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■夏の日の想い出・ピアノのお稽古(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2013-03-11
 
2013年2月23日(土)。ローズ+リリーのこの年最初のライブを名古屋チェリーホールで行った。
 
昨年ローズ+リリーは4回、一般観衆の前で歌っているが、まともなチケットの売り方をしたのは12月の大分公演だけで、今回の名古屋公演は実質的にはローズ+リリーの復帰第2段の公演となった。そこで★★レコードからはローズ+リリー担当の氷川さんだけではなく、上司の加藤課長も一緒に名古屋まで来てくれていた。
 
最後の曲『夏の日の想い出』を私のピアノだけの伴奏で2人で歌いお辞儀をして舞台袖に引き上げてくると、スターキッズの宝珠さんが私たちふたりをハグしてくれたし、私たちは他のスターキッズの面々、氷川さん、加藤課長、そして美智子と握手した。(幕間で歌ってくれた鈴鹿美里は中学生なので出番が終わってすぐスタッフの車でホテルまで送って行っている)
 
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私たちは会場を出た観客に捕まらないよう、すぐに用意していたマイクロバスで会場を後にした。名古屋郊外、長島スパーランド近くの小さな居酒屋を貸切りにして打ち上げをした。政子は「取り敢えずひつまぶし3つ」などと頼んでいた。
 
「しかし、ピアノって本当に表情のある楽器なんですね」
と加藤課長が言う。
「多数の楽器で伴奏するのも華やかですが、ピアノだけで伴奏しても結構それだけで華やか」
 
「ああ。ケイちゃんが最後に弾いた『夏の日の想い出』ですね」
「そうそう。ケイちゃんにしても月丘さんにしても山森さんにしても上手い」
と課長が言うので
 
「待って下さい。私を月丘さんや山森さんと並べたら失礼です。私は手慰み、月丘さんや山森さんはプロですから」
と私は言う。
 
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「そんなにレベル違うんだっけ?」
「いや、私と山森さんを並べたらいけません。私はプロの下っ端、山森さんは本物のプロですから」と月丘さん。
「そんなに違うんだっけ!」と加藤課長。
 
宝珠さんが解説する。
「加藤さん、野球とかで言えば、山森さんは大リーグのイチロー、月丘君は日本のプロ野球チームの普通のレギュラークラス、ケイちゃんは甲子園に出てきた高校野球チームの四番バッターといった感じですよ。ケイちゃん、ツッキーごめんね」
 
「山森さんって、そんな凄い人だったんだ!」
 
「それ、褒めすぎ〜」と言って山森さんは笑っている。
 
「山森さんは音楽大学のオルガン科をトップで卒業してますからね。私なんか一応音楽大学出だけど、ピアノ科落ちて打楽器科に回された口だから」
と月丘さん。
「私はまともにピアノを習ったことないです」
と私が言うと
 
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「いや、独学であれだけ弾けたら凄いよ」
と宝珠さんがフォローしてくれる。
 
「いや、うちも娘がピアノ習ってるけど、なかなか上達しなくて」
と加藤さん。
「やっぱり、いいピアノで練習させないといけませんかね〜」
 
「そうですね。私の家にはピアノ無かったですし。エレクトーンばかり弾いてました」と私。
「私も自宅ではエレクトーンですね。一応自宅のピアノはスタインウェイのA-188ですが」
「A188ですか!さすが」と月丘さん、宝珠さん、ヤスに私が声を挙げたが、他の人はこの名前を聞いてもどんなピアノか想像が付かないようだ。
 
「パイプオルガンの方は普段はなかなかこないだみたいな大型のものは弾けないので、先日は貴重な体験をさせてもらいました」
と山森さん。
 
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「まあ、パイプオルガンが自宅にある人って、あまり無いしね」と宝珠さん。「うん。聞いたことない」と山森さんも言う。
 
「うちは姉貴の部屋にアップライトピアノがあったけど、僕はなかなか弾かせてもらえなくて。ピアノ教室に通い始めたのも中学になってからでしたし」
と月丘さん。
 
「ああ、男の子はなかなか教室に通わせてもらえないよね。ケイちゃんも教室に通いたいけど、通わせてもらえなかったって言ってたね」
「ええ。男の子が通ってどうするとか言われたから、ああ、女の子だったら良かったのに、とまた思ってました」
 
