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■春暉(12)
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AYAのゆみは、織絵と一緒に作った音源・PVを土産に東京に帰還し、その後、自らが作詞してローズ+リリーに提供した曲『Step by Step』の音源製作とPV作成に参加した。
一方、XANFUSの件は、最終的に嘘のように都合良く収拾してしまった。
XANFUSの事務所の新社長・悠木朝道氏の方針で織絵は解雇されてしまったのだが、朝道社長がレコード会社の反対を押し切って強行した7大ドームツアーで6億円もの赤字を出してしまい、更に発売したCDも全く売れず事務所が経営危機に陥る事態になったことで、社長以外の株主が全員団結して社長を解任してしまった。
そしてあらためて就任した悠木栄美社長のもとで織絵・光帆側との和解が成立し、結果的に織絵と光帆は鈴木社長の∞∞プロの子会社・@@エンタテーメントと契約して、そちらで新XANFUSとして再出発(事実上の移籍金を3億円支払った)し、元の事務所側ではXANFUSの後継ユニット Hanacle を売り出すことになった。
年末、青葉の家に訪問者があった。
「どこかの巫女さんみたいなんだけど、言っていることがよく分からなくて」
と応対に出た朋子が言うので、青葉は何だろう?と思いながら玄関に行った。
少しよれた巫女服を着て、髪の長い、見た感じは70歳くらいに見える巫女さんである。
「すみません。どちら様でしたでしょうか?」
「あんた凄いね。***様をきれいに引っ越しさせた」
「ああ、あの神社の方ですか? すみません。連絡先が分からなかったので、勝手にお邪魔して移転させてしまいました」
「***様は安寧に納まっておられる」
「そうですか。それは良かった」
「なんか望みがあったらかなえてやるぞ」
「えーっと、特に何もないけどなあ・・・」
と青葉が言っていたら、横から朋子がこんなことを言い出す。
「祈願とかしてくださるのなら、この子の姉がまだ就職先が決まらないのをいい就職先が見付かりましたら」
「分かった。それは何とかしよう。あ、そうそう。元神社のあった場所はこちらは特に用事は無いから、使いたかったら使ってもよいぞ」
「あ、はい」
「じゃな」
と言うと、巫女さんの姿はすっと消えてしまった。
朋子が目をぱちくりさせる。
「あの巫女さん、どこ行ったんだっけ?」
「うーん。まああるべき場所に帰ったんじゃないかなあ」
と青葉は言った。後ろから女神様が言う。
『青葉、許可が出たみたいだから、あそこにも祠を作ってくれ』
『はいはい』
また彪志に工作してもらおっと。
『しかし青葉、なぜあの巫女さんを家の中に入れずに玄関で立ち話をした?』
『入れた方が良かったですか?』
『とんでもない』
『何となく入れちゃいけない気がしました』
『まあ、青葉もいい勘をしているよ』
12月29日。ゆみは妹(遠上笑美子)とふたりで、その霊園を訪れていた。妹に案内されて、そのお墓まで行く。掃除をしてお花を供え墓石に水を掛ける。線香をそなえて一緒に合掌した。
静かにそこから立ち去ろうとしていたら、目の前に立つ女性が居た。
「井深さん・・・・」
それはこの春からAYAのマネージャーになった井深さんであった。専門学校を出て$$アーツに入社したばかりで、20歳。ゆみより3つ下である。
「済みません。社長からは同行しろと言われたんですが、プライベートな所まで踏み込んではいけないような気がしたので、少し離れた場所で見ておりました」
「ううん。色々心配掛けてごめんね」
「私、この業界のことよく分からないし、至らないこと多いと思いますけど、頑張りますから、私と一緒にまた歌手活動しませんか?」
「そうだね。また少し頑張ろうかな」
「それではこれ、AYAの1月のスケジュールなのですが」
と言って井深さんが渡した紙を見て
「何これ〜〜〜!?」
とゆみは悲鳴をあげた。スケジュール表が真っ黒になっていた。
「取り敢えず1月1日は朝8時からΛΛテレビでお正月特番です。その後12時からはTFMでプリマヴェーラのふたりと一緒にニューイヤーサウンド、それから・・・・」
遠上笑美子がくすくすと笑っていた。
12月30日。千里は5年ちょっと勤めたファミレスを退職した。思えばここのファミレスに勤めていたから、震災のあと炊き出しのボランティアで被災地に入ることになり、それで青葉と巡り会ったんだよな。そんなことを考えると、やはり自分はここに勤めたことが意味があったんだということを認識する。
世の中は色々なものが複雑に絡み合ってできている。なぜ自分が今こういうことをしているのだろうと疑問に思うこともよくあるけど、いつかその意味が分かる時が来る。千里はそう考えていた。
ファミレスは人の入れ替わりが激しい。あっという間にいちばん古株になってしまい、2012年の春以降はこの店の夜間店長を拝命していた。おかげて普通はバイトが辞めても退職金も出ないのだが、結構な金額の退職金を頂いた。
「神社も3月いっぱいで辞めるし、就活は今の所40連敗くらいだし(実は全然数えていない)、4月以降はやはり冬の言うように作曲家の専業かな」
そんなひとりごとをつぶやきながら大学に行き、院生室でお茶を飲んでいたら、3年先輩(博士後期課程3年)の田代さんが入って来た。
「明けましておめでとう」
と田代さん。
「まだ年は明けてないですけど」
と千里。
「そうだっけ? 最近暦が全然分からなくて」
「博士論文のプレゼン計画はもうできたんでしょ?」
「今論文自体を書いてる」
「え〜〜?提出期限過ぎてません?」
「3月修了は諦めた。今必死にまとめあげてる」
「お疲れ様です」
「1月5日の朝9時までに提出できたら4月に学位(博士号)くれると教官は言ってる」
