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■夏の日の想い出・ピアノのお稽古(3)

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3月11日(月)。震災から2年の月日が経った。
 
日本全国で14:46に多数の人たちが黙祷を捧げる。私と政子も宮城県石巻市鮎川のフェリー乗り場のそばで、サイレンに合わせて黙祷を捧げた。
 
そして政子はヴァイオリン、私はフルートを取り出して、まずはモーツァルトの『レクイエム』の中で最も有名な『Dies Irae』を演奏する。それから自分たちの曲である『神様お願い』と『帰郷』。それから釜石市の中学生を起点に広がっていった曲『地球星歌』、と演奏してから私はフルートを休んで宮城県民謡『斎太郎節』を唄う。政子のヴァイオリンは「エンヤトット」の部分を演奏する。それから政子が私にヴァイオリンを渡して『荒城の月』を歌うので私がヴァイオリンを弾いて伴奏する。そして最後は無伴奏・ふたりのデュエットで『サンタルチア』を歌った。
 
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50人くらいに膨らんだ聴衆から拍手が来た。「マリちゃーん」「ケイちゃーん」
と声を掛けてくれた人もあった。初めの方で持ち歌を歌ったので結構気付かれやすかったこともあろう。私はお辞儀をしてから聴衆に向かって語った。
 
「こんにちは。いつもは名乗らずにそのまま立ち去るのですが今日はちゃんと名乗ります。ローズ+リリーと申します」
拍手が来るので、あらためてお辞儀をする。
 
「何だか何も進まない内に2年経っちゃったなというのがあります。私は震災の時、仙台のスタジオに居て、物凄い揺れに驚愕しました。マリは東京に居たのですが高層マンションの21階で寝てたので無茶苦茶揺れて慌てて地上に降りたそうです。あれから何かできないかなと思ったのですが、レコード会社の企画に乗って避難所絨毯爆撃ライブをしたり、先ほども演奏した『神様お願い』の売上げを寄付したりもしましたが、どこまでお役に立てたかは不明です。沢山の人たちが被災地に入ってボランティアで頑張っていますが、私とマリは歌歌いなので、歌歌いなりにできることは何だろうと考えたら、歌を歌うことでした」
 
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「それで実は震災後からだいたい月に1回、東北のどこかでこんな感じのゲリラライブをしてきたのですが、私たち自身の活動が本格化するので今日でこういう形のライブは打ち上げにさせてもらおうかと思っています。それで最後のライブを聴いてくださったみなさんを、もし良かったらこのあと福島市内で行う突発ライブにご招待したいと思います。マイクロバスを用意していますので、もしお時間の取れる方がありましたら、一緒に来られませんか?」
 
聴衆がざわめく。
 
「なおライブは19時から2時間くらいの予定。終わった後、帰りのバスをここ鮎川まで運行します」
 
「行きます!」
と言う声が多数あがる。
 
ひとり高校生っぽい女子が
「済みません。友だち呼んできたいのですが」
と言ってきた。
 
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「30分後に出発します。でも定員オーバーしたらごめんなさい」
「すぐ来るように言います!」
 
そんな感じで、定員29人のマイクロバスが満員で鮎川を15:45に出発した。この他に折角福島まで行くならついでに他にも回りたいから自分の車で行きたいという人に「名前入り整理券」を渡した。これが5組12人あったので鮎川で拾ったのは合計40人である。
 

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同じくらいの時刻、仙台市内某放送局前で、マキとタカがギターとベースの弾き語りでライブをして、集まった観客20人ほどと一緒にマイクロバスに乗り込み、福島を目指した。気仙沼市内ではサトとヤスがキーボードを弾きながらライブをして、やはり20人ほどの観客と一緒に福島へ移動開始した。
 
盛岡市内ではスターキッズの近藤さんと鷹野さんのギター&ベース、陸前高田では宝珠さんのフルートと月丘さんのキーボード、大船渡では宮本さんのギターと酒向さんのベースで、それぞれ観客を集めた。
 
