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■春影(12)
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川渡りの所から続きをやる。川に渡した2本の丸太の上をひとりずつ燈籠を持って渡っていく。話を聞いて多数の見物人まで来ているし、数は少ないものの出店まで出ている。話を通していた警察も多数の警官を出して警戒に当たってくれている。青葉は良い傾向だと思った。賑やかになった方がより大きく成功する。
川渡りの後、広場に置かれた大松明の周囲を回る。これは祭で使うのと同じ仕様の松明を作ってもらった(間に合わせてくれた職人さんに感謝)が、これだけで費用は10万円掛かっている。この後、祭太鼓を奉納してから2日目の行事に入る。町内にある5つの神社を燈籠の列が巡回する。彪志はけっこうへばっていたが、頑張ってと激励する。
海渡りの行事が行われる。本当は燈籠を乗せた舁山を海に浮かべて沖の小島まで引いて往復するのだが、宮司と青葉の話し合いで、燈籠は2隻の漁船に分けて乗せ、若者頭たちは単純に泳いで往復すれば良いということにした。
「沖の小島までは往復160mほどあります。ここで死亡事故が起きたらたいへん困りますので、泳ぐ自信の無い方は遠慮無く言ってください。一時的な継承の儀式をします」
とB神社の宮司が言う。3人ほどここで交替した。彪志はむろん泳げるのでそのまま参加する。
5年前はここで事故が起きて1人死亡している。
1時間ほど掛けて、この海渡りの行事が行われた。
交替した3人から元の若者頭に再継承の儀式をした上で、祭の続きが行われる。燈籠は町のメインストリートを木遣り歌を歌いながら練り歩き、やがてC神社に集結。神社前に積み上げられた落ち葉に火が点けられ、その回りを何度も回る。そして1つずつ神社の社殿の中に入って燈籠を収め火を消した。
最後に3人の宮司が一緒にこの祭のラストで使われる特別な祝詞を唱えて“祭の続き”は終了した。
大勢の見物客から大きな拍手が送られた。
そしてこの日を境に、幽霊バイクは一切姿を現さなくなったのである。
ただし町民達には非公開ではあるが、実際には“祭の続き”が終わった後の深夜、3人の宮司、荒木さん、祭礼委員長の宮下さん、恵子さん、飛鳥(恵子の付添人)、青葉と彪志(実は若者頭の代表代行)の9人だけが灯籠の並んだC神社の神殿に集まり、燈籠に再度灯りを点けた上で、青葉が用意した特別な祝詞(立山で頂いたもの)をB神社の宮司が代表して奏上した。むろん青葉はその祝詞の“原本”をここに持ち込んでいる。
(C神社には神職は常駐しておらずB神社の宮司がここの宮司も兼任している)
祝詞が終わった時、15分ほどにわたって、町中から何かが物凄い勢いでこの神社に集まってきて、全てが神殿奥に帰って行ったような感覚があった。途中何度かバイクのエンジン音も聞こえた。
荒木さんや飛鳥などは呆気にとられていたが、プロである宮司3人も驚くような顔をしていた。
それで宮司たちも荒木さんも「全てが終わった」ことを確信したのである。
2016年11月25日(金)。
桃香は妊娠したので産休が欲しいと課長に申請書を提出したのだが、結婚もしていない桃香がいきなり産休の申請というので課長は驚き、
「結婚するの?」
と尋ねる。しかし桃香は
「いえ。ひとりで産みます。シングルマザーになる予定です」
と言った。
「なぜシングルマザー?相手とは不倫か何か?」
と課長は桃香のことを心配して尋ねたのだが、桃香は
「そんなこと答える必要はないと思います」
と言った。
そして・・・ふたりの話し合いはいつの間にか口論になってしまい、それを停めようとした係長が桃香に殴られる事態となる!
