[携帯Top] [文字サイズ]
■春影(4)
[*
前p 0
目次 #
次p]
青葉の所を訪問してきたのは、N市H地区の町内会連合委員長で荒木さんという人と、当地区で小学校の教師をしている東山さんということであった。荒木さんは65-66歳、東山さんは50歳くらいである。
「こちらはJ市K地区の消防署長さんから話を聞きまして。向こうの妖怪騒ぎをピタリと押さえ込んでくださった先生というので、ぜひうちの町でもお願いできないかと思いまして」
と東山さんは言った。
「取り敢えずお話は聞きますが、何らかの効果が得られるかどうかは保証できませんよ」
と青葉は最初に断っておく。
「実はこれまで3人の霊能者さんに頼んだのですが、全く効果が無くて」
と荒木さん。
「こういうのは相性がありますから、その人の能力とは関係無く効果のあるなしがあるんですよ」
と青葉。
さすがに世の中で霊能者を自称している人の9割以上は本人に霊的な力があると思い込んでいるだけの勘違い、などとは言えない。中にはむしろ有害な人さえある。青葉は既に3人入っていると聞き、その人たちが「変なこと」してなければいいけどなと思った。変なことがされている場合は、千里姉か菊枝さんあるいは瞬法さんあたりにご足労頂く必要が出る可能性もある。それも現場で確認してからだ。
「それでどういう怪異なのでしょう?」
「私たちは『幽霊バイク』と呼んでいます」
「バイクですか・・・」
怪異は半年くらい前から始まったという。時間は日暮れの後から明け方に掛けてで、昼間の出現例は今の所確認できていないらしい。
「とにかく、あり得ない場所から突然バイクが飛び出してきて猛スピードで走り去るんですよ。崖しかない所からとか、建物の壁からとか。それで遭遇した人はみんな急ブレーキとか急ハンドルで回避しているのですが、先日とうとう怪我した人が出まして」
「どのような状況ですか?」
「本人も発進して道路に出ようとしていた所をバイクに驚いて急ハンドルしたものだから、道路から逸脱して3mほど斜面を滑り落ちまして、全治1ヶ月です」
「重傷ですね!」
「まあ単純な怪我で命とかには別状は無かったのですが。本人は車を全損にしたのが痛いなどと言っています」
「自損事故扱いになるんですかね」
「そうなんですよ。相手が幽霊では向こうの保険を使うことができないし。せめて相手が人間で無保険車とかであれば、ノーカウント事故として処理できるのですが、幽霊では、保険会社としてはふつうの自損事故にせざるを得ないと言われたということでした」
「まあ保険会社としては幽霊には請求できないし」
「そうなんですよ」
「どのくらいの頻度で怪異は起きているんですか?」
「以前別の先生にお願いした時にこちらでまとめたのですが、5月から9月までの5ヶ月間に、町内会や学校で把握した範囲で123件発生しています」
「ほぼ毎日じゃないですか!」
「こちらで把握してないものまで入れると多分1日1件以上起きていると思います」
「それは多分そうだと思いますよ」
「発生した場所とかは分かりますか?」
「それもまとめてあります」
と言って報告書を見せてくれた。これは9月までの事件のまとめらしい。発生場所は様々であるが、町内を通っている国道の周辺が圧倒的に多いようである。旧国道でもある、市道の沿線でもわりと起きている。
「この中の事例97としてこちらに報告があるのですが」
と言って、町内会長さんが見せてくれる。
「この事件では遭遇した人がバイクだったので、この幽霊バイクを追尾したんですよ」
「危険ですよ」
「私もその子には注意しました。しかし追尾は数分続いて、結局このGS横の通路に突っ込んで消えたそうです」
「消えたというと?」
「この通路の端はコンクリートを吹き付けた崖になっているのですよ。その崖の中に突っ込んで行ったそうです」
「それよく追尾側は停まれましたね」
「結構危なかったと言ってました。ギリギリで停止して激突は避けられたそうです」
「やはりそういうのもあって危険なんですよ」
「はい。それで私たちも彼女には注意しました」
「女性ですか!」
「ええ。女性・・・と言っていいのかな」
「は?」
「いえ。女性だと思います。彼女は大型のバイクの持ち主で、走行技術とかにもかなりの自信があったので追尾したんでしょうね。ふつうの人は幽霊の後を追いかけるとか、思いも寄らないです」
「ええ。できるだけ関わらないようにした方がいいですよ。そういう妖怪の類いって、とんでもないしっぺ返ししてくることもありますから。その壁に激突しそうになったのも、向こうは多分わざとやってますよ」
「ああ、ありそうだ」
その日は休日だったので、一緒に取り敢えず現地に入ってみた。ふたりの車に同乗して現地に入る。
「ここが例のガソリンスタンドです。そこが幽霊が消えた崖ですが、ここから飛び出してきたことも何度もあるんですよ」
青葉は実際に崖のそばに寄り、壁面を触ったりもした。地面のタイヤ跡なども確認する。単車が急ブレーキを掛けた跡があるが、それが8月の大型バイクで追尾した人のものであろう。見ると壁面から5cmくらいの所で停止している。ほんとにギリギリだったようだ。
その後、ほぼ最初の事件になる、事例1に遭遇した川尻さんという50代の男性に話を聞いた。この事例もこのGS横の通路から飛び出してきたものらしい。更にその後、例の幽霊を追尾した40代の女性に会った。
「こちら繰影(くりかげ)さんといって、絵が上手いので、祭の燈籠に絵を描いたりしてもらっているんですよ」
と町内会長さんから紹介される。
「こんにちは。繰影と申します。よろしくお願いします」
ああ・・・・「女性だと思います」というのは、そういう意味だったのかと青葉は納得した。彼女はバリトンボイスで挨拶したが、むろん青葉は顔色ひとつ変えずに
「こんにちは。川上と申します。よろしくお願いします」
と笑顔で返事した。
「でもお若い方なんですね」
と彼女はニコニコした笑顔で語りかけてくる。
「お若い方」と言われたぞと内心喜んでいたら、衝撃の一撃をくらう。
「30歳くらいの方かな。凄腕の霊能者というので、私、てっきり50-60代の方を想像してしまった」
などと言っている。
30歳〜!?
