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■春行(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2015-06-20
 
「でもうちのお姉ちゃんの話では、バスケットの世界では190cm台の女子選手は割といるらしい」
 
と青葉は言ってみる。
 
「おお、やはり居るのか!」
「凄いなあ」
 
「中国とかマレーシアとか、あと最近日本にけっこう留学生が来ているセネガルとか長身の女性がいるんだよ」
 
「へー、セネガルね〜」
「アフリカも結構いろんな民族いるもんね」
「スラブ系にもいそうだよね」
 
「じゃ、ルードヴィヒ2世は実は大柄な女だったという物語もありかも」
「よし、それで小説書いてみない?」
 
と美由紀と純美礼は結構盛り上がっているようである
 

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4階の居間の隣には、洞窟がある!
 
「これって男の子の発想という気がする」
「日常の中に冒険が欲しいんだ」
「やはりルードヴィヒ2世は男だったのかなあ」
 
「ルードヴィヒ2世って奥さんいなかったの?」
「男の子が好きだったらしいですよ。女性には全く関心が無かったそうです」
とガイドさんが言う。
 
「おぉ!」
と美由紀と純美礼は感激しているようだ。
 
「彼が全然女性に興味を示さないので、心配した親戚のオーストリア皇后・エリザベートが自分の妹のゾフィー(Sophie Charlotte Auguste von Wittelsbach) を彼の妻にと勧めたんだけど、結婚式の日程は決められたものの、ルードヴィヒは何度もその結婚式を延期して、ついにはエリザベート皇后も怒って彼と絶縁したそうです」
 
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とガイドさんは説明する。
 
「やはり、実は女だったから」
「それで女性と結婚したらそれがバレるから結婚できなかったんだよ」
 
とどうもふたりの頭の中では既に「ルードヴィヒ2世は女」という設定が固まってしまっているようである。
 
「でもゾフィーってウルトラマンのお兄さんみたい」
と美由紀。
 
「いや、ゾフィーって名前は英語にしたらソフィアだから間違いなく女性名。ヴァイオリニストのアンネ=ゾフィ・ムター (Anne-Sophie Mutter)なんているし、リヒャルト・シュトラウスの『バラの騎士』のヒロインの名前もゾフィーだよ」
と日香理。
 
「もしかしてウルトラマンのお兄さんは女だった?」
と美由紀。
「あちらのゾフィーの語源もフィロソフィーという説があるから、もしそれなら女性名のソフィアと同語源ということになるけどね。でも向こうは公式な綴りは SじゃなくてZということになってる。Zoffy」
と日香理。
 
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「でもそのあたりの話、あまり言ってるとウルトラマン・フリークの人たちにお叱りをうけるからやめとこう」
と純美礼。
 
「うん。そうしよう」
と美由紀。
 
「私たちのルードヴィヒちゃんの方に設定を集中しよう」
「うん。やはり可愛い女の子だよね。背は高いけど」
「でも実は女らしいことが苦手で剣が得意で」
「あ、その方向性がいいよね」
 
とふたりは既にキャラクターの設定固めに入っているようだ。
 

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お部屋をひととおり見学したあと、城内のカフェでケーキと紅茶を頼み、テラスで素敵な景色を見ながら頂いた。
 
「なんかこの景色だけ丸一日眺めていてもいい気がする」
「ルードヴィヒ2世はここから湖の白鳥を眺めて過ごしていたらしいよ」
「そういう夢の世界だけじゃなくて、もう少し現実の世界にも目を向けていたら、彼は暗殺されずに済んだのかも知れないね」
 
「やはり王様って国民に対して責任があるからね」
「いっそ退位してから道楽していたら良かったんだろうけどね」
 
「でもルードヴィヒ2世がこの城を建てるのに使ったお金の返済で子孫は結構苦労したらしいよ」
「今となっては先行投資だけどね」
 

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その日はフュッセンからミュンヘンに戻って宿泊した。しかしこの日がこのドイツ旅行でのエポックという感じであった。
 
翌日13日(金)。
 
13日の金曜日というだけで美由紀と純美礼は楽しそうであった。
 
この日は空路での移動になる。
 
ミュンヘン・フランツ・ヨーゼフ・シュトラウス空港を朝7:50の便に乗り、9:00にジュネーブ・コアントラン国際空港に到着する。
 
飛行機で国境を越えるので、またまた性別のことを説明しないといけないかと青葉は覚悟していたのだが、ヨーロッパ内の各国間の移動はパスポートチェックが無いようであった(正確にはシェンゲン協定加盟国間)。おかげで何のストレスも無しにスイスに入ることができた。
 
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それで安心していたら、ジュネーブで最初に行った、国連事務局でまたまたパスポートのチェックがあり、またまた青葉は医師の性転換証明書を見せて説明することになる。ここの係員はその説明だけで納得して通してくれた。
 
「青葉、ほんとに大変ね!」
と美由紀が本気で同情して言った。
 
「まあ帰りの飛行でも説明しないといけないけど」
「青葉、いっそ男に性転換したら? そしたらパスポートの性別と同じになるよ」
 
「それだけは絶対嫌!」
 

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国連本部はニューヨークにあり、今回の研修旅行でアメリカに行ったグループが訪れているはずだが、ここジュネーブにも多数の機関が集まっている。WHO, ILO, ITU などの本部はここに置かれている。元々は国際連合(United Nations)の前身ともいうべき国際連盟(League of Nations)の本部があった場所である。
 
