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■夏の日の想い出・3年生の新年(7)

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唯香の見舞いを終え、彪志と合流してお茶を飲んでふたりと別れてから、私と政子は新宿で琴絵・仁恵と落ち合い、一緒に政子の家に戻った。
 
「こちらのおうちに来るのは久しぶりだなあ」
「お掃除進んでる?」
「手伝って。手が足りない」
「千葉から来て、掃除を手伝わされるのか。まあいいよ。お昼おごりでね」
「お昼はオープンサンドでも作るね」
 
茹で玉子を作り、シーチキンの缶を開ける。ロースハム・チーズをスライスし、トマトの皮を剥いてスライス、レタスをちぎり洗って水を切る。ジャムも各種冷蔵庫から出して来て、食パンもスライスする。マヨネーズ、マスタードも出してくる。トマトのスライスは仁恵、ハムとチーズのスライスは琴絵がやってくれた。
 
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「勘でスライスしてるから厚さがばらつくのは御免ね〜」と私。
「いや、さすが上手にスライスするなと思って見てた」と仁恵。
「私、パンをスライスしたら上と下で厚さが違う」と琴絵。
「私だって、それだよ〜」
と言いながら私はスライスしたパンをテーブルに積み上げた。
 
「でも食パンは丸ごとで買ってくるのね」
「うん。パン焼き器で焼く時もあるんだけどね。今日は手抜きで買ってきたパンで」
「でも、政子がいれば丸ごとの食パンがすぐ無くなると」
「当然」
と言いながら政子は美味しそうに適当に具を乗っけて食べている。
 

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「おふたりさん、卒業後の進路は決まった?」
と少し落ち着いてから訊く。
 
「修士まで行こうかとも思ったんだけどね〜。親はむしろお嫁にやりたい雰囲気だし、やはり就職するかと」と琴絵。
「私も迷ったんだけどね。学校の先生とかになるのでもなければ修士まで行っても就職先を減らすだけだし」と仁恵。
「じゃ、ふたりとも4年生までで就職するんだ?」
 
「会社説明会は10ヶ所くらい行ったかな」
「これは?という所あった?」
「微妙。むしろ採る気あるのかよ?という感じ、特に女子は」
「どちらかというと人を減らしたいと思ってる会社が多いからなあ。新入社員の世代ギャップが出ると辛いから、最低限の人数だけ仕方無いから採っておこうという雰囲気」
 
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「なるほどね−。私就活とかすることにならなくて良かったなあ。でも大学1年の頃は、自分は背広着て就活するのか、レディススーツ着て就活するのかって悩んでたし」
「冬が背広着て性別男の履歴書出したら性別詐称だよ」
「そうだ、そうだ」
「もし売れてなくてお金が無くてまだ性転換手術受けてなかったとしても、女として就職するしかなかったと思うな」
 
「でも労働環境が悪化してるっぽいよね」
「ブラック企業大増殖中。社畜大増殖中」
「日本人って、自分が苦労してるのを自慢したがる習性があるからねぇ」
「そうそう。社畜になってることを自覚してない」
 
「あ、そうだ。町添さんからこないだ電話があって」と仁恵が言う。
「へー」
「私たちに★★レコードに入る気はないかって」
「ほほぉ」
 
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仁恵と琴絵はローズ+リリーが「活動休止中」に私たちの実際の様子をずっと口コミやネットで流してくれていて、その情報はファンの間で「千葉情報」と呼ばれていた。町添さんはしばしば私たちを通さずに直接仁恵たちに連絡していたケースもあり、仁恵と琴絵の携帯の番号とアドレスは町添さんの携帯に登録されているのである。
 
「まだ詳しいことは言えないけど、新しい配信関係の子会社を作る計画があるとかで、そのスタッフを取り敢えずコネを通じて集めてるらしい。今週にでもちょっと行ってみる」
「へー、いい仕事とかならいいね」
 

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食事の後で4人で部屋の片付けをしていたら、電話が掛かってくる。★★レコードのアイドル系歌手の担当、北川さんだ。
 
「はい・・・・はい・・・夕方までにですか!? ええ。用意できますよ。その子のプロフィールとかあったらファックスで送って下さい。あと声域を教えて下さい。」
 
電話を切ると訊かれる。
「お仕事?」
「うん。今日明日で録音したい新人歌手の曲が予定していた作曲家で出来てなかったということで。代わりに何か作ってくれないかって」
「そんな話よくあるの?」
「稀に良くある」
「はぁ」
「ノエルちゃんとの関わりもそんなだったね」
「あれは作曲家が突然失踪したからね」
 