そして会津若松市では山森さんの電子ピアノと香月さんのヴァイオリン、福島市内で博美と小春の「偽ローズ+リリー」、南相馬市では琴絵と仁恵の「千葉ペア」が各々歌を歌ってから人を集めて、それぞれ福島を目指した。(琴絵はカスタネットを打ちながらダンスして仁恵がキーボードを弾き語り)
 
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このようにして集客したのが合計9箇所、約300人であった(バスに乗せる代りに名前入り整理券を発行した人を含む)。
 
この他、こういう「内輪のメンツ」が行けなかった町でも、役場の人が町内放送などで呼び掛けて、岩手・宮城・福島の計十ヶ所で人を集めてバスを仕立てて、みんな福島を目指した。
 
このバスに乗った人たちが約250人であった。
 
福島市内のFM局で待機していた美智子と氷川さんは各地の関係者と協力してもらった役場からの報告に基づき残席を422枚と計算。「400枚でお願いします」
と局アナさんにお願いした。
 
16時。福島のFM局で臨時にケイの肉声の録音を流す(私自身は鮎川から福島へのバスで移動中)。
 
「こんばんは。ローズ+リリーのケイです。今日3月11日は私にとっても日本にとっても特別な日になってしまいました。2年前の今日、私は仙台のFM局に居て生放送中に被災しました。あの日のことは一生忘れません。それで2周年の今日突然ですが、追悼と復興の応援のため、岩手・宮城・福島の地元の人を招待してローズ+リリーのライブをしたいと思います。もしお時間の取れる方はいらしてください。入場は無料、場所は福島市内某室内ホールです。なんかいつも突発ライブばかりで済みません」
 
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その後、局アナさんが補足して詳細を告げる。そして整理券の配布方法についてこのように説明した。
 
「福島県内の新幹線駅の改札前に、FM**の社員がプラカードを持って立っていますので、その人から必要な数の整理券を受け取ってください。整理券は1人に最大3枚までお渡ししますので4人以上で行かれる方は2人以上で受け取りに行って下さい。お渡しする時に苗字と誕生日をお尋ねします。入場する時は運転免許証や学生証など、生年月日の入った身分証明書が入場する方全員必要です。整理券は全部で400枚で、オンライン発行し、無くなり次第終了です。配る駅は福島県内の新幹線の駅、新白河・郡山・福島の3箇所です。予想としては今から30分以内には無くなると思います」
 
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最後にケイの肉声をまた流す。
 
「そういうことで、いつも突発的なことして済みません。運良く整理券を確保できた方は会場でお会いしましょう」
 

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実際には各駅ともかなり並ぶ列を残した状態でソールドアウトしたらしい。折角並んだのにゲットできなかった人(ソールドアウトした時点で並んでいた人)の中で希望者には5月の仙台ライブの優待権を配布することにして名前と住所を書いてもらった。(優待額は100円だが、それより席が確保される意義の方が遙かに大きい。仙台公演は既に売り切れていて競争率10倍であった)希望した人は3駅で合計約80名-200枚分であった。
 
そうして18時までに福島市内の奏楽堂前に岩手・宮城・福島の各地から約550名と福島県内の新幹線駅から400名が集まってきた。実際には整理券を発行したものの来てない人もあったので、こうして集まった観客は約900名だった。(席は座席指定。自由席にすると700〜800人で実質満席になってしまう)
 
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会場の外に100人近く、整理券を持たずに集まってきていたファンがいた。会場がどこかというのは公表していないのに、恐らくここだろうと推測して集まったファンのようであった(後日推測作業が行われた2chのスレッドを見て私も町添さんも『凄っ!』と感嘆した)。
 
そこでこの人たちを今回だけの特例処置して入場を認めることにした。
 
こうしてほぼ満席になった奏楽堂で、私たちはステージに並び幕が開くのを待った。客席では幕が開くのと同時に大きな拍手が起きるが、ステージ上にたくさん人が並んでいるのを見て、ざわざわとする。
 
