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■春分(12)
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え!?
青葉は千里の言葉の意味が分からなかった。
「あ、私の性別分かってました?」
とハルが言う。
「君、本名はハルアキ君でしょ?」
と千里。
「えへへ。そうなんです。漢字では季節の春に季節の秋。春秋。その上だけ取ってハルということにしてます。でも小学3年生以来、女の子で通しているから友だちでも私が戸籍上男だっての知らない人も結構多いですよ。中学も問題無く女子制服での通学を認めてもらったし」
うっそー!?
青葉はそんなことに全く気づかなかったので千里とハルの会話に衝撃を受けていた。
じゃ、もしかしてもしかして・・・・。
元々ハルちゃんとアキちゃんって、ハルアキ君の両面なの!?
そして唐突にいつかクラスメイトの純美礼が言っていた、過受精した受精卵がXX受精卵とXY受精卵に分裂して、男女の一卵性双生児ができるという話を思い出した。元々ハルアキ君が男の子の心と女の子の心を持っていて、それが女の子のハルちゃんと男の子のアキちゃんに分裂した。ふたりは実は小さい頃から一卵性双生児のようにして育ってきた。でも本人の性別意識が明確になってきて、アキちゃんも男の子から男の娘になった?
そう考えるとハルちゃんとアキちゃんが同時に行動できるだけのエネルギーがあったことが理解できる。つまりこの子はそもそも2人分のエネルギーを持って育ってきてるんだ。
アキちゃんって、猫が人間に擬態しているのだと思ってたけど、実は人間が猫に擬態していた?? 恐らく猫の身体のほうがエネルギー消費を抑えられるからだ。オスの三毛猫という形を取ったのも男の娘という示唆なんだ。
そしてもしそんな人が本来持っている2人分のエネルギーを1人の身体で使って行動したら・・・
番長くらい倒しちゃうかもね〜。
多分バスケでも凄い選手になる。
「いや、びっくりしたけど、君は女の子にしか見えないよ。君はむしろ男子バスケ部に入れてくださいと言っても拒否されるぞ」
と桃香が言う。
「実はそんな気もするんですけど、何か揉めたら嫌だなと思ってスポーツ系のクラブ活動には消極的だったんですよね〜」
とハル。
「小学校の水泳部とかは女子水着?」
「もちろん女子水着ですよ。体育の水泳の時間とか小学1年の時から女子水着です。当時は棒も玉もあったけど、アンダーショーツで押さえておくと外には響かなくて付いてるように見えないんですよね」
「中1の時、陸上部に居た時はどうしてたの?」
「女子選手扱いでした。顧問の先生が問い合わせてくれたんですが、取り敢えず地区大会はそのまま女子として出てもいいと言われたので出たんですけど2000mで優勝したから、事務局の方では少し慌てたみたい」
「なるほどー」
「結局私自身が県大会への出場を辞退することにして、準優勝の子が繰り上げで県大会に行きました。私は地区大会に出してもらっただけでも充分嬉しかったから、辞退は構わなかったんですけどね。なんか私みたいなのが上に行ったら悪い気がしたし」
とハルは言ったが
「いや、それは君の気持ちの持ち方がおかしい」
と千里は言う。
「君、去勢はしてるんでしょ?」
「小学5年生の時に取ってもらいました」
「だから声変わりしてないのか!」
と桃香が言っている。
「うちの両親、4回子供ができて他の3人死んじゃったり流産して生き残ったの私だけでしょ。それなのにその私が子供を作れなくなってしまうことに両親は凄く悩んだみたいです。でも私の希望を聞いてくれたんです」
とハル。
青葉はハッとした。左倉家に来た時に気づいて速攻で処理した呪い。それは青葉の守護霊が左倉家の家守さんと話したのでは、左倉夫婦には結構きつく出ていたようであるし、結果的にお姉さんの奈津さんはそれで命を落とした。それに比べてハルちゃんへの呪いの出方が弱い気がしていたのだが、それは睾丸を取ってしまったことで呪いから逃れることができたのかも知れない。この子はたぶん生殖能力を犠牲にして、自分の命を守ったんだ。
「いいご両親じゃん」
と桃香が言う。
「親孝行しなきゃと思ってます」
とハル。
「まあそれで君は去勢もしてるし、女性ホルモンも摂取してるよね?」
と千里が尋ねる。
「はい。でもまだおちんちんは付いてるんです」
とハル。
「おちんちんでバスケする訳じゃないから、そんなの些細なことなんだよ」
「そうかも」
「だから君は自分が女子選手であることに自信を持てば良い。後ろめたいなんて考えずにふつうの女子としてプレイすればいいんだよ。全国大会とか行ってごらんよ。性別なんてどうでもいいと思うくらい体格の良い選手がたくさんいるよ」
と千里は言う。
千里がそんなことを言っているのを聞いて、青葉はこれって、ちー姉自身が以前誰かに言われたことなのでは?と思った。
「そうか。それで180cmで普通なんて、お話されたんですね」
「うん。まああの話は男子として参戦した場合なんだけどね」
あ・・・そうだったのかと青葉はあの時の「180cmでないとレギュラー取れない」などという話に納得が行った。
しかし・・・ちー姉、この子が男の娘だってことにいつから気づいていたの?私は言われるまで全く気づかなかったのに!
