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■夏の日の想い出・3年生の新年(8)
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そして、その言葉が終わる間もなく、ドアを開けて女の子が《2人》入ってきた。
こちらを認めて「おはようございます、鈴鹿美里です」と声を合わせて挨拶する。
私と政子はポカーンとして、それから北川さんの方を見る。
「左側の黄色いセーターを着てるのがお姉さんの鈴鹿ちゃん、右側のピンクのセーターを着ているのが妹の美里ちゃんです」
と北川さん。
「ふたりだったの!?」
「双子!?」
「はい、そうです」と鈴鹿(すずか)・美里(みさと)。
背丈も同じで髪型も同じなので、服を交換されたらどちらがどちらか分からなくなりそうだ。でも顔は似てはいるものの微妙に顔つきが違う。姉の鈴鹿の方が少し優しい雰囲気で、妹の美里はきりっとした感じである。
「鈴鹿が苗字で、美里が名前かと思っちゃった!」
「あ、よくそれ誤解されます」と鈴鹿。
「美里鈴鹿って並べても誤解されるよね」と美里。
「確かに、鈴鹿にしても美里にしても苗字にも名前にもなるもんね」
「写真がなんで2枚送られて来たんだろうと思ったけど、2人だったからなんですね!」
「ええ、そうです。ごめんなさい、私言い忘れたかしら」と北川さん。
「プロフィールも同じだったけど」と政子。
「同じ日に生まれて、同じ幼稚園、同じ小学校・中学校に通って、歌謡コンテストもふたりで一緒に歌って入賞したので」と鈴鹿。
「小学校のコーラス部とかも一緒に入ってたし、★★レコードさんから紹介してもらった歌のレッスン教室にも一緒に通ってたし」と美里。
「あ・・・声域がG3-A5,D4-E6って書いてあったけど」
「私がソプラノでD4-E6で」と美里。
「私がアルトでG3-A5です」と鈴鹿。
「ごめーん! G3-E6出る3オクターブの歌手だと思って曲を書いちゃった。すぐ2人用に修正するね!」
と私は慌てて言う。
「あはは、ケイちゃんも? 僕もそれ勘違いしてて、今楽曲を修正している所」
と上島先生。
「済みません。本当に私の説明が悪かったみたいで」
と北川さんが本当に申し訳無さそうにしている。
「ふたりって顔も似てるし声質も似てるね。それで歌を聴いても気付かなかった。でも・・・二卵性双生児だよね?」と私は尋ねる。
「ええ、そうです」と鈴鹿。
「二卵性双生児でも、母のお腹の中で結構遺伝子が混じることあるらしいからそのせいかもです」と美里。
「私がこんなんになっちゃったのも、そのせいかも知れないし」と鈴鹿。
「こんなんって?」
「あ、済みません。私、戸籍上は男なので」
と鈴鹿は言った。
「えーーーーーー!?」
と私、政子、琴絵、仁恵は同時に驚きの声をあげた。
「あはは、僕もそれさっき驚いた所」
と言って上島先生は笑っていた。
私と上島先生が楽曲の修正をする間、雑談タイム。そして鈴鹿美里への質問タイムとなった。
姉(戸籍上は兄)の鈴鹿は物心付いた頃から女の子の服しか着なかったらしい。最初は母親も、鈴鹿には男の子の服、美里には女の子の服を着せようとしていたものの、結局鈴鹿がサイズが同じ美里の服を着て、いつも姉妹のようにしているので、早々に諦めてしまい、鈴鹿にも女の子の服しか買ってこないようになったらしい。それで鈴鹿は幼稚園でも小学校でも女の子の服を着ていて、現在中学校でも女子の制服を着て、美里と一緒に通学しているとのことだった。
「下着は別々ですけど、上の服は結構共用してるよね」
「中学の制服とか、うっかり間違って逆に着てることもあるし」
「トイレとか更衣室とかどうしてんの?」
「私トイレは女子トイレにしか入ったことないです」と鈴鹿。
「更衣室は一応ひとりだけ別室で着替えてますけど」
「でもけっこう女子更衣室に拉致されてって、そこで着替えてるよね」
