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■春影(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2017-08-06
 
「実は昔、別のペンネームで割と有名な少女雑誌にふつうの恋愛漫画を書いたこともあるんですよ。でも全然売れなくてすぐ打ち切りになって。他の漫画家さんのアシスタントとかしている内に、こういうの書いてみない?と誘われて、小遣い稼ぎのつもりで書いたら、けっこう売れちゃって」
と飛鳥は語った。
 
「まあ何が売れるかなんて分かりませんからね」
「それでそういう漫画をもう20年書いているんですよ」
「浮き沈みの激しい漫画の世界で20年続いたらかなり凄いと思います」
 
彼女は頷いていたが唐突に
 
「ところで、先生は私の性別のことは何も訊かないんですね」
と言った。
 
「事件の解決に必要なこととは思えないので」
「そう割り切ってくださる人って、好きですよ。結構好奇の目で見られたりするので」
「田舎だと色々大変でしょうけど、頑張ってください」
 
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「ええ。この町に最初に来た頃はまだフルタイムでは無かったもので、あ、フルタイムって分かりますか?」
「分かりますよ。24 hours, 7 days woman ってことですね」
「そうそう。それで、当時は微妙な風体(ふうてい)だったから、自粛して男子トイレに入ったら、女は向こうだよと言われて、やはりこちらかなと思って女子トイレに入ったら、今度は中に居たおばちゃんが、一度外に出て男女表示の所をわざとらしく見上げてからまた戻ってくるんですよ」
 
「気にしなければいいと思いますよ。繰影さんは自分は女性だと思っておられるんでしょう?」
「ええ」
 
「だったら、女性用トイレ、女子更衣室、女湯を堂々と使えばいいと思います」
「ありがとうございます。今ではフルタイムになっちゃったし、ソーセージも無くなっちゃったし、堂々と女湯にも入ってますけどね」
 
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と彼女は明るく言った。
 

青葉は荒木さんに連絡を取り、過去10年くらいのこの町周辺での交通事故の類いの一覧とかが確認できるような所はないかと尋ねた。すると警察署なら分かると思う、というので警察署で落ち合うことにした。それでそこまで繰影さんのバイクで送ってもらった。
 
町の名士である荒木さんが一緒だったこともあるだろうが、警察の人は調査に協力的で、事故のデータベースを閲覧させてくれた。「幽霊バイクには本当に困っているんですよ」と警察の人も言っていた。パトカーで追跡したこともあるものの細い路地に入って行かれて追尾断念したらしい。
 
しかし、J市の事件の時も思ったが、田舎の警察は、霊的な問題に結構な理解があるように思える。田舎にはやはり、都会では忘れられている「闇」との接触を認識する機会が多いからではないかと青葉は思ったりもする。
 
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小さな町ではあるが、田舎だけにみんなが車に依存している。それ故にどうしても交通事故も起きる。昨年1年間でも地区内で3件の死亡事故があり、今年も既に2件死亡事故が起きている。バイク絡みの事故はこの10年間に4件あった。青葉はその事件の詳細を、許可を取ってプリントしてもらった。
 

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ともかくも今日の段階ではいったん引き上げることにする。繰影さんの家に置かせてもらっていた荷物を回収し、荒木さんの娘・容子さんの運転する車で伏木まで戻った。戻る前に、一度町内を一周、車で走ってもらい、その風景と空気をしっかり感じ取っておいた。
 
容子さんは当地で生命保険の外交をしているらしいが、どうも噂好きっぽい。個人情報を扱う仕事をしていて口が軽いのは問題だぞと青葉は思ったものの、彼女の話に乗る形で、町の色々な噂を引き出した。
 
「ああ。この地区の舁山(かきやま)祭といったら有名ですね」
「勇壮な祭というので、けっこう観光客も来るんですよ。外人さんの観光客もいますよ」
「でも最近は山の舁き手の確保も大変なんじゃないですか?」
「そうなんですよね〜。昔は漁師する人多かったから、海で鍛えた頑強な若衆がたくさんいたんですけど、今は漁業自体が後継者不足で」
 
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「どこもそうみたいですね」
 
ちー姉とかもお父さんから漁師を継げと言われたのを都会に逃げ出した組だったなと青葉は思い起こしていた。
 
「それで町出身の女が都会で結婚した婿さんとか駆り出されるんだけど、力仕事なんかしたことのない都会育ちの人にはきついみたいで」
「そりゃ網とか引いていた人とは身体の造りが違いますよ」
 
