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■夏の日の想い出・龍たちの伝説(11)
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「私はコスモスとこんな話をしたんだよ」
と私は彼女に言った。
「ミラーボールを見たことない人にミラーボールを説明することができるかって?」
「それは難しいね」
「ミラーボールという名前を知らない人でも実際にライブとかに行って、その様(さま)を見たことのある人なら、簡単な説明で『あれか!』と理解してくれる。でも一度も体験したことのない人に、あれを言葉で説明するのは難しいし、youtubeとかの動画を見せたりしてもなかなか感覚がつかめない」
「雪を見たことのない人に雪を説明しても、ピンと来ないみたいだよ」
「そうだろうね!」
と私も同感の思いだった。
「皆既日食とかオーロラも映像だけでは分からない」
「ああ。私も分からないかも」
「部分日食は見たことある人多いけど、部分日食と皆既食って別物だからね」
「経験してる人はそう言うね」
「やはり恋愛、その前に愛情というのも、自分で体験してないと分からないだろうね」
「子供の頃に虐待されて育った女性は自分がいざ子供を産んだ時に、子供にどう接すればいいか分からないという話もあるよね」
「その“負の連鎖”を断ち切るのはなかなか難しいだろうね」
「フェイの子育ては?」
「無理。歌那ちゃんを育ててるのはモニカ」
「なるほどねー」
「歌那をフェイに任せてたら、3日で死ぬよ」
「うちのマリちゃんと同レベルだな」
「あの子は、ぽえむの世界で生きてるからねぇ」
そんなことを話していた時、城崎綾香からアイに電話が入った。
「なんかテーブルの下に設計図みたいなのが落ちてるんだけど、これ捨てていいんだっけ?」
「何の設計図?」
「何枚かあるんだけどね。Asynchronous Oxygen Makerというのは?」
「ああ。それはパソコンに入力済みだから要らない」
「Automatic Onanism Machine type F」
「それは取っといて。こないだちょっと改良したのを反映させてない」
「Automatic Onanism Machine type M」
「それも改良してちんちんが切れちゃう確率を1桁下げたはず。取っといて」
「Analgesic Orchiectomy Machine type M」
「それは捨てていい。改良型のAdvanced Orchiectomy Machine type M を作ったから」
「じゃ捨てちゃうよ〜」
「よろしく〜」
私は彼女が電話を切ってから言った。
「なんか今聞いたのって、全部頭文字が同じ?」
「あ、そういえばそうかも。全部AOMだ。でも機械を見たら分かるよ」
「アイちゃんが見たら分かるだろうね」
その日、放送局でアクアが廊下で休憩しながらドラマの台本を見ていたら、通りがかりに声を掛ける人がある。
「おはようございます、田代さん」
「あ!おはようございます、武野君」
高校の同級生だった武野昭徳である。彼は衣装だろうか、白いタキシードを着ている。
「番組撮影か何かしたの?」
「うん。羽田小牧ちゃんのバックでピアノを弾いたんだよ」
「あの子、可愛いよね!」
「そうそう。ちょっと田代さんのデビューの頃の雰囲気に似てるかも」
「ああ、そうかも」
「あの子にも、ちんちん付いててもいいからお嫁さんになって欲しいってファンレター来るらしい」
「あぁ」
「田代さんも来てたでしょ」
「うん。さすがに最近は来なくなったけど」
「そりゃ田代さんは、ちんちん取っちゃったからね」
「えーっと」
「普通に結婚してというファンレターは多いでしょ?」
「うん。数え切れないくらい来てる」
「僕もお嫁さんに欲しいくらいだなあ」
「そ、そう?」
「そうそう。例のカナダの写真集買っちゃったよ」
「ありがとう!」
「すっごく可愛く撮れてる。なんか妄想しちゃいそうなくらい」
「あはは。サインしてあげたいくらいだけど」
「ああ、だったら持ってくれば良かった」
「じゃ今度どこかで会った時にでも」
10月3-4日にはまた青葉が『作曲家アルバム』の収録で東京に出て来た。いつも彼女は自分の車(March Nismo S)を自分で運転して出て来ていたのだが、今回は(北陸)新幹線で来るというので驚いた。
「感染予防は、いいの?」
「実は桃香姉が子供2人を連れて埼玉に出てくるんですよ。それでその付き添いを兼ねて私も新幹線を使うことにしたんです」
「こちらに移動するんだ?」
「実はGo To を使いたいらしいです」
「あぁ」
「旅行したらお金もらえるなら、旅行しなきゃ損だと言って」
「桃香らしい!」
「で、ついでにそのまま浦和のマンションに子供と一緒に居座ろうと」
「なるほどー」
「私もですけど、桃姉も、早月ちゃん・由美ちゃんも、千里姉の“ワクチン”を接種してもらっているから、比較的感染しにくいとは思うんですけど、桃香姉はわりと適当なので、私が東京に行くなら、早月たちが心配だから、道中だけでも付き添ってあげられない?と母から言われたのもあって」
「例のワクチン、早月ちゃんたちにも接種したんだ!」
「桃香姉がこの子たちにも打ってあげてというから、千里姉も『まあいいか』とか言って接種してました」
「まあ3月よりは安全性が高まっているかもね」
「みたいです」
青葉は3月に“人間での治験第1号”となるワクチン接種を受けているが7月には「そろそろ3月のワクチンの有効期間が切れるから」と言われて再度接種したらしい。彼女の所属するテレビ局では、8月に局内で2名のコロナ陽性者が出て、番組収録中止などの大騒ぎになっているが、ワクチンのおかげで?青葉は陽性になった人たちと濃厚接触していたにもかかわらず無事であった。