「あ、私は男の子だったら、ピアノ教室なんて通わなくて済んだろうにと思ってた」
と政子。
 
「マリちゃんもピアノ習ってたんだ?」と加藤さん。
 
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「小学2年生頃に止めたんです。家にアップライトピアノあったけど。私が全然弾かないから従妹にあげちゃった」
 
「じゃ、マリちゃん、今はもう全然ピアノ弾かないの?」と加藤。
「去年、一度弾いたよね。Rose Quarts Plays Classic だったっけ」と私。
「『エリーゼのために』を4小節だけ弾いたけどボロボロだった。二度と弾かない」と政子。
「練習すれば弾けるようになるよ」
「パス。私、ヴァイオリンと歌だけでいいや」
 
「でもケイちゃんのピアノ、完全独学じゃないよね。独学の人にありがちな我流っぽさが無いもん」と山森さん。
 
「基本的な指使いはエレクトーン教室に通っている姉から教わったんですが、小学校の時の先生でかなり熱心に教えてくれた人がいたもので。家でエレクトーン弾いてるだけでは、ピアノは弾けなかったでしょうね。鍵盤の重さが全然違うから」
 
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「その先生にピアノ教わりながら女装も教わったとか?」と政子が唐突に言う。
「え?その頃のこと話したことあったっけ?」
と私はうっかり言ってしまった。
 
「ああ、やはり図星か」
「しまった。引っかかった」
「怪しいレッスン受けてたのね」
「そんな少女漫画みたいなことはしてないよお」
「なるほど。少女漫画みたいなことしてたのか。また拷問のネタができた」
 
「あんたたちさあ。こういう所ではいいけど、ラジオの生放送中に拷問とか縛りとか言っちゃだめだよ」
と宝珠さんがたしなめた。
 
「だってよ、冬」
「拷問とか鞭とか主として言ってるのはマーサだと思うけど」
 

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3月6日(水)。ローズクォーツの企画アルバム『Rose Quarts Plays Girls Sound』
が発売になった。このアルバムの制作期間中、ローズクォーツのメンバーは雨宮先生の指示でずっと女装させられていたのだが、このアルバムの発表記者会見でまたまた女装させられてしまった。
 
「あの・・・。みなさん生き方を変えられたのでしょうか?」
と記者から質問される。
 
「雨宮先生とケイの女装癖が伝染したのかも知れません」
と女装がまんざらでもないような顔をしたタカが答える。
 
「あら、私は女装してないわよ。ただ女物の服を着ているだけ」と雨宮先生。「私は女ですから、これは女装ではなく普通の服装です」と私。
 
「みんな可愛くていいですよ」と政子。
「音源制作中はずっとこんな格好だったのですが、その期間中、ヤスとマキは奥さんが目を合わせてくれなかったそうです」
 
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「サトは帰宅途中、何度も警官に職務質問されたらしいですね」
「自宅に帰るのもこの格好だったんですか?」
「アルバム制作中は、ずっと自宅でも女装しておくように言われまして」
「それは徹底してますね」
 
「やはり女の子バンドの曲を演奏するんだから、ちゃんと女の子の気持ちになって演奏しなくちゃね」と雨宮先生。
 
「トイレなんかどうしてたんですか?」
「私は共用トイレを使ってました」とタカ。
「男子トイレに入って行ったら『おばちゃんこっち違う』と言われました」とヤス。「外では我慢してました」とサト。
 
「まあ、サトが女子トイレに入ってたら、痴漢として通報されて新聞に載ってたかも知れませんね」とタカ。
 
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そういう訳で質疑応答はもっぱらメンバーの女装のことで終始して、アルバムの中身についてはほとんど触れられなかったのであった。
 

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その日の夕方。私は政子から頼まれてヴァイオリンの弦を買いに楽器店に行った。するとそこでバッタリ加藤課長と遭遇した。
 
