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■夏の日の想い出・3年生の新年(12)
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やがて、鈴鹿美里の歌が2曲終わる。
私と政子はお玉を持ってステージに出て行く。そして鈴鹿と美里にも1本ずつお玉を渡す。
「さあ、次の曲、分かったかな?」
と客席に向かってマイクで訊くと
「ピンザンティン!」という答えが返ってくる。
「はーい、その通り。では行ってみよう!」
ということでスターキッズの伴奏が始まる。今度はエレクトリックな楽器である。
私と政子がお玉を振りながら歌い出す。鈴鹿と美里も後ろでお玉を振りながらコーラスを入れる。客席は(起立が禁止されている2階席・3階席を除き)総立ちになって、多数のお玉が振られる。
「サラダを食べよう、ピンザンティン。美味しいサラダを」
という覚えやすいサビの部分に続いて、私たちはこの《食の讃歌》を歌っていった。
『ピンザンティン』を歌い終わると、私はあらためて鈴鹿美里を紹介し、ふたりが下がる。そして私は後半の楽器担当を再紹介した。
「エレキギター、リードギター、近藤嶺児」
「アルトサックス、およびウィンドシンセ、宝珠七星」
「エレキギター、リズムギター、宮本越雄」
「エレキベース、鷹野繁樹」
「ドラムス、酒向芳知」
「キーボード、月丘晃靖」
後半は香月さんと山森さんはお休みである。美智子や氷川さん、加藤課長などといろいろおしゃべりしながら、ステージを聴いていたようである。
私たちは電気楽器の伴奏でマイクを使って、『影たちの夜』『Spell on You』
『キュピパラ・ペポリカ』『夜間飛行』と歌っていく。その後、上島作品を3曲『甘い蜜』『涙のピアス』『あなたとお散歩』と歌った。
「ずっと手拍子歓声、そして拍手ありがとうございます。今日のライブもそろそろ大詰めになってきました。次に歌う『カントリーソング』は、この曲に関する噂がどうも一人歩きしているようなので説明しますが、双葉町で農業を営んでおられたご夫婦にお会いしたことから生まれた曲です。双葉町はご存じのようにいまだに町全体が警戒区域に指定され、いつ帰郷できるか全く分からない状況です。PVに使用したのは震災前に私自身が双葉町を訪れた時にたまたま撮影していた町の様子です。そういう訳で、震災の爪痕にまだ苦しんでいる方たちの未来と、震災の復興・復旧を祈って、震災がらみの曲を3曲、聴いて下さい」
伴奏が始まり、私たちは『カントリーソング』を歌う。それ自体聴けば何ともない平和な牧歌的な歌である。私と政子はこの歌には敢えて具体的なメッセージは入れなかった。それは同情を拒否してただひたすら頑張っている若いご夫婦への無言の応援である。
更に私たちは石巻で出会った人の話から書いた曲『帰郷』、そして多くの被災者の方や被災者の人たちを応援したい人たちからリクエストされた曲『神様お願い』
と歌っていった。
「ありがとうございます。今日のライブもとうとう最後の1曲となりました。来月発売予定のシングルの中の曲から、上島先生の作品『ネオン〜駆け巡る恋』
聴いて下さい」
stageaが運び込まれてきて、後半ずっと出番が無くて休んでいた山森さんが出てきて椅子に座る。香月さんもトランペットを持って出てきてスタンバイする。近藤さんの合図で伴奏が始まる。
退廃的な雰囲気を漂わせる夜の町のネオンが光っている。そしてその下で少し疲れたような男女が恋を語り合う。哀愁に満ちた音色をサックスやトランペットが奏でる。まるで光の波を象徴するかのように響くパイプオルガンの音色。
まるで昭和40年代の歌謡曲を思わせるような世界観だが、上島先生の作品はそれを軽妙な2000年代のポップスにまとめあげている。こういう曲は逆に高校生時代の私とマリには歌えなかった歌だ。
演奏が終わり、割れるような拍手の中、私とマリは客席に向かって大きくお辞儀をした。そして幕が下りる。
拍手がやがてゆっくりとしたアンコールを求める拍手に変わる。
幕はわりとすぐに上がった。
「ありがとうございます。やはりアンコールって気持ちいいですね」
と私が言うと、また拍手。
「マリは今日のステージの感想は」
「最高!」
「また歌いたい?」
「たくさん歌いたい」
