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■夏の日の想い出・1羽の鳥が増える(10)
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ゲストコーナーに今回出演するのはAPAKという∴∴ミュージック所属のガールズバンドである。ギター・ベース・キーボード・ドラムスという基本構成の4人組。このツアー全部に付き合ってくれる。APAKが使用するドラムスは、セリで床からせり上がってくる。ついでにドラムス奏者のkyoも一緒にせり上がってくる。他の3人は上手から走り込んできて、元々置いてあった自分たちのギターとベースを使い、キーボードは夢美が使用していたものをそのまま借りて演奏を始めた。
私たちは彼女たちが演奏している間に下着から全部交換して後半用の衣装に着替えた。
「冬が、こうやって私たちと一緒に着替えていたの、これまでどのくらいあったかなと考えてみたんだけど、むしろ居なかった時の方が珍しいような気がしてきた」
と美空が言った。
「無理ーとか言っても、○○プロの丸花さんがきちんとお膳立てしてるんだもん。いつだったかは、本番前に雑誌社の取材があるから、ケイちゃん、ちょっと来てって中沢さん(丸花さんの腹心)に言われてタクシーに乗せられて、タクシー降りてみたらKARIONのライブ会場だったなんてこともあったし」
と私は笑いながら言う。
「○○プロといえば、南藤由梨奈は浦中副社長−前田部長、貝瀬日南は丸花社長−中沢部長のラインで管理することになったみたいね」
「うん。あそこは社内に会社が3つあるみたいなものだから。競合の可能性のあるタレントは別ラインに振り分ける。その手の《社内移籍》がしばしば起きる。花村唯香は津田先生−中家課長のラインだし」
「まあ同じラインで管理すると、どうしてもどちらかがメインになっちゃうだろうしね」
「ローズ+リリーはどういう管理になってるの?」
「基本的にはローズクォーツが浦中ライン、ローズ+リリーは丸花ライン」
「へー」
「ローズ+リリーは、元々ラインにまたがってたんだよね。マリは浦中系の大宮さんに見出されたんだけど」
「あ、大宮さんって、元々そういう縁があったんだ?」
「うん。それで私の方は最初津田先生の教室に通っていて、ポップス系のレッスンは丸花社長の勧めで受けていたし、篠田その歌と一緒に受けたオーディションで私を高く買ってくれたのは浦中系の前田さんだったし」
「ちょっと待て。そのオーディションって何だ?」
「あ、しまった」
「篠田その歌と一緒に冬ってオーディション受けたんだ?」
「まいっか。でも私は募集条件に年齢が達してなかったから辞退したんだよ」
「つ・ま・り、篠田その歌が即戦力と言われて合格したオーディションの本当の優勝者は冬だったと?」
「なぜ分かったの?」
「だいたい想像が付くよ」
「じゃ辞退してなかったら、中1でソロ歌手としてデビューしてた可能性もあったのか」
「ね、ね、オーディションなら当然水着審査も受けてるよね?」
「あははは」
「何か鋭く追求した方が良さそうな気がする」
「気にしないで!」
「だけど、私たちはいつも一緒に着替えているけど、メンバー全員個室ってユニットも結構あるらしいね」
「個室でなくても着替える時は各々カーテン付きの着替え用のスペースを使うとか」
「ああ、ドリームボーイズがそういう方式だったよ。あれは楽屋は全員ひとつ。ダンスチームも一緒にわいわいとやってた。着替える時に女性はカーテンの影で。男性陣は私たちが見ている前でも平気で着替えてた。私たちも気にしてなかったけど」
「あの人たちらしい」
「ワイルズ・オブ・ラブは全員個室らしいね。会場を選ぶ時に第一条件がメンバーの個室楽屋を確保できるかという問題」
「けっこう大変だ」
「ワンティスも全員個室だったみたい。人数多いからホントに大変だったって」
「個人主義のスリーピーマイスは同じ部屋を使うらしい」
「あの人たちは別に仲が悪いわけではないから。プライベートと仕事を切り分けるだけだからね」
「スリファーズは初期の頃は春奈だけ別だったんだけど、今は同じ楽屋にしてもらっているみたい」
「まあ性別問題で仕方無い」
「Rainbow Flute Bandsは楽屋4つ使うらしい」
