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■夏の日の想い出・龍たちの伝説(14)
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政子は大輝におっぱいをあげながら、片手であやめと遊びつつ、漫画を読みながらポテチを摘まみながら、音楽を聴きながらネットの書き込みを見ていたのだが(器用だなと思った)、唐突に言った。
「ねぇ、冬、パワーパフガールズでさ」
「うん」
「お砂糖、スパイス、素敵なものいっばいって言うじゃん」
「うん」
「あれマザーグースだよね?元ネタ覚えてる?」
「覚えてないけどすぐ出ると思うよ」
と言って、私は本部屋から英語版のマザーグースを持ってくると該当ページを開き読んであげた。
What are little girls made of?
Sugar and spice,
And everything nice,
That's what little girls are made of.
小さな女の子は何でできてるの?
砂糖、スパイス、そして素敵な全てのもの。
それで小さな女の子はできてるの。
What are little boys made of?
Snips and snails,
And puppy dog tails,
That's what little boys are made of.
小さな男の子は何でできてるの?
切れ端、カタツムリ、小犬のしっぽ。
それで小さな男の子はできてるの。
「切れ端って何?」
「男の子ってなんか訳の分からないものの切れ端をよくポケットに入れてるじゃん。木の切れ端とか、消しゴムのかけらとか、おもちゃから外れたバネとか」
「ああ、そうかもね」
と言ってから政子は
「ラウディラフボーイズは脇毛を使ってたね」
という。
「それも切れ端かもね」
政子は何か考えていた。
「ね、ね、人間を作るのって面白そうだよね」
「マーサ、その大輝ちゃんを作ったばかりじゃん」
「そうか。そういう製造方法もあるか」
「ケミカルXは無いしね」
「ドラえもんでのび太がしずちゃんに『一緒に作ろうよ、赤ちゃん』と言って怒らせた時は材料はどんなんだったっけ?」
「まあドラえもんは割とその手の際どいジョークが多いよね。あれはね」
と言って私はドラえもんの本(8巻)を持って来て確認する。
「石鹸の脂肪、釘の鉄、マッチの燐(りん)、鉛筆の炭素、それに硫黄とマグネシウム」
「硫黄とかマグネシウムってどうやって手に入れるんだっけ?」
「硫黄は鉱石標本から、マグネシウムはお祖父さんのカメラのフラッシュから」
「全然身近な材料じゃない。今では手に入らないものばかり。だいたいマッチが家に無いし、見たこともない子が多い、チョークなんてふつうの家には無い」
「メモ書きもホワイトボードだしね。フラッシュも昔みたいに使い捨ての燃焼型じゃなくて、電気式の再利用可能なものしか使わないし(**)」
(**)マグネシウムを使用した閃光粉(Flash Powder)は撮影助手がカメラのシャッターに合わせて燃焼させる方式のもので1880-1930年代に使用された。1930年代からはアルミニウムを燃焼させる方式で撮影者がカメラのシャッターと連動して発光させられる“閃光電球(flash bulb)”に取って代わられるが、これも使い捨てである。プリントごっこに使用されていたのがこの閃光電球。
再利用可能なエレクトロニック・フラッシュ別名ストロボ(Strobo:商標)が普及するのは1980年代からである。発明されたのは1960年代だが初期のものは光量が小さく用途が限定されていた。
つまり閃光粉が使用されていたのは昭和初期!までと思われる。ドラえもんの連載開始は1970年で当時10歳だったとすると当初ののび太は1960年生まれ。お祖父さんは1900-1910年頃の生まれかも知れないから、その青年期はフラッシュパウダーの時代だったかも。
「じゃ今では人間製造機は使えないね。というか22世紀で使えたとは思えない」
「まあこの漫画が書かれたのは1975年だし」
「じゃ宿題で人間を作りなさいと言われたら、セックスするしか無いのかなあ」
「そんな宿題は出ないと思うけど」
でも政子は、結局マザーグースの詩をベースにして
「How to make a cute girl」
という詩を書いたのである。ただし「材料:男の娘」というのは却下したので、ぶつぶつ言いながら、書き換えていた。