「うん。毎年春に1度は解剖される」
「鈴鹿、けっこうそれ楽しみにしてる感じだし」
「まあ、私の下着姿は女の子にしか見えないし。さすがにパンツまでは剥がされないから」
「でも小学校の修学旅行でも拉致されてって女湯に入ってたよね」
「絶対見られるもんかって必死で隠し通したけどね」
「へー、凄いね」と政子。
「ケイも小学校の修学旅行で女湯に入ったらしいけど、どうやって入ったのか吐かないんだよね」
「あはは。まあいいじゃん。鈴鹿ちゃん、女性ホルモン飲んでるの?」
「今は飲んでます。でもそもそも私の睾丸って最初から機能してなかった感じ」
「ああ」
「私、物心付いて以降、一度もおちんちん立ったことないですから」
「へー」
「おちんちん凄く小っちゃいよね。立っておしっこできないくらい」
「立ってしたことないから分からないなあ」
「陰毛の中に隠れてしまってるもんね。これなら隠蔽工作しなくても女の子と思われるからそのまま女湯に入りなよって唆したりするんですけどね」
「それはさすがに無理がある」
「私だいぶ悪戯したのにやっぱり立たないし」
「ちょっとちょっと」
「そういう発言は人前でしないように」と北川さんも笑っている。
「それで、小学生の頃、男性ホルモンの補充をお医者さんからは薦められたんですけど、そんなの飲みたくない。むしろ女性ホルモン飲みたいって主張して。それで当時随分あれこれ検査されたり、精神科のお医者さんとか臨床心理士の人とたくさんお話もして、検査とかカウンセリングとか1年くらいやった末に性同一性障害って診断書を書いてもらって、それで女性ホルモンを処方してもらって飲むようになったんですよね」
「それちゃんとルートに乗ってやるのって偉いよ」
「まあ実際にはフライングしてましたけど。待ってられなかったから」
と鈴鹿。
「ああ、やはりたいていそうだよね」
と私は言ってしまったが
「やはりケイもフライングしてたのね?」
と政子に突っ込まれる。
「えっと、その話はちょっとそのあたりに置いとこうね」
と私は取り敢えず誤魔化しておく。
「でも声変わりは来ちゃったのね?」
「ええ。睾丸はほとんど機能してないみたいだから、声変わり来ないでくれると助かるのにと思ってたけど来ちゃいました」
「でも発声練習で乗り越えたんだ?」
「ええ。頑張って練習しました」
と鈴鹿は微笑むが多分かなり大変な練習をしてきたのだろう。
「実際には友だちとかで、鈴鹿の男声を聞いたことのある子っていないよね?」
「うん。聞いてるのは美里だけだと思う。親にも聞かせたことないもん」
「頑張ってるね」
「ケイは結構男の子の振りしてたから、高1の頃は男声で話してたよね」
「中学の時もだいたい男声で話してるよ」
「ほんとかなー。どうもそのあたり嘘ついてる気がするけど」
と政子はこのあたりの私の話は信じてないようである。
「まあ、嘘つきになるのは仕方無いだろうね。雨宮なんか、一番嘘つきなのは自分の身体だ、なんて言ってたし」
と上島先生。
「そうですね。でも一生嘘をつき通せば、それ本当になるんです」
と私は微笑んで言った。
「やっぱりケイって嘘つきなんだ!」と政子。
「マリだって結構嘘つきでしょ?」と私。
「まあ、そういうこともあるかもね」と政子は少し目をそらして答えた。
私と上島先生の楽曲修正が終わるとすぐに練習に入る。上島先生は録音に立ち会っていても、あまり意見を言わないタイプである。それは AYA の録音に何度か参加して感じていたことではあったが、鈴鹿美里についてもそうだった。私は上島先生がおられる場で自分が発言してもいいのかな?とは思ったものの、取り敢えず気になったところを何点か指摘した。上島先生は頷いておられる。それでこちらも、このあたりまで言ってもいいかなという範囲で指導をしていった。
ふたりの歌は14歳にしてはとても上手いのだが、それでもやはり技術的にはまだまだ未完成である。こういう段階の子にはあまり高い要求を出して悩ませるよりのびのびと歌わせた方がよいと考え、主として技術的なものを指導した。