「できそうですか?」
「絶対無理」
「ああ・・・」
「村山さんは修士論文は出したんだよね?」
「もう出しましたよ」
「あんた、バイト随分してたみたいなのによく書く時間取れたね」
「夜間の勤務だから、お客さんを待ちながら書くんですよ」
「それよく体力持つね」
「まあ何とか」
「博士課程に行くんだっけ?」
「いえ。どこかに就職しようと」
「どこかにって、まだ就職先決まってないの?」
「ええ。今の所40連敗で」
「あり得ない! あんたみたいな頑張り屋さんを」
と言ってから、ふと思いついたように言う。
「あんた大企業狙い?」
「全然こだわりません」
「研究所とかが希望?」
「むしろふつうの企業がいいです」
「だったら、こないだ、いい人いませんかねって頼まれた所があるのよ。ソフトハウスなんだけど」
「ソフトハウスって、ソフトクリームか何か作る所ですか?」
「んな訳ないじゃん。コンピュータのソフトウェアを作る会社だよ」
「へー」
「あんたプログラミング言語は何覚えた?」
「えっと。Java/Swing, PHP/Smarty, Visual C++/MFC, .... とかやってたかなあ、たぶん」
「たぶんって不確かだね」
「すみません。あまりまじめにやってなかったんで」
「まあいいや。分からない言語は覚えればいいしね。ここ、ちょっと行ってみない?」
「はあ」
それで千里は不本意ながら、教えられた会社に「田代さんから紹介されたのですが」と言って連絡し、Excelで作っている履歴書フォームの日付だけ修正してプリントし、それを持って出かけて行った。(わざと)セーターにジーンズという軽装である。メイクもしていないスッピンだし、およそ面接を受けに行く人間の格好ではない。
山口専務さんという人が会ってくれた。
しかし12月30日というのに社内は多数の社員さんが働いている。恐らく盆正月の無い仕事なんだろうな。こういう業界って無茶苦茶忙しいと聞くもん、と千里は他人事のように考えていた。
「すみません。急に紹介して頂いたもので、軽装でスッピンで来てしまいまして」
「ああ。構いませんよ。うちはみんなラフな格好で勤務してますし、女性もスカート穿いてお化粧して仕事してるのは事務の子くらいですから」
ああ、ソフトハウスってそういう雰囲気なのかな。実際専務さんも作業服の上下だ。油にまみれているのでマシンの修理とかしていたのだろうか。
「C大学の修士卒業見込みですか」
「はい」
「でもどうしてこんな時期に就活なさっているんですか?」
「ひたすら断られ続けたもので」
「それは大変でしたね」
と言って難しい顔になる。それだけ断られたということは、何か問題のある学生か?と考えたのだろう。千里としても、断られることを予定して来ているので、全然平気である。
履歴書を見ていた専務さんが「ん?」という声をあげる。
「2012年10月、性別の取り扱い変更認可って、これ何?」
「はい。私は生まれた時は男だったので。2012年7月に性転換手術を受けて女になりまして、10月に裁判所の認可も通って、法的にも女性になりました」
「あんた、元男なの!?」
専務さんは驚いたように声をあげる。
「はい、そうです。今は女ですが」
まあ、これで大抵の所はその後の面接が適当になる。みんなあからさまに性別問題を理由に断るとまずいというのを知っているので、何か断る理由が無いかとあら探しを始めるのである。しかし中にはさすがに怒りたくなるような酷いことを言われた所もあった。
「あんた、そんな風には見えないのに」
「そうですね。女みたいな男だと20年言われ続けて、何とか女になりましたけど、今度は男だった女と言われるようになったので、なかなか大変です」
「あんた苦労してるね」
と専務さんが言う。
あれ〜。この人はなんか同情的だぞ〜。
「だけど、あなたの場合、女にしか見えないから、この際、その問題はあまり気にしなくていいと思う」
え〜? そうなの〜? 私は断られてもいいんだけど。
「あなた資格結構持ってるね」
「そうですね。色々取ったかな」
「情報処理技術者試験のST/SA/PM/SCと取ってるんだ」
「まあ取るだけ取っておこうと思って」
「NTT.comマスターの★★★(トリプル)取ったんだ?」
「済みません。新制度になってから受け直してません」
NTT.comマスターは2013年10月に制度が変わって名称も変更になっている。
「いいよ、いいよ。凄い。大型自動車免許持ってるの?」
「ちょっとバイトの都合で取得しました」
「簿記1級に英検1級も取ってるのね」
「受けたら通ったというか」
「TOEICの870点ってどのくらいのレベルだっけ。おーい!矢島君」
と言って専務は女性社員を呼んだ。なんか格好いい女性だ、と千里は思った。お化粧もしていないのに物凄く輝いている。女性には基本的に関心のない千里でさえ、この人素敵〜と思ってしまった。
「君もTOEIC受けてるよね?870点ってどのくらいのレベル?」
「それはもう英語ぺらぺらのレベルです」
「凄い」
「むしろその程度以上の得点は無意味です。そこから先は英語の実力より受験テクニックの問題になってきますから」
「なるほどね」
「ね、矢島君、この子が男の子だと言ったら信じる?」
「へ? この人は男装させても女の子にしか見えない気がします」
「だよねー。やはり性別は問題なし」
「まさかこの人が男性だとか?」
「男性だったけど、性転換手術受けて女になったんだって」
「ご冗談を」
「やはり冗談と思った方がいいくらいだよね。君、取り敢えず仮採用」
え〜〜〜〜!?
「試用期間3ヶ月で問題なければ本採用ね」
と専務さん。
「ありがとうございます」
と千里は返事をしたものの、うっそー!と内心叫んでいた。
だって、私プログラムなんか組めないのに!?
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