「これ曲を付けて」
「時間が取れた時にね」
「これでミュータントができて、やめろー!僕はお前の親だぞ!とかならないよね?」
「実行しなければ大丈夫だと思うけど」
「やめてー!助けて!」
と綾香は悲鳴をあげた。
「ごめん。僕に近寄らないで。身の安全が保証できない」
とアイは言った。
さっきから既にテレビを爆発させ、パソコンを3台破壊し、窓ガラスもたくさん割れている。とにかくアイが視線をやった方角にあるものが破壊されてしまうのである。
「雅希ちゃん、こっちへ」
と楠本京華が綾香の手を引いて何とか部屋の外に脱出した。
「しーちゃん居る?」
と京華が叫ぶと、江川詩浮子が姿を現す。
「江川さん?今どこから」
「細かいことは気にしない」
「これどうしよう?」
「早紀は日本一の霊能者だから、早紀を停められる人は居ないと思う」
と江川詩浮子。
「しーちゃんにも無理?」
「私にも抑えられない。いっそあの子を殺すことならできるけど」
相打ちになるだろうけど、と詩浮子は心の中で付け加えた。
「それはやめて!」
と綾香が言う。
「不確かだけど、できる人がいるとしたら羽衣さんくらいしか思いつかない」
「呼べるかな?」
江川詩浮子は部屋の中に向かって叫んだ。
「早紀、羽衣さんはどこにいるか分かる?」
「択捉島の**市の**という酒場にいる」
「あそこか。私が呼んで来る」
と言って江川詩浮子は姿を消した。
「どこ行ったの?」
「気にしない」
と楠本京華は言った。
20分ほどで、羽衣が来てくれた。
「何事だ?」
「早紀が暴走してるんです。自分でコントロール利かないみたいで、とにかくあの子の視線が向く方角にあるものが破壊されるんです」
と楠本京華は羽衣に説明する。
「様子を見る」
と言って羽衣はドアを開けた。
「危ない!」
とアイが叫んだ。
瞬間、羽衣の首が転げ落ちる。
「きゃー!!」
と城崎綾香は悲鳴をあげた。
しかし羽衣はその落ちた首を拾い上げると、自分の身体の上に乗せてギュッと押さえつけた。
「全く。私でないと死んでた」
などと羽衣は言っている。
「あのお、お婆さん、人間ですか?」
と綾香が尋ねる。
「あまり自信が無い」
と羽衣は言う。
その時、羽衣が作務衣のポケットに入れている、今どき珍しいガラケーについたリスのストラップが“しゃべった”。
「おい、羽衣、駿馬を呼べ」
「しゃべった?」
と綾香はまた驚いている。
「私も年だからなあ。確かにあいつの方が何とかするかも知れない」
それで羽衣は駿馬、つまり千里を呼んだのである。
「何事ですか?」
と言って2人の千里がやってきたので、綾香は
「醍醐春海先生?双子だったんですか?」
と驚いている。
「虚空が暴走してるんだよ」
と自分でもギョッとしたふうの羽衣が言う。
「何でまた?」
「たぶん妊娠のせいだと思います。つわりの一種かも」
と楠本京華は千里が2人いるのを見ても、何も表情を変えずに説明する。
「迷惑なつわりだなあ」
「自分で妊娠せずに誰か他の女の子か男の娘かに妊娠させればいいのに」
などと2人の千里は言っている。
「だけど、これとうとう“時が来た”んじゃない?」
「だと思う。これ2人のパワーが無いと無理だよね」
と2人の千里は言うと、2人の身体を明るい光が包み込む。
そして
2人の千里はお互いに近づいて行くと、
1人の千里になった。
「きゃっ!」
と綾香が悲鳴をあげる。
千里が部屋の中に入る。アイがついこちらを見る。エネルギーの塊が飛んでくる。しかし千里はそれを軽く手で振り払った。軌道を変えられたエネルギーの塊が何やら怪しげな機械にぶつかり、機械は粉砕される。
千里はアイに近づいて行くと彼女をハグした。
「あっ」
「落ち着きなよ、早紀ちゃん」
「ごめん」
早紀の励起状態が急速に落ち着いていく。彼女は座り込んだ。
「もう大丈夫だよ。入っておいでよ。靴履いたままね」
と千里は外で恐る恐るこちらを伺っていた人たちに笑顔で言った。
その日(11/3)は祝日だったが日中の予定が珍しく入っていなかったので、アクアは2人とも朝からずっと寝ていた。
夕方からテレビ局で仕事がある。
「どちらが行く?」
「じゃんけん」
Mが勝った。
「あーん。負けちゃった」
とFは言って、テレビ局に行くための服に着替える。
「スカートスーツなんだ?」
とMが言う。
「今更誰にも何も言われないよ」
とF。
「まあ、そうかもね」
「背中のファスナーあげてくれない?」
「OKOK」
それでMはFの服の背中のファスナーを上げてあげた。
「OK」
「さんきゅー」
と言った時のことだった。
ドン!