それで桃香はこれまでこの会社に入って以来の不満を全部ぶちまけてしまう。するとさすがに怒っている課長は「そんなにうちが嫌なのなら、もう会社に永久に出てこなくてもいい」と言ってしまう。すると桃香は「分かりました。辞めます」と言って、その場でPPC用紙にボールペンで退職届を殴り書きすると、社員証と一緒に課長に投げつけ、荷物をまとめて退出してしまったのである。
女性の先輩社員が心配して寄ってきて
「高園さん、私も一緒に課長に謝ってあげるから考え直して」
と言ったが、
「すみません。もう我慢の限界です」
と言って、先輩には申し訳無いと言い、そのまま会社を出た。
会社を出て、とりあえず近くのカフェに入ってから、さすがに短気すぎたかなと少し後悔する。事務の女性から電話が掛かってきて、退職金は規定通り計算して数日以内に振り込むと言われた。
桃香はそこでコーヒーを一杯飲んだ後、外に出て千里に電話をした。しかしつながらない。
実はこの日、千里は試合があるので、携帯の電源は切っておいたのである。
千里に話せないと、心の中で色々なものが湧き上がってきては桃香の頭を混乱に陥れる。それで誰かに話したいと思い、桃香は冬子のマンションを訪れた。
するとちょうど冬子の彼氏で弁護士志望の木原正望が来ていた。桃香が産休を申請したらクビになったと話すと、それは何とか法違反だとか言って詳しい話を聞きたがった。
それで桃香は話していたが、話している内に、やはりこれは自分が悪かったかもと思い始める。それで正望が「自分はまだ弁護士になっていないけど、誰か先輩の弁護士でも紹介しようか?」というのを断った。
そして結局夜中過ぎまで、冬子のマンションで(ノンアルコールの)お酒を飲みながら、正望や政子にこれまでの不満を語って過ごすことになった。しかし正望や政子がずっと話を聞いてくれたことで、桃香の気持ちは随分落ち着いたのである。
桃香が夜中過ぎにアパートに帰ると、試合を終えて帰宅していた千里から「妊婦が夜中すぎまで出歩くなんて」と叱られる。
そこであらためて産休届けを出そうとした所から口論になって結局会社を退職したことを言う。
「まあ、結果的には赤ちゃんが2〜3歳になるまでずっと付いていられることになったんじゃない?」
と千里は言った。
「そうかも。でもお金どうしよう?」
「桃香。とりあえずこのアパートの家賃、電気、水道、ガス、NTT、それに桃香の携帯の料金を全部私の口座から支払うようにしよう」
「すまーん!」
11月26日(土)に、青葉は高岡市内のファミレスで川尻さんと会った。
「あの時、みんながかばってくれたんですが、実は月光仮面のバイクの絵を描いたのは僕なんです」
と彼は告白した。
「あの時のみなさんの視線で分かりましたけど、誰が描いたものでも別に問題は無いと判断しましたから、私は追及しませんでしたよ」
と青葉は笑顔で言う。
「僕はホンダのバイクが好きで、若い頃はモンキー(50cc)に乗ってて、最近はエイプ(125cc)に乗っているんですよ」
「シッポのある猿からシッポの無い猿に進化したんですね」
「そうなんです!」
「それで自分には遠い夢だけど、いつかはナナハンに乗りたいと思ってて。それでつい月光仮面のバイクをシャドウ風に描いてしまったんですよね。だから実は繰影さんから幽霊のバイクがシャドウ・ファントムだったと聞いた瞬間、まさかあの絵が夜な夜な燈籠から飛び出して・・・とか思ってたんです」
「それは人に言ったりしたら、色々よくないことがあるから、川尻さんの心の中にしまっておけばいいと思います。飛鳥さんも辻口さんも何も言いませんよ」
「ええ。彼らはきっと何も言わないでしょうね」
「言うのなら、私が訊いた時に話してましたよ」
「そうですよね」
「だから川尻さんは来年以降も素敵な絵を描いてください。それが町へのご奉仕ですよ」
「はい」
と言って、川尻さんは泣いていた。
「ちなみに5年前にヤマトタケルの絵を描いたのは穴川(隆守)さんでしょ?」
「どうしてそれを!?」
「私は川尻さんをちょっと心配していたんです。5年前に異変を引き起こした絵を描いた穴川さんが、今回の祭で亡くなった。まさか自分も5年後にとか、考えたりしないだろうかと」
川尻さんはたっぷり5分くらい悩んでいた。そして言った。
「実は恐れていました」
「穴川さんが亡くなったのは偶然です。5年前の事件は関係ありません」
「ほんとうですか?」
「私が言葉で言っただけでは不安だろうからと思って、これを用意しておきました」
と言って、青葉は用意しておいたお守りを出した。
「これを差し上げます。高野山★★院で制作した、市販もしていない特製のお守りですから、強烈ですよ」
「頂きます」
と言ってから、川尻さんは
「あのぉ、このお代は」
と訊いたので、青葉は
「お気持ちで」
と笑顔で言った。
「今お持ちの二輪免許は小型限定ですか?」
と青葉は訊いた。
「そうなんです」
「でしたら、限定解除、いや、いっそ大型免許をお取りになったら?そして本当にシャドウを買うんですよ」
