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■春分(8)

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その千里は1月4日にまた車の相乗りで東京に戻り、5日(月)の朝、Jソフトウェアに顔を出した。先日の面接の時は、断られること前提だったのでスッピンでジーンズだったが、この日は一応ちゃんとメイクして、ローラアシュレイのスカートスーツを着ている。
 
「おはようございます。先日仮採用して頂きました村山と申しますが、専務さんいらっしゃいますでしょうか」
と入口の近くに居た女性社員に告げる。
 
「ちょっとお待ち下さい」
と言って、その子が専務を呼んでくる。
 
「あ、村山君。お疲れさん」
と言って出てきた専務さんは、何だか目にクマができている。ヒゲも生え放題の様子である。
 
「お疲れ様です。先日頂いた書類で保証人のハンコをもらってきたので提出に参ったのですが」
「あ、了解了解」
と言って受け取ったが、ふと思いついたように
 
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「ね、村山君、パンチは速い?」
「キーボード入力ですか? あまり速くないです。英文でだいたい秒8-9文字程度、日本語だと秒4文字程度です」
 
これは楽器のキーボードで指を鍛えている故であるが、何よりもバスケットのシューターの指の力は強い。もっとも千里が「あまり速くない」と言うのは、プロのパンチャーの速度と比較した場合である。プロのパンチャーは千里より2-3割速い速度で入力が出来る。
 
「無茶苦茶速いじゃん! ね、君今日は用事ある?」
「いえ、特に」
「だったら、ちょっと入力を手伝ってくれない?」
「はい?」
 
「実は明日朝10時に納品しないといけないシステムのソースを入れていたハードディスクが飛んじゃって、今社員総出でリストから再入力してるんだよ」
 
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「それは大変ですね!」
「ちょっと来て来て」
と言って、そのままコンピュータールームに連れて行かれる。
 
「コンピュータールームは土足厳禁だから靴脱いでね。あ、君IDカード無いよね?」
「はい」
「すぐ作らせるから。それがないとこのドアを通過できないから」
と言って、近くに居た50代くらいの感じの女性に指示している。
 
「プログラムは全部で300本ほどある。昨夜から始めて今50本入力し終えた所で」
「リストがあるならOCRとかには掛けられないんですか?」
「OCRはゼロとオー、イチとアイとかを結構読み間違えるんだよ。それで入ってしまうと、あとでミスに気づくのに時間がかかる。それよりはちゃんと内容を読める人が打った方が結果的に速いんだ」
「なるほどー」
「それにリストにはこうやってたくさん修正の書き込みがサインペンで入っているから」
「なるほどですね!」
 
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「明らかにおかしい所とか気づいたら誰かに聞いて。そこ多分バグだから」
「分かりました」
 
それで千里は取り敢えず1枚ソースリストをもらい、専務さんがその場で新たに定義してくれたユーザーでログインして、ソースを打ち始めた。
 
5分ほど入力していた時、《きーちゃん》が声を掛けてくる。
 
『千里』
『なあに?』
『その行の i= というのはおかしい。そこは k= だと思う』
『へー!』
 
それで千里は近くに居た矢島さんに声を掛ける。
 
「済みません、矢島さん」
「うん、何?」
と彼女は自分の入力の手を止めてこちらに返事してくれる。
 
「ここの部分、i= じゃなくて k= であるべきだと思うんですが」
「どれどれ」
 
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と言って矢島さんはリストを見ている。
 
「ほんとだ!これ i= にしても大抵はうまく行くけど、データによっては処理がスキップされてしまう。ここは k= だよ。ありがとう、それで打っておいて」
「はい」
 
そんな感じで、千里は《きーちゃん》が教えてくれる通りに修正しながらリストを入力していったのであった。
 

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千里は不眠不休で翌日のお昼過ぎまでソースの入力作業を続けた。結局納品は6日朝10時の予定を夕方16時に延期してもらった。そのシステムと連動した全国システムが7日朝から動き出すので、どうしてもこの日の内にシステムを導入してスタッフの教育をする必要がある。それでその日の16時に導入して、夜中まで掛けて向こうのスタッフに教えるらしい。向こうのスタッフさんも大変である。
 
実際には納品時点ではソースがまだ復旧していないもののオブジェクトコードだけ存在するものも納品に使用して、その分は更に入力を続けていた。また、導入に行く部隊と別グループで再度システムのテストを念入りに夜通しやって、もしバグがあったら7日朝に入れ替えるという話であったが、彼らは結局丸2日貫徹である。全くお疲れ様である。千里は主要プログラムのソース入力自体がお昼までにだいたい終了したので、それで開放してもらった(5日のお昼・夕食・夜食、6日の朝食・昼食は社長さんがお弁当を大量に買ってきて、それを食べた)。
 
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『きーちゃんもありがとう。お疲れ様』
と千里は《きーちゃん》に御礼を言う。
 
『あれって最初から貴人が入力する訳にはいかなかったの?』
と《せいちゃん》が訊く。
 
『パンチ速度自体は千里の方がずっと速いんだよ』
と《きーちゃん》。
『なるほどね』
 
『でもあれやってて思ったけど、私にはやはりプログラムは無理だよ。まるで呪文を入力している気分だった』
と千里は言う。
 
『千里ってプログラムの命令のひとつひとつをいまいちちゃんと理解してないっぽいんだよなあ』
『ね、ね、この会社にはきーちゃんがお勤めしてくれない?』
『はあ?』
『私、雨宮先生から大学院も卒業するしこれからは毎月10曲書いてもらうからなんて言われてるしさ』
『あ、その方がいいんじゃない? BASICやPerlにPHPなら俺も分かるぞ』
などと《せいちゃん》も言っている。
『きーちゃん、JavaとかC++とかUnix系OSの操作とか分かるよね?』
と千里。
 
