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■春分(5)
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(C)Eriko Kawaguchi 2015-05-23
それでこの子の場合を考えてみると、この子は学校で試験を受けていたはずの日に商店街を歩いていた所を補導されている。やはり学校に行っていたはずの日にゲームセンターで不良と話していた。
あるいはこの子は、自分の分身を学校に置いておき、本体は商店街に行ったりしていたのではなかろうか。もしかしたら分身の方に自分の頭脳的な面を集中し、商店街を歩く本体の方に体力面を集中して、何とか両方を動かしたとか。
しかし・・・
そんなことができるのは、きっと物凄い天才だ。
「本人と会わせてください」
と青葉は言った。
「はい、でも・・・・」
「この事例はあるいは私のような霊能者ではなく、心理カウンセラーなどに会わせるべきケース、あるいは精神科医などに診せるべきケース、あるいは学校の保健室の先生などと相談したほうが良いケースなどが考えられると思うのです。彼女を見たら、私もその判断が付くと思います」
「はい、お願いします」
それで青葉はそのまま左倉さんの自宅に行き、お茶を入れてもらって歓談しながら、春さんという娘さんの帰るのを待った。
「亡くなったお姉さんがインターハイに行ったのって、2007年ですよね?」
「ちょっと待ってください」
と言ってお母さんは机の中から何か取り出す。
「確かに2007年です。2007年佐賀総体と書かれています」
「それはインターハイの金メダルですか?」
「はい」
「凄いですね。私の姉はこの同じ2007年佐賀総体の銅メダルを持って
いるんですよ。凄く大事にしていますけど、何度か見せてもらいました」
「川上さんのお姉さんも凄いんですね!」
「姉のチームは準決勝で、そちらのお姉さんのチームに負けたんですよ」
「そうだったんですか!」
「そちらのチームに花園さんって凄い人がいて、その人にかなわなかったと言ってました」
「ええ。その年のキャプテンさんです。花園さん。彼女も皇后杯まで終わった後で、うちにお線香あげに来てくださったんです。ずっと練習していたからなかなか来られなかったと言って謝っておられましたが、ほんとに凄い人だったようです。娘も、あの人のせめて半分くらい頑張れたらなんて言っていたんですよ」
「今は日本代表ですからね」
「ほんとですか! さすがですね。じゃ、あの子、川上さんのお姉さんと試合していたんですね」
青葉はお母さんの手を握って言う。
「きっとうちの姉は、お嬢さんのこと覚えていると思います。花園さんも絶対今も覚えていますよ。お嬢さんは亡くなっても、彼女とふれあった多くの人の心の中に記憶を残しているんです」
「そうですね。だったらあの子、あんなに若くして死んで可哀想にとばかり思っていたけど、実はとても幸せな人生だったのかも知れませんね」
と言って、お母さんは涙を流した。
「ええ。きっとそうです。お母さんが泣いていたら、きっと天国でお嬢さんも悲しいですよ」
「ですよね。私ももっと頑張らなきゃ」
16時すぎ。
「ただいまあ」
と言って、ハルが帰って来た。
しかし青葉を見るとビクッとしたような顔をする。
「あんた誰?」
と彼女は言った。
青葉は彼女を見た瞬間、そうだったのか!と事態が分かってしまった。
「こんにちは。私、川上青葉と申します。別に何もしませんよ」
と笑顔で言う。
「ふーん。。。。話し合いの余地はありそうね」
「ええ。ハルさんとお話がしたかったんです」
「お母ちゃん。私、この人と少し話したいからさ。悪いけど、しばらく買物とかに行っててくれない?」
とハルが言う。
「うん。いいけど」
それでお母さんは18時頃に戻りますと言って出かけて行った。
「あんた凄い人みたいだね」
とハルは言って家の中を見回している。
「君よりは少し強いくらいかな」
「うん。どうもそうみたい。で、あんた私を殺すの? 封印するの?」
と彼女は言った。
「私は何もしないよ。私は邪悪な霊に対しては容赦しないけど、人と共存している存在には寛容なつもり」
