格のいい人。
「僕はグルー」
と25-26歳くらいの優しそうな感じの人。
「私はヘレナ」
と言ったのは20歳くらいの女性。
この7人は一緒にこの付近で鉱山の仕事をしているということでした。
「ひとりだけ女性なんですね」
「ああ、こいつは女に見えるけど男だから」
「嘘!?」
「うん。私は身体は男なんだよ。でも心は女だからいつも女の格好をしている」
とヘレナ自身は言っています。
「へー!そういうのもいいですね」
とスノーホワイトは言いました。
ともかくも、その日はその小屋に泊めてもらうことになりました。料理もみんなから少しずつ分けてもらいました。
「取り敢えず、わしの鶏肉を少し分けてあげよう」
「俺のパンも少し分けてやるよ」
「私のじゃがいもも分けてあげるよ」
「僕の野菜も分けてあげるね」
「俺のスープも少しやるよ」
「僕のワインも少しあげよう」
「私のチーズも少しあげるね」
「みなさん、ありがとう!」
それで7人の住人から分けてもらったごはんでスノーホワイトはその晩の食事をしたのでした。
7人の住人たちはみんな背が低く、だいたい身長140〜160cmくらいです。スノーホワイトは13歳の普通の男の子なので、だいたい160cmくらいあります。結局いちばん背の高いフィディがベッドを譲ってくれたので、そこで寝ることにしました。フィディはオイストのベッドとアルツのベッドをくっつけて、その2つのベッドに3人で寝ていました。
「明日は取り敢えずあんた用のベッドも作ってあげるよ」
「すみません!だったら、私ここのお掃除したり、みなさんのお食事作ったりしますね」
「ああ、それは助かる」
「でもあまり無理しないように。怪我が酷くなるから」
「はい、すみません」
それでスノーホワイトは怪我が治るまで1週間くらいこの人たちの小屋に滞在することにしたのです。ベッドと靴を彼らが翌日作ってくれたので、取り敢えず寝る場所が確保できましたし、小屋の周辺を歩く程度は問題無くなりました。
川に流されたスノーホワイト王子の行方を捜していたステファンとマルガレータは、なかなかスノーホワイトが見つからないので焦り始めていました。
「スノーちゃんはアルカスに行くと言っていました。ひとりでそちらに向かっているということは無いでしょうか?」
とマルガレータは兄に訊きます。
「その可能性はあると思う」
とステファンも言います。
「だったらこうしよう。お前はこのまま闇の森を抜けてアルカスに行ってくれないか?実はスノーはノガルドの王族のひとりなのだよ」
「うっそー!?」
「レザンナ女王に追われている。もし国境を越えることができていたらいいが、まだ迷っていたり、あるいは女王の追手につかまったりしたら大変だ。だからハモンド大公の宮殿に行ってそこでスノーの消息がつかめなかった場合は、大公にお願いして、スノーを保護するための人手を派遣してもらうと助かる」
「でもそんな話、私が向こうで話して誰か信じると思います?」
ステファンは考えました。
「だったらこの袋を持って行ってくれ。この中にはスノー様が持っていた金貨や宝物、それにスノー様がこれを確かに私に預けたという書き付けが入っている。これを見せたら信じてもらえると思う」
「分かりました。では私はこれを持ってアルカスに向かいます」
「すまんが頼む」
それでふたりは別れて、ステファンは引き続きスノーホワイトを探し、マルガレータは、アルカスに向かってハモンド大公に協力を求めることにしたのです。
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■プリンス・スノーホワイト(5)