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■春影(9)
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(C)Eriko Kawaguchi 2017-08-07
「とにかく、その怪異を1度見てみたいのですが、どこに出るかなんて規則は無さそうですね」
「うん。最近はだいたい毎日どこかに現れるけど、いつどこに出現するかは全く分からないと思う」
青葉は少し考えたが、これは千里姉の協力を求めるしかないと判断した。電話を掛けてみる。幸いにも千里姉はすぐ出た。
「はい」
「ちー姉、ちょっと協力して欲しいんだけど」
と言って、青葉は今関わっている事件の概要を述べた。
「それでさ、この幽霊の実物を見てみないと私も判断ができなくて。だいたい毎日どこかには出るんだけど、どこに出るかは分からないんだよね。ちー姉、今夜の出現場所とか予測できないかな?」
と青葉は千里姉に尋ねる。
例によって「素人の私にそんなの分かる訳ない」と言われるが、ともかくも町の地図をFAXしてほしいというので、これまでの幽霊バイクの出現ポイント・消失ポイントがマークされた地図を、恵子さんにことわってFAXを借り、千里姉のアパートに送信する。10分ほどの後、大きな★でマークされた地図が返送されてきた。19:57という時刻まで記入されている。さっすがー!と思った。
「19:50くらいからこの場所で待機しましょう」
「相手は七半だ。川上さんのバイクでは追尾無理だし、私のバイクに同乗しない?」
と飛鳥が言う。
「お願いします」
「じゃ私はこの家で待機してようかな」
と折江。
「そうですね。2台で追尾するのはかえって危険かも知れませんし」
それで折江が「私のおごり」と言って寿司の出前を取ってくれたのを帰宅した2人の娘さんと一緒に食べて軽く腹ごしらえした上で、19時半に、飛鳥の隼に同乗して出かけた。バイク用インカムを装着し、走行中も飛鳥と青葉の間で会話ができるようにする。
郵便局の駐車場で待機する。ここは郵便局の西側に8台普通車が駐められる客用駐車場がある。奥は郵便局の配送トラックなどを駐めるスペースになっているが、この時間帯は鉄のゲートが閉められていて向こう側との行き来はできない。ATMが21時まで開いているので、この客用駐車場はずっと使える。もっとも田舎なのでこんな時間にATMの所に来る人はめったに居ない。
青葉と飛鳥は19:40には郵便局に到着し、青葉は駐車場の状況を確認する。この客用駐車場は、西側は崖、北側がその鉄のゲート、東側は郵便局の建物で、南側が道路(市道)に面している。飛鳥のバイクはその駐車場に西側の崖を背景にして駐めている。
「そろそろエンジン掛けましょう」
「よし。乗って」
「はい」
ふたりがバイクに跨がり、エンジンを掛けたまま待機する。闇に沈む田舎町に隼の大きなエンジン音が響く。そしてそれ以外には何も音が聞こえない。
19:57.
「出ようとしてみてください」
「うん」
それで飛鳥がウィンカーを付けて少しバイクを動かした。
「わっ!」
と思わず飛鳥が声をあげた。
《奴》は、飛鳥たちのすぐ左後ろからいきなり飛び出してきて、そのまま道路に走り出したのである。直前まで全く気配は無かった。飛鳥と青葉はバランスを崩しそうになったものの、すぐに体勢を立て直す。
「私は大丈夫です。行きましょう」
「OK」
それで隼はスタートする。なんといってもギネスブック認定の世界最高速バイクである。あっという間に先行するファントムを捉える。ファントムは闇の中、市道を西側に向けて時速100kmで疾走する。その後を隼が追いかける。
田舎の夜中なので他に走る車は居ない。
「前に回り込んで停める?」
隼の速度なら確かにこの100km/hのバイクに先行できるだろう。しかし・・・
「いえ、それは危険です」
「だよなあ。向こうが何やるか分からん」
追跡劇は数分間続いた。そして・・・ファントムを追いかけて走っていて、青葉は何か違和感を感じた。何だろう?この違和感はと思う。