「ふーん」
と言ってハルは青葉を値踏みするように見ている。
「やっぱ、あんたと喧嘩してもとても勝てそうにないから、取り敢えずあんたの話を聞くことにするよ」
とハルは言った。
「で、君の本体はどこ?」
と青葉は優しい表情で尋ねる。
「上に居ると思うけど」
「え〜!?」
そういう事態は全く想定していなかったのである。
「ハルちゃん!降りておいでよ」
とハルは階段の下で大きな声で言った。
「うーん。面倒くさいなあ」
と言って階段から、全く同じ制服を着た、同じ顔の少女が降りてきた。
嘘だろ? なんて気配の小さな子なんだ?と青葉は思う。
でも少女を見た感じ、これは自分の分身を出しているために気配が小さくなっているのではない。元々余分なオーラを出していないのだ。自然と無駄な力を使わないような筋肉の使い方をしているし、脳波も無駄に周波数を高めていない。これは修行を積んだ禅僧のような使い方だ。非常に稀にこういうことが生まれつき出来る子が居る。
青葉が彼女に見とれていたら、その上から降りてきた子は
「今日は午前中ひたすら体育館でバスケの練習しててさ。午後からは疲れたから寝てたんだよ。お母ちゃん帰って来たのは気づいてたけど、誰かお客さんと話しているから、上にはあがってこないだろうと思ってそのまま寝てた」
などと言っている。
青葉は目をぱちくりする。そして「ドッペルゲンガーは同じ場所に同時には現れない」というのが、全く間違いであったことを認識した。
「どちらがハルちゃんだっけ?」
と青葉が訊くと
「私」
と言って2階から降りてきた方の少女が言う。
「じゃ君は?」
と外から帰ってきた方の少女に尋ねる。
「私はアキ」
と彼女は言った。
「取り敢えず座ろうか」
と言って居間のテーブルに座る。
アキちゃんがお茶を入れて、お菓子も出してきてくれる。
「このクッキー好き〜」
などとハルは言っている。
「君はハルちゃんの飼い猫かな?」
と青葉はアキに訊く。
「うん。三毛猫だよ。私はナツちゃんが死んだ直後にこの家に迷い込んだのを保護してもらったんだよ。死んだ娘の身代わりみたいだって言われて大事にしてもらった。秋くらいに生まれたみたいというのでアキという名前を付けられたんだけどね」
とアキは言う。
「だけど名前が安直だよね〜。私は春に生まれたから春、亡くなったお姉ちゃんは夏に生まれたから奈津、そしてこの子は秋生まれだからアキ」
とハル。
「まあいいんじゃない? ドロシー・レーベンハイト・ジュニアみたいな感じの難しい名前を付けられるよりは。私はこのアキという名前気に入っているし。ハルの振りしてあちこち行ったけど、それでハルちゃんとみんなから呼ばれていて、ハルという名前もいい名前だと思った」
とアキ。
「猫にしてはよくしゃべるね」
「猫は本当は人間のことば全部分かるんだよ。しゃべったら気味悪がられるからしゃべらないだけで」
「確かに猫って結構功利的に人間と接してるよね」
「うん。犬は人間の子分になっちゃうけど、猫は人間と無関係に勝手に生きてるんだ」
「だけどアキちゃんのおかげで、実際、ハルちゃんも随分元気になったんじゃないの?」
「まあね。とりあえず私を脅してカツアゲとかしていた連中はアキが服従させちゃったし」
「へー!アキちゃん強いんだね」
と青葉は感心したように言う。
「だけどさ、君たち、こういう生活をどのくらい続けているの?」
「2学期の頭からだから、3ヶ月半くらいかな」
「そろそろ限界じゃない?」
と青葉はアキを見て言う。
「うん。実はそれは薄々感じていた」
とアキ。
「アキちゃん」
とハルが不安そうに言う。
「私、普通の猫に戻ろうかな、と最近少し思うようになってきたんだよ。でもアレが気になっていたんだけど、なんか解決しちゃったみたいだし」
「そうだね。これからはアキちゃんが身代わり務めなくても、ハルちゃんひとりでも頑張れるでしょ?」
「アキいなくなっちゃうの?」
「私はずっとハルのそばに居るよ。あと15年くらいは頑張って生きるよ」
とアキ。
「あと15年しか居ないの?」
「ごめんね。そのくらいが猫の寿命の限界なんだよ」
「でも私、アキみたいに強くないし」