「君が女子選手として参戦する場合でも強豪校のセンターは180cm,190cmだよ。女子でもね。そんな体格の選手と対戦するなら、君が元男だったとしても全然そのことはアドバンテージにはならない」
と千里。
「そんな気がしてきました」
とハル。
「だから自分が女であることに自信を持とう」
と千里。
「私頑張ります。休み明け、女子バスケ部に行ってきます」
「うん。その性別問題で疑問を出されたら私に連絡してよ。バスケ協会のその付近の審査している人と連絡取ってあげるから」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
ハルの性別問題が出てきて、有磯海では結局3時間滞在することになった。
そのあと桃香の運転で10時頃、左倉家に帰着する。
「こんなにきれいに修復してもらったんだよ」
と言ってボールペンを両親に見せると
「凄いね−」
「繋ぎ目が全然分からない」
「ここまできれいになるとは思わなかった」
と両親も驚いているようであった。
あらためて両親が青葉たちに感謝の言葉を述べるが、私たちは職人さんの所に連れて行っただけですから、職人さんに感謝の手紙でも書いておいてくださいと言って、左倉家を辞した。
青葉は両親の前ではアキが姿を現さないことに気づいていた。玄関に入る直前までハルが胸に抱いていたのに!
再び桃香の運転で自宅まで戻った。
「あれ? メールが来てる」
と言って千里が携帯を見ている。
「ちー姉、スマホにしないの?」
「あれ苦手〜。ショップで触ってみたけど、さっぱり操作が分からなかった。フリック入力も面倒くさいし目が疲れるし」
「私は千里の携帯の文字入力のほうがさっぱり分からん」
と桃香は運転しながら言っている。
「私はポケベル打ちだからね〜」
などと言っている。確かにポケベル打ちができるのならスマホのフリックの表示が出るより速く2タッチできるだろうから、高速かも知れないし、感触だけで打てるから目も酷使しないだろう。
「なんか大きな仕事を受注したんだって。要員が足りないので、良かったら2月2日月曜日から出社して頂けませんかだって。学校の行事やバスケの大会があったら、その日はそちら優先でいいからと」
「何か忙しそうだね」
千里は左手で携帯を持ちながら左手親指を高速に動かして返事を入力しているようである。
「行きますって返事した」
「いつ帰る?」
「2月2日からだから特に予定は変えなくていいよ。予定通り今週いっぱいまで滞在させてもらおう」
「うん。それで行こう」
「こちらで、こないだ買った『一週間で覚えるJava』でも読んでようかな」
などと千里は言っている。
「千里、何度かプログラムをデバッグしてあげた時に感じたけど、そもそもクラスとオブジェクトの区別が付いてない気がする」
などと桃香が言っている。
「え?クラスってオブジェクトの親だよね?その親がスーパークラスで」
「やはり分かってないようだ」
「ちー姉、クラスはオブジェクトの母型だよ」
「そうそう。クラスという母型から、オブジェクトを生産する」
「うーん。私、ポインターとかハンドルとかもよく分からないんだけど」
「ポインターは写真みたいなものだよ。実体じゃないからポインターだけコピーしても実体はコピーされない」
「私、友だちから文字と文字列の区別が付いてないと言われたこともある」
「そのあたりは言語によっても違うね」
「うん。文字と文字列を混同して使える言語も結構ある」
「Perlとか古い所ではCOBOLなんかは数字と数も混同して使うけどJava Scriptではこちらが区別していてもシステムが勝手に混用するから、混用されないように気をつけてコードを書く必要がある」
「あ、そのJava Scriptって時々聞くけど、Javaとはまた違うんだっけ?」
「・・・・・」
青葉は千里がソフトハウスの仕事をするということに物凄い不安を感じた。ちー姉がプログラム組んだら、スペースシャトルが爆発するかも。
2月2日朝。千里は、千葉のアパートで朝日と共に目が覚めた。週末は小田原までバスケの大会に行っていたのだが、桃香もどこかに出ていたようで、まだ帰宅していない。
千里は大きく伸びをして顔を洗い、トイレに行ってくる。もう性転換してから肉体的には10年近く経っているとは思うが、トイレをする度にここに邪魔なホースが昔は付いていたことを一瞬思い出してしまう。そして思い出してしまう度に、自分はまだ元男であったことを引きずっているんだろうなと思ってしまう。
朝ご飯を作りのんびりと食べる。桃香の分はラップを掛けて冷蔵庫に入れておいた。帰宅したらチンして食べるだろう。
「じゃ、そろそろ出かける?」
と声を掛ける。
「こんな格好でいいかなあ」
と、しまむらで買ったビジネススーツに身を包みナチュラルメイクをした千里が立っている。
「うん。おしゃれしてはソフトの仕事なんてできないからね。じゃ悪いけど、よろしく〜」
と千里は言う。
「だけど千里、ほんとにプログラミングだめみたいね」
「『一週間で覚えるJava』読んでみたけど、私には『一瞬で眠れるJava』であることが分かった」
「千里最近、くだらないオヤジギャグが多い」
「桃香の影響かも」
「まあ成り行きだし、やってあげるけど、千里も自分の仕事頑張りなよ」
「うん。ありがとう」
それでビジネススーツ姿の千里が手を振って出かけて行くのを千里は笑顔で見送った後、自分はトレーナーとジーンズにダウンコートという格好で、ノートパソコンとMIDIキーボード、五線紙と筆記具を鞄に入れて出かける。市内のカラオケ屋さんで夕方までの平日日中コースに申し込み、部屋に入った。
「さて、私もこの曲、何とか夕方までに仕上げないと」
と言って、千里はフリードリンクのコーヒーを持って来てからパソコンを開き、MIDIキーボードをつないで、Cubaseの画面を操作し始めた。
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