今回取材したのは、元トラピカルの八住純さんと、元ドリームボーイズの蔵田さん!であった。
トラピカルは1990年代に活躍したバンドで、2006年に解散している。このバンドのボーカルがMURASAKIで、彼は解散後、前川優作の事実上の個人事務所であった∴∴ミュージックに移籍。同事務所の二大スターとなった。その時代にあの事務所の礎(いしずえ)は築かれたのである。そのトラピカルのリーダーだったのが八住さんで、解散後は作曲と若手ミュージシャンのプロデュースなどを手がけており、いくつかのバンドを世に出している。
今回ラピスラズリの歌唱に指定されたのは、八住さんがトラピカル解散後最初に売り出したバンド、カレーブレッドのデビュー曲『チキンカレーの歌』であった。もっとも八住さんがカレーブレッドに関わったのは実はこの曲だけで、その後、八住さん自身が子宮筋腫(本人談:子宮があるようには見えないが)で入院してしまったため、雨宮先生のグループがプロデュースを引き継いでいる。
八住さんは今回の収録で訪れると、女性用の訪問着を着て出て来られた。実はラピスにも和装でという指定があったので、2人には付下げの和服を着せて連れて行っている。私と青葉も小紋の和服を着て行った。
八住さんのヴィジュアルを見て、東雲はるこが混乱していたが、町田朱美は想定範囲内だったようで、八住さんの性別問題には何も触れずに
「素敵なお召し物ですね。京友禅ですか?」
などと言って、しばし和服論議になった。
(八住さんの性別には一切触れなかったので、放送を見て、八住さんは女性作曲家と思った人もかなりあったようである。ただし八住さんは普通に男声で話している)
八住さんはラピスの歌唱を聴いて「君たち、うまいねー」と感心していたが「でもロックの魂が足りない」と言って、女性ロックボーカリストが歌唱しているCDを何枚か聴かせる。そして幾つか注意点も挙げた。それで2人はやってみるが、それにまた注意する、といったやりとりが1時間ほどあり、確かにラピスの歌唱は進化した。元々、東雲はるこは正統派歌手なので、ロックはやや苦手だったようだが、ちゃんとロックボーカルに聞こえる歌になった(このテイクを放送では流す)。そして例によって
「良かったら君たちのアルバムにでも」
と言われてしまう。『懐メロ Vol.2』の制作決定!である。
(“営業的方針”からアルバム収録の際には町田朱美にメインボーカルを取らせた)
インタビューではトラピカル時代のエピソードなども入れ、
「既存の自分を破壊するのがロックだ」
と持論を述べられ、特に町田朱美が大いに感銘していたようであった。
蔵田さんの家の訪問は私は気が重かったのだが、行ってみると、蔵田さんが女装して、奥さんの樹梨菜さんが男装している。それを見て町田朱美は
「おはようございます、蔵田先生、永田晃子さん」
と言っちゃった(これはこのまま放送された!)。
蔵田さんが女装すると、実は女優の永田晃子にわりと似るのである。そのため、永田晃子は2016年に『10日間の少女戦争』の好演で注目された時、蔵田さんの姪か何か、あるいは隠し子ではなどと随分噂された。蔵田さんの実年齢は45歳だが、女装するとまだ30歳前後に見える。永田晃子の方は22歳だが、落ち着いた演技をするのでしばしば27-28歳と思われている。
実際、町田朱美は、男性の姿をしている樹梨菜の方を蔵田孝治と思い込み、蔵田さん本人を、その永田晃子と思い込んでしまったようだ(さすがの朱美も2012年に解散したドリームボーイズのビジュアルは知らなかったようだ)。
「いや、こちらは女装した蔵田さん、こちらは奥さん」
と私が説明すると
「ごめんなさい!そうか。蔵田先生は男の方が好きだったんでしたね。だから男性と結婚なさったんでしたっけ」
と町田朱美。
「いや、こちらは奥さんの樹梨菜さんの男装」
と私は重ねて説明する。
「ごめんなさい!!」
と朱美は穴があったら逃げ込みたいような表情をしている。
「いやいいよ。僕はよく、ドリームボーイズのバックダンサーの中の黒一点と言われていたし」
と樹梨菜は言っている。
そういう訳で今回の収録は、性別が怪しい人の取材が続いたのであった。
蔵田さんが、ドリームボーイズ時代のあんなことやこんなことを言って、私の昔の“実態”をバラすので、私は参ったのだが、東雲はるこが物凄く面白がっていた。
「ステージに遅れた歌手さんが来るまでステージもたせるために歌うのに、その人より上手い歌唱する訳にはいかないからと、わざと音を2度ずらして歌うとか凄いですね」
「物凄い音感を持ってる洋子(私のこと)だからできたことだと思う。でもたぶん朱美ちゃんにもできる」
と蔵田さんは言っていた。
(努力家の朱美はきっと後で練習してみるだろう)
今回ラピスラズリに歌わせたのは、松原珠妃が歌って大ヒットし、彼女が一発屋の汚名を返上することになった『鯛焼きガール』なのだが、実はこの歌は東郷誠一さんの手で修正されており、今回その修正前の原曲である『愛のドテ焼き』を歌うことになったのである。この譜面は蔵田さんも持っていなかったのだが、私が持っていたので、それを提供して歌わせた。練習の時、町田朱美が物凄く面白がっていた。15年目にしての本邦初公開となる。樹梨菜は呆れていたものの、蔵田さんは
「いい、いい!君たちが男の子デュオだったら、僕がプロデュースしたいくらいだ」
などと喜んでいた。
(蔵田さんははるこが元男の娘であることに気付かなかったようである)
当然この曲も『愛のドテ焼き』の状態でラピスラズリの次のアルバムに収録しようということになった(実際にはシングルに収録される)。
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