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■春分(9)

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(C)Eriko Kawaguchi 2015-05-24
 
「そうそう。これお土産ね」
と言って旭川で買った洋菓子を出す。
 
「さんきゅ、さんきゅ」
「旭川では叔母さんの所に泊めてもらったの?」
「ううん。叔母さん所は子供2.5人居るから、とても寝られない。札幌の妹の所に泊まってたんだよ。本人は留萌に帰省中だったんだけど」
「なるほどー」
「2.5人?」
「お腹の中に1人いるから」
「ああ」
 
「もっとも、妹のアパートではお正月の間、ひたすら掃除してた。あの子、散らかし方がハンパじゃないし、例の桃香の元カノの残留物も凄まじくて。衣類とかは段ボールに詰めて送りつけたけどね」
 
「桃香の元恋人?」
と母が訊く。
 
千里も青葉も各々の守秘義務に従って織絵(XANFUSの音羽)のことは母には話していない。桃香にも誰にも言わないよう頼んでいる。青葉が2度にわたって札幌に行った件も、単に札幌の顧客に頼まれてと青葉は母に言っている。
 
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「事情があって、しばらくうちの妹のアパートに泊めていたんだよ」
と千里。
「あいつ昔から片付けがダメだった。あいつの部屋はカオスだった」
と桃香も言っている。
 
「桃姉、ひとのこと言えない」
 
桃香のアパートは本が芸術的な積み上げ方をなされていたりする。ただし千里が気づくと、すぐあるべき場所に格納されてしまう。
 
「うん。うちの掃除はいつも千里がやってくれていた。でもレポートとか書く時には使う資料が全部手の届く範囲にあった方が助かるんだけど」
 
などと桃香が言うと
 
「それは散らかす人の言い訳」
と母は断言していた。
 

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1月10日。青葉は千里にミラを運転してもらい富山市に行って、先日会った《ドッペルゲンガー少女》ハルを拾って秋田県某市まで行くことにした。桃香も「運転交代要員」として一緒に来る。
 
「もっとも私より青葉の方がずっと運転はうまいんだが」
などと桃香は言っている。
 
左倉さんの自宅に行き、青葉が両親に挨拶し、自分の姉の桃香と千里ですと言ってふたりも紹介する。それで、ハルも旅支度をして出てきたのだが、ハルは千里を見てびっくりする。
 
「千里さん!」
「あれ〜、ハルちゃんだ」
 
などとふたりが言うので、青葉もハルの母も驚いている。
 
「知り合い?」
とお母さん。
 
「私、千里さんにバスケ習ったんだよ」
とハル。
 
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「え〜!?」
「偶然通りかかったハルさんと親しくなって。それで私がバスケ選手だと言うと教えて欲しいと言うんで手ほどきをしたんですよ。つごう3回会ったかな」
と千里。
 
「千里さん、凄く上手いんですよ。特にスリーが凄い。全然外さないんだもん」
とハル。
 
「ハル、日本代表の人に会ったって、川上さんのお姉さんだったんだ?」
とお母さん。
「そうか。川上さんに会った時、初めて会った気がしなかったのは、千里さんの妹さんだったからなのか」
とハル。
「ちー姉、日本代表になったんだっけ?」
と青葉。
 
「まだフル代表になったことはない。U18,U21と代表になって、今度U24でも取り敢えず代表候補に招集されることになった」
と千里が言う。
 
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「千里、そんなにバスケ強いんだっけ?」
と桃香。
 
ハッとしたようにお母さんが言う。
 
「あの、すみません。2007年のインターハイで愛知J学園と対戦なさったんですよね?」
「ええ。対戦しましたよ」
「左倉奈津って選手、覚えておられませんか?」
 
「ああ。もしかして、このハルちゃんのお姉さんですか? 身長は無いんだけど動きが素早い選手で。けっこう手強かったですよ」
 
「嬉しい。やはり娘のこと、覚えていてくださる方があったんですね」
とお母さん。
 
「あ、そうか。ハルちゃん、バスケしてたお姉ちゃんが亡くなったって言ってたけど、その人?」
 
「うん。交通事故で死んじゃったんだよ」
とハル。
 
「インターハイで会った時に1年生だったから、翌年は手強くなって出てくるだろうと思っていたんだけど、1月の交流試合には来ていなかったし、翌年のインターハイやウィンターカップでも見なかったから、J学園はベンチ枠の競争激しいし枠から外れてしまったかなと思ってた。亡くなった選手がいたというのは知らなかったよ」
 