2時間ほどの練習でかなり良い雰囲気になってきたが、中学生は20時までしか仕事をさせられないので今日はお開きとする。鈴鹿と美里はマネージャーさん、というよりも付き人さんという雰囲気のまだ18〜19歳くらいの雰囲気の女性に連れられて帰宅した。そしてその後、何となくそのまま、上島先生も含めて雑談モードになってしまった。
「若い付き人さんですね」と琴絵が言う。
「来月高校を卒業する予定の18歳です。本人も歌手志望で、歌のレッスンに通ってるんですよ」と北川さん。
「へー」
「顔を売るのとこの世界の習慣を覚えるのに誰かの付き人をするのもいいんじゃないかということで、年齢も近いからしばらくお世話してあげてと言われて付いたみたい」
「偉いね。鈴鹿ちゃん・美里ちゃんに敬語で話してた」と仁恵。
「この世界は年齢関係無く、先にデビューした方が先輩になるからね」
と上島先生。
「でも鈴鹿ちゃんたちも敬語で話してたね」
「やはりお姉さんって感覚だよね」
「あの子、ケイがふたりに指示するのを熱心に聞いてたね」と政子。
「それも自分の勉強にしてるんだろうね。そういう子はいつか芽を出すよ。今は裏方でもいいんじゃない?」
と私は言った。
「そういえば最近、サウザンズのマネージャーさんから聞いたんですけど、ケイちゃんってローズ+リリーでデビューする1年くらい前から、この世界で裏方してたんですね」
と北川さん。
「それ知ってるのは、サウザンズの人たちとKARIONの和泉だけですよ」
と私は笑って言った。
「へー、何してたの?」と上島先生。
「リハーサル歌手です。『歌う摩天楼』という番組の。和泉と組んでふたりでやってたんですよ」
「えー!?」と言ったのは琴絵と仁恵である。
「私は柊洋子、和泉は源優子って名前で。私も和泉もレパートリーが広いからリハーサル歌手は天職でした。他にレコーディングの仮歌とかもたくさん歌ってました」
「女の子名前だ」と仁恵。
「つまりその頃から女の子歌手だったのね?」と政子。
「私が男の子の格好で歌う訳ないじゃん」と私。
「なんか段々とケイの過去が明らかになっていくな」と政子。
「番組がすぐ終わっちゃったのでリハーサル歌手の方は短期間しかしてないですけど、凄い歌手の人たちの歌を間近で聴いて、物凄く勉強になりました」
「確かにそれは勉強になるだろうね」
と上島先生も頷いていた。
「あの番組はだいたいいつも新宿のスタジオで録っていたんですけど、1度だけサントリーホール使って、しまうららさんがパイプオルガンの伴奏で『初恋の丘』
を歌ったのとか、凄い感動しました」
「ああ、その回は覚えてる」と上島先生は言ってから、ふと思いついたように
「そういえば、ケイちゃん、明日から録音に入るローズ+リリーの曲の中のタイトル曲『言葉は要らない』だけど」
「はい」
「スコア見たらパイプオルガンの音色が指定されてたよね」
「ええ。実際にはシンセで演奏しますが」
「本物のパイプオルガンで録らない?」
「えー!?」
「そのくらい予算取れるでしょ? ローズ+リリーの方なら」
「はい、取れます」
「じゃ、北川さん、担当外で申し訳無いけど、どこかパイプオルガンのあるホールを確保してくれない?」
と上島先生。
「はい」
と言って北川さんは会社に電話して、手配してもらっているようであった。
「都内は無理みたいです」
と30分ほどしてから、会社からの連絡を受けた北川さん。
「日本国内どこにでも行きますよ」
と私は言う。
しばらくして返事があった。
「札幌のきららホールがちょうどキャンセルがあって月曜日の午前中だけなら確保できるみたいですが、どうしましょう?」
「確保しましょう」と上島先生。
「僕も一緒に行くよ」
ということで、私たちは月曜日の北海道行きが決まったのであった。
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