「男の子2人とマイク、フェイに女の子3人だろうね。モニカは結成時に既に女の子の身体だったから、他の女の子と一緒で問題無い」
「結局、フェイの性別はよく分からない」
「フェイ本人も訊く度に違うこと言ってるよ、あれ」
「どうもメンバーも本当の所は分かってないみたい。たぶん知っているのは事務所の社長と町添さんくらいじゃないかな。加藤課長は知っていると言ってたけど、正しい性別を知っているかは怪しいと思う」
「ああ、加藤さんも割と鈍いタイプだもん」
何か美空が考えているっぽい。
「どうしたの?みーちゃん」
「いや、冬は最初から私たちと一緒に着替えていたけど、何も違和感が無かったなと思ってさ」
「緊張感が湧かないんだよね。テレビ局とかで楽屋に****ちゃんとか****ちゃんとか入ってくると、一瞬緊張が走る。向こうも緊張する感じがある。別に意識しているつもりは無いんだけどね。でも冬に関しては、最初から何も緊張感が無かったよね」
と小風は言う。
「だから、私、冬が男の娘だってのは冗談なのではって、最初の頃かなり考えていたよ」
「男の子の臭いもしないよね」
と美空。
「ああ、それも感じたことないな」
と小風。
「やはり高1の11月に会った時点で既に女の子の身体だったとしか思えん」
「全く同感」
と和泉まで言っている。
「私が冬に会ったのは中3の6月だけどね。その時点で何も緊張感は無かったね」
「コーラス部の大会だったんでしょ?」
「そうそう。他の部員の子にふつうに溶け込んでいた。あれ男の子が1人混じってたら、絶対何かの壁のようなものがあっても良かった気がするんだけどね」
「コーラス部っていつからやってたの?」
「えっと。中2の秋からかな」
「ってことは、それ以前に既に女の子の身体に・・・」
「いや、ほんとに手術受けたのは大学2年の時なんだけどなあ」
「それ絶対信じられない!」
と3人から言われた。
「だいたい手術の前と後で冬の雰囲気、全く変わらなかった気がする」
APAKの演奏終了とともに、いったん幕を下ろす。そしてその幕が上がると、ステージ上に4つの大きな鐘が並んでいる。開演の時は道成寺のような和鐘が1個置いてあったのだが、後半最初は洋鐘が4個である。
そしてDAIのドラムスが響き、HARUのベース、TAKAOのギターが鳴り出すと共に、その4つの鐘が縦に割れ、4人が飛び出してくる。左から、こかぜ・いづみ・らんこ・みそらである。そして『Earth, Wind, Water and Fire』を歌った。
この曲の間奏では、私たちは楽器を持つ。乙女座生まれの美空は大地を表すベース、天秤座生まれの私が風を表すウィンドシンセ(EWI 4000S)、蟹座生まれの小風が水を表すウォーターグラス、そして獅子座生まれの和泉は火を表すエレキギターを弾いた。
ウォーターグラスというのは、つまりグラスに水を入れて音階に並べたものをマレットで叩くのだが、この楽器の最大の問題は水が蒸発して音のピッチが変わる!ということである。それでだいたい音階にしておいた上で、後半が始まる直前にマネージャーで元歌手でもある花恋が自分の耳で聴いて水の量を再調整し、この演奏に使用した。
KARIONライブ後半はこれまでのヒット曲を中心に演奏した。
『星の海』『海を渡りて君の元へ』『金色のペンダント』『白猫のマンボ』
『水色のラブレター』『優視線』『遠くに居る君に』『スノーファンタジー』
『FUTAMATA大作戦』『あなたが遺した物』『ムックリモックリ』『鏡の中の私』
と続けるが、『優視線』『遠くに居る君に』『スノーファンタジー』に含まれるピアノの超絶プレイは美野里が難なく弾きこなす。『スノーファンタジー』にはヴァイオリンの超絶プレイも含まれるが、これも夢美が問題無く弾いてくれた。美野里の演奏は、わざわざグランドピアノの鍵盤をカメラで撮し、パックに投影したが、拍手が沸き上がっていた。
『スノーファンタジー』の後のMCで和泉が
「今日のピアニストは、らんこの後輩の古城美野里さんです。昨年**コンクールで優勝した方です」
と紹介すると、あらためて拍手が起きていた。
後でネットの反応を見たら
「やはりあの演奏は、そのクラスのトッププレイヤーにしか弾けないんだ!」
「これまでのライブは、いつも影のピアニストが居たのは確実」
「やはり蘭子がどこかに隠れて弾いてたんだろうな」
という意見であった。