ステージ下手の方に置いたピアノの前に座った美智子が『I Love You and I need you ふくしま』の前奏を弾く。そしてそれに続いてステージ上の全員で合唱すると、観客席の人たちも一緒に歌ってくれた。
 
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1000人の観客とステージ上に並ぶ18人の「路上ライブ演奏者」とが一体になった。ステージから見ていると、涙を浮かべながら歌っている人もいる。私も涙が出てきた。この涙は悲しさよりも無力感の涙だ。私には福島の現状に対する激しい無力感があった。
 
演奏が終わると拍手。それに対してステージ上の18人も拍手した。
 
続いて、黒い留袖を着た、私の伯母たちが袖から出て来て三味線や太鼓を弾き始める。それに合わせて私たちは相馬盆唄を歌った。盆唄というのは元々亡くなった人を弔う唄だ。しかしここで唄う盆唄には特別な思いが入ってしまう。この相馬盆唄も知っている人が結構いるようで会場のあちこちから一緒に唄う声が聞こえた。
 
それでこの唄も終わると会場が拍手をするとともに、ステージ上の18人も拍手した。
 
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「こんばんは。ローズ+リリーです」
と政子が挨拶した。今日のMCは自分にやらせてくれと政子が言ったので任せることにしたのである。
 
「災害から2年経って、それでも全然復興作業が進んでないし、ほんとに対策の遅すぎる国に対して怒りにも似た気持ちがあるんですけど、でも何もしてくれない国を頼りにしていても仕方ないです。私たちひとりひとりは大した力ないけど、でもやれる所から少しずつでもやっていきましょう」
 
と言うと拍手が来る。
 
「それで今日のライブなんですけど、ごらんの通りPAを入れてません。ケイが属しているもうひとつのユニット、ローズクォーツは震災後の2011年6月に電気を使わない楽器を持って、避難所絨毯爆撃ライブなんてのをやったんですが、今日のステージも電気を使わない楽器を中心にして演奏をしたいと思います。あ、電気使わないと言っても照明は電気使わせてもらいます。私はロウソクでやろうよと言ったのですが、消防法で禁止なんだそうです。それにこんな密閉空間でロウソク使ったら酸欠で死んじゃうと言われました。ここで1000人集団酸欠死ってのは、さすがにまずいから、電気の照明使いますね」
 
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などと言うと会場のあちこちから失笑が漏れる。政子はなぜ笑われたのかよく分からない顔をして、まだしばらくしゃべり続けた。その間に全員スタンバイする。
 
ドラムスセットに座ったサトの合図で前奏がスタートする。
 
私と政子は『神様お願い』を歌い始めた。
 
元々は沖縄の難病と闘う少女・麻美さんのために作った曲だが、震災後この歌をどれだけ歌ったろうか。私はまた涙が出て来た。政子も歌いながら涙を浮かべている。私たちは間奏部分でハグしあった。
 
観客は静かに手拍子も打たずに聴いてくれている。私たちはAメロBメロを繰り返した上で、サビを3回歌って曲を終えた。
 
大きな拍手が来る。政子が演奏者を紹介する。
 
「ベース、マキ」
「ギター、タカ」
「ドラムス、サト」
「足踏みオルガン、ヤス。以上ローズクォーツ」
「パーカッション、コト」
「コーラス、ロミ、ハル、トエ」
「そしてボーカル、ケイ、および私マリでした」
 
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ひとりひとりに大きな拍手が来た。しかしコト(琴絵)はいいとして、ロミ(博美)、ハル(小春)、トエ(仁恵)などという略され方は本人達もびっくりのようだった。
 
「では次の曲。『去勢しちゃうぞ』」
と政子が言ったので、ヤスなどが「へ?」という顔をしている。
 
「そんな曲歌わないよ」と私は困ったように言う。
「あれ?『もうおちんちんは要らない』だっけ?」
「ちがーう」
「あ、そうか。『女の子にしてあげる』だ」
「違うって。次は『帰郷』」
と私が訂正する。
 
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