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と千里は言った。
 

青葉たちは千里のミラで秋田まで往復するつもりだったのだが、ミラでは狭いしうちのシビックを使ってくださいと、お父さんが言うので借りることにした。千里がETCカードを差し替えようとしたのだが
 
「あ、そのままうちのETCカード使ってください」
と言われる。更にENEOSと出光のカードを渡され
 
「ガソリンはこれで入れてください」
と言われるので、それも遠慮無く預かることにした。
 
運転は、実は桃香がうっかり朝からチューハイを飲んでしまっているので、酔いが醒める時間を考えて、取り敢えず直江津付近まで千里が運転することにした。
 
「千里が疲れたら青葉が運転すればいいよな」
などと桃香は言っている。運転交代要員などと言って乗り込んできたのに!
 
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「でもボールペン修理するだけなのに随分高くつくね」
とハルは後部座席に座って足をぶらぶらさせながら、楽しそうに言っている。ひざには三毛猫を抱いている。青葉はこの子、幽霊なんだっけ?と思って見るものの、青葉の目には実体のある猫に見える気がする。どうにもよく分からない存在だ。でも青葉が見つめていたらアキはニコッと笑った気がした。
 
「でも記念品の大事なボールペンだもんね」
と青葉は言う。
 
「国体優勝記念のボールペンかぁ。凄いなあ。千里はそういうのもらったことないの?」
などと桃香が訊くので
 
「大分国体で優勝した時は椎茸もらったよ」
と千里は言う。
 
「椎茸は食べちゃった?」
「そんなの保存していても無意味」
「残るようなものはもらわなかったの?」
「桃香にあげたツゲの櫛もその時もらった記念品」
「わっ、あれそんな大事なものだったのか?」
「桃香だからあげたんだよ」
「私、あれふつうに髪をとかすのに使ってるけど」
「だって櫛は髪をとかすためにあるものなんだから。まあ私の髪は櫛などでは手に負えないし」
「その髪って一度もつれたら修復のしようがないだろ?」
「うん。この髪がもつれたら絶対ほぐせない。だからもつれないように日々のメンテが大事」
 
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「でも千里さんもそういうのを使っているんですね。私、そもそもそんな大事な記念品を持ち出したりするからってお父さんに叱られたんですよ」
とハルは言う。
 
「ちー姉、別の大会でもらったボールペンも普段使いしてるもんね」
「万年筆だよ。私のバッグの中に入っている五線紙にはさんでるよ」
 
と言うので助手席の桃香が自分の足下に置いている千里のバッグの中から銀色の万年筆を取り出す。
 
「これ私もボールペンかと思ってた」
と桃香。
「万年筆というと黒というイメージがあるよね〜」
と千里も言っている。
 
「お、パーカーじゃん。これ高いんじゃないの?」
「まあ自分では買わないよ」
「千里は安い物しか買わない女だ」
と桃香。
「それは桃香とのいちばんの価値観の共通点だよね〜」
と千里。
 
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「あのぉ。もしかして千里さんと桃香さんって・・・・」
とハルが今気づいたように言う。
 
「うん。夫婦だよ」
「すごーい! 女同士で夫婦なんですか?」
「別に普通だよね」
「そうですよね!普通ですよね!」
「お、ハルちゃん、理解あるじゃん」
 
「私もけっこう女の子が好きなんですよね〜」
「ああ。いいんじゃない?」
「高校は女子高に行っちゃったら? 女子高ってわりと女の子同士で恋愛する子もいるらしいよ」
「うふふ。いいな、それ」
 
そんな冗談(?)を言うハルを見て、青葉はやはりこの子、強い子だと思った。もっとも富山県内には今女子高は無いんだけどね。
 

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桃香はメガネを掛けて目を細め、千里の万年筆に刻まれている文字を読んでいる。
 
「3P Championか。大会名はよく分からんが、スリーポイント王になったのか」
「うん。そうだよ。私はそれしか才能無いから」
 
「格好いいですよね。スリーって。ゴール下の乱戦からダンクとかも格好いいけど、遠くから華麗にスパッと決めるってのも。しかも3点だし」
「うん。スリーを連発すると劣勢になっていてもどんどん挽回するから」
「私、スリーも頑張って練習しよう」
とハルが言うと
 
