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■春行(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2015-06-19
 
2015年2月8日(日)。青葉たちT高校社文科の1-2年生は約1週間の海外研修に出かけた。行き先は各人の希望により3つに別れている。
 
アメリカコースはニューヨークの国連本部、グラウンドゼロ、メトロポリタン美術館などを見学、ワシントンD.C.ではホワイトハウス(大統領官邸)・ペンタゴン(国防総省)、スミソニアン博物館、なども見学する。
 
中国コースは上海・杭州・深圳(日本では一般に「シンセン」と日本語読みの名前で定着しているが本当はシェンチェン)などを巡るコースである。北京語の通じる地域が行程のほとんどを占めることから、このコースに参加する人は1ヶ月間、週2回の中国語特別レッスンを受けた。
 
そしてもうひとつ青葉・美由紀・日香理たちが参加したのがヨーロッパコースである。ブリュッセルのEU本部、フランクフルトの証券取引所、ジュネーブの国連事務局などを見るコースである。
 
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出発は8日の夕方である。全コースの生徒合計66名および付き添いの教師が6名(各コース教師2名)合計72名で男女別2台のバスに分乗して成田空港へ向かう。バスはどちらも運転手さんを2名入れて2時間交代で運転してもらっている。
 
しかしここで飛行機や新幹線で移動せずに深夜にバスで移動するのがさすが公立高校である。
 

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翌朝、成田空港には、早朝なのに千里と桃香が見送りに来てくれていた。
 
「桃姉、ちー姉、わざわざありがとう」
「フランクフルトに行ったら、ハイジの白パン買ってきてくれ」
などと桃香は言うが
「日本まで日持ちしないと思うよ」
と青葉は言っておく。
 
「これ御守りにあげるね」
と言って千里が小さな人形をくれる。
 
「これって身代わり人形?」
「そうそう。館林の**寺で売っているもの。利くことは確認済み」
 
確認済みって!何に使ったのさ? しかし、これを使う状況が発生するのか?
 
「ついでにこれもあげるね」
と言ってシトリンの勾玉をくれる。
 
「これ、うちの神社の御守りだ!」
と言って青葉は嬉しそう?に声をあげる。
 
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「そうそう。玉依姫神社の御守り。特別にパワーを入れてもらった」
「ほんとに凄いパワーが入ってる! 入れてもらったって誰に入れてもらったの?」
「内緒」
「うむむ」
 
「じゃ、気をつけてね」
「うん」
 

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青葉たちは各コースごとに別れてパスポート・搭乗券を確認の上、まずは荷物を預け、保安検査場を通って税関を通り、出国手続きに進む。
 
ところがまず荷物を預ける段階で青葉は引っかかる。
 
「お客様、航空券が違います」
 
青葉の航空券は性別がM(男性)になっているのである。
 
「済みません。性転換手術をしているので」
 
と青葉が言うと
 
「ああ、そういうことですか。了解しました」
と言って手続きしてくれた。
 
保安検査場でも同様にして「性転換しているので」と言うと通してくれた。
 
そして出国手続きに並んでいた時、前の方で
「パスポートと航空券が違います」
と言われている人がいる。22-23歳くらいの女性(?)である。
 
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「私、性転換したんだけど、まだ戸籍を直してないのよ」
などとその人物は言っている。
 
「はい、分かりました」
と言って係員は処理してくれる。
 
青葉の番になる。やはり「これ違います」と言われる。それで青葉も
「性転換しているので」
と言ったのだが
「本当ですか?何か証明するものがありますか?」
などと言われる。
 
