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■夏の日の想い出・龍たちの伝説(13)
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(C)Eriko Kawaguchi 2020-10-17
「Mちゃん、Mちゃん」
と呼ぶ声に西湖Mは意識を戻した。
「大丈夫?」
と心配そうに自分を見詰めるFの顔がある。そのそばには《こうちゃんさん》もいる。そして
「お前、この機械使ったの?」
などと言っている。
「はい。使いましたけど」
「俺が来るの待ってたら、こんな痛い目に遭わなくて済んだのに」
「へ?」
「我慢できずに自分で去勢してしまったのか」
「どういう意味ですか?」
「だって無痛去勢機使ったんだろ?もっとも無痛なんて大嘘でかなり痛いんだけど。切断した後で麻酔を打つという不可思議な仕様だから」
「これ自動オナニーマシンじゃないんですか?」
「これは無痛去勢機だ」
「うっそー!?だってアイさんはAOMはオートマチック・オナニズム・マシンだとか言ってましたよ」
「ああ。確かにそれもAOMだが、こちらは Analgesic Orchiectomy Machine, 無痛去勢機だよ。確かにどちらもAOMだな」
「え〜〜〜!?」
「だいたいオナニーなら、金玉まで入れる必要なかろう?チンコだけで充分じゃないか」
「でも穴の空いてるのは男性用自慰機だって、アイさんが」
「自動自慰機なら、チンコだけが入る小さな穴が空いている。自動去勢機は去勢が目的だから、当然金玉まで入れる大きな穴が空いている」
「あ」
その時Fは確かにアイが「小さな穴」と言っていた気がした。私の勘違いで、Mちゃんを去勢しちゃった?
「でもどうせ俺が来たら去勢されていたんだから、問題無かろう」
と《こうちゃんさん》は言った。
「僕どうなったの?」
「これは旧型だから金玉だけを取る。新型ならチンコも切った上で割れ目ちゃんまで形成する」
と言って、《こうちゃんさん》は機械を西湖Mの股間から取り外した。
(アイが芸人クラウドに使用したのもこの旧型。設計図を捨てたのでもう生産できない)
ちんちんは無事である。
「良かったぁ、ちんちんがある」
と西湖Mは安堵する。
でも袋の中のタマタマは無くなっていた。
「玉だけが無くなっているな。良かったな。旧型で。まだチンコは無くしたくなかったろ?」
「ちんちんは無いと困ります」
「ちょっと喉貸せ」
と言って《こうちゃんさん》は西湖Mの喉に何かを当てていた。
これ・・・・似た感覚を体験したことがある。
そうだ。女子高であるS学園に入ることになって悩んでいた時、丸山アイさんと遭遇して、アイさんが僕の喉に手を当てて何かしていた。あの時の感覚に似ている。
「これで声変わりはキャンセルしたぞ」
と《こうちゃんさん》が言った。
西湖Mはおそるおそる声を出す。
「どうかな?」
「あ、女の子の声に戻ってる!」
「良かったな。それに玉は無くなったから、もう声変わりが来ることはない。精液の方も採取できたようだし」
と言って、西湖のちんちんの先から精液採取容器を取り外した。
「まあ、お前も完全な女の子になりたくなったら、いつでも俺を呼べ」
「はい。もしアクアさんが性転換したら僕も性転換して下さい」
「お前のそのアクア依存症はどうにかした方がいいと思うが、その時はそうしてやるよ」
「はい」
「それから、お前、玉が無くなったから、これまでお前の睾丸の男性ホルモンとFの卵巣の女性ホルモンでバランスしてたのが、Fの卵巣の女性ホルモンだけになるから、お前もバストが膨らむぞ」
「そのくらいはいいかな」
「よしよし」
そんなことを言っていた時、《こうちゃんさん》を呼ぶ、龍虎たちの声がある。
「すまん。ちょっと呼ばれてるからまた」
と言って、《こうちゃんさん》はAOMと精液の入った容器を持つとどこかに行ってしまった(つまりAOM内に収納された西湖Mの睾丸も彼が持ち去った)。
これが11月1日の深夜のことだったのである。
「あはは、お前、そんなことで悩んでいたのか?」
と東郷誠一は、深刻な顔をして相談してきた妻の前で大笑いした。
「かなちゃん、そんなことで悩んでたの?ごめんごめん」
と春朗は涙を流しながら、自分は浮気をした覚えは無いと訴えてきた妻に明るく答えた。
「もしかして、はるちゃん、実はAB型じゃなかったとか?」
「AB型だよ」
