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■夏の日の想い出・ピアノのお稽古(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2013-03-15
 
ライブ後、市内のホテルのプライベートキッチンを借りて打ち上げをした。ライブには間に合わなかったものの、仙台での用事を済ませた町添部長も同席してくれた。そしてこの打ち上げの席上で、早速氷川さんから訊かれる。
 
「さっきの『100時間』、レコーディングしたと言っておられましたが」
「あれはですね。高校3年の時に私たちふたりと雨宮先生の3人でスタジオを6時間ほど借りて、バタバタと私たちの歌だけ収録したんですよ」
「えー!? 活動休止中ですよね?」
「です。ですから、この作品群は、『Month Before Rose+Lily』と『Rose+Lily After One Year』との中間に位置する作品なんです。収録したのは2008年夏ですが作品の大半は、週刊誌報道で私たちの活動が停止して、学校にも行けずにいた2008年1月にふたりで密かに会って書いたものです」
 
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「会ってたんですか!」
「それは内緒にして下さい。それがローズ+リリーが再生した瞬間だったんです」
 
「じゃ、アルバムタイトルは『Rose+Lily the time reborn』だな」
と町添部長。
「でもケイちゃんも人が悪い。そんな音源があるなら去年 After One year とか出した時にこれも一緒に出してくれたら良かったのに」
 
「あ、いや。その音源は私も持ってないんです」
「へ?」
「録音データを雨宮先生が持ち帰られて、後でミックスダウンしてデータ送るね、とおっしゃってたのですが、その後音沙汰無くて。こちらも受検で忙しくなって、すっかり忘れてました」
「ありゃ」
「じゃ、雨宮先生が持っているんでしょうかね?」
「訊いてみましょう」
 
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それで私は雨宮先生に電話してみたのだが・・・・
 
今女の子とデート中だから30分待ってと言われる。
 
それで30分後に電話が掛かってきた。
「デート終わりました?」
「まだ最中だよ。でも逝かせた所。10分後に2回戦。ケイちゃんも一度私とデートしない?性感帯を開発してあげるよ」
「いえ。私は今男の恋人も女の恋人もいるから充分です」
と言ったら、雨宮先生は
「あら、オカマの恋人がいないんじゃない?」
などと言う。
「いえ、遠慮しておきます。それでですね」
 
と言って私は高校時代に一緒に録音した音源のことを訊いてみた。
 
「ん?あれ渡さなかったっけ?」
「頂いていません。町添部長が興味を持っておられるのですが、もしまだお持ちでしたら、1部コピーを頂けませんか?」
「どこかにあると思う。でもどうせならリミックスしたいから3日待って。ホワイトデーに届ける」
「ありがとうございます」
 
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電話を切ろうとしたら町添さんが代わってというので代わる。
 
「おはようございます。雨宮先生」
「おはよう、町添ちゃん」
 
「ちゃん」というのはこの世界ではごくふつうの敬称である。
 
「ローズ+リリーの音源の件はお手数お掛けしますが、よろしくお願いします」
「おっけー、おっけー」
「もし良かったら、雨宮先生プロデュースということで発売したいのですが」
「いいけど、中身を聴かなくても大丈夫?」
「ケイちゃんが関わってて、雨宮先生も一枚噛んでるなら、売れないような出来とは思えません」
 
「ふふ。買いかぶりじゃないかしら」
「ところで先生」
「うん?」
「そこに居るの、まさか夢路カエルじゃないですよね?」
「あら。それを訊くのはプライバシーの侵害よ」
「高校生は22時までには自宅に送り届けていただけますか?」
「硬いこと言わなくてもいいじゃない。私は種なしだからセックスの練習相手には最適よ」
「カエルちゃんはお父さんが芸能活動にあまり積極的でないので特にきちんと門限を守らせて欲しいのですが」
「しょうがないなあ。じゃタクシーで送り届けるから。私もこの子もお酒飲んじゃったから車が運転できないもん。明日の朝車で送って行くつもりだったんだけど」
「未成年に飲酒させないでくださいよ。週刊誌に見つかったら謹慎ものですから」
「りょうかーい」
 
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会話を聞きながら、私は自分も高校時代ひとつ間違うとこういう立場になってたかも知れないなと思い、冷や汗が出る気分だった。
 

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「そうだ。加藤課長、グランドピアノの件はどうなりました?」
「いや、それが今ちょっと暗礁に乗り上げていて」
「あら」
「私と娘の間では買うならC3Xだねという線でコンセンサスが出来たのですが、女房がグランドピアノを買うこと自体に反対していて」
「おやまあ」
 
