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さて、そのスノーホワイト本人は、女の子の格好をして、マルガレータと一緒に森の中をひたすら東へと歩いて行っていました。マルガレータは護身用も兼ねて自分用のクロスボウと槍を持っています。腕力が兄ほどは無いので、ステファンが持っているものよりは小さなものですが、これでもオオカミやサル程度は倒す自信がありました。イノシシも過去に1度倒したことがあります。そんなことを話していたらスノーホワイト王子が訊きました。
「森の中にはどのような動物がいるのですか?」
「シカ、イノシシ、サル、クマ、オオカミ、タヌキ、キツネといったところですね。シカは強いですが、こちらが何もしなければ向こうも何もしません。サルも同じです。タヌキやキツネは向こうが逃げて行きます。クマ、イノシシ、オオカミは怖いですが、全部私がこの弓で倒すから大丈夫ですよ」
とマルガレータは言いました。本当はオオカミも集団で来られたら辛いし、イノシシは結構な勝負で、クマはさすがに倒す自信がありません。しかしここはこの娘さんを安心させておくべきだと思ったのです。
「ところでうっかりしてた。あなた名前なんだっけ?」
とマルガレータは言いました。
「あ、ごめんなさい。名乗ってなかったですね。私は・・・スノーです」
「スノー!雪ちゃんかぁ。可愛い名前だなあ」
「でもマルガレータというのも真珠のことですよね。素敵な名前だと思います」
「そう?私は『豚に真珠』(*9)とかよく言われてたけどね」
そうやって半日ほど歩き、やがて夜になりますので、マルガレータは木の上に寝床を作り、スノーホワイトを手伝って上に上げ、そこで寝させます。マルガレータもそのそばで一緒に寝ました。
マルガレータは同性の女の子と一緒に寝ていると思っているので平気ですが、スノーホワイトは異性の女性がそばに寝ていることでドキドキしました。
たまに侍女が自分と一緒のベッドに寝て「殿下お好きにしていいですから」と言うのですが、スノーホワイトは全然意味が分かっていないので、ちょっとドキドキしながら何もせずに寝ていました。アグネスなどはわざわざ自分のおっぱいにスノーホワイトの手で触らせましたが、
「ごめん。さすがに僕はおっぱいは卒業している」
とスノーホワイトが言うと、アグネスはさも可笑しそうに笑っていました。アグネスは、女の人のあそこにも触らせてくれましたが、
「侍女はみんな王子様に何をされてもいいと思っていますが、他の女の人、特に姫君たちにはうかつに触らないで下さいね」
などとアグネスは言っていました。
スノーホワイトはそんなことも思い出しながら、少しドキドキしていたのですが、この日は疲れていたこともあり、すぐに眠ってしまいました。
寝ている間、森の中で気味の悪い何かの鳴き声がしているような気がしましたが、気にしないことにしました。
翌日。ふたりは保存食を食べてからまた歩き始めます。冬なので森の中もかなり雪が積もっているのですが、それにしては比較的暖かい気がしました。やはり森の木々が寒さをやわらげてくれているのでしょうか。
「だいたい3日くらいで国境を越えられると思うのよね。アルカス側には国境警備兵とかいるかも知れないけど、民間人は事情を話せば通してくれるだろうし」
とマルガレータは言いました。その話を聞き、スノーホワイトはアルカス側の警備兵がいたら好都合なので身分を明かして都までのガードを頼めばよいと思っていました。
「国境までずっと森が続くのですか?」
とスノーホワイトは訊きます。
「そうそう。ただ・・・」
「ただ?」
マルガレータは彼女に不安を与えないようにと黙っていたのですが、実はその途中で、明日くらいに『闇の森』を通過する必要があるのです。