「1曲は上島先生に、1曲は私たちにって依頼らしい」
「それは・・・多分、上島先生も張り切るんじゃない?」
「間違いなく」
「じゃ、こちらも頑張ろうよ」
「頑張っていい曲ができるものでもないけどね」
 
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私は居間に行って北川さんから送られてきたFAXを見てみた。また本人が歌った歌のmp3がメールで送られてきていたので、政子も呼んできて一緒に聴く。琴絵と仁恵も一緒に付いてくる。
 
「お茶入れよう」
「そうだね。部屋の片付けはいったん休憩だね」
 
ということで頂き物のダージリンの紅茶を入れ、午前中唯香からもらった富山のバウムクーヘンを切り分けた。
 
「なんで写真が2回送られて来てるの?」
「さあ。送信ミスしたかもと思って送り直したんじゃない?」
 
「でもうまいね」
と仁恵が言うと政子が
「うん。パウムクーヘン美味しい」
と言うが、仁恵は
「いや、お菓子も美味しいけど、この子歌が上手だよ」
と言う。
 
「若いね。中学生?」
と琴絵。音楽音痴の琴絵にもそのくらいは分かる感じだ。
 
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「14歳だって」
「へー。14歳でこれだけ歌えたらプロになれるよ」
「うん。それでメジャーデビューという話なんだけどね」
 
「なんか、この子声域凄くない?」と仁恵
「声域はG3からA5,D4からE6って書いてある。アルトボイスとソプラノボイスが出せて、合わせてG3からE6まで3オクターブ弱出るってことかな」
「すっごー」
 
「私、普通の歌手だろうと思って気軽にOK出しちゃったけど、この子にはこの声域を活かした曲を歌わせたいな」
「ケンタッキーで手を打つよ」と政子。
「了解。買ってくるよ」と私は言ったが
「あ、私が買ってくるよ。お仕事してて」
と琴絵が言うので頼むことにした。
 
「車こっちに持って来てるんだっけ?」
「うん、ガレージに入ってる」と言って鍵を渡す。
 
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「何本?」
「うーん。。。念のため20本」
と言って私は琴絵に1万円札を渡した。
 

琴絵が車でケンタッキーに買物に行っている間に私は曲を書き始める。
 
その時私の頭の中に浮かんでいたのは昨日、大船渡・陸前高田・気仙沼を訪れた時の風景だ。震災の傷跡は深いものの、人々の活力はそれ以上に高い。私はあの地の人たちからエネルギーをもらうかのような気持ちで五線紙に青いボディのボールペンを走らせた。
 
「春、憧れ?」
 
私が書いたタイトルを仁恵が発音する。
 
「時々不思議に思うけど、なぜボールペンを使うの? シャーペンの方が訂正しやすいと思うのに」
「それは安易に訂正できないようにだよ。気軽に訂正できるような不確かな気持ちで書いた曲は使えない」
「ああ、そういうものか」
 
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政子が《赤い旋風》のボールペンを取り出して黄色いレターパッドに詩を書き始めた。へーっという顔で仁恵はそちらも見ている。
 
やがて琴絵が戻って来るが、私も政子も執筆中なのを見て、静かにテーブルの上に皿を出して来てチキン、ビスケット、ポテトなどを並べる。
 
私が無言で手を合わせて「いただきます」のポーズをすると、みんな食べ始める。政子も右手で詩を書きながら左手でチキンを食べる。私はポテトを少々摘まみながら、コーヒーを飲んで曲を書き続けた。
 
やがて私は曲を書き上げてチキンを食べ始める。それから15分ほどして政子はボールペンを置いた。
 
「じゃ、合わせてみようか」
「うん」
 
私は政子の書いた詩を見ながらソプラノボイスとアルトボイスの両方を使ってその歌を歌った。
 
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「何か元気づけられる歌だね」
「昨日岩手・宮城に行ってきたから、その時のこと思い出しながら書いたから」
と政子が言う。
「うん。私もそれを思い出しながら曲を書いた」
 
「へー、言葉に出さなくてもそういうのが伝わってたんだ」
「冬が書いてる譜面を見て、これは昨日のだと思ったから」
「政子、譜面読めるようになったんだっけ?」
「ほとんど読めない。でも雰囲気は分かる」
「すごいね」
 