「ハルちゃん、体格的には他の選手に負けるからポイントガードになるかシューターになるかの選択だと思うよ」
と千里は言った。
 
「ですよねー」
と本人も言っている。
 
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「そんなに体格で負けるか? ハルちゃんって身長165くらいあるだろ?女子としてはかなり長身だと思うけど」
と桃香が言うが
 
「バスケの世界では170cm代の選手がふつう。むしろ180cm無いとレギュラー取れない。強い学校だと190cm代のセンターがふつうに居るし、外国人留学生で2m越える子もいるよ」
と千里が言う。
 
「すげー。バスケ選手ってそんなに背丈があるのか」
と桃香は驚いていた。
 
ただ青葉は今千里が言ったことばに何か引っかかりを覚えた。さすがに話が大袈裟じゃない?180cmでないとレギュラー取れないって、それほんとに日本人チームなのか??
 

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走り出してすぐに有磯海SAで停ってのんびりおやつを食べたりしたので桃香はわりと早く酔いが覚めた。念のためアルコール・チェッカーで確認してから入善PAで運転を交代する。
 
「ここからの区間、トンネルが多いから眠くなったら言ってね。すぐ替わるから」
と千里は言っている。
 
この付近は昔は交通の難所だった地区である。とにかくトンネルが多い。むしろ空が見える場所を走っている時間のほうが短い。
 
入善PA・朝日ICを通った後、(26)泊(25)城山(24)宮崎と続き、越中境PAを経て、(23)境(22)市振(21)親不知(20)風波と続いたあと親不知ICの付近は一時的に海の上を走る区間がある。トンネルを掘るより海上に道を作ったほうがマシだったのであろう。しかしこの区間は景色が良いので、ハルが「いい眺め!」と言っていた。
 
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「ここからは天気が良い日は佐渡が見えるんだよ」
と桃香が言うと
「佐渡も一度行ってみたいなあ」
などとハルは言っている。
 
再びトンネルの連続で(19)子不知(18)寺地(17)高畑(16)岩木と抜けて糸魚川IC・蓮台寺PAを過ぎてから(15)平牛(14)金山(13)鷹の峰(12)鬼伏(11)大平寺と経て、能生ICを通過する。
 
「いつも思うけど能生(のう)って《生》の字が余計だよな」
と桃香。
「それを言ったら京都の西院(さい)のほうがもっと酷い」
と千里。
 
「人間の名前でも1文字余計ってよくありますよね」
とハルが言う。
 
「私の合唱部の先輩で真琴(まこと)さんっているんだけど、真の琴と書くんですよね。いつも最初の真だけでいいじゃんと言われてます」
と青葉。
 
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「ああ、その手の名前はよくある。でもその子の場合、真1文字でまことなら男と思われちゃうよ。真琴なら女だと思ってもらえる」
と桃香。
 
「確かに音で聞くと男女あるけど文字を見たら性別が分かるという名前は結構ある」
「同じ《かずみ》でも和己と書けば男、和美とかけば女」
「ただそのあたりの感覚は時代によっても変わるんだよね。20-30年前なら、広海(ひろみ)なんてのは男名前だった。でも今の感覚だと女名前なんだよね」
 

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車は更にトンネルを通過していく。
 
(10)能生(9)山王(8)筒石(7)徳合(6)名立大町(5)名立と抜けて名立谷浜SA/ICに来た所で給油をする。ここから先の区間はGSが少なくなっていく。ついでに人間の方も給油しておく!ハルもアキにカリカリをあげていた。
 
そしてトンネルは(4)花立(3)薬師(2)正善寺(1)春日山と来て番号の付いたトンネルは終了である。春日山トンネルを抜けるとすぐ上越JCTなので、既にどちらに行くかによって車が車線に別れている。
 
青葉たちは上信越道には分岐せず、直進して北陸道を走り続けるので右車線に居たのだが、トンネルを抜けたところで桃香はウィンカーを点けて左車線に移動した。ん?と青葉が思っていたら、桃香は更に上信越道への分岐に入ってしまう。
 
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青葉が「桃姉、違う!」と言った。
 
桃香が「え?」と言い一瞬考えてから「あ、そうか。間違った!」と言って、ハンドルを右に切ろうとする。
 
千里が助手席から強引にハンドルをつかみ「もうダメ!」と言って進行方向を左に戻す。
 
突然車が蛇行したので、後ろの車からクラクションを鳴らされる。
 

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