「置く場所が無いというのですよ」
「ああ。それは大きな問題ですね」
「娘の部屋に置くと、それ以外物が置けなくなるので、机とかベッドをどこに持って行くかという問題になります」
「ええ」
「LDKに置くことも考えたのですが、LDKのかなりのスペースを占有する上に、料理する時の脂とかがピアノに付着して良くないのではと」
「ああ、それはまずいですね」
「居間に置いてしまうと、居間に置いているコタツとかを置けなくなるので、じゃLDKにコタツとかテレビとか移動する? なんて案も出たのですが、LDKは板張りだから冬が寒いよという話になって」
「困りましたね」
「はい、それで困ってます」
 
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すると政子が言った。
「うちのマンションに置いているみたいなクラビロータは?」
「ああ。クラビノーバね」
「電子ピアノですか?」
「です。電子ピアノと言ってもクラビノーバは、グランドピアノの弦だけを電子部品に置き換えたものなんですよ。ですから、タッチはグランドピアノと全く同じですし、サステヌートペダルもあります。弦の共鳴なんかまでちゃんと処理されていますし。そして何より助かるのはヘッドホンで練習できることですね。ちなみに音はヤマハの最高級のコンサートグランドの音をサンプリングしています」
 
「おお!それは素晴らしい。じゃグランドピアノ買わなくてもそれで充分ですか?」
「うーん。あくまで代替品と思ってください。でもアップライトよりは良いと思いますね。当面それで練習してて、腕が上達してきたら改めてグランドピアノを考えるという手もあると思います。グランドピアノ持っていても夜間はクラビノーバで練習するというピアニストは多いから無駄にはなりませんし。それから、クラビノーバにはCLPシリーズとCVPシリーズがありますが、ピアノの代替として使えるのはCLPの方なので間違わないで下さい」
「CLP, CLP と」
と加藤さんはメモしている。
 
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「CVPはむしろエレクトーンの派生商品みたいなものです」
「なるほど。逆にそれだけピアノをシミュレートしてるなら、何がグランドピアノと違うんですか?」
「うーん。横波かな」
「へ?」
 
「ピアノは弦をハンマーで打って波を発生させてそれを音にしている楽器で、大きく見ると弦楽器の仲間ですが、弦楽器は元々の弦が揺れる横波が接触している空気に伝わり、縦波の音になりますが、元々の弦の振動も横波として伝わるんですよね」
「音って縦波なんですか?」
と加藤さんが言うと、町添さんが
「頼むから余所でそういうこと言わないでね」
と横から口を出した。
「音は縦波、光は横波。音楽関係の会社の課長ならちゃんと認識しておこう」
「はい!」
 
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「音は空気の疎密状態が伝搬するものなので、縦波の代表のようなものです。ところが近年音の横波成分も重要ではという話になってきているんです」
「へー」
「横波は固体の中しか伝わらないので、ピアノが置いてある床面を通して近くにいる人に伝わってきます」
「ああ」
「電子楽器は弦が物理的に震えている訳ではないので、この横波成分が無いんですよね」
「確かに」
「これは歌手のライブ演奏をそのホールで聴くのと、ライブ版CDを聴くのとの違いみたいに思ってもらってもいいです」
「なるほど!音が完全に同じでもそれは別物ですね」
 
「グランドピアノを使えるのがいちばん理想的ではあるのですが、住宅事情で諦める人も多いです。それに防音もしっかりやらないといけないし」
「そうでしょうね」
「住宅街で防音対策せずにグランドピアノ弾いたら近所迷惑もいい所です。昔それで殺人事件が起きたこともありましたね。聞きたくもないピアノの音を四六時中、寝ようとしていても聞かされたりしたら、殺したくもなるでしょう」
「ああ、それはちょっと聞かされる側に同情します」
 
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加藤課長の言葉に、寝ようとしてて娘さんのピアノの音で起こされたりしてるのかな?とチラっと思った。レコード会社の課長なんてほとんど24時間勤務である。そもそも時間という概念の無い人が多いアーティストやプロダクションとの打合せはしばしば徹夜になる。寝られる時に寝ておきたいはずだ。
 