「なんかギリシャにでもありそうな建物ね」
と美由紀は言っていた。
 
パレ・デ・ナシオン(Palais des Nations)と呼ばれる建物で、前面に大きな柱が並んでいるのが特徴である。
 
見学コースは1時間ほどで10時半スタートの組であった。
 
実はブリュッセルのEU本部もジュネーブの国連事務局も見学できるのは平日のみで、ブリュッセルの方は月曜の午前中がお休みであったことから、火曜日にブリュッセルに入り、金曜日にジュネーブに入るというスケジュールが組まれたのであった(ジュネーブ国連事務局は夏の間は土曜日も見学可能)。
 
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ここは34個もの会議室を持っており、たいていどこかで国際会議が開かれているという。
 
ミケル・バルセロの有名な絵が天井に描かれているのは国際連合人権理事会(United Nations Human Rights Council)の会議場である。美由紀に言わせれば
 
「間違って絵の具の缶を蹴ってしまったのでは?」
 
ということであるが、様々な色の絵の具がまるで無秩序に塗られている。そのひとつひとつが、ひとりひとりの人間の生き方を表し、様々な生き方を許容しようということなのだそうである。
 
庭には「足の折れた椅子」のモニュメントがある。地雷で足を無くした人を象徴的に表現したもので、地雷やクラスター爆弾などに反対する意志を示すものである。
 
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12時頃に終了してお昼を食べる。レマン湖のそばにあるレストランで昼食を取った。ここで2時間の自由時間となり、グループ単位の行動で、集合は15時ということになったのだが、実際には音頭先生と鳥越先生は定期的に各グループの代表に電話を入れて所在を確認していたようである。
 
青葉たちは美由紀や純美礼が「外は寒いし」などと言うので、4人でカフェに陣取り、ひたすらおしゃべりをしていた。この湖畔名物の140mの大噴水が吹き上がるのも見て「すごいね〜」などと言っていた。
 
13時半頃、
 
「フロイライン・カワカミ!」
という声がする。
 
「フラウ・ボーデシャッツ!」
と青葉も笑顔で声をあげる。
 
それはフランクフルトで出会った魔女グループの主宰者、ルツィア・ボーデンシャッツさんであった。今日はひとりである。
 
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「観光ですか?」
「ちょっとお友達に誘われたからドライブがてらお昼を食べにきただけ。さっき別れて今夜はローザンヌにでも移動しようかと思っていた所」
 
この人もなかなか行動力のある人のようである。
 
「どんな車に乗っておられるんですか?」
「BMW X1」
「コンパクトSUVですね?」
と日香理が言う。
 
「そうそう。xDrive25d 2.0L Dieselmotor Twin Turbo」
とボーデンシャッツさんは説明するが、このメンツではそのあたりの細かい話が分からない。
 

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それでまた彼女と昨日見て来たノイシュヴァンシュタイン城のことなどを含めていろいろ話していた時、焦ったような顔をしてこちらに音頭先生がやってくる。
 
「コンニチワ、オンドさん」
とボーデンシャッツさんが日本語で声を掛ける。
 
「あ、えっと・・・グートゥンターク、フラウ・ボーデンシャッツ」
と音頭先生もドイツ語で返事をする。
 
どちらもちゃんと名前を覚えているのが凄い、と青葉は双方に感心した。
 
「川上さんたち、1年生の花山さんたちのグループ、見かけなかったよね?」
 
「花山さんたちですか?」
と言って、青葉たちはお互い顔を見合わせる。
 
「見てないです」
「困ったな。13:00の定期連絡の時は道路沿いのカフェに並んでますという話だったんだけど、13:30の定期連絡が無いからこちらから掛けるんだけど電話がつながらないのよ」
 
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「電波の届かない所にでもいるんでしょうか?」
 
ボーデンシャッツさんが「何かあったのか?」と尋ねるので青葉が、一緒に来ている子たちのグループ3人と連絡が取れないと説明する。
 
「今日はこの付近で泊まり?」
「いえ。パリに出るつもりでいます」
「それは困ったわね」
 
するとボーデンシャッツさんがおもむろに水晶玉をバッグから取り出した。
 
「その人の持ち物が何かありませんか?」
「誰か持ってる?」
「うーん・・・」
 
と言っていた時、青葉はふと美由紀の携帯のストラップに気づいた。
 
「美由紀、そのストラップ使えないかな?」
「そうだ。これ月影ちゃんが作ってくれたんだった」
 
それで美由紀がストラップを取り外してボーデンシャッツさんに渡す。ボーデンシャッツさんはそれを水晶玉の向こう側に置き、目をつぶった。
 
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「こちらの方角。15kmくらい離れている」
「少しずつ離れて行っていると思う。バスか電車に乗ってる」
 
青葉が地図をスマホに表示させて確認すると、その方角でその距離なら、どうもレマン湖西岸の道路上に居るようである。音頭先生は戸惑ったような表情だ。
 
「あの子たち、バスに乗り間違ったのでは?」
と日香理。
「そういえば、あの子たちサン・ピエール大聖堂に興味持ってたようだった」
と純美礼が言う。
 
「方角が全然違うじゃん」
と音頭先生。
 
「そもそもサン・ピエール大聖堂に行くのにこの付近からバスに乗る必要は無い。歩いて10分で着く」
と青葉。
 
「言葉が分からないままに片言の英語で尋ねて、おかしな方角に行ってしまったのでは?」
と日香理。
 
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