「でも次のライブは5月だよ」
「来月くらいにどこかで歌えないかなあ」と政子。
会場がどよめく。
「歌えたらいいね。それでは今日のアンコール曲『恋座流星群』」
と私は言って、近藤さんに合図した。
スターキッズの伴奏が始まる。香月さんのトランペットや山森さんのオルガンも流れ星のような音を奏でる。
私たちは活動休止中のヒット曲『恋座流星群』を元気に歌っていった。
そして演奏が終わり、私と政子は客席に向かってお辞儀をして舞台袖に下がる。スターキッズのメンバーも手を振りながら下がる。
そして幕が下りる。
すぐさまアンコールを求める拍手。
今度は1分ほどで幕が上がった。
前半のアコスティックタイムで月丘さんが弾いていたスタインウェイのピアノがステージ中央に置かれている。私と政子は下手から出てきて、客席に向かってお辞儀をした。そして私はピアノの前に座る。政子はいつものように私の左側に立つ。私は『夏の日の想い出』の前奏の分散和音を奏で始めた。客席からまた大きな拍手がある。
「白いスカート、浜辺の砂、熱い日差し、君の瞳」と私が歌うと
「好きと一言、言えないまま、電車は去る、小さな駅」と政子が歌う。
曲は私たちふたりの掛け合いのように進んでいく。事件を思わせるような転調につぐ転調。それに合わせて私たちの歌声の中に緊張が走る。何度か不協和音も出る。しかし最後に愛の嵐を思わせるような激しい音符の連続と、ふたりの走るような声。そしてふたりの歌はやがてきれいな三度のハーモニーを奏でる。
「懐かしい日々は、想い出の中に、プリントされて消えていくけど」
「ふたりの愛は、今ここにあって、優しい心で包まれる、幸せ」
最後のコーダを私が弾く間に、政子は私の顔を手で掴んで深いキスをする。私は鍵盤が見えないので指の感覚だけで弾き続け、やがて最後の分散和音を弾き終えた。
私は立ち、政子とふたりでステージの端まで出てきて、深くお辞儀をした。
そして割れるような拍手の中、幕が下りた。
名古屋のライブが終わった翌週の月曜日。私は色々な事務処理のために★★レコードを訪れ、帰り際、町添さんに誘われて近くの喫茶店に入った。ここはビジネス上の打ち合わせなどをする客のために個室がたくさんあり、そこの一室に入る(個室は全て四畳半以上の広さで、風営法の規制対象外)。
「鈴鹿と美里のどちらが男の子なんですか?という問い合わせが殺到してるよ」
「あはは。本人たちも面白がってるみたいですね、それ」
「それとローズ+リリーは来月ライブをするんですか?という問い合わせも殺到している」
「須藤が頭抱えてました。また会社の電話が使えなくなったって」
「まあ、話題になるのはいいことだ」
「ええ、そう思います」
「思えば、マリちゃん・ケイちゃんって、色々なアーティストを売り出すきっかけになってるよね」
「ああ、それは思ったことあります」
「君たちがデビューして間もない頃に、上島君に言われたことをかみしめてるよ。この子たちを逃がしたら、僕の首が飛ぶよって」
「そうですか?」
「XANFUSは君たちがいなければすぐに消えて行っていた。KARIONも君たちがいなければ、あそこまで話題になってなかった。それになんといってもKARIONは水沢歌月無しでは考えられない」
「私たち08年組の3つのユニットはいわば同じ船の同乗者のようなものです」
「富士宮ノエル、坂井真紅、小野寺イルザ、花村唯香、みんな君たちがいなかったら、今の彼女たちの活躍は無いよ」
「いや、あの子たちは私たちに出会わなくても、どこかで運を掴んでたと思います」
「でも実際にブレイクのきっかけとなっているからね。そして今回の鈴鹿美里も、デビュー前からいきなり盛り上がってる。みんな、マリちゃんとケイちゃんの子供みたいなものだね」
「・・・以前須藤に言われたことあります。私、生殖機能を放棄しちゃったから、医学的な意味での子供はできないけど、私が歌う歌、作る歌が、音楽に志す人たちを生み出していく。それが私の子供だよって」
「うん、まさにその通りだね。だけど君、去勢する前に精子の保存とかはしなかったの?」
「してません。すれば良かったかも知れないけど、去勢した頃って、もう既に長年の女性ホルモンの服用で、精子がほとんど不活性状態になってたんですよ。あの状態で冷凍保存しても、妊娠させる能力は無かったでしょうね」
