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■夏の日の想い出・3年生の新年(11)

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町添さんが頷く。
 
「福島はこないだの南相馬市が最後?」
「もう1回くらい行きたかったんですけどね〜」
と私が言ったが
 
「日中石巻に行って、夕方から福島とかは?」
と町添さん。
 
「私たちに何させようとしてるんですか?」
 
「実はね。今回提案のあった福島でのライブという件は結局話が大きくなってしまって、いわき市の野外イベントということになったんだけど。その前にいったん福島市内の会場を押さえててね。それをまだキャンセルしてないのだよね。実は3月11日が空いてたから、準備とかのこと考えずに反射的に取っちゃったんだ、氷川君が。でもその日に取れたってのは、それはそれで何かのイベントに使えるかも知れないと言ってそのままにしてたの。君たちはゲリラライブのために3月11日は絶対空けてるはずと思ったしね」
 
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「何て会場ですか?」
「福島駅から4kmほどの所にある福島奏楽堂というところなんだけどね」
「あれ? そこパイプオルガンありません?」と私。
「ある。物凄く立派なのが。会場は1000人くらいしか入らない小さな会場なのに不釣り合いなくらいに大きなオルガンがあるんだよ。たぶん東北一のオルガンじゃないかな」と町添さん。
 
「あ、それの演奏で『言葉は要らない』を歌いたい」と政子。
 
「ふふふ。君たち、かなりやる気になったね」
「それ、やはりゲリラ的にするんですよね?」
「ゲリラライブの打ち上げでしょ?」
 

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その週の土曜日、2013年2月23日。私たちは名古屋でライブをした。
 
ローズ+リリーのライブ活動再開第2弾のライブである。チケットは普通の売り方をしたので3分でソールドアウトしていた。要するに発売日の朝10時に一発で電話がつながった人だけが買えた感じである。いわば電話というメディアを使った抽選のようなものである。
 
朝から新幹線で名古屋に行き、スターキッズの人たちと一緒にリハーサルをして、お昼はきしめんを食べた。ひつまぶしは(万一食事の事故があってはならないので)ライブが終わった後のお楽しみである。
 
入場は携帯のQRコードの人は人数だけ確認してすんなり通すが、免許証や学生証などで本人確認しながらの人の方が多いので、けっこう手間が掛かったようであった。しかし入場者は別府のライブよりはぐっと少ないので、だいたい30分くらいで入場し終えた。
 
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1ベルが鳴り、間もなく演奏が始まりますという案内で観客が着席する。やがて2ベルが鳴って客電が落ちるとざわめきが消える。
 
そこに鳴り響くのは龍笛の音。それに唱和するように篳篥(ひちりき)と笙(しょう)が続き、幕が上がると共に優雅な雅楽の演奏が始まった。大きな拍手がある。若干戸惑っている人もいる雰囲気だが、この曲が昨年出したシングルに収められていた曲『祝愛宴』であることを知っている人も多い。
 
雅楽の演奏をしているのは、龍笛・篳篥・笙が2人ずつ、琵琶と箏が1人ずつ、鉦鼓・鞨鼓・太鼓が1人ずつ、11人のユニットである。全員狩衣のような服を身につけている。
 
そこに古風な衣装を着けた男女が下手から出てくるので、一瞬マリとケイが出てきたのかと思って拍手をしかけ、あれ?という感じで拍手が尻すぼみになる。一方上手からはお酒を持った巫女の衣装を着た長い髪の女性が出てくる。
 
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そして演奏に合わせてお酒を注ぎ、三三九度のようにする。客席のざわめきは大きくなる。後ろの方の席からは男女の顔が見えないので、まさかこれってケイとマリの結婚式? みたいに思った人もあったようである。
 
『祝愛宴』の演奏が終わる。龍笛の「エア演奏」をしていたマリと、箏を実際に弾いていた私が狩衣を脱ぎ、ステージ前端まで出てくる。私たちはお揃いのミニスカの衣装を着ている。大きな歓声と拍手が起きる。
 
「こんにちは、ローズ+リリーでーす!」
と一緒に挨拶する。
 
「何とかみなさんをびっくりさせようと色々工夫するんですが、もう既にネタが尽きてきた感じです」
と私が言うと、笑い声。
 
「三三九度をしたカップルは、★★レコードの名古屋支店の社員さんで先月結婚式を挙げられたばかりの方です。演出にご協力ありがとうございました」
と言うと、拍手。カップルはお辞儀をする。
 
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「巫女役は私とマリの友人で、『千葉情報』の発信人のひとり、山城さんでした」
と紹介すると、客席から「ことえちゃーん」という声が飛び本人はびっくりしたような顔をしつつも、客席に笑顔で手を振っていた。
 