「おや。こんばんは」
「こんばんは。奇遇ですね」
「ケイさんは何を買いに?」
「ヴァイオリンの弦を」
「あれ?ケイさん、ヴァイオリンも弾くんでしたっけ?」
「音が出せるって程度ですね。マリが弾くもので。今日もマリに頼まれて買いに来たんです。眠いから帰って寝るから買物しといてと言われて。このメモ渡されました」
「おやおや。。。。うーんと O L I V ?」
「ええ。オリーブという弦の名前です。ガット弦ですね」
「ガット?」
 
「ヴァイオリンの弦には主としてガット弦とナイロン弦があります。ガットというのは羊の腸ですね」
「へー。やはりナイロンより音がいいんですか?」
「音はいいですけど、扱いにくいです。少なくとも初心者向きじゃないですね。ナイロン弦に比べて高いし、寿命も短いし」
「ああ、そうなんでしょうね」
「ガット弦ではドミナントという銘柄が有名なのですが、最高に良い音が出る代わりに凄く寿命が短いです」
「わあ」
 
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「ナイロン弦の方が基本的には扱いやすいから、普通の人にはこちらがお勧めです。ドイツ語でペルロン(Perlon)とも言います。時々ペルロンとナイロンを別のものと思っている人もいますが、ただの言語の違いです」
「へー」
「マリも日常的な練習にはナイロン弦を使ってるんですけどね。音源制作とかステージで演奏する時はガット弦を使ってます。こちらの方が演奏にのめり込みやすいんだって言ってますね」
「ああ。やはり良いものを使うと、それだけ演奏しやすくなるんですね」
 
「まあ、道具ってだいたいそういうものですよ。毛筆の筆なんかもそうです。小学生の習字用に売ってるような安い筆では、やはりまともに書けないです。まともな字を書くにはまともな筆が必要です。『弘法は筆を選ばず』と言いますが、この言葉しばしば、弘法大師はどんな筆ででも良い字を書くという意味に解釈されてますが、そんなことないです。むしろもうひとつの解釈、弘法大師は良い筆を一瞬で見分けるという意味に取りたいですね」
 
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「ああ」
 
「あ、課長は今日は何を見に来られたんですか?」
「いや、実は娘がグランドピアノ欲しいと言ってて」
「ああ、こないだの打ち上げの時もおっしゃってましたね」
「不勉強でどんなのがいいのかさっぱり分からなくて娘と会話が成立しないのでちょっと下見と予習をと思って」
 
「課長はピアノは弾かれないんですか?」
「どれがドかというのが分かる程度です」
「あらあら」
 
その時、私を見知っている楽器店の店長さん笑顔でこちらにやってきた。私は今すぐ選ぶ訳ではないのだが、グランドピアノを少し見せてもらえないかと言った。店長さんはどうぞどうぞとピアノコーナーに案内してくれた。
 
「お嬢さん今何歳ですか?」
「小学4年生、4月から5年生なんですよ。習うのは3歳の頃から習っていたのですが」
「今、おうちにあるのはアップライトピアノ?」
「です」
 
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「じゃ、まずグランドピアノとアップライトピアノのいちばんの違いを実演してみせましょう」
と私は言って、普及型のグランドピアノの蓋を開け、ラの音を同音連打してみせた。
 
「今だいたい1秒に12回くらい打ちました。私の実力ではこのくらいが限界です」
「はい」
「これをアップライトでやるとですね」
 
と言って私は少し離れた壁際にあるアップライトピアノを蓋を開けてやはりラの音を同音連打してみせる。
 
「あれ?」
「分かります?」
「こちらはゆっくり打つんですね」
「アップライトはここまでしか打てないんですよ。だいたい1秒に7回くらいが限度です。グランドピアノだと上手な人は1秒に14回打てます」
「へー」
 
「ハンマーの仕組みが違うので、アップライトピアノの場合細かい連打ができないんですよ。グランドピアノはハンマーで弦を下から打つので打った後重力で下に落ちて戻ります。ですから細かい連打が可能ですが、アップライトの場合、横から打つのでスプリングなどの力で戻します。機械的な戻し方をするので、どうしても遅くなるんですよね」
「なるほど」
「ですから、グランドピアノでは弾けてもアップライトピアノでは弾けない曲があります」
「おお」
「ですから、ある程度ピアノが上達するとアップライトではもう練習できなくなるんです」
 
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「そうだったのか。やっとグランドピアノを買わなければいけないという意味が分かりました」
 
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