「グランドピアノ買うなら、ピアノの値段にプラス100万くらい防音対策費を考えておいた方がいいです」
「ああ、そんなに掛かりますか」
「全然音が漏れないようにしたければ300万くらい掛かります」
「ぎゃー」
「許容範囲程度に落とすので70〜80万円でしょうね。元の部屋の構造にもよりますが」
「わあ」
「音大とかを受けようというのであれば、何とか防音室を確保してグランドピアノを入れたいところですが、その場合、家の風水を破壊しないようにする必要もあります」
 
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「風水ですか?」
「以前、受検ノイローゼになった子供が親を惨殺するなんて事件があったんですけどね。この家には居間が無かったんです」
「ほほお」
「本来居間になるべき部屋にグランドピアノ置いていたんですね。それでこの家には家族が落ち着いて集まって過ごせる部屋が無かった」
「それは良くないと思う」
「私もそう思います。中心の無い家は人を狂わせます」
「部屋のやりくりを考える場合も、居間は絶対に存在してないといけないということですね」
「ええ。そこに行くとお父さんかお母さんがいて、睨みを効かせてるってのは必要ですよ。そんなのが無い家庭はもう家庭じゃないです」
「うんうん。まあうちの娘は音大までは行かないと思うし、取り敢えずクラビノーバという線で行ってみようかな」
 
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「でもさっきのお話聞いた限りでは、お嬢さんの部屋に置いちゃって、後は部屋のやりくり考えってのも何とか行けそうな気はしましたが」
「やはりその線だよね」
 
「ちなみに、6畳くらいの部屋ならC3Xとベッドは充分共存できる筈です。私の友人ピアニストには、4畳半の部屋に、C3Xとシングルベッドと机を美事に収納している人もいます」
「4畳半に入るんですか!?」
「ベッドに行くのにピアノの下をくぐり抜ける必要がありますけどね。一度見学に行きます?」
「ぜひ!」
 

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3月14日。★★レコードに呼び出されたので政子と一緒に行ってみると、雨宮先生が来ておられた。上島先生、町添部長、加藤課長、氷川さんも同席している。
 
「リミックスしたけど、ここでみんなで聴くのがいちばん手っ取り早いと思って」
と雨宮先生。
 
「じゃ、聴いてみようか」
ということでCDを氷川さんが応接室のステレオシステムに掛ける。懐かしいサウンドが流れる。私も政子も当時を思い出しながら聴いていた。心が撫でられる気分。
 
そして1時間後。
 
「これ、連休前に発売しようか」
と町添さんが言う。
「素晴らしい出来だね。これAfter one year や Month before より作品の品質が高い」
と上島先生も言う。
 
「多分、あの時期にケイちゃんたちが作った作品の中から私の好みで14曲抜き出して、残った曲がafter one year だよね」
と雨宮先生。
 
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「残った曲プラス、このレコーディングをした以降、あの年の夏から秋に掛けて書いた作品、それから当時はまだMIDI化してなくて手書き楽譜のままだった作品などです。after one yearは」
と私は説明する。
「当時作った作品はこれらの曲以外に、鈴蘭杏梨名義で発表した作品もあります」
 
「鈴蘭杏梨ってマリ&ケイなの?」と雨宮先生。
「そうです」
「あ。それは周知かと思ってた」と上島先生。
「★★レコードにも時々問い合わせがありますが、うちとしては作曲家の個人情報についてはお答えできませんという回答しかしてないです。でもファンの間では同一人物で間違いないと考えられているようです」
と町添さん。
「鈴蘭杏梨とマリ&ケイが同じってこと、多分みっちゃんは知らないよ。あの人、こういうの鈍いから」と政子が言う。
「そういえば言ったことないかも知れないな」と私。
 
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「あんたたち、たくさん名前持ってるのね」
「うーん。他には柊洋子というのがサウザンズのアルバムの制作スタッフとして何度かクレジットされてますが、そのくらいかなあ」
「あんた、サウザンズにも関わってるんだ? でも女の子名前ばかり。でも、ケイちゃんって実は5人くらいいるんじゃない?」
と雨宮先生が言うと政子が
「少なくとも3人くらい居るのではと疑ってます」
などと言う。
「うーん。ケイちゃん三つ子説か」
「ははは」
 
「しかし、この中の曲も『ファンが選ぶベストアルバム』で投票したくなりません?」
と氷川さん。
「じゃ、このアルバムにも投票券を封入しよう」
と町添部長。
 
「ああ、なるほど」
 
町添さんがカレンダーを確認する。
「このアルバムの発売は4月24日・水曜日になるかな。投票の締め切りを連休明けの5月6日にすればいい」
 
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