「そして雅楽の演奏をしてくださったのは、実際にCDでも『祝愛宴』を演奏してくださった、♪♪大学の雅楽部の方たちです。ありがとうございました」
というとまた大きな拍手。
 
カップル、巫女役の琴絵、そして雅楽部の人たちが下がる。そしてそれと入れ違いに、スターキッズのメンバーが弦楽器や管楽器を持って出てきて、また大きな拍手。「ななせさーん」とか「おたかさーん」などという声が飛ぶ。スターキッズの中でも紅一点の宝珠(七星)さんはさすがに人気が高いし、男性メンバーの中では、ラジオ番組などで軽妙なトークを見せる鷹野さんのファンが一番多いのである。
 
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セッティングしている間に私と政子でしばしトークをする。政子はマジで唐突に変な事を言うので、私はフォローするのに苦労するのだが、それがまるで掛け合い漫才のような雰囲気になり、けっこう客席の笑いを取った。
 
やがてセッティングと音合わせが終わったので、弦楽四重奏+ギター・フルート・ピアノという編成で『アコスティック・ワールド』を演奏し、私と政子が歌う。
 
観客はみな着席して聴いている。何人か立ちかけた人もいたが回りを見て座ってしまった。札幌公演、別府公演で見せたように、前半は「アコスティック」の世界である。
 
演奏が終わって拍手が来る。
 
「ありがとうございます。今演奏したのは来月発売予定のシングルの中の曲で、『アコスティック・ワールド』という曲でした。続けて同じシングルの中の曲、『言葉は要らない』という曲を演奏しますが、これにはパイプオルガンの音が入ります。音源制作では先日、札幌のきららホールのパイプオルガンを使って収録してきたのですが、今日はパイプオルガンの代わりに電子楽器ですが、エレクトーンを入れます」
 
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と言うと、ステージ脇からスタッフさんたちがstageaを運び込んでくる。そこに山森さんが座って、演奏が始まる。電子楽器は使うが前半はPAは使わない。楽器自体から出る音だけでホール全体に響き渡らせる。
 
私と政子もマイク無しで歌を歌っている。
 
この曲が終わった所で、私は伴奏者を紹介する。
 
「今日の伴奏はスターキッズとそのお友だちです。ギター&リーダー、近藤嶺児」
「フルート&リーダー、宝珠七星」
「ヴァイオリン、鷹野繁樹」
「ヴィオラ、香月康宏」
「チェロ、宮本越雄」
「コントラバス、酒向芳知」
「ピアノ、月丘晃靖」
「そしてオルガン、山森夏貴」
 
ひとりずつ紹介していく度に拍手が来る。特に七星さんと鷹野さんへの拍手と歓声は大きかった。甘いマスクで独身の月丘さんにも結構な歓声が来る。
 
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「私とマリが書く曲って、最近は色々な傾向のものがあるのですが、高校時代に書いた曲は、いわゆるフォーク系の曲が多くて、こういうアコスティックな演奏に合うんですよね。それで昨年の札幌と別府でも、前半をアコスティック、後半をエレクトリックという感じで構成させて頂きました。今日もそのような展開でいきたいと思います。それでは次はたくさんの女の子を泣かせてしまった曲、『A Young Maiden』」
 
拍手が来て、伴奏が始まり、私たちは歌う。まだローズ+リリーを始める前に、政子の17歳の誕生日に書いた曲である。私たちの「第1自主制作アルバム」に入っていた曲だが、昨年はそれの伴奏だけ差し替えて発売。大きなセールスをあげ、全国で何万人もの女の子を泣かせてしまった曲である。
 
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この曲は決して悲しい歌ではない。むしろ希望と力に満ちあふれた曲だが、明確な意識のないまま年若くして母となってしまった自分の身を振り替えると感極まるという心情を歌っている。そこが女の子たちの涙を誘うのである。実際ヤングママたちから多数のお便りをもらったし、中学生や高校生で子供を産んでしまったという人たちからのお便りも何通かあった。
 
私たちが歌っている間にも、客席で涙をぬぐっている感じの人たちがいる。この曲のアレンジにパイプオルガンを入れたのは初めてだが、フルー管の優しい音が揺れる心を更に揺り動かすような気がした。
 

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歌い終わって拍手。
 
「ありがとうございます。ところでここでお知らせがあります。ローズ+リリーはこの後5月5日に仙台公演をしますが、このチケットは既に申し込み期間が終わり抽選も終わって、月曜日以降発送される予定ですが、その後の公演予定です」
 
