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■春暉(8)

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それで青葉は来た道を戻る。途中に置いていた白い紙はほとんどが破れたり泥の中にめり込んだりしていた。明らかに何かがここを通ったという感じである。青葉はその紙を拾いながら戻った。向こうに行った「もの」がこちらに戻ってこれないようにするためである。
 
やがて新しい神社の所まで戻ったが、青葉は戸惑った。
 
青葉が神社の境内で考えながら周囲を見回していると、車から千里と魚重さんが降りてきた。
 
「どうですか?」
と魚重さんが訊く。
 
「さっきはびっくりしました。何だか狼の大群でも来たかという感じの物凄い音でしたけど、みんなこの神社の中に飛び込んで行って、そのまま消えてしまったみたいで」
 
魚重さん、やはり霊感あるじゃんと青葉は思った。だからこそ守護霊が危険な場所であるここへ、来させないように道に迷わせたんだ。
 
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青葉は考えた。
 
まず明かな結論がある。
 
この問題は解決してしまっている!
 
それは後ろにいる《ゆう姫》様の表情を見ても確かだ。
 
しかしここで自分が戸惑っているような顔をしたら魚重さんは自分でもどうにもならなかったんだと思うだろう。それで変な霊能者を呼んで、せっかくここに偶然にも(?)できてしまっているバランスを壊されたら、事態は悪化する。ということは、ここはハッタリをかまして、いかにも自分が解決したような顔をしたほうがいいのか?
 
そんなことを考えていた時、千里が
 
「はい、青葉。これをあそこに埋めたら完成なんでしょ?」
と言う。
 
それは金色の剣であった。受け取るとずしりと重い。銅製の剣に金メッキをしたもののようである。しかし・・・こんな剣を、どこで調達してきたの〜?しかもこれ物凄い念が入ってるじゃん。誰がこんな凄まじい念を込めたのさ?とても人間業じゃないぞ。人間でできる人があるならそれはきっと瞬嶽師匠クラスの人だ。
 
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「うん。ありがとう」
 
青葉は平然として、まるで自分がそれを頼んで千里に預けていたものであるかのような表情で答えると、新神社の祠の前に穴を掘り、剣を先端を下にして埋め、土をかぶせた。真言を唱える。
 
この剣を埋めたことで、新神社の周囲に埋めた8つのアイテムが分割して吸収した「もの」が先程まではまだ微動していたのが完全に鎮まったのを感じた。すごーい!これまるで魔法の剣じゃん!
 
「これでもう大丈夫です」
と青葉は笑顔で魚重さんに言った。
 
「ただ、この剣を掘り返されたら困るから、ここに石の板か何かを置けますかね?」
と青葉が言ったが
「むしろ、鳥居からここまで石の道を作ればいい。工事で出た石がたくさんありますよね?」
と千里が言う。
 
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あ、そうか!
 
「封印のアイテムを埋めた所も掘り返されたくないので、木を植えるか燈籠か何かでも上に置きたいですね」
と千里は更に付け加える。
 
「燈籠より、木を植えるのがいいと思う。木の成長に伴って封印が更に固まる」
と青葉は言う。
 
「そのあたりはできると思います。やはり悪霊が暴れていたんですか?」
と魚重さん。
 
「悪霊ではないんですけどね。霊集団には善も悪もないです。最初はG峠の古戦場で亡くなった大勢の人の亡霊が霊集団を作ったものだと思いますが、800年の時を経て、ネガティブなものは浄化され、この付近の祖先霊なども吸収して、穏やかな霊団になっていたと思います。それがやはり工事の騒音で安眠妨害されたのでしょう。ここはトンネルから離れているから、新たな安眠の地になると思います。もう大丈夫です」
 
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「安眠の地なら、あまり人が近寄らない方がいいんですかね?」
 
「大丈夫ですよ。むしろたくさん人が訪れた方が霊の浄化は促進されますし、またこういう場所はエネルギースポットになるから、受験とか商売繁盛