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■夏の日の想い出・1羽の鳥が増える(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2013-12-20
 
2014年4月20日。私は若山冬鶴・名取り披露をした。
 
私は伯母の若山鶴音を代表とする民謡の「若山流鶴系」の一員となったのだが、お披露目には若山流の家元さんも来てくれていた。10代の頃一時期アイドルをしていた家元さんは
 
「これで鶴系にまた1羽、おもしろい鳥が増えたね」
と言った上で
 
「民謡とロックって相通じる所があるんだ。どちらも魂の咆哮だし、即興演奏にこそ命がある。あなた独自の世界を見つけ出して」
というお言葉を頂いた。
 
ところで、このお披露目に私は民謡に関係無く個人的な友人を多数招いていたが、その中で若葉が「体調が良くないので」と言って当日の朝、欠席の連絡をしてきた。
 
単純に風邪か何かかと思ったのだが、披露パーティーの会場で遭遇した奈緒が「こないだ遊びに誘った時も体調悪いって言ってたよ」というので、翌日、自宅を訪問してみることにした。
 
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奈緒と有咲を誘ったのだが、当然のことながら政子は付いてくる。また、偶然話を聞いた和泉も、高校の同級生のよしみで一緒に行くことになった。
 

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ここは何度も訪問しているが、とっても素敵なお家である。私たちが訪問すると、お母さんが応接室ではなく居間の方に通してくれて(ここに通すのは本当に内輪の友人だけ)、美味しい紅茶を出して、ケーキも出してくれた。政子のことをよく分かっているので、政子の前の皿には3個ケーキが載っている。
 
若葉は寝てたと言ってパジャマ姿で出てきた。
 
「起こしてごめんねー」
「ううん。起きてた方がいいから。今の時期を乗り切れば大丈夫と思うんだけどねー。お店は取り敢えず店長を辞任させてもらって、自由出勤に変更させてもらった」
 
「どうしたの?」
「何か大きな病気?」
 
「ううん。妊娠しただけー」
 
「えーーーー!?」
 
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私たちはびっくりした。若葉は深刻な男性恐怖症で、男の子には肩に触られるだけでも嫌だと言っている。何度か「男性恐怖症を克服するため」友人に紹介してもらってデートをしたことはあるものの、だいたい途中で逃げ帰ってきたと言っていた。それが妊娠ということは、妊娠するようなことまで男の子とすることができたということ??
 
「病院行った?」
「行ってるよ。予定日は11月23日。今3ヶ月目」
「じゃ、仕込んだのは2月くらい?」
「排卵日は3月2日〜」
「へー」
 
「彼氏とはいつ結婚するの?」
「結婚はしないよ」
「え〜!? なんで?」
「種もらっただけだから、そもそも結婚する気無い。相手とも純粋な種提供ということで話付いてる。もちろん認知も不要だし養育費とかも不要と私が念書書いて渡した」
「すごーい」
 
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「Hしたの?それとも人工授精?」
「人工授精だけど、記念に1回だけHもした」
 
「すごーい。若葉が男の子とHできるなんて」
「H自体はこれまでも何度もしてる」
「そういえばそうだった」
 
「でも男性恐怖症治ったの?」
「ううん。寝てるから好きなようにしていいからと言ったら、優しくしてくれた。実際には眠れなくてずっと目を瞑ってただけだけど」
 
「それだけできるだけでも進歩じゃん」
「どんな感じだった?」
「悪くはなかったけど、やっぱりHは女の子とする方が気持ちいいと思った」
「なるほどー」
 
「ピストンされてる時は早く終わらないかなあとばかり思ってた。でも一応濡れたよ。彼がかなりクリちゃんいじってくれたから」
「ほほぉ」
「それかなり男性恐怖症が軽くなっている気がする」
「進歩進歩」
 
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「でも父親誰なの?」
「私たちの知ってる人?」
「そうだなあ。このメンツはだいたい知ってるんじゃないかな」
 
「お店のお客さんとかじゃないよね?」
「まっさかぁ。元同級生」
「へー! でも若葉が男の子とそんなことできるとはね〜。大学の同級生?」
「ううん。高校の同級生だよ」
「ふーん」
 
「え?」
「ちょっと待て」
 
「女子高の同級生からどうやって種をもらえる?」
「女子高には男子生徒いないよね?」
「同級生の素子は実は男の娘だったんだよ。3月末にタイに行って性転換手術しちゃったから、もう女の娘だけどね」
 
「えーー!?」
「そんな同級生がいたんだ!?」
「よく女子高に入れてくれたね」
 
「私も3年生になるまで気付かなかったんだけど、同級生の間では2割くらいの子が知ってたと思う。どう見ても女の子にしか見えなかった。胸なんて私より大きかったし」
と和泉が言う。
 