「わあ」とか「おお」とかいう声が上がる。
 
「ローズ+リリーは7月末から8月上旬にかけて国内5ヶ所のホールツアーと、初の海外公演で台湾に行ってきます」
 
「キャー」とか「ワー」とか凄い歓声。
 
「ツアーをするのは高校2年の時以来5年ぶりになってしまいますね。というか今年の夏はローズ+リリーのデビュー5周年になる訳ですが」
というと
「おめでとう!」
という声がたくさん来る。
 
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「そしてその5周年の記念公演として、9月に横浜・大阪・福岡の3ヶ所でアリーナライブをする予定です」
 
しばし歓声。
 
「今日のチケットも発売開始3分で売り切れたらしいですし、仙台公演も倍率が10倍とか恐ろしいことになってしまいましたが、9月のアリーナ公演は3箇所で合計4万人入りますので、少しは緩和されるのではないかと思っています。まだ私たちが学生なので、今年はこれで勘弁してください。来年はもっと頑張りますね」
 
と言うと大きな拍手をもらえた。
 
「それではその5年前に書いた作品、いわゆる高校3部作を聴いて下さい」
 

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そうして私たちは『遙かな夢』『涙の影』『あの街角で』の3作品を歌っていった。更にMCを混ぜながら、『花模様』『こぼれゆく砂』『天使に逢えたら』といった美しい作品を歌っていく。
 
「さて次は前半最後の曲です。これは実はローズ+リリーの曲ではなく、キャトル・ローズの曲で吉住尚人先生に書いて頂いた『記憶はいつも美しい』。ジャズっぽい曲ですね。キャトルローズというのは4つのボーカルで歌っていますが、4つとも私の声です。『Once upon a time〜♪』という感じのソプラノボイス、『There was a girl〜♪』という感じのメゾソプラノボイス、『who always wearing red〜♪』という感じのアルトボイス、そして
『with wearly eyes〜♪』という感じの中性ボイスを使って多重録音しています」
 
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と実際にそれぞれの声を出して歌ってみせると「すげー」といった感じの声が来る。
 
「でも今日はライブで多重録音って訳にはいかないので、マリ、ちょっと手伝って」
「いいけど、私とケイでも2人にしかならないよ」
「困ったな。あと2人誰かに手伝ってもらわないと」
 
するとその時「手伝いまーす」という声が響く。スポットライトが3階席に当たる。ふたりの女の子が手を挙げていて、そのまま3階席から飛び出す。
 
「えー!?」という客席の声。
 
そして飛び出した2人はそのままステージまで張ってあるワイヤーに沿って、スキー場のリフトのようなものに乗ってステージまで降りてきた。
 
スタッフが駆け寄り、しっかり留めてあった安全ベルトを外す。ふたりともヘルメットを外す。
 
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「えっと、自己紹介をよろしいですか?」
「はい。4月に★★レコードからデビューすることになりました、鈴鹿と」
「美里です」
 
暖かい拍手が来る。
 
「ふたりはそっくりさんですね。双子ですか?」
「はい、そうです。でも二卵性なんです」と美里。
「ついでに男と女の双子です」と鈴鹿。
 
客席から「えー!?」という声が来る。私はその客席の声を黙殺するかのように
 
「それでは『記憶はいつも美しい』を歌うの手伝ってくれるかな?」
「いいとも!」
 
というやりとりで、スターキッズの伴奏がスタートする。客席はざわめいていたが、伴奏が始まると少しずつ沈静化していく。
 
ジャズっぽい曲で、私とマリ、鈴鹿・美里の4人で歌うと、ちょっと夜の酒場のような感じだ。全員正確な音程で歌っているので4人の声がきれいなハーモニーになっていて、とても良い雰囲気。
 
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演奏が終わると大きな拍手があった。
 
「それでは続けて、鈴鹿美里さんに、デビュー曲で上島雷太先生が書いた『百万の恋と1つのときめきと』、それから私とマリで書いた『春、憧れ』を歌って頂きます。その間、私とマリとスターキッズはちょっと休憩を頂きます。それではどうぞ」
 
と言うとマイナスワン音源がスタートする。
 
私たちは鈴鹿と美里に拍手をしてステージ脇に下がった。スターキッズも下がる。ふたりが歌っている後ろに幕が1枚降りて、その後ろで楽器の入れ替えが行われる。私たちは喉を潤し、衣装を着替えてから休憩する。政子は例によっておやつを食べている。今日のおやつは名古屋名物ウイロウだ。私も1切れ摘まんだが、あとはコーヒーをもらって飲んでいる。
 
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近藤さんは「寝る」と言って横になって眠ってしまった。宝珠さんはうがいをした後体操している。他のメンバーはジュースを飲んだり、おしゃべりしたり様々である。
 

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夏の日の想い出・3年生の新年(11)

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