また『ムックリモックリ』に入っている口琴は音源制作の時も演奏してくれた福留彰さんが演奏してくれた。福留さんがKARIONのライブに出てきたのは実に初めてである。和泉からひとこと求められた福留さんは
「いや、女の子ばかりのライブに、むさ苦しい男が出てきたらいかんだろうと思って遠慮してた」
などと言ったが、
「彰ちゃん、イケメンだよー!」
などという女子の観客からの声が掛かり、福留さんはちょっと照れていた。
『鏡の中の私』では再びウォーターグラスを小風が叩いたが、これも演奏直前に花恋が再調整している。なお、さすがにこれを打ちながらは歌えないので、この曲では小風のパートはVoice of Heartでメゾソプラノを歌っているキスちゃんが代理で歌った。
後半の最後は『雪うさぎたち』で締めた。この曲も間奏の超絶プレイのところで美野里の演奏に拍手が来ていた。凄い!という感じで首を振りながら聞いている人たちもいた。「みのちゃーん!」なんてコールまで掛かっていた。
いったん緞帳が降りて、アンコールの拍手で呼び戻される。
「アンコールありがとうございます。KARIONはデビューしてから6年と4ヶ月ほど経ちましたが、私たちも大学を卒業して、これがまた新たなスタートだと思っています。これからも私たち4人を応援してください」
和泉の言葉に拍手が起きる。
「とりあえずひとり一言ずつ。まず、こかぜ」
というで、ひとりずつ何かしゃべる。
「私、蘭子と家が近いから高校時代とかよく普段でも遭遇してたんですよねー。小学生の頃は、私も蘭子も★★アカデミーに通ってたけど、その時会った記憶は無いんだよね。でもKARIONの中で蘭子と一緒にお風呂に入ったことのあるのは私だけだな」
この小風のお風呂発言は後でけっこう物議を醸した。
「みそら」
「私歌うのも好きだし、御飯食べるのも好き。キャンペーンとかツアーで全国回ると、その地域の食べ物が食べられるのでほんとに嬉しい。このまま50年くらいKARIONやっていたいです」
これには客席から爆笑が起きていた。
「らんこ」
「震災の後、8月にKARIONで仙台公演した時、交通量の多い道の横断歩道でどうしても向こうに渡れずにいたおばあさんを助けて、小風が車の流れを止めて私がおばあさんの手を引いて、和泉と美空が荷物持ってあげて、それで向こう側に渡ったことがあったんですが、その時、そのおばあさんが、あなたたち息が合ってる。ずっと仲良くしていけると思うよ、なんて言ったんですよね。なんかジーンと来ました」
客席から拍手が来た。
「最後、いづみ」
と小風が言う。
「実は先日、蘭子のお母さんから蘭子の出生証明書のコピーを見せてもらったんですけどね」
私は苦笑する。それは先日の「若山冬鶴」のお披露目の時のネタだ。
「その出生証明書の《男女の別》の欄、女の方に○が付けてあったんですよ」
これには観客から「えーー!?」という声。
和泉はその観客の反応を無視するかのように
「それではアンコールにお応えして、私たちのデビューシングルの中の曲『鏡の国』を歌います」
と言う。私たちは後半のステージでずっと着ていたドレスを脱ぐ。すると、その下に私たちはお揃いのキャミソールを着ているが、そこに文字が書いてあった。
小風はKA、美空がAR、和泉がIO、私がONである。文字が KA-AR IO-ON の順に並ぶように私たちは並びを変える。思わず歓声があがる。そして走り込んできた、TAKAOのギター、HARUのベース、SHINのサックス、を伴奏に私たちは『鏡の国』
を歌った。
凄まじい手拍子。この横浜エリーナには12000人の観客が入っているが、まるで3万人か5万人くらいの観客から手拍子を打ってもらっているかのように大きな音がステージに聞こえてきた。
歌が終わり、手拍子が拍手に変わる。私たちは一緒に観客にお辞儀をするが拍手は鳴り止まない。伴奏陣全員とVoice of Heartも出てきて一緒に挨拶するがまだ拍手は鳴り止まない。
私たちは四人で一緒に
「みなさんありがとうございます。次は本当に最後の曲『Crystal Tunes』です」
と言った。
伴奏陣の中で、美野里と敏のふたりだけが残り、他は退場する。
そして美野里のグランドピアノ、敏のグロッケンシュピールの演奏だけで、私たちはこの美しいチューンを歌いあげた。
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