「それは勘違いだと思う。私ができることは全部ハルができることでもあるんだよ。ハルってけっこうしっかり身体を鍛えているしさ」
「そうだろうか」
「私は実際ハルの力を使ってこの身体を動かしている。だから番長を倒したのも実はハルなんだよ」
「私ってそんなに強いんだっけ?」
「ハルは優しすぎるんだよなあ。自分が相手を殴ったら相手は痛がるとか。先にそれを考えてしまう。でも喧嘩する時は思い切りが大事」
「私、やはり人は殴れないよお」
とハルが言うと
「まああまり不良と付き合うのもよくないとは思うよ。ボールペン取り返すためにやむを得ず黒岩は倒したけどね」
とアキも言っている。
「そうだ。そのボールペンってどうなったの?」
と青葉は訊く。
「これなんです」
と言ってハルちゃんが2階まで行って軸の折れたボールペンを取ってきた。
「文房具屋さんに見せたんだけど、木のボールペンの軸が折れたのはどうにもならないと言われて。ひとつの手は接着剤でくっつけることだと言われたんだけど」
青葉はそのボールペンを見ながら言った。
「これ多分私の知り合いで直せる人がいると思う」
「ほんとですか?」
とハルもアキも一様に嬉しそうな顔をする。同じ顔で同じ表情をされると凄いインパクトだ。
「一度室町時代の横笛を修復しているの見たけど、木製美術品を修理するのに使う専用の接着剤を使って、位置合わせも正確にしてから丁寧につなぐから、繋ぎ目はほとんど目立たなくなると思う」
「すごーい。でも修理代高くないですか?」
「今回の依頼でお母さんから相談料をもらえそうだから、その相談料で私が頼んであげるよ」
「嬉しいです! でもそしたら相談料の手取りが無くなりません?」
と心配してくれる。
「そのくらいいいよ。私は君たちみたいな凄く面白い子たちを見ることができただけで充分だから」
と青葉は言った。
「じゃ、私猫に戻るね」
とアキは言った。
そして次の瞬間、ハルと双子のような少女の姿は消えて、1匹の三毛猫が居た。
「ニャー」
と鳴くのをハルが抱きしめて
「アキちゃん」
と言って涙を流していた。
青葉もその猫を撫でてあげる。するとアキが青葉にじゃれつく。
「アキ、川上さんのこと気に入ったみたい」
とハルが言う。
「猫の身体になったのいいことに、私に触りまくっている気がするんだけど!?」
「あはは。アキは男の子だから、女の子の川上さんのこと好きかもね」
「え?三毛猫なのに?」
と言って、青葉はあの付近を確認する。
「へー。珍しい。この子、オスの三毛猫なんだ?」
「アキが私の格好してる時にパンティに触ってみたら、ちゃんとおちんちんもタマタマも付いてたよ」
「あはは、じゃ、あの子、男の娘だったのか」
と青葉が言うとアキも「ニャー」と鳴いた。
ハルがお母さんの携帯に電話したので、お母さんは早めに帰って来た。
「お母さん、私、川上さんとお話して、凄く気持ちの整理がついた」
とハルは言う。
「ハルちゃん泣いた?」
と母が言う。涙の後が残っているのに気づいたのだろう。
「うん。泣いたらスッキリしたの」
と彼女は言う。
「私、明後日からサボらずにちゃんと学校に行くね」
とハル。
「サボらずにって、あんた2学期になってから無欠席・無遅刻じゃん」
「勉強も頑張るから」
「勉強頑張るって、あんた中間テストは学年10位で、期末テストは5位だったじゃん」
「それからまた部活する」
「ふーん。また陸上するの?」
「ううん。バスケット」
「へー!」
「実はね、こないだからお姉ちゃんが死ぬ直前に買って、1度も使わなかった例のバッシュ持ち出して、ひとりで練習してたんだよ」
「奈津もあんたが使ってくれるんなら、いいだろうね」
とお母さんも言う。
「それと、体育館でバスケの日本代表の人に遭遇してさ」
「へー!」
「その人に何度か教えてもらったけど素質あると言われた」
「いや、あんた実際運動神経良いんだもん。やれば強くなるよ。あんたもお姉ちゃんと同じJ学園に行く」
「さすがに入れてくれないよぉ」
とハルは笑って言っている。
まあ、あそこはよほど実績をあげている選手以外は門前払いだろうなと青葉も思う。
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