「だったら」
「僕はシスAB型なんだよ」
「何それ?」
と佳南が訊くので、春朗は説明をした。
「そもそも血液型がA型だというのは、赤血球の表面にA抗原があること、血液型がB型だというのは、赤血球の表面にB抗原があることを言う。AB型の場合は、A抗原とB抗原の両方があり、O型の場合はどちらも無い」
「よく分からない」
「理解してもらえないと説明が進まないんだけどなあ。それで人間は精子と卵子が合体してできているから、血液型の遺伝子の座は精子由来の座と卵子由来の座が1つずつある。それで両方にA因子があるAAはA型になり、片方がAで片方がOになっているAOでもA型になる。B因子も同様」
と言って、春朗はホワイトボードにこういう図を描いた(↓再掲)。
「ほとんどの人の血液型を決めているのはA因子・B因子・O因子の3種類なんだけど、実はもうひとつ、非常に数は少ないんだけどAB因子というのがあって、これは遺伝子の座の片方だけにあっても赤血球表面にA抗原・B抗原の両方を作りAB型の性質を示す。このAB因子を持っている人はもう片方が何の因子であってもAB型になるんだよ」
と言って、春朗は
AB/O →AB型
AB/A →AB型
AB/B →AB型
AB/AB→AB型
と書き加えた。
「ごめーん。私全然分からない」
「困ったなあ。これ君のお母さんにも説明してもらわないといけないのに」
「例えば僕の祖父さんの上田正はO型だけど、祖母さんの上田葉子はAB型。そしてうちの母・京はAB型。
「じゃ、やはりAB型とO型の両親からA型・B型以外が生まれることもあるんだ!」
「シスAB型の場合はね」
「良かったあ」
と佳南は胸をなで下ろした。
実はこの問題は春朗と礼江が2人だけでこそこそと話し合い、こういうことになっていたのだろうと推測していた。↓がその推測図である。
上田葉子がAB/OのAB型だったので、正がOO型であっても京はAB/OでAB型になっていた。そして信幸・信繁はB型だが、BO型だと推定される。それで春朗・礼江はAB/OのAB型であった。そして3人の子供は次のような組合せで生まれたのである。
春朗(AB/O)×真友子(A/B)→稲美(AB/AまたはAB/BでAB型)
春朗(AB/O)×富(B/B or B/O)→月花(B/OでB型)
春朗(AB/O)×佳南(O/O型)→宏文(O/OでO型)
シスAB型というものを知らないと、とっても悩むところであった。
「まあ私はAB/BのAB型の可能性もあるけどね」
と礼江。
「それはお前が子供を産んでみないと分からないな」
と春朗。
「真友子はAB型だから、お前がA型の子供を産んだら確実にAB/O。B型やAB型の子供を産んだ場合はどちらもあり得る。O型はたぶん生まれないけど万一生まれた場合は真友子もシスAB型でAB/O×AB/Oだったことになる」
「あまり産む自信無いなあ」
と礼江は言った。
「え〜?それじゃAB型とO型からA型・B型以外が生まれることあるんだ?」
と貞子は驚いて言った。
「当時正さんは悩んでね。周囲が奥さんは浮気したに違いないと言う中、自分の妻は絶対に不貞などしてないと頑張って。血液型の世界的な権威と言われた東大名誉教授・古畑種基さんに相談した。それで『これはシスAB型である』と鑑定してもらって、奥さんの潔白が証明された」
と東郷誠一は語る。
「でもよく奥さんの潔白を信じたね」
「上田正という人は、愛する人に全てを捧げる男だった。だからあの人は浮気の歌を1曲も書いていない」
「へー!」
「純情とか純愛とか献身とか、そういう歌をひたすら書いているね」
「それはそれで凄い気がする」
と貞子は言った。
しかし京さんが「女は結婚した方が幸せ」と母親の一畑葉子さんから言われていたというのは、葉子さんが夫に深く愛される幸せな結婚をしたからなんだろうなと貞子は思いをはせた。
その日、松田理史はΛΛテレビからЯRテレビへ移動していた。両社はどちらも六本木にあり、距離も1kmちょっとで歩いて15分くらいで行ける(実は赤坂の##放送もわりと近くでΛΛテレビから20-30分で行ける)ので結構歩いて移動するタレントさんが多い。
できるだけ三密は避けているのだが、どうしても人口密度が高いので人が多い。それで歩いている最中に向こうから来た女性とぶつかってしまった。
「すみません」
「ごめんなさい」
と言葉を交わす。あれ?聞いたことのある声だと思った。地面に何か落ちてる。パスポート!?