「それでも顕微鏡受精とかならできるでしょ?」
「そうですね。。。。でもずっと将来は万能細胞とかから生殖ができるようになるのかも知れないですね」
「そうなるだろうね。何十年か先かも知れないけど」
「たぶん、私が生きている内には無理だろうなあ」
「マリちゃんと子供作るつもりとか無かったの?」
「・・・・マリには言ってませんが少し。そしてマリもそれを望んでいましたが、私はそれに応えてあげることができませんでした」
「そうか・・・・」
町添さんと結局3時間ほど、色々なことを話してから、私は地下鉄の駅に向かった。突然若葉に会いたい気分になったので、銀座線に乗り、神田に出る。彼女が勤めるメイドカフェに行った。
「あれ?今日、チーフは?」
と見知ったメイドの瑞恵に訊く。
「今、銀座店の方に行ってるんですよ。あと30分くらいで戻ると思います」
「あ、そう。じゃ待ってようかな。ありがとう」
コーヒーを飲みながら、溜まっている編曲の作業をしている内に、若葉が戻ってきた。パーティールームに一緒に入る。
「ごめんね。勤務中に」
「ううん。この時間帯は暇だし」
「私、あの件を一度ちゃんと謝ってなかったなと思って」
「あの件って?」
「こないだから何人かと話してて、私と政子が曲を提供してそれがきっかけでブレイクした歌手たちって、私と政子の子供みたいなもんだって言われて」
「富士宮ノエルとか、小野寺イルザとか?」
「そうそう」
「鈴鹿美里も凄い話題になってるね」
「最初から男だってのをカムアウトしたからね」
「あれ、どちらが男の子なの?」
「どちらだと思う?」
「ネットでは美里が男という説が7割。顔立ちが美里の方が男の子っぽいんだよね」
「若葉の見立てでは?」
「鈴鹿」
「正解」
「ああ、私もだいぶクロスロードのメンツと接して鍛えられたからなあ」
「ふふふ」
「で、何を謝るの?」
「高校1年の時に若葉に協力してもらって精子を保存したでしょ」
「うん」
「せっかくあの時協力してもらったのに、私、1年後に更新のハガキ来てた時、ちょうどローズ+リリーで無茶苦茶忙しくてさ、更新できなかったんだよ。若葉には私の婚約者の振りまでしてもらったのに、申し訳なくて」
「ああ」
「ごめんね。折角色々してもらったのに。結局私は自分の遺伝子を残せなくなっちゃった」
と私は謝る。すると若葉はこう言った。
「私が更新してるよ」と。
「へ?」
「あの時さ、病院から冬の方に連絡したけど、更新するともしないとも返事がないのだがという照会が私の方にあったのよ」
「えー!?」
「だって、私と冬の間の子供を作るための精子だからね。あれは私と冬の共同所有物」
と言って若葉は微笑む。
「だから私が更新したよ」
「・・・・」
「そして、彼は忙しいので以降の連絡は私の方にくださいと言って、その後ずっと毎年私が更新してるよ」
「じゃ。。。。私の精子って、まだあるの?」
「あるよ。ちゃんと4本とも。ちなみに半分にして解凍できる容器に入れられてるから、人工授精は8回までトライできるから」
「そうか・・・・あったのか・・」
私は全身の力が抜けるような感覚に襲われた。
「私、26-27歳くらいになったら、あの精子使って子供産んじゃおうかなあ。セックスせずに産めるって便利」
「ちょっと待って」
「冬に協力してもらったけど私の男性恐怖症も治らないみたいだし。結局私って女の子としか恋愛できないんだよね。一度合コンで会った男の子とデートしてホテルに行ったけど、彼の大きくなったおちんちん見て逃げ出しちゃった。冬のは見たり触ったりしても平気だったのに。やはり私の意識として冬は女の子と思ってたから平気だったのかも。いっそレズ婚したい気分」
「ああ」
「あ、そうだ。更新料、私が立て替えてたから、その分頂戴」
「あ、ごめんね。いくらだっけ?」
「5回更新してるから10万」
「ありがとう。すぐ振り込むね。あとの更新はこちらでやるよ」
「ううん。私がやった方が良さそう。だって、冬ってまた忘れそうだもん」
「そうだね。。。じゃ、若葉に頼もうかな」
「取り敢えず今年の分までもらっておこうかな」
「了解。12万振り込むね。いつもの口座でいいよね?」
私は携帯を操作した。心の中に新しい泉が湧き出して来た感覚だった。
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