「どこの町内も人手不足だから、ふらふらした運行になることもあって今年の春とか、川渡りの最中に強風に煽られて山が倒れて、下敷きになって舁き手が1人亡くなったんですよ」
 
「あらぁ」
 
青葉は内心はピクッとしたものの顔色も変えずに話を聞く。
 
「お若い方だったんですか?」
 
「50歳くらいかなあ。仕事はプログラマーとかで。この近くの集落出身の女性と結婚してこちらに引っ越してきてたんですよ。仕事は週に2回富山の会社まで出勤するほかは在宅勤務とかで。よそ者だから早く地元に溶け込もうというので、積極的に町の行事に参加していたみたいですが、その人も力仕事なんてやったことないし、学生時代も美術部だったとかで、細い感じの人でしたね。絵が上手いから舁山の燈籠の絵とかも描いてましたよ」
 
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「へー!でも慣れてなくて運動もしてない人には辛かったかも知れないですね」
 
「この人、生命保険が降りなかったんですよね〜」
「どうしてですか?」
「川渡りは川に渡した丸太の上を歩いて2トンの舁き山を移動させるので、それ自体が危険行為ということで」
「うーん・・・・」
 
「一応祭の実行委員会で入っている保険からお見舞金で20万円出たんですけどね」
「働き盛りの旦那さんに死なれて20万では辛いですね」
 
「全くですね。葬式代にもならなかったと思います。子供も2人いて高校生だったんですが、今奥さんがパートに出ていますよ。子供は奨学金で大学に行けるみたいですが」
「それは良かった」
 
「このお祭りでは過去10年、毎年のように怪我人が出ていて、5年くらい前にも死者が出ているんですよ。それでもっと高額の保険に入るべきではいう議論もあるんですが、逆に保険会社の方は、今の条件でも保険料を上げさせてくれと言っているらしくて」
 
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「毎年怪我人が出ていたら、そうなるでしょうね」
 
「でも実は昔は毎年死者が出ていたらしいですね」
「ああ。そういう祭は結構あります」
「有名な**の**祭とか、あまりにも死者が出るから、とうとう保険会社が引き受け拒否しているらしいです」
「あそこは激しすぎますね」
 
「ネットとかでは、好きでやってて死ぬのは本望だろうとか、神様が人柱を求めているんだとか、書く人も居ますけど、全員が好きでやってる訳では無いし」
と容子さんは言う。
 
ああ、この人は割と第三者的に見ているなと青葉は思う。たぶん都会の合理的な世界に身を置いたことのあるUターン組なのだろう。
 
「でしょうね。地域の付き合いで、やりたくないけど仕方なく参加している人も多いと思いますよ」
と青葉。
 
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「私の個人的な見解ですけど、そういう人に限って怪我したり亡くなったりするんですよ」
と容子さんは言うが、青葉はその見解にはコメントができないと思った。
 

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11月13日(日)大安。
 
千里は福岡市内のホテルの一室でさわやかに目が覚めた。大きく伸びをしてベッドから出る。今日は午前中貴司の従兄・暢彦の結婚式に出る予定である。大分ではレッドインパルスのメンバーは中津市のホテルを出て今日試合のある大分市に移動し、午前中に軽い練習をする予定だが、そちらは《すーちゃん》に代役をしてくれるよう頼んでいる。
 
貴司が幸せそうな顔で熟睡しているのにキスだけして放置。京平と一緒に朝食に行った。貴司の親戚とはこれまで法事その他で顔を合わせているので、知っている人が多い。その人たちは千里はもう8年くらい前から貴司の妻であると思っている。
 
「あら、お子さん生まれたのね」
などと言われる。
 
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「ええ。去年の6月に生まれたんですよ。ですから1歳5ヶ月ですね」
「へー。もう2歳くらいかと思った」
「わりと成長早い部類みたい。ことばもよくしゃべるんですよ」
「女の子はわりと言葉が早いけど、男の子は遅い子もいるね」
などと言っていると
 
「ぼくおとこのこだよ」
と京平は抗議している。今日の京平はズボンを穿いているが、実はガールズのズボンなので、女の子に見えないこともない。
 
「名前は?」
「ぼく、きょうへい」
 
「偉い、偉い、ちゃんと自分の名前言えるね」
「でもこの子可愛いよね」
「スカートとか穿かせてみたい」
という声も出る。
 
「ぼくスカートもすき」
「へー。スカートも穿くんだ?」
「この子、けっこうスカートが似合うんですよ」
「へー。でも別に男の子がスカート穿いてもいいよね」
「ええ。そう言って、けっこう穿かせているんですけどね」
 
