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■春行(6)
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そんなことを言っていた時、音頭先生の携帯に電話が掛かってくる。
「すみません。花山です。実は3人とも携帯のバッテリーが切れてしまって」
「あらあら」
「親切な人がバッテリーボックスを貸してくださったんです。それで私のUSB充電ケーブルをつないで、やっと電話できました」
「あなたたちどこに居るの?」
「それがよく分からなくて」
「え〜?」
「バスの中なんですけど、どうも私たちが行きたかった所とは方角が違うみたい。一応進行方向右手にレマン湖がずっと見えているんですが」
「すぐ降りて!」
「それが全然停車しないんです。運転手さんに私の英語、通じないみたいだし」
青葉は通話の内容を通訳していたのだが、それを聞いたボーデンシャッツさんが
「私にその電話貸して。そして運転手に向こうの電話を渡して」
と言う。それでボーデンシャッツさんがむこうの運転手さんと交渉してくれたら「降ろしてくれるそうですよ」ということ。
「良かった!」
会話をそばで聞いていたら、どうもおばちゃんパワーで押し切って、向こうの運転手さんが、めげてしまったようだ。魔女術とも霊感とも関係無い!
そしてすぐに
「今、道端に降ろしてもらいました。でもどこなのか全然分かりません」
と情けないような花山さんの声。
「私の車で迎えに行こう」
とボーデンシャッツさん。
「今彼女たちはどの辺だと思う?」
と音頭先生が訊く。
「たぶんこのあたりです」
音頭先生は考えている。
「今から迎えに行って、ここに戻って来てからでは、ジュネーブ空港に間に合わない」
と先生は言う。
「だったら、彼女たちを拾ってから、そのまま空港に行きましょう」
とボーデンシャッツさん。
花山さんたちのいる方角と、ここから空港への方角は似たような方向なのだが彼女たちは推測で空港より12-13kmほど向こうに居る。
「いいんですか?」
「じゃ私が同行します」
と青葉は言った。
ボーデンシャッツさんの運転するBMWのSUVに乗り、青葉は自分の超感覚的知覚を最大限にして花山さんたちの波動を探索する。
うーん。パワーが足りない。しかし運転しているボーデンシャッツさんにいちいち探索までしてもらう訳にはいかない。自分が何とかしなければ。ここにちー姉がいたらなあ。ちー姉はこういう「人探し」が物凄くうまい。
と思った時、青葉は成田を発つ時に、千里がくれたシトリンの勾玉の御守りのことを思い出した。
そうか。ちー姉はこのためにこの御守りをくれたのか。
それで青葉がその勾玉を握ると、青葉の超感覚的知覚がいきなり物凄いパワーになる。
「わっ」
と思わず青葉は声を出してしまったが、運転しているボーデンシャッツさんまで「オー!」と驚く。
「何したの?」
「いえ。姉からもらった御守りをちょっと使ってみただけで」
「あなたのお姉さんって何者?」
「私も実はよく分からないんです」
「人間じゃなくて神様ってことは?」
「時々そんなこと思うこともあります」
しかしこの千里の「パワー入り」御守りのおかげで、青葉はしっかりと花山さんたちの位置をフォローすることができて、ほとんど道に迷わずに彼女たちの所に到達できた。
「乗って乗って」
と言って彼女たちをBMW X1の後部座席に乗せる。
「行くよ」
と言ってボーデンシャッツさんは車をジュネーブ空港に向けた。
空港の玄関のところで降ろしてもらう。連絡していたので音頭先生が駆け寄ってくる。ボーデンシャッツさんによくよく御礼を言ったら
「川上さん、もし良かったら、その勾玉を頂けない?」
と言う。
「はい。こんなものでよければどうぞ! ブラジル産のシトリンだそうです」
「産地よりこのパワーが凄い」
「私もびっくりしました」
「これがあったら、性転換とかでも簡単にできそう」
「性器は手術が必要にしても体質は変えられそうですね」
「今度また戦争した時に、エッフェル塔か自由の女神くらい崩せそうだし」
「できたらあまり危険なことには使わないでください」
それで彼女と握手して別れた。
無事全員そろったので17時のパリ・シャルル・ド・ゴール(Paris-Charles-de-Gaulle)空港行きに乗った。約1時間のフライトでパリに到着する。
今日はドイツ・ミュンヘンから、スイス・ジュネーブ、フランス・パリと1日で凄い移動である。ただし3国とも時刻帯は全て中央ヨーロッパ時刻で日本との時差は8時間になっている。
「距離的にはミュンヘンからジュネーブは460km, ジュネーブからパリは400km, 日本で言ったら福岡から大阪まで飛んで(480km), その後東京まで飛んだ(400km)ようなもの」
と日香理は言う。
「そういう狭いところにたくさん国がある訳か」
「面積的にはインドより少し広いくらい」
「ほほぉ」
「EUができたことで、全部同じ通貨で行けるし、国境を越えるのにいちいちパスポート見せなくてもいい」
「EUができる前があまりにも不効率なことしてたんだな」
この日はホテルにチェックインしてから1時間ほど休憩した後、パリ市街に出てビストロで遅めのディナーを食べた。1人前30ユーロ(4000円)ということであった。パリで高級レストランに入るとこの10倍くらい取ることも多いらしい。
この日のディナーは割とリーズナブルな価格であったにも関わらずとても美味しかった。見学に関してはロマンティック街道がエポックだったが、料理に関しては今夜の料理が最高であった。