そこを通らずにアルカスに行くには南方の草原地帯を抜ければいいのですが、そちらを通過するのは馬などの“交通手段”を持っていないと困難です。かなり暑い地区なので飲料なども持ち素早く通る必要がありますし、オオカミの群れや盗賊などまで出るという噂があります。森を抜けるルートはそういうものからは安全ですが、闇の森はそれ自体が結構危険です。ただマルガレータは一度は亡き父と、一度は兄と一緒に闇の森を抜けたことがあるので、何とかなると思っていました。
それに兄もお城での用事を済ませたらできるだけ早くこちらを追いかけてくると言っていたので、半分はそれに期待していました。
お城では女王がひどく浮かれているのを見て、ソリスはスノーホワイト王子が殺されたものと判断します。しかしそのことが公になると国民が黙ってはいないだろうと彼は考えました。
そこでソリスはイレーネという王子付きの侍女を呼びました。彼女は年齢が15歳で王子と年齢も近く、長い黒髪の持ち主で(正確には黒い髪だったので髪を長く伸ばさせた)、実は過去にも何度かスノーホワイトの影武者をさせたことがあるのです。
「イレーネよ、頼みがある」
「はい、何でしょうか?ソリス閣下」
「実はスノーホワイト殿下が今、ローマまで秘密の使者に立っているのだ」
「何とまあ遠い所まで!」
「ごく少数の精鋭の兵士に護衛をさせている。大事な用事なので、秘密にしなければならないが、その間、殿下の姿が見えなかったらみんな変に思うだろう。だから殿下が戻ってくるまで、申し訳無いが、そなた殿下の影武者をしてくれまいか?」
「それは喜んで致しますが、殿下は男の方で私は女ですので、誤魔化すのにも限度があるかと」
「取り敢えず、男の服を着ておいてくれ」
「それは問題ありません。私は殿下とお揃いの服を頂いております。でも殿下をご存知の方に会えば一目瞭然ですよ」
「うん。それで病気ということにするから、殿下のお部屋でベッドに入っていてくれ。医者は丸め込むから、医者と私以外には顔を見せないようにして」
「はい、それでしたら何とかなるかも知れません」
それでイレーネがスノーホワイト王子の影武者を務めたため、お城に王子がいらっしゃらないことには、しばらくの間、誰も気付かなかったのです。
次の日のこと。レザンナ女王はなにげなく鏡に尋ねました。
「鏡よ鏡、この地上で一番美しい者は誰?」
すると鏡はこう答えました。
「スノーホワイト様です。スノーホワイト様がこの地上で一番美しい」
女王は驚き、鏡に詰め寄ります。
「なぜだ?スノーホワイトは生きているのか?」
「スノーホワイト様は今東の森の奥、闇の森を歩いておられます。明日にはあの森を抜けて国境を越え、アルカスに入られるでしょう」
まずい・・・。アルカスに行かれたら、ハモンド大公と共同で反撃される。と女王は思いました。
「しかし、鏡よ、昨日、お前は私がこの地上の女の中で一番美しいと言っていたではないか?それにこの地上の男の中ではレオポルド王子が一番美しいと言ったぞ」
すると鏡はこのように言いました。
「この地上で一番美しい“女”は確かにレザンナ様です。この地上で一番美しい“男”は確かにレオポルド様です。しかしスノーホワイト様は今、女の服を身につけておられるので、男ではありません。しかしお股に男の印が付いているので、女でもありません。ですから、スノーホワイト様は、世界で一番美しいお方ではありますが、世界で一番美しい女でもないし、世界で一番美しい男でもありません」
レザンナはイライラしました。そんなの屁理屈じゃん!と思います。しかし明確なことがありました。
それはスノーホワイトは今すぐ始末しなければならないということです。
女王はもうひとつ、猟師のステファンが嘘をついたことも分かりました。あの男、女王を騙すとはいい度胸をしている。磔(はりつけ)にして家族共々油の入った釜で煮てやると思いますが、それは後回しです。ソリスを呼ぼうかと思いましたが、ソリスには「2度と顔を見せるな」と言ったばかりです。
女王は密かに飼っている妖獣を呼び出しました。