ファントムが赤信号を無視して(そもそも制限速度を無視している)交差点を右折し、追跡劇は広域農道に入る。田舎の広域農道は、概して国道などより整備されている。この道路もアップダウンはあるものの、ひたすら直線が続く快走路であった。
この農道に入って1分くらい走った時のことである。
青葉の脳裏に「停まって!!死ぬ!」という千里の声が響いた。青葉は反射的にインカムで飛鳥に呼びかける。
「停まって下さい!!今すぐ!死にます!!!」
「え!?」
と言いつつも、飛鳥は急ブレーキを掛ける。物凄い制動が掛かる。が、飛鳥が上手いし、青葉もしっかりとバランスを取った上に、青葉の眷属《海坊主》も必死にふたりを支えてくれたので、青葉も飛鳥も投げ出されずに済んだ。
ファントムは遙か向こうに走り去っていく。
「何何?」
青葉は《海坊主》に『ありがとう。助かった』と御礼を言ってバイクから降りると、懐中電灯を出して、その先の地面を照らしながら、おそるおそる歩いていく。飛鳥もそれに付いていく。
「飛鳥さん、そこ」
と青葉が声を出す。
「げっ」
と言って飛鳥も息を呑む。
青葉が懐中電灯の光を向けた先には、何かの工事中のようで、10mほどに渡って地面に大きな穴ができていた。バイクの場所から60mほど先である。時速100km/hで走るバイクなら60mは2秒である。あと少しでもブレーキが遅かったら危なかった。
「これに突っ込んでいたら死んでたな」
と飛鳥。
普通、時速100km/hで走る車はブレーキを掛けようとしてから100m走る。しかし飛鳥は青葉の声に超反応したし、急ブレーキも激しかったので多分60-70mで停止している(アメリカで行われたプロライダーによるテストではABS無しのYamaha FJR1300が128km/h(=80 mile/h)から67.46mで停止している)。普通のライダーなら間に合わなかったかも知れない。助かったのは紙一重だ。
http://bit.ly/2vCl6Ml
「幽霊バイクは平気でここを通過したんですね」
と青葉。
「どういう構造になっているんだろう」
「崖の中に突っ込んでも平気なんだから、地面の無い所でも走れるんですよ」
「しかし・・・この幽霊は何とかしないと、その内マジ死人が出る」
ここは工事中ということで、工事中通行止めのバリケードや看板などがあったようだが、道路脇に押し寄せられていた。
「これ危ないな。戻しておこう」
と言って、ふたりで協力してバリケードをあったはずの場所に戻す。工事中を示す電光掲示板もスイッチが切られていたのをちゃんとスイッチを入れた。
「誰がこんな悪質な悪戯(いたづら)したのだろう」
と飛鳥が独り言のように言う。
「幽霊またはその協力者がしたか、あるいは誰かが悪戯していたのを幽霊が利用したかですね」
と青葉は言った。
「でもこれ幽霊バイクが無くても、このままだと怪我人が出ていた所ですね」
「全く全く」
それで隆守さんの家まで戻ることにする。
がその途中でふと青葉はさっき感じていた違和感に思い至り飛鳥に訊いた。
「さっき追尾していて思ったんですが、あの幽霊のバイク、下手ってことなかったですか?」
「青葉さんもそう思った?実は私もこないだ追尾した時は違和感だけだったんだけど、今夜はっきり分かった。あいつは下手だ」
「やはり」
「だから間違い無く隆守じゃないよ。あいつテクニックは凄かったから」
「なるほどですね」
青葉はもうひとつ、実は隆守さんの家で仏壇の前で手を合わせた時に浮かんだイメージからヒントを得たことをここで訊いてみた。
「春のお祭りの時に事故が起きてですね、その後、祭は継続されたんですか?」
「いや、その場で打ち切りになった。だから他の舁山も各々各町内に帰参。翌日の行事は全て中止になったよ」
「過去にもそういう途中で中止になったことってありましたか?」
「5年前には2日目の日中行われる、神輿を海の中、沖にある小島まで往復させる海渡りの最中に、山の運び手がひとり溺死したんだよ。その時もその後の行事が中止になった」
「飛鳥さん、このお祭りの全容が分かるビデオとかの類いって無いですか?」