と青葉は提案した。
川尻さんは少し考えていたが、やがて言った。
「教習所に通ってみます」
青葉は笑顔で頷いた。
青葉は、金沢在住の月見里折江(玉梨乙子)に呼び出された。
実は高岡市内の居酒屋で、川尻との面会直後に会った。
「今日はお店は?」
「チーママのアキナ(後の桜クララ)に任せて出てきた」
「あの人がチーママになったんですか?」
「うまくみんなでおだてた」
「あぁ、乗せられやすそうな性格だと思いました」
「うふふ」
「それで単刀直入に言うんだけど」
と折江は言った。
「はい?」
「川上さん、お金持ちだよね?」
「お金持ちというほどではありませんが、少しはゆとりのある暮らし
をしているかなと思います」
「だったら、頼みがあるんだけどさ」
「何でしょう?」
「隆守の遺品のバイク、あんたが買ってあげてくれない?」
「へ?」
隆守の長女が今年大学受験することを折江は説明する。受験にあたって実は2月中に150万ほどの資金が必要であるという。奨学金は申請しているものの受け取れるのは4月以降である。
隆守の死亡時には、危険行為であったという理由で保険会社の死亡保険金は降りなかった。町内会が掛けていた祭の保険から見舞金として20万円出ただけである。また退職金は、小さな会社だけあって30万円しか出なかった。
それで絶対的に資金が足りないというのである。
「大学の授業料はおそらく全免になると思う。でも入学金とかは払わなければならない。それで、恵子さんは夫の遺品で思い出の品だから手放したくないんだけど Yamaha FJR1300AS を売ろうとした。しかし8年前のモデルで距離も50,000kmを越えていることで査定が低くて、最も高い査定をした所でも35万円と言われた」
「それを私に高価に買い取ってくれないかと?」
「あんたあの町を救ったけど、ついでに隆守の娘さんも救ってくれない?私も融資できたらいいんだけど、お店を買い取って店の内装とかにも大量資金を投入した所でお金が無くてさ。飛鳥は売れない漫画描きでいつも金に困っているみたいだし」
「・・・飛鳥さんの漫画あまり売れてないんですか?」
「だと思うよ。売れてたら東京の世田谷区あたりに豪邸建ててるって。こんな田舎に引っ込んでいるところで察してあげなよ。あいつは実際には、畑耕しているのと電話占いのバイトで暮らしているみたいだよ」
どうも折江も実際の飛鳥の収入を把握している訳ではないようだ。実際はどうなんだろうと思った。
「いや、売れている作家で田舎暮らしの人もおられますが」
と青葉は取り敢えず言っておく。
「でもバイク買い取ってもいいですよ」
と青葉は笑顔で言った。
「いくらで買い取って欲しいですか?定価はいくらでしたっけ?」
「定価は税込み1,659,000円だった。でも8年経っているからさ。半額の829,500円くらいであんたが買ってくれたら、恵子さん物凄く助かる」
「恵子さんというより、娘さんですよね?」
「うん。そう」
「だったら100万円で買い取りましょうか」
「偉い!あんたは男だ!」
「私女なんですけど」
「そうだった。女だった!ごめん。うちのお店の名誉オカマ証あげようか?」
「とりあえずパスで」
それで青葉は翌日、自分のアクアに折江を乗せてN市H地区に行き、穴川宅を訪問した。そして恵子さんと、バイク買取りの交渉をする。
「そんな凄いお値段で買ってもらっていいんですか?」
と恵子は驚いた顔で言う。
「私も大型免許は春くらいに取るつもりなんで、それまでは乗れませんけどね」
と青葉。
「車検は今年の3月に通したばかりだったから、まだ余裕があるよ。でも実際に乗り始める前に私に言ってよ。その時点できちんと私が費用持ってオーバーホールさせるから」
と折江は言う(実際には折江と飛鳥が費用を折半したようである)。
青葉はその場で現金で100万円渡すつもりだったが、きちんと記録に残した方がいいと折江が言ったので、結局ネットから恵子の口座に100万円振り込んだ。
この日の帰りは、折江がFJR1300ASを運転し、青葉のアクアの後を走って、高岡市内の青葉の自宅まで戻った。折江は電車乗り継ぎで金沢に帰還する。
なお、所有者移転の手続きも折江が代行し、売買契約書、自賠責保険証、名義を書き換えた車検証、新しいナンバープレートなどは翌月上旬までに全て揃えて青葉の所に持って来てくれた。ナンバープレートも折江が取り付けてくれた。
朋子は悲鳴を上げた。
「何なの〜?この巨大なバイクは!?」
「ごめーん。成り行きで買い取ることになった」
「買い取るって幾らで」
「100万円」
「え〜〜〜!?でもあんた、こんな大きなバイクには乗れないでしょ?」
「春くらいに大型二輪の免許取りに行くけど、それまでは乗れない」
「うーん・・・・」
と言って、朋子は腕を組んで悩みながら、青葉の言い訳じみた説明を聞いていた。
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春影(12)