さっきの人はすんなり通れたのになんで私はこんなこと言われるの〜?と思ったのだが、こういう時のために用意したものがある。
 
「こちら実際に手術をしてくれた医師に書いてもらった性転換証明書です」
 
と言って、青葉は松井医師に書いてもらった証明書(英文)を見せる。
 
「ああ、国内の大学病院で手術なさったんですか?」
「はい、そうです」
 
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「分かりました」
と言って手続きをしてくれた。
 
松井医師と鞠村医師の病院は、一応元々鞠村医師が所属していた大学病院の外部機関扱いになっているので、ふたりとも大学教授の肩書きも持っている。
 

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「青葉、たいへんね〜」
とひとつ前に通った美由紀が同情する。
 
「うん。はやく戸籍の修正をしたいよ」
と青葉は本気でぼやいた。
 
青葉は性転換手術を受ける前の2011年秋に1度アメリカまで往復してきているが、当時はまだ身体が男だったので、裸にされて男性であることを確認されている。今回はもう性転換手術済みで、身体で男性を証明することが不可能なので、医師に証明書を書いてもらったのである。
 
「たぶん青葉がどうみても女にしか見えなかったからだよ」
と青葉の次に通った日香理が言う。日香理は実は何かあった時に青葉をサポートできるようにといって青葉の次に並んでくれていたのである。
 
「あ、それはあるかもね。さっき言われてた人はけっこう男に見えたもん」
と美由紀。
 
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「男だと思えば男にも見える人は性転換したと言えば信じてもらえるけど、女にしか見えない人は簡単には信じてもらえないかもね」
と日香理。
 
「難しい世の中だ」
と青葉はいうが、ひょっとして私が難しいのかしら?などとも思う。
 
しかし、ちー姉は10代の内から何度も海外のバスケの大会とか海外合宿とかに行っていたみたいだけど、その時もきっと大変だったろうな、と青葉は思った。千里は2012年に性転換手術を受けた・・・・はずなのだが、実際にはどうも2006年に既に手術を終えていたっぽい。そのあたりの仕組みがどうなっているのかどうにもよく分からないのだが、そうなると20歳になるまで身体は女なのにパスポートは男という状態で苦労していたはずだ。
 
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2011年に一緒にアメリカに行った時もちー姉、私同様に別室検査になってたもんなあ、などと当時のことを青葉は回想していた。
 

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その時、青葉の後ろの方で
「I am trassexual」
と言う女性の声があった。
 
青葉たちが振り返ると、見た感じ18-19歳くらいのアラブ系の少女である。
 
「Do you have any medical affidavit or something to prove it?」
と係員が訊いている。
 
「No」
「Are you post-op, or pre-op?」
「Post-op. I underwent sex change surgery two years ago」
「Can you have a medical check by a doctor now?」
 
少女は仕方ないなあという表情で
「OK」
と言って別室に連れて行かれていた。
 

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「医師の診察を受けてくれなんて言われてたね」
「大変そう」
「Pre-opなら裸にすれば分かるけど、Post-opだと外見上は女性と全く変わらないから」
「見た目も女の子にしか見えなかったもん」
「あの子、アラブ系っぽかったから、より厳重になったのかもね。最近テロが多いし」
「並んでいる時にチラッと見たのではパスポートはアメリカだったみたい」
 
「でも医師の診察って何されるの?あそこの中まで調べられるのかな」
「多分CTとかで確認するのでは」
「なるほどー」
「術式によっては、クスコ入れてあそこの中を見ただけでは天然女性と区別つかないケースもあるから」
「それも凄いね」
 
「パスポートと身体の性別が一致してなかったら事前に医師の診断書取っておかないと厳しいと思うよ」
 
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ヨーロッパ組(2年生男4人女8人・1年生男4人女6人・音頭先生・鳥越先生で男9女15の合計24名)は11時半のKLM アムステルダム行き(B747-400)に乗り、11時間半のフライトで現地時刻 15時すぎにオランダ・アムステルダムのスキポール国際空港に到着する。ここでトランジットして17時発の小型のフォッカー70に乗り換え、45分の空の旅でベルギーのブリュッセル国際空港に到着する。
 
なお、時刻はオランダ・ベルギーともに UT+1 で日本とは8時間の時差がある。(11:30 + 11:40 - 8:00 = 15:10)
 