「図書館に行けば祭の内容を収録したビデオがあったはず。月曜日は休みだけど、火曜日以降なら見られると思う」
「それを見てみた方が良いかな・・・」
隆守さんの家に戻る途中、青葉は更にもうひとつ飛鳥に訊いた。
「飛鳥さん、色々聞いて申し訳無いんですけど、この町の関係者でホンダの中型バイクに乗っている人、あるいは以前乗っていた人の心当たりはありませんか?」
「中型バイク!?」
と飛鳥は怪訝な声。
「もしかしたら小型バイクかも。その人は、きっとシャドウに乗りたかったんですよ」
「そういうことか!」
と言ってからしばらく考えていたが・・・・
「それはたくさん居る!」
と言った。
ただ、飛鳥がその言葉を発する前に一瞬ピクッと反応をしたのを、青葉は見逃さなかった。
隆守さんの家に戻った後、飛鳥が荒木さんに連絡を取ると、荒木さんが図書館長に話を付けてくれて、夜中なのに祭りのビデオを借りられることになった。青葉はそのビデオを借りていったん高岡に戻ることにする。
「青葉ちゃん、あんた今日かなり疲れている。私が送って行くよ。こちらにはまた来るよね?それまでこちらでバイクは預かってもらっておくといい」
と折江が言った。
折江はずっとこの家で休んでいたので体力が充分ある。
「バイク預かるのは問題無いですよ」
と恵子。
「じゃ済みません。お願いします」
と青葉は言った。
それで青葉はこの日、折江のゴールドウィングに同乗して高岡に戻ることになったのである。
走行中に折江から訊かれた。
「ここだけの話さ」
「はい?」
「あんた、元・男でしょ?」
「ああ、分かりましたか?」
「あんた、完璧すぎるんだよ。たぶん誰よりも女らしい。それであれ?と思った。今時こんなに女らしい女なんて、珍しいからさ」
「さすが性別の曖昧な人をたくさん見ているだけのことありますね」
「いつ頃からフルタイムなの?」
「物心付く前からですね」
「じゃ親公認?」
「親からは放置されてました」
「え〜!?」
「放置されているのをいいことに勝手に好きな服を着てたんですよ」
「あんた苦労してるみたいね」
「たぶん、折江さんほどではありません」
「そうだなあ・・・」
と言って折江は自分の小さい頃のことをたくさん話した。青葉は涙が止まらなかった。しかし高岡の青葉の自宅で降ろしてくれたとき折江は言った。
「なんかあんたに話したら凄く気持ちが楽になった」
「少しでもお役に立てたら嬉しいです」
11月13日に福津市での純奈と暢彦の結婚式に出席した人の中の大半は福岡市内に1泊して翌日帰ったのだが、日程に余裕の無い何人かはこの日の内に帰ることにした。
貴司は翌日商談があるということで二次会終了後、小倉駅に移動し、新幹線で大阪に帰還するが、貴司があまりに酔っていたので、千里に頼まれて理歌が《京平の保護者》として同行することになった。
一方千里も東京に戻らなければならないので、最終便の飛行機で帰ることにする。冬子(ケイ)も忙しいようで、同じ便に乗ることになった。
それでこの5人はタクシーに相乗りして(京平は千里が膝に抱く)福間駅前まで行き、鹿児島本線の特急《きらめき14号》で小倉まで行く。ここまで来たのが19時半すぎであった。
「貴司、指のサイズを測ろう」
と言って、再度指に糸を巻き付けてサイズを測った。65mmであった。
「24号のサイズ(64.9mm)を少し越えているなあ。25号にすべきかなあ」
と千里は言うが貴司はかなり悩んだような顔をして
「その件だけど、考えたんだけど、あの指輪を僕が着けることになった時にあらためて計測して良い?」
と貴司は千里に言った。
千里は微笑んだ。貴司は以前は自分が阿倍子と離婚することは無いから期待しないで欲しいと言っていた。どうも貴司の心も揺れているようだということを認識しただけで、千里は満足だった。
「いいよ。じゃ、それまでにもっとバスケの練習に励んで結果的に身体が引き締まったら、元のサイズで着けられるかもね」
「練習?」
「こんなに太るなんて、どう考えても練習不足」
「うっ・・・」
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