1日に千里を走ることのできる妖獣で、実はレザンナはこの妖獣に乗ってノガルドの都アッシュと、フォーレの都ヴァルトを往復して、ノガルド女王のレザンナとフォーレ皇帝のケーンズを掛け持ちしているのです。
「妖獣よ。東の森の奥、闇の森を歩いている、女の服を着たスノーホワイト王子を始末してこい」
すると妖獣は物凄い速度で走って行きました。
その頃、女の子の格好をしたスノーホワイト王子と、マルガレータは闇の森を歩いていました。ここは天井を多数のツタ植物が覆っており、昼間でも薄暗く、ジメジメとしていて、またワニや大蛇などの爬虫類も生息し、方位を見失いやすく、危険な領域です。この領域には、誰も知らないような恐ろしい生き物も生息しているという噂もあります。
しかしマルガレータは父や兄からこの闇の森の中での方角の知り方を習っていたので、しっかり東に向けて歩いて行っていました。
かなり歩いて、黒川(シュヴァルツァーフルス)という所で休憩していた時のことです。この川の水は飲めるので、マルガレータはスノーにも勧めて自分でも水を飲んでいました。
その時何かが忍び寄ってきた気配があります。
反射的にマルガレータはスノーを突き飛ばし、身を伏せました。
スノーが川の中に落ちてバシャンという大きな音がします。そしてマルガレータの真上を何か大きなものが凄い速度で通過していきました。
マルガレータが身を起こすと、その大きな獣のようなものは、川に落ちたスノーを狙っているようです。
「スノーちゃん、川の中に潜って!」
と声を掛けながら、マルガレータは自分のクロスボウの弓を急いで引きます。
そしてスノーがマルガレータの声に応じて水中に潜ったのと、獣のようなものがスノー目掛けて飛びかかるのと、マルガレータが弓矢を発射したのが、ほとんど同時でした。
1時間ほど経った頃。
レザンナ女王の所に妖獣が帰ってきました。
「お疲れさん。やったかい?」
と声を掛けましたが、様子が変です。
「どうした?」
と呼びかけますが、妖獣はその場にバッタリと倒れてしまいました。驚いて傍に寄って見ますと、妖獣の頭に矢が刺さっていました。かなり失血しているようで、むしろよくこの状態でここまで帰還したものです。
そして妖獣は手に何かを持っていました。よく見ると腕輪のようです。その腕輪にレザンナは見覚えがありました。二重になっている革(かわ)の間に挟まっている金属製のプレートを取り出すと、ルーン文字でスノーホワイト王子の名前と“合い言葉”が書かれていました。腕輪には赤い血も付いています。妖獣の血は青いので、これは王子の血ではないかと女王は思いました。
鏡に訊いてみます。
「鏡よ鏡、この地上で一番美しい者は誰?」
「レザンナ様、それはあなたです。あなたがこの地上の者の中で一番美しい」
と鏡は答えました。
「やった!スノーホワイトは死んだんだ!相討ちになったのか?妖獣よ。済まなかったな。しかしよくやったぞ」
と死んでしまった妖獣に声を掛けました。
しかし・・・妖獣が死んでしまったら、移動に困るぞと女王は思いました。癪に障(しゃくにさわ)りますが、背に腹は替えられません。ソリスを呼びます。
「何か御用でしょうか? 顔を見せるなと言われましたが」
とソリスは言います。
「それは解除するから、この妖獣の死体を始末して、その後ヴァルト(フォーレの都)に行ってこいつの兄弟を1匹調達して来い」
「御意」
と言ってからソリスは付け加えます。
「今取り敢えずスノーホワイト様はイレーネを影武者にして、病気で寝ていることにしておりますので、念のため」
それでソリスは部下のマルスに後事を託すと、馬に乗ってヴァルトに向かいました。向こうからこちらに来る時は妖獣の力で30分もあれば来られますが、馬で向こうまで走るのはどうしても数日かかるでしょう。ソリスは自分が不在の間に、女王が何か変なことをしなければよいが、と少し心配でした。
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■プリンス・スノーホワイト(4)