という凄い音がした。
「わっ」
と言ってFは一瞬倒れそうになったが、何とか持ちこたえた。
「なんだろう?今の」
とFは言ったが返事が無い。
「M?」
と言ってFはあたりを見回すが、その付近には見当たらない。
FはMの部屋に行ってみる。
居ない。
自分の部屋に行ってみる。
居ない。
Nの部屋に行ってみる。
居ない。
トイレやお風呂も見てみる。
居ない。
「M、どこ行ったのよぉ?」
『僕はここ』
という声が“自分の内面”からした。
「嘘!?まさかボクひとりになっちゃったの!?」
『自分が女の子として生きていく気持ちが勝(まさ)ったのかもな』
と内部からMの声がする。
「そうなのかなあ。自分はやはり男として生きていかなきゃいけないんだろうなという気が結構していたんだけど」
『取り敢えず仕事行かなきゃ』
「うん。行って来ます」
と龍虎Fは自分の内面に向かって言うと、マンションを出た。
「あれ〜。またひとりになった?」
とテレビ局でリハーサルの仕事をしていた葉月Mは思った。仕事に出ているのはだいたいMなのだが、突然Fの意識が共存したのである。Fは平日は学校に行くが、今日は祝日なので、朝からずっと自分のマンション(建て替えられた用賀の“橘ハイツ”)で休んでいた。
『御飯作ってる最中だったのに』
などとFが言っている。
『火はつけてない?』
『材料切ってた所だったから』
『良かった。じゃ帰宅してからその続き作るか』
龍虎はその日(11/3)夜12時近くまで仕事をしてから緑川マネージャーの車で代々木のマンションに帰宅した。
部屋の中に入って
「M?」
と呼ぶが返事は無い。ひとつひとつの部屋を覗いていくが誰も居ない。
ふっと溜息をつくと龍虎は冷凍室からストックのスープの冷凍したのを耐熱容器に入れてレンジで温めながら、茶碗を2つ出して御飯を盛った後で「あっ」と思う。
ひとつの茶碗の分はジャーに戻し、自分の茶碗と箸だけ持って食卓に置く。やがてレンジがチンと言うので、温まったスープを食卓に持って来て
「頂きます」
と言った。
『M?』
と自分の内面に呼びかけるが反応がない。寝てるのかなあ?Nも呼びかけても反応がないことの方が多いし。ちなみにNにも呼びかけてみたが反応は無かった。
食べ終わったので食器を片付ける。食洗に入れてスイッチを入れる。
紅茶を入れる。
砂糖を2袋入れて飲む。
『なかよし』を少し読む。読んでいるとけっこう気が紛れる。
時計を見るともう2時近い。
「寝なくちゃ」
と独り言のように言った。
歯を磨いてから寝ようとしていたら《こうちゃんさん》が来た。
「お前どっちだっけ?」
「ボクはF」
「Mは風呂か何か?」
「こうちゃんさん、Mが居なくなっちゃったよぉ」
と言ってFは泣き出してしまった。
「とうとう1人になったのか?」
と《こうちゃんさん》が驚く。
「もうボクこの後ずっと1人なの?」
とFは泣きながら訊いたが、《こうちゃんさん》は言う。
「お前は元々1人だ。1人で生きて行かなければならない」
「そんなぁ」
「だけどお前には俺もいる。千里や川南たちもいる。お前に命を預けている西湖もいる。お前と結婚してもいいくらいに思っているコスモスもいる。お前は俺やそいつらと一緒に生きていけばいいんだよ。決して孤独ではないぞ」
と《こうちゃんさん》は言った。
「だって・・・」
「この3年半のことは夢だったんだよ」
「もうNやMには会えないの?」
と龍虎は涙を流しながら尋ねる。
「自分の中にいるたろ?」
「でも声を掛けても反応無いこと多いし」
「お前があいつらを忘れない限り、あいつらは存在し続けるよ」
「ボクはNのこともMのことも忘れない」
と言って、龍虎は《こうちゃんさん》に抱きついて泣いた。《こうちゃんさん》もそういう龍虎を泣くがままにしておいてくれた。
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夏の日の想い出・龍たちの伝説(14)