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「あの子、系列の幼稚園から小学校・中学高校とずっと◎◎学園で、一貫して女の子として通学していたんだよね。中学進学の時に若干議論はあったらしいけど、先生たちもあの子が女の子だというの分かってたから、特別にそのまま中等部への進学を認めたらしい」
と若葉が補足する。
 
「すごーい」
「冬より徹底している子がいたとは」
「私は高校までずっと男子として通学してたけど」
と私は言うが
「このメンツの前でそういう嘘つくのは無意味だよ」
と奈緒から言われた。
 
「冬が中学でも高校でも女子制服しか着ていなかったのは、このメンツにはとっくにバレてるよ」
と和泉にまで言われる。うむむ。
 
「じゃ、その素子ちゃんが父親?」
「違うよ。まあ彼との約束で名前は明かさないことにしてるから。でも本当は中学の時のお友だちなんだ」
「ふーん」
 
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「それで、もう名前も決めちゃった」
「あれ?性別分かってるの?」
「まさか。早くても5ヶ月くらいにならなきゃ性別は分からないよ。男女どちらでもその名前にしちゃう」
「ああ、なるほど」
 
「カズハって言うの」
「どんな字?」
「冬の葉っぱ。冬という字はカズとも読むんだよね〜」
と若葉は言った。
 
その瞬間、みんなの視線が私に集中した。
 
「ちょっと」
「冬って若葉と同じ中学だよね?」
と政子。
「そうそう」
 
「まさか父親って、冬じゃないよね?」
 
「さあ、どうだろう」
と若葉。
 
「ちょっと冬?」
「知らない。私は知らない」
と私は焦って言う。
 
「あ、無責任な態度だ」
「無責任と言われても、ホントに知らないんだけど」
 
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「でも冬はもう精子無いのでは?」
「4年前に去勢した」
「じゃ有り得ないか」
「いや、冬ならきっと何とかする」
「どうやって何とかするのさ?」
 
「私、子供2人生むつもりだから。1人目が冬葉(かずは)で、2人目はユキハ。こちらは政治の政に葉っぱ。政の字はユキとも読むんだよね」
 
「まさか父親は政子〜?」
「私、知らないよぉ」
と政子。
 
「女の子に精子は無いでしょ」
「でも政子、しばしば、冬が妊娠したら自分が父親とか言ってるよ」
「精子あるの〜?」
 

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「ところでここに居るメンツって、全員レスビアンって気がしない?」
と有咲が言った。
 
お互いに顔を見合わせる。
 
「うーん・・・・」
「否定できんな」
 
「でも多分、男の子との経験が無いのは、和泉くらい」
と若葉は言う。
 
「そうだね。公式見解ではそういうことにしてるね」
と和泉。
 
「経験あるの!?」
「いつの間に?」
などとみんな驚いたように言うが
 
「『アメノウズメ』とか、『海を渡りて君の元へ』とかの詩が、男性経験の無い人に書ける訳が無い」
と政子はあっさり言った。
 

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私がKARIONの四人目で水沢歌月=蘭子であることを事実上明かした後、そのことを知らなかった知人から、かなり驚かれた。
 
やはり最大級の驚きを示されたのが上島先生だ。
 
「ケイちゃん、あまりにも凄すぎるよ。ケイとしてあれだけ大量の楽曲を書いている一方で、水沢歌月として、あんなにハイクォリティな曲を書いていたなんて。僕は完全に負けたと思った」
 
1月24日に先生と会った時に言われた。う・・・しかしケイは質より量か!?確かに水沢歌月は研ぎ澄まされているかも知れないけど。
 
「私は先生の足下にも及びません。私はマリと和泉に詩を書いてもらって年間120曲くらいしか書いてませんけど、先生は詩まで自作して600-700曲は書いておられますから」
 
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「いや、自分で言うのも何だけど、ほぼ粗製濫造になっているから。自分でも反省しているんだけど、いったん引き受けた歌手の楽曲提供を突然やめる訳にはいかないしさ」
 
「でも大西典香と篠田その歌が引退したし、鈴懸くれあとか前多日登美とかも事実上歌手活動を停止してほぼタレントとしての活動がメインになっているから、4-5年前より少しは楽になりましたかね?」
 
「うん。それはある。だけど、僕は決めたよ」
「はい?」
 
「浦中さんから、○○プロの有力新人歌手で南藤由梨奈って子に楽曲を提供してもらえないかと打診されて、いったん断っていたんだけど、あれ受けることにする」
 
「えーーー!? 大丈夫ですか?」
 
「ケイちゃんが頑張っている姿を見たら僕も闘志が湧いてくる」
 
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私はその先生の言葉と伝わってくる活力に微笑んだ。が、私は心の中で南藤の件に関しては「どうしよう!?」と焦った。
 