「ちょっと待って。政子は譜面も読めないのに、冬が書く曲にピタリと合う詩を書けちゃうわけ?」
「うーん。。。。それはいつものことだよね」と私。
「うん」と政子も笑顔で答える。
 
「あんたたちの関係がまたひとつ分かった気がする」と琴絵。
「うん。私も−」と仁恵。
 
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先に譜面とMP3データを送って、それから結局その日は部屋の片付けは中断したまま4人で夕方までおしゃべりをして、17時頃、レコーディングが行われる青山のスタジオに4人で一緒に行った。
 
「あれ?ローズ+リリーの録音、今日からでしたっけ?」
と顔なじみになっているスタジオの受付の人に訊かれる。
 
「いえ。そちらは明日からです。今日は鈴鹿美里ちゃんの録音に立ち会いです」
「ああ、そちらでしたか。麒麟に入っているはずですからどうぞ」
 
このスタジオの各部屋には霊獣や動物(特に鳥)などの名前が漢字で付いている。★★レコードの初代社長の好みらしいが、若いアイドル歌手などにはその漢字が読めずに立ち往生している子が時々いる!
 
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部屋の名前は、8階が青龍(せいりゅう)と玄武(げんぶ)、7階が白虎(びゃっこ)と朱雀(すざく)、6階が麒麟(きりん)と鳳凰(ほうおう)、5階が若鷹(わかたか)と孔雀(くじゃく)と紅鶴(べにづる:フラミンゴのこと)、4階が雷鳥(らいちょう)・小鳩(こばと)・雲雀(ひばり)・郭公(かっこう)である。
 
朱雀(すざく)・孔雀(くじゃく)・雲雀(ひばり)の間違いはけっこう多発する。慣れてない若い歌手などが「何か鳥の名前言われたんですけど」などと言って受付の所で調べてもらっていたりすることも多い。受付の人は口頭で伝えてもまた迷子になるので、部屋の階数と名前を印刷したシールを入館証に貼ってあげる。
 
上の階ほどグレードが高いが、7〜8階はある程度の実績のある歌手にしか貸さないので、普通は6階が最高である。デビュー曲の録音でいきなり6階の麒麟を使うということは、かなり期待されているのだろう。
 
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なお2〜3階は練習用スタジオで植物の名前になっており、3階が松(まつ)・桐(きり)・杉(すぎ)・檜(ひのき)・桜(さくら)・桂(かつら)・楠(くす)・柳(やなぎ)と樹木シリーズ、2階は百合(ゆり)・菖蒲(あやめ)・牡丹(ぼたん)・雛菊(ひなぎく)・鈴蘭(すずらん)・秋桜(こすもす)・花梨(かりん)・水仙(すいせん)と花シリーズになっている。それぞれの部屋の壁にその木や花の絵が描かれている。2〜3階は★★レコードの契約アーティストなら、空いてさえいれば3時間単位で無料で使えることになっているので、都心にあって防音がしっかりしていることから、結構、演奏はせずに作詞作曲などに使っている人もいる。
 
(2階と3階の設備のグレードは同じだが男性アーティストは主として3階に、女性アーティストは主として2階に案内される)
 
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ローズ+リリーは『恋座流星群』『Spell on You』を麒麟スタで録音しているが、それ以外の作品はだいたい○○プロ系のスタジオや、渋谷の独立系のスタジオで録音していた。しかしマリ&ケイで楽曲を提供している歌手の録音はこの★★スタジオの5〜6階で録音することが多かった。富士宮ノエルや坂井真紅は6階の常連で、ふたりとも鳳凰スタが好みである。この部屋に描かれている鳳凰の絵がとっても可愛いので女性アーティストには好評だ。花村唯香は5階の常連だったが『灼熱の嵐』のヒットでレベルアップし、先日の『ラブ・レールガン』の収録は6階の麒麟スタで行った。
 
そしてローズ+リリーの明日からの録音は8階の青龍スタを使うことになっている。最上級のスタジオなので、料金も高い!
 
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そういう訳で、私と政子、それに「付き人」と称して付いてきた琴絵・仁恵の4人はエレベータで6階にあがり、麒麟スタジオに入った。上島先生が既に来ておられたので、私と政子は挨拶する。
 
「鈴鹿美里ちゃんは?」
「今トイレに行ってるんですよ。すぐ戻って来ますから」と北川さん。
 
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夏の日の想い出・3年生の新年(7)

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