でも青葉はそういうのにはめげず
「物心付いた頃から、曾祖母について色々な現場を見てきたので」
と答える。
「ああ。ひいおばあさんが、霊能者さんだったのね?」
「ええ。そうなんですよ」
実際に幽霊を追尾したルートを見てもらった方がいいかもというので、彼女のバイクに同乗させてもらうことにする。
「格好良いバイクですね!隼ですか!」
「ええ。これ国内正規販売が始まる前に買った逆輸入物なんですよ」
「すごーい」
スズキのGSX1300R“隼”。ギネスブックに世界最高速度のバイクとして記載されているパワフルなマシンである。雑誌のテストで333.95km/hというとんでもない速度を叩きだしている(市販車は300km/hでリミッターが掛かる)車の前部側面に大きく漢字で「隼」の文字が描かれている(海外仕様も同じ)。黒と金色のツートンカラーが、また格好良い。
青葉は荷物は地図と筆記具をリュックに入れる以外は彼女の家に置かせてもらい、同乗者用のヘルメットと軍手を借り、髪は服の中に入れてしまう。そして彼女の後ろに乗り、まずは幽霊との遭遇ポイントまで行った。
「そこの倉庫の壁から飛び出して来たんですよ。びっくりしてハンドル切って衝突回避しましたが。こんにゃろと思ったから、謝らせようと思って追いかけたんですよ」
「なるほど、その時点では幽霊とは思っておられなかったんですね」
「そうそう。崖の中に消えてから、まさか今の・・・と思った」
この倉庫の壁はコピーしてきた出現場所マップでは、よく出没するポイントのひとつのようである。
「ここは何の倉庫なのでしょう?」
「網の倉庫ですよ。定置網をシーズン外の時期に置いておくんですが、ほかにも色々漁具を置いているようですけどね。私は漁業関係者ではないので、何度かしか入ったことないですが」
「この倉庫はこちら側には出入口は無いんですね」
「そうそう。この向こう側の道の方の大きな扉が開閉するようになっているんですよ。だからこちら側から出没できる訳無いんですよね」
「ところで先生もバイクに乗られるんですね?」
と繰影さんが言った。
「はい、今、練習中なんですよ。でもなぜ分かりました?」
「カーブとかでちゃんと体重移動なさるから。凄く運転しやすかったですよ」
「どちらに曲がるかは線形とかウィンカーとかで分かるし、それに合わせただけですよ」
「いや、それがバイク乗らない人には分からないんですよ。最悪、こちらの体重移動と逆に身体を傾ける人もいるから、凄く大変」
「それは危険ですよ!」
「うん。危険ということが分からず、むしろ身体が傾くのを怖がって反射的に抵抗しちゃうんですよね」
「なるほど〜」
「でも先生は何に乗っておられるんですか?」
「今乗っているのはヤマハのYZF-R25なんですよ。春くらいに大型免許取りたいと思って。ひたすら250ccで練習してます。毎晩50kmくらい走っているかな」
「750ccとかで練習すればいいのに」
「今持ってる免許では運転できません!」
ふたりはそこから当日彼女が追尾したルート通りに走り、最後はさっきも来たGSの所まで行った。
「その通路奥の崖に中に消えて行ったんですよ。夜中だし、こちらも少し頭に血が上ってたから、最初そこが崖とは思わなくて、でも何か違和感感じて危ない!と思う前に身体が反応してブレーキ掛けてました。少しでも遅れたら死んでて、私のほうが幽霊ライダーになっていたと思う」
ジョークを言う程度の余裕はあるようである。
「そういう時って、危険を脳が意識する前に、先に身体を動かす指令が出るんでしょうね」
「うん。こういう感覚が働かないとレーサーとかにはなれないと思いますよ。私はレースとかはしないけど、あの人達の反応速度は、脳が意識してからでは間に合ってないと思うんですよね」
「なるほどですね」
「繰影さんが追尾したバイクですが、型式とかは分かります?」
「そうそう。それお伝えするの忘れてた。あれはホンダのシャドウ750ファントムでした」
「ファントム!?」
「真っ黒いバイクですよ。でもまさに幽霊ですね」
と言って、彼女は笑っていた。
「あ、そうだ。もしよろしかったら電話番号かメールアドレスとか教えて頂けませんか?」
「あ、いいですよ。交換しましょう」
と言って、赤外線でお互いのデータを交換する。
「へー。川上青葉・かわかみあおばさん。5月くらいのお生まれですか?」
「そうなんですよ。5月22日です。
「そちらは繰影飛鳥、くりかげあすかさんですか」
「ええ。それは本名なんですが、本名の先頭と末尾から繰鳥にして、漢字を変えて『栗取子』と書き『くりとりす』と読ませるペンネームで、実は女性向けのアダルト漫画を書いているんですよ」
「へー!面白いですね」
と青葉が言うと
「先生の反応が面白い」
と彼女は言う。
「変ですか?」
「たいていの人はアダルト漫画と聞くと、顔をしかめる」
「たくさんの人がお世話になっていると思いますが」
「まあそうなんですけどね。先生も読まれます?」
「母から禁止されています」
「・・・・まさか未成年ってことは・・・」
「はい、19歳です」
「うっそー!?」
と彼女はマジで驚いていた。
[*
前p 0
目次 #
次p]
春影(4)