例によって青葉は入国審査でひっかかったものの、ブリュッセルの入国審査の係員は性転換している人に慣れている感じで青葉が「Je suis transsexuel」と言っただけで「Ah. D'accord」と言ってくれて、医師の証明書を見せるまでも無かった。
 
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ブリュッセルに到着したのは18時すぎで、その日は市内のレストランで夕食を取ってからホテルに投宿した。
 
部屋は本来ツインっぽい部屋に強引にエクストラベッドを2個入れて4人部屋にしてある。青葉と同室になったのは、美由紀・日香理・純美礼である。
 
「ヨーロッパってステーキとか巨大なものが出てくるかと思ってたけど、何か普通だったね」
などと美由紀は言う。
 
「テレビなんかではきっと巨大なのを出してる店をわざわざ取材してるんだよ」
「かもね〜」
 
「ホテルもなんか新しいっぽいよね、ここ。ヨーロッパって中世から建っていて鎧をつけた幽霊が歩き回るような古いホテルばかりかと思ってた」
などと怪談好きの純美礼が言う。
 
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「そういうホテルも存在はするだろうけど、普通はどんどん新しいホテルが建てられている。日本と同じだよ。特にブリュッセルは国際都市だしね」
 
「レストランでもなんかいろんな言葉が飛び交ってたよね」
と美由紀。
「英語・フランス語・ドイツ語・イタリア語・ロシア語・日本語・中国語までは分かったけど、私もどこの言葉が判別できないものがたくさんあった」
と日香理も言っていた。
 

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21時頃。
 
部屋でおしゃべりをしていたら、美由紀が唐突に
 
「お腹空いた」
と言い出す。
 
「美由紀、さっきステーキ2枚も食べてたじゃん」
と日香理が言うが
 
「おやつがあってもいいかなと」
と美由紀は言う。
 
「あ、私もおやつ欲しいー」
と純美礼も言う。
 
「ホテルの近くにローソン無いかなあ」
「私はセブンイレブンの方が好きだな」
 
「いやブリュッセルにはローソンもセブンイレブンも無いと思うけど」
と日香理がまっとうなことを言う。
 
「無いの〜?」
「ファミマでもいいけど」
「この際サークルKでも」
「いや、ベルギーにはコンビニは無かったはず」
 
「そんなの夜中にお腹すいた時困るじゃん」
「そんなこと言われてる。青葉、この2人に何か言ってやって」
 
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青葉は困ったなあと思いながらもフロントに電話してみた。
 
「ふつうのスーパーでもよければ近所に22時まで開いている店があるって。フロントで地図を書いてくれるって」
 
と青葉が言うと
「よし、行こう!」
とふたりは張り切る。
 

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結局4人でぞろぞろと部屋を出て、エレベーターホールまで行くと、1年生の花山さん・品川さん・月影さんの3人が居る。
 
「こんばんわ〜」
「ドイツ語だとグーテン・ナッハトでしたっけ?」
「それはおやすみなさいになる。グーテン・アーベントでいいよ」
「英語だとグッド・イーブニングだよね」
「夜になってもそれでいいんですか?」
「昔の人は夜は出歩かないし」
 
「ちなみにブリュッセルはフランス語圏」
と日香理が言うと
 
「あれ〜?」
などと美由紀まで言っている。
 
「でもどこに行くの?」
「ちょっとコンビニにでも行って来ようと思って」
 
青葉たちは顔を見合わせる。
 
「ベルギーにはコンビニなんて無いんだよ」
と美由紀が前から知っていたかのような言い方をする。
 
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「え〜?無いんですか?」
「だったら夜中にお腹空いた時困るじゃないですか」
 
「うん。だから私たち、これからスーパーに行ってくるんだよ。花山さんたちも来る?」
などと純美礼も偉そうに言う。
 
「行きます!」
と花山さんたちは答えた。
 

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