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9時頃、保志絵さんから結婚式に出る時の衣装が届いているからという連絡があり、京平を連れて取りに行く。受け取って着換えようとしていたら
 
「バスケットウェアの上に着るんだ!?」
と驚かれる。
 
「結婚式が終わって少ししたら、試合に行くので」
「へー。この近く?」
「ええ。20分くらいかな」
 
福岡市から大分市までは120kmほどあるが《りくちゃん》に乗せてもらったら20分くらいで行くよなあ、などとも考える。もっとも今日は《きーちゃん》に転送してもらうから一瞬である。
 
そういう訳で千里はレッドインパルスのユニフォームの上に長襦袢を着て、色留袖を着た。
 
「お姉さん、ひとりで着られるのが凄い」
などと隣で振袖の着付けをしてもらっている理歌・美姫から言われる。
 
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「なんか結構着る機会が多かったから覚えちゃったのよね〜」
「へー。凄ーい」
「海外で振袖着ると、かなりもてるよ」
「海外に行く機会が無い!」
と理歌は言っているが、保志絵は
「それで外人さんに見初められて国際結婚とかなったら、それがまた大変そう」
などと言っていた。
 

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なお保志絵には貴司の結婚指輪はサイズ直しが必要であることを伝えている。指のサイズは昨夜測った時は64mm, 今朝測ったら63mmであった。たぶん24号でいいとは思ったが、念のため今日の昼と夕方くらいにも測ってみる。
 
京平には100サイズのフォーマルスーツが用意されているので着せる。
 
「少し大きかったかな?」
と保志絵さんが言う。
「小さいと辛いけど、大きいのは問題無いですよ」
と千里。
 

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9:40頃、新郎の妹・美沙が入って来て
「みなさん、お疲れ様です。今日の披露宴・二次会の席次表でーす」
と言って、その場にいた親戚たちに配る。
 
披露宴・二次会の席次表の新郎側親族席の所に、細川貴司・千里・京平という文字があるのを見て、千里は目に涙が浮かんだ。
 
なお、披露宴の時間帯には外せない仕事があり、披露宴は欠席して二次会だけに出席することは、この場で親族たちに話しておいた。
 
「結婚式でも休めないんだ?」
「実はバスケットの試合があるんですよ」
「なるほど!」
「それはさすがに休む訳にはいかないね」
 
と親族達は理解してくれたようである。
 

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そろそろチェックアウトかなというので部屋に戻ると貴司はまだ寝ている!さすがに起こす。
 
「朝御飯食べてないよね?」
「完璧に寝てた!」
「もうチェックアウトだけど、貴司まだ着換えてないね」
「5分で着換える!」
と言って急いで白いワイシャツを着て白いネクタイを締め、ブラックフォーマを身につける。もう朝御飯を食べる時間は無いので、そのまま玄関に出る。千里が念のため用意していたサンドイッチの詰め合わせを渡すと「助かる助かる」と言って貴司は美味しそうに食べていた。
 
10時にホテル前からバスが出るので結婚式場のある福津市(旧津屋崎町)の宮地嶽(みやじだけ)神社に移動する。
 
しばらく控室で待つ。結婚式場の間は、子供たちは新婦の母の友人女性が数人でまとめて見ていてくれるということだった。京平と年が近い子では、美沙(新郎の妹)の娘の満理(3)・絵里(1)がいるが、2人とも可愛いフォーマル・ドレスを着ている。
 
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「ドレス可愛いね」
などと言って京平が見ている。
 
「京平もドレス着たかった?」
「うーん。。。このタキシードもかっこよくていいんだけど」
などと悩んでいるようだ。
 
絵里ちゃんとは年齢が近いだけあってすぐ仲良くなったようで、一緒に遊んでいる。向こうは昨年の4月生まれで1歳7ヶ月。京平より少し月齢が高いし、女の子でもあるし、よくしゃべるので、京平とたくさんおしゃべりしていた。向こうはアメリカ育ちでバイリンガルなので、時々英語が混じるものの、京平は中身の実年齢が高いだけあって簡単な英語なら理解するので、結果的に絵里と京平は日英ミックス会話になっていた。お母さんの美沙が「京平君、私より英語うまい」などと言って感心していた。
 
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