「君!落としたよ!」
と言ったが彼女は気付かないようだ。
名前で呼びかけないとダメかな?と思い、理史はパスポートを拾うと最初のページを開く。長野龍虎??
「長野さん!」
と声を掛けると、振り返ったのはアクア!?
「あ、松田さん」
と彼女(?)はこちらを見て微笑む。
理史はパスポートのページに目を落とす。性別Fと書いてあるぞ!?
「これ落としたよ」
「きゃー!ありがとう。こんなの落としたら大変だった」
と言って彼女(?)は、パスポートを受けとる。
「あれ?君はもしかしてマクラちゃんとか?」
「うん、よく分かったね」
「もしかしてアクアちゃんと同姓同名?」
アクアの本名は世間的には田代龍虎ということになっているが、実は苗字は長野であることを、彼と長い付き合いである理史は知っている。
「実はそうなのよ。うちの親とアクアの親は一時期お互いに連絡が取れない状態になってたから偶然同じ名前付けちゃったのよね」
「なるほどぉ」
「生まれた場所は違うんだけどね。あの子は神奈川県の町田市、私はペンシルヴェイニヤ州で生まれている。だから実は私は、日本のパスポートとアメリカのパスポートと両方持ってる」
と言って彼女は白頭鷲の紋章の付いたパスポートをバッグから取り出して見せた。
「二重国籍か。でも町田市は神奈川じゃなくて東京都だけど」
「え〜?そうだった?アクアの出生地は神奈川だよって私、随分人に言っちゃった」
「あはは」
「近い内にアメリカに移動するの?」
「うん。憂鬱なんだけどね。向こうに到着したら2週間は自己隔離。家族以外の人と会ってはいけない」
「日本に来た時もそうだったでしょ?」
「そうそう。ホテルに2週間缶詰。大変だったよ」
「ほんとに大変だね!」
「日本には時々来てたの?」
「実はアクアの代役をだいぶやらされていた」
「こんなに似てたら、やらせたくなるだろうね!」
「アクアは実は女の子なのでは?という噂が広がった原因のひとつは私だって気がするよ。私、生理用ナプキンとか使うしさ」
「ああ、それはありがち」
と言ってから、理史は試しに言ってみた。
「良かったら、メールアドレスとか教えてくれない?」
「いいよ」
と彼女は快く応じて、自分のiPhoneを開き、QRコードを表示させた。それを理史は自分のXPeriaで読み取り、確認のためEメールとショートメールを送る。マクラのiPhoneが都度鳴る。Eメールにはワンティスの『紫陽花の心』、ショートメールには同じくワンティスの『疾走』のメロディが鳴った。へー。ワンティスとか好きなのか?と思った。ともかくもこれで彼女のiPhoneに理史のメールアドレスと電話番号が記録される。
「じゃまた会える機会があったら」
「うん。気をつけてね」
「お互いにね」
なお、2人ともマスクで顔が半分隠れていることもあり、2人に気付いた人は居なかったようである。
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