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上島先生は翌日、浦中さんに南藤の件を引き受けると連絡し『南から来た少女』
という可憐な曲を持って行った。
 
ところが浦中さんは上島先生に断られたのでということで既に蔵田孝治さんに依頼して『フジヤマ・ロック』という格好良い曲を作ってもらっていた(私もこの制作に関与していたので私は上島先生のことばに焦ったのである)。
 
この2つの曲は全く違う傾向の曲だが、どちらもクォリティの高い曲で南藤の歌唱力を前提に適切な広告を打てばプラチナディスク(25万枚)を狙えると思われた。
 
私と浦中さんは結局相談の上、27日、上島先生と蔵田さんを都内の料亭で直接会わせた。ふたりが同じテーブルに着くのは、ワンティスとドリームボーイズがデビューしてすぐの頃に雑誌の対談でして以来、13年ぶりということだった。
 
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しかし最初に浦中さんが言った。
「上島先生は、ヨーコージとは初対面ですよね?」
「へ?」
 
「ヨーコージというのは、実は、柊洋子と蔵田孝治の共同ペンネームなんですよ」
と浦中さんが説明すると、上島先生は
 
「えーーーー!?」
と言ってまた絶句する。
 
「済みません。先日はヨーコージで既に楽曲を書いていたことを言わずに」
と私は上島先生に謝罪するが
 
「いや、それは守秘義務だから仕方無いよ」
と言った上で、
「どういう分担で制作しているの?」
と訊かれる。
 
蔵田さんを見ると頷いているので私は説明する。
 
「作曲の主体は蔵田さんです。私は基本的に楽譜をまとめる作業をさせてもらっているだけです。ただその時に、例えば《ミ→ド》みたいに書いてある所を《ミソシド》と展開したりとか、1番と2番で歌詞の字数が違う所の音符を調整したりとかさせてもらっています」
 
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「AA′BA″みたいな所はABだけ書いて16小節にと書いておくと、こいつがちゃんと展開してくれる」
と蔵田さんが補足する。
 
「それ結構な作業じゃん!」と上島先生。
「でもだから、ヨーコージの曲とケイちゃんの曲は、まとめ方が似ていたのか」
 
「同じ人が作業しているので。水沢歌月は意識してまとめ方を変えているんです」
「なるほど」
 
「まあ。俺は《だいたい出来た》所で満足してしまうから。ドリームボーイズの楽曲も最初の頃はその段階から外部のアレンジャーさんに投げてしまってたんだけど、結構解釈間違いが多くてさ。それで2005年頃からは、全面的にこいつにやらせるようになった」
と蔵田さんは補足する。
 
「発端は私が2004年秋に蔵田さんに松原珠妃に曲を頂けないでしょうか?とお願いしたことなんです。松原は私の同郷で同じ小学校で、私に歌を教えてくれた先生なんですよ」
と私。
 
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「それは知らなかった」
と上島先生。
 
「それで書いてやるから手伝えと言って手伝わせたら、その楽譜のまとめ方が俺の好みだったから、ずっとそれ以来9年間徴用してるんだけどね」
と蔵田さん。
 
「ということはだよ」
と上島先生は考えるようにして言った。
 
「要するに、ケイちゃんが蔵田に作曲を頼んだことで、松原珠妃にヨーコージが『鯛焼きガール』を提供して、それに刺激を受けて」
 
「ユーカヒさんが篠田その歌に『ポーラー』を提供してくださったんですね」
と私は笑顔で言葉を引き継ぐ。
 
「そのことを僕も最近知った。つまり現在の日本のポップスシーンの上島vs蔵田という構図の影の仕掛人がケイちゃんだったんだな」
と浦中さん。
 
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「仕掛人は大げさです。たまたまきっかけになっただけで」
と私。
 
「まあ、俺も上島も、ケイというお釈迦様の掌で遊んでいる孫悟空だな。ケイはうちのバックダンサーでもあるけど、松原珠妃の元ヴァイオリニストで、当時は篠田その歌のヴァイオリニストをしていた」
 
「ほほぉ」
 
「お釈迦様なんて恐れ多い。私は、三蔵法師の馬くらいです」
と私は慌てて言う。
 

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「しかし南藤由梨奈はデモ曲を聴いたけど、凄い歌唱力持ってるね」
と蔵田さん。
 
「正直な話、将来的には保坂早穂を越えるんじゃないかと僕は思っている」
と浦中さん。
「確かにその可能性はあるかもね」
と上島さん。
 
対談は私と浦中さんと4人だけで、食事をしながら2時間ほど続いたが、大半は最近の洋楽シーンの話に終始した。
 
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夏の日の想い出・1羽の鳥が増える(1)

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