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『まあ、たしかに千里にはプログラミングの才能は無さそうだしねえ。んじゃ、WWW端末系は青龍やってよ』
と《きーちゃん》も半ば呆れたように言った。
 

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千里はJソフトウェアを出ると、いったん東京駅に出てから上越新幹線に乗り込む。
 
『越後湯沢で起こしてね』
と後ろの子たちに言い、熟睡した。
 

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一方、高岡では、その日青葉はまだ冬休み中であったが、補習で学校に出て行っていた。お昼休みに隣のクラスの空帆が来る。
 
「ね、ね、来年のコーラスの大会で歌う曲だけどさ」
「随分先の話だね」
「いや、去年も早めに準備しておこうなんて言ってて、結局7月になってから決めたからさ」
「確かにバタバタだったよね」
「私と青葉のふたりで決めちゃってもいいだろうから決めちゃおうよ」
 
合唱軽音部の部長は青葉、副部長は空帆になっている。
 
「何を歌うの?」
「KARIONの『黄金の琵琶』」
「なるほどー」
「作曲者の許可は取れるよね?」
「まあ作曲者は私だし。作詞者の承認も必要だけど、あとで冬子さんに頼んでおくよ」
 
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『黄金の琵琶』の作詞者は政子だが、政子に電話して頼んでも電話が切れた次の瞬間、彼女は忘れてしまう危険がある。それで冬子に頼めば、着実に編曲許可の書類を送ってもらえるだろう、という判断である。
 
「去年は中部地区大会までだったけど、今年は全国行けるかも知れないと思うんだよ」
「まあ一昨年は人数も居なかったしね」
 

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その日の夕方になって千里がやってきた。
 
「参った参った」
などと言っている。
 
「昨日来るかと思っていたのだけど」
と桃香が言う。
 
「ごめんねー。例の会社に書類を出しに行ったら、会社内がパニックでさ」
「あらあら」
「トラブルが起きてその対処を社員総出でやってて、私もちょっと頼むと言われて徹夜で作業してた」
「大変だったね!」
「新幹線と《はくたか》の中で熟睡してきたよ」
 
「熟睡してて、よく越後湯沢で乗り過ごさないね」
と母が言う。
 
「千里って、熟睡していても、必要な時刻にはきちんと目が覚めるよな」
と桃香が言う。
 
「うん。だから私、夜間のファミレスのバイトをしながら結構眠っていられたんだよ。お客さんが来たら目が覚めるし、会計の所に行っても目が覚める」
「便利な体質だ」
 
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「神経の1%くらいが常に起きてるんだろうね」
と母が言う。
 
「逆に私の身体って、完全に神経が眠っちゃうと、けっこう動きをサボるのよね〜。性転換手術で全身麻酔された時も一時的に心臓が止まったし」
 
「え〜!?」
「別に心臓が止まるくらいは普通だから私は平気なんだけどお医者さんは慌てたらしい」
「いや、それ絶対普通じゃない」
 
あの時は全身麻酔中ではあったのだが、危険を感じた《くうちゃん》が強引に千里の脳を覚醒させ、それで心臓は再稼働したのである。しかしおかげで手術中は自分の性器が解体されていく様子をずっと知覚するハメになり、そちらの方が千里はよほど辛かった。このあたりが自分が手術されている所を楽しんで見聞きしていた青葉との性格の違いだ。
 
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「以前、病院で健康診断受けてて看護婦さんが『あれ?脈拍がない。あれ?血圧が無い。機械が壊れてるのかな』と悩んでたんで、『あ。すみませーん。心臓ちゃんと動かしますね』と言って」
 
「心臓の再稼働ってどうやるの?」
と母が訊くので
「足を動かせば心臓も動くよ。手くらいじゃダメ。足が良い」
と千里は答える。
 
「千里、実は君は死んでいるのでは?」
と桃香。
 
「あはは。私、あまり生きているって自信が無い」
 
などと千里は笑いながら言っている。
 
「でも桃香、私が死んでるように見えたら、足を数回動かしてみてよ。それでたぶん蘇生するから」
と千里が桃香に言う。
 
「分かった。それは覚えておく。でも私は千里より先に死にたいな。愛する者の死を見るのは辛い」
と桃香が言うと、千里は微笑んでいる。
 
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青葉は半分は冗談で
「ちー姉、千日行の堂入りができるかもね」
 
と言ったのだが
 
「あ、私、瞬嶽さんに君なら堂入りが1ヶ月でもできると言われたよ。さすがにそれは死ぬと思うけどね」
と千里は答える。
 
「瞬嶽って青葉の亡くなったお師匠さん?」
「そうそう。たぶん外交辞令だよ」
 
堂入りというのは、不眠・不休・不飲食(水も飲んではいけない)で1週間お経を唱え続けるという、人間の生命力の限界を超える修行である。これを経ないと千日行は満行しない。
 
でも瞬嶽がそんなことを言ったのなら、本当にできるのでは?と青葉は思う。しかし・・・・と青葉は更に悩んでいた。
 
天津子は自分と青葉が協力して千里を殺そうとしても殺せないだろうなどと先日言っていた。でもそれ殺せないというより、たとえ殺してもすぐ生き返るんだったりして??
 
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