店はこじんまりとしていて、雰囲気も良かった。またパンが食べ放題ということで男子たちがたくさんお代わりしていた。美由紀も2度おかわりしていた。
2月14日(土)。
「あ、そうか。今日はバレンタインだ」
と美由紀が思い出したように言う。
「青葉は彼氏にバレンタインあげなくていいの?」
「日本を出る前に送っておいたよ」
「成田にお見送りには来てなかったね」
「さすがに研修旅行に行くのにボーイフレンドが見送りにってのはまずいでしょ」
「確かに」
「日香理は彼氏にバレンタインは?」
「もちろん渡してから来たよ」
「みんないいなあ、彼氏居て」
と純美礼が言うが
「私も彼氏はいないから」
と美由紀が言って、ふたりは
「よしよし、同志」
などと言っていた。
「だけど女の子のその手の同志って、しばしばすぐ裏切られるよね」
と日香理。
「ああ、過去に裏切られたことは何度もある」
「こちらが裏切ったことはないのが残念だ」
この日はホテルで早い朝食を取った後、バスに乗って早朝のミラボー橋を見に行った。
「Sous le pont Mirabeau coule la Seine, Et nos amours. Faut-il qu'il m'en souvienne, La joie venait toujours apres la peine. Vienne la nuit sonne l'heure, Les jours s'en vont je demeure」
と日香理がアポリネールの詩を暗唱する。
(ミラボー橋の下をセーヌは流れる。そして私たちの愛も流れる。思い出さなければならないのか?哀しみの後には喜びが来るものだということを。夜が来て鐘は鳴り、日々は去って、私だけが残る)
「要するにアポリネールがマリー・ローランサンに振られてここで泣いて詩を書いたわけね」
と美由紀はドライに言う。
青葉がメロディーを付けてこの歌を歌ったら、ガイドさんはそのメロディーは知らないと言った。今日のガイドさんは日本語に堪能なフランス人女性である。
「以前フランス人の性別不明な歌手が歌ったのを聴いたものですが、名前は知りません」
と青葉は言う。
「これ、いろんな人がメロディー付けてますからね〜」
とガイドさんも言う。
「でも性別不明って?」
と質問が入る。
「男の声と思えば男の声にも、女の声と思えば女の声にも聞こえたんだよ」
「そういう声があるんだね」
その後、エッフェル塔に回る。現地に着いたのが8時半だったのに長蛇の列が出来ていた。
「ここは個人で来ようと思ったら1時間待ち・2時間待ちは普通です」
などとガイドさんが言う。
青葉たちは団体扱いで9時半に事前予約されているので、すんなりと入場することができた。まずは地上からのエレベータで2階(東京タワーの大展望台相当)まで上がり、そのまま上に行くエレベーターに乗り換えて3階(東京タワーの特別展望台相当)まで上がった。日中ならこのエレベータに並ぶのも大変らしいが、朝一番に行ったおかげで、すんなり乗ることが出来た。
ここは高さ276mである(東京タワーの特別展望台は250m)。高いことは高いがトイレと望遠鏡以外には何も無い(実はシャンパン・バーがあるのだが展望はきかない内側にある。お値段はとっても高い)。
「見ろ!人がゴミのようだ」
と取り敢えず言ってみたのは美由紀である。
「フランス語ではどう言うの?」
とこちらを向いて訊く。
青葉と日香理は顔を見合わせる。
「Regarde! Les gens ressemble a debris. くらいかな」
と日香理が言う。
「意訳するとそんな感じだよね。実際にはゴミということばの中には取るに足らないって意味も含まれている気がするけどね」
と青葉。
「翻訳は難しいよね。実際のフランス語の吹き替えを聞いてみたい気はする」
と日香理。
15分ほど景観を堪能した上でエレベーターで2階に降りる。ここは高さ115mである(東京タワーの大展望台は145-150m)。ここにはレストランやショップもある。もっともどちらも高いので、青葉たちはチラッと見ただけで離れた。徳代は何かお土産グッズを買っていた。
それでこちらは何も買わずに景色を眺めていたのだが、
「ここからの眺めの方がいいような気がする」
などと純美礼は言っている。
「まあ東京ワーも特別展望台より大展望台のほうが景色は良い」
と日香理。
「あまりにも高すぎると、景色というよりゴミかな」
と美由紀はまだ大佐にこだわっているようだ。
ここでも15分ほど滞在した後、エレベーターで更に1階に降りる。しかし列ができていて、エレベーターに乗るまでに10分掛かってしまった。ここは高さ57mである。ちょうど、2階と地上との中間くらいの高さだ。
「え?1階って地上じゃないの?」
などと美由紀が言っている。
「階の数え方って国によって違うからね」
と青葉。
「日本やアメリカは1オリジンだけど、ヨーロッパはだいたい0オリジン」
と日香理。
「だからフランスやイギリスで1階というのは日本の2階だよ」
「じゃ、フランスで日本の1階に相当するのは何というの?」
「レドショッセ(rez-de-chaussee)」
と日香理が言う。
「なんか難しい!」
「道路と同じ高さという意味」
「へー!」
「イギリスだとground floor」
と青葉は補足する。
「イギリスで first floorは日本の2階?」
「そうそう。だから同じ英語でもイギリスとアメリカでは階の数え方が違う」
「難しいね!」
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春行(6)