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■春影(2)
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阿倍子が立花と10年ちょっとぶりに再会する数日前、阿倍子は唐突に思いついて京平に言った。
「京平、スカート穿きたかったら買ってあげようか?」
その日は阿倍子が自分用の服を買いに来ていたのだが、京平がじーっとスカートの所を見つめていたのである。
「え〜?どうしようかなあ」
などと京平は迷っている。迷っているというのは、やはりスカートに興味があるようである。
「別におちんちん取らなくてもいいよ」
と阿倍子は言った。
どうも京平は、千里さんからスカート穿いてもいいけど、スカートは女の子の服だから、おちんちん取って女の子にならないといけない、などと脅されているような気がするのである。千里さんも冗談で言ったのだろうが、子供はその手の冗談をけっこう真に受ける。
「ほんとに取らなくていい?」
「うん」
「じゃ、穿こうかなあ」
「よしよし」
それで阿倍子はガールズの服を売っている所に連れていく。あまりこの付近には連れてきていないので、京平はキョロキョロしている。
「京平は80サイズでは小さいだろうなあ。90サイズだろうなあ」
と言って、いくつかあまり“女の子女の子”していない、ユニセックスっぽいデザインのスカートを選んでみた。
「試着してみる?」
「うん」
それで試着室に連れて行き、今穿いているズボンを脱がせて、スカートを穿かせてみた。
「うーん・・・・」
と阿倍子はうなる。なんでこの子、こんなにスカートが似合うのよ!?
「似合ってるよ。可愛いよ」
「そう?」
と言って京平は自分の姿を鏡に映してみている。
「じゃ、これとこれと買って帰ろうか?」
「うん!」
と京平は嬉しそうに答えた。
「それともこれ穿いておうちまで帰る?」
「あ、それもいいかなあ」
ということで阿倍子はそのスカート2着を買った上で、タグを切ってもらい、お店の人に言って試着室を借りて、スカートを穿かせた。
それでその日はスカート姿でおうちまで帰ることにした。
Wリーグの通常シーズン。出だしをサンドベージュに2連敗してしまった千里たちのレッドインパルスだが、その後は順調に白星を重ねていった。
10.14,16 ハイプレッシャーズ 60-85, 50-81 結城市,横須賀市
10.22,23 フリューゲルロースト 51-70,58-76 大田区
10.29,30 シグナススクイレル 54-85,63-82 上越市
11.04-05 ステラ・ストラダ 64-87,64-82 川崎市
そして11月12-13日には大分県でブリリアント・バニーズとの2連戦が予定されていた。
11.12(土) 14:00 ダイハツ九州アリーナ(中津市)
11.13(日) 14:00 コンパルホール(大分市)
千里は懐かしい思いがした。2008年の国体で、千里たち少年女子は中津市のダイハツ九州アリーナで戦った。また貴司たち成年男子は大分市でコンパルホールや新日鐵体育館など5つの会場で試合が行われた。あの優勝した時の感動が脳裏に蘇る。
この日千里は朝、新横浜駅に集まり、他のレッドインパルスのメンバーと一緒に新幹線に乗った。ところが新大阪駅を過ぎた所で乗ってきた客の姿を見て千里はギョッとする。
向こうから声を掛けてきた。
「おかあちゃん!」
「京平!?」
隣に座っていた渡辺純子も京平の姿を認めて
「京平ちゃん、久しぶり〜」
と言う。
「あ、じゅんこ・おねえちゃんだ」
と京平。ちなみに京平は最初の頃「じゅんこおばちゃん」と言って、「おねえちゃんと言わなかったら、ちんちん取るぞと言われている。
「そうか。やっと生まれたんだね?」
と純子が言う。
「うん、きょねん、うまれたんだよ」
と京平。
「大きくなって強いバスケット選手になれよ」
「うん、ぼくがんばる」
この2人の会話内容は、千里・貴司以外には理解不能だろう。
前の席に座っていた黒木不二子は京平は知らないものの、京平を連れている貴司は知っているので会釈をしている。貴司も見覚えがあったようで会釈を交わしている。
「貴司、どこ行くの?」
「従兄の結婚式で福岡県の福津市というところ。みやじごく神社とかいう所で結婚式があるんだよ」
「みやじごく(宮地獄)じゃなくてみやじだけ(宮地嶽)神社ね」
「え?そうなの!?」
「漢字が似てるから、時々誤読する人がいる。なんか怖い神社かと思っていたとか言って」
「怖い所?」
「ううん。とっても優しい神様だよ」
「へー」
「神社創建の話は勇ましいんだけどね。商売繁盛の神様としてわりと有名」
「ほほお」
「福津市へは日帰り?」
「いや、今日は取り敢えず博多に泊まって式は明日。明日の夕方の新幹線で大阪に戻る」
「なるほどー」
その時、不二子が言った。
「千里さん、立ち話してると京平ちゃんきついし、貴司さんのほうの席に移動して向こうで話したら?」
不二子はおそらく千里が“不倫相手”の貴司と話している所を長時間人目に曝さないほうがいいと配慮してくれたんだろうと千里は思った。
「ああ、そうしようかな。貴司は何号車?」
「いや、席を取ってなくて自由席なんだけど」
「今日はあまり混んでないみたいだからどこか空いてるだろうね」
それで千里はキャプテンの広川妙子の席に行き、友人と会ったので小倉までその友人と一緒の席にいていいかと尋ねた。
「まあ不倫報道されないようにね」
「大丈夫です。不倫はしてませんから。それに最近は奥さんとも仲良くしてるんですよ」
「分かった分かった。あと小倉で降り忘れないように」
「はい、それは確実に」
「あと今日の試合では25点以上取ること」
「はい、それも確実に」
と千里が答えると、妙子は「ほほぉ」と小さな声を挙げた。
それで貴司と一緒に隣の車両に移動する。京平は千里が抱きかかえた。
「よく12kgを抱えるね」
「貴司と2人一緒に抱えてもいいけど」
「それはここでは恥ずかしいから勘弁して」
幸いにも隣の隣の車両に2席隣合せの空席があったので、そこに座り、京平は千里の膝に座らせる。京平はその《お母ちゃんの膝》が快適なようである。
「ところで結婚するのは誰だっけ?」
「暢彦君だよ」
「ああ、彼か」
と言って、千里は礼文島での法事で会った暢彦の顔を思い浮かべた。
「晴子さんの長男ね」
「よく覚えてるね!」
「そりゃ親戚の関係くらい覚えるよ」
「ごめん。僕は千里の親戚の関係が把握できてない」
「まあ男の人はそんなものかもね」
新幹線が広島をすぎた所で貴司はトイレに立った。座っていた車両のトイレがふさがっているので、隣の車両の向こうまで行く。そこでバッタリとレッド・インパルスの広川妙子と遭遇する。
貴司は一礼してトイレに入ったのだが、出てくると妙子がこちらを見ている。
「細川さん、一度少しお話しておきたかったのですが」
「はい?」
「ここだけの話にしますけど、単刀直入に、村山千里との現在の関係は?」
「過去には恋人であったこと、婚約もしていたことは認めます。でも現在は友人ですよ」
「ふたりだけで会ったりはしないの?」
「会います」
「それ恋愛関係ではないんですか?」
遠回しに肉体関係は無いのかと尋ねている。
「僕と千里は会いはしますけど、人の目のある所で一緒に食事しながらバスケットのことでおしゃべりして、体育館で一緒にバスケの練習をするだけの間柄なんですよ」
「健康的ね!」
「初期の頃、千里にセックスしたいと言ったことはあります。でも結婚している男性とセックスなんかできません、とハッキリ断られましたよ。だから僕たちは会っておしゃべりして、バスケするだけの関係ですね」
「へー!」
「それと実はここだけの話ですが・・・・」
「はい」
「私の息子は実は千里の子供なんですよ」
「へ?さっき連れていたお子さん?」
「私の妻が不妊症で、人工授精とか試みたのですが、どうしても受精卵が育たなくて。それで卵子を借りて体外受精したんです。その卵子を千里が提供してくれたんです。妻と血液型が同じRH+ABだったもので」
「うーん・・・・」
「だから、京平は私をパパ、妻をママと呼びますが、千里のこともお母ちゃんと呼ぶんですよ」
「呼んでたね!」
と言いながら、妙子は千里ちゃんって・・・だったら本当の女の子だったの?元男の娘というのは冗談??と考えていた。
「だから妻は京平の出産の母、千里は遺伝子の母なんですよ」
「最近は何だか難しいね!」
レッドインパルスの一行は小倉駅で在来線の特急ソニックに乗り換える。千里は博多まで乗る貴司・京平と別れてひとりで降り、チームメイトたちと合流した。
試合前の現地でのイベント、バスケ教室、スリーポイント合戦なども行われる。例の60秒で25個のボールをスリーポイントライン上の5ヶ所から投じるというものであるが、千里は25個全部入れて観客席からどよめきが起きていた。
これができるのはWリーグでは千里と花園亜津子(エレクトロ・ウィッカ)の2人だけである。
14:00から試合が始まる。相手ブリリアント・バニーズとは実力差はあるものの、それでも相手はプロ、油断はできないので慎重に戦いを進める。みんなできるだけ近くによってシュートしようとしていたが、千里はまるで何も考えていないかのようにスリーポイントラインから、どんどん撃った。
結果は65-73でレッドインパルスの勝ちだが、この試合で千里はスリー6本と4本の2ポイントシュート、フリースロー6本で合計32点もひとりで稼いだ。試合前にキャプテンから言われた25点を軽く超える点数となった。
試合後の中津市の体育関係者とのレセプションを経て19時頃中津市内のホテルに入ったら、貴司の妹・理歌からメールが入っていることに気付く。連絡が欲しいということだったので、電話することにするが、《たいちゃん》が言った。
「今夜は博多に移動することになるよ」
「うーん。。。」
それで千里は《こうちゃん》に頼む。
「悪いけど、ちょっと博多まで飛んでおいてくれない?」
「へいへい」
それで《こうちゃん》は千里の身体から飛び出すと、千里が開けたホテルの窓から外に出て、博多に向けて飛行して行った。中津と博多の距離は70kmほどなので、彼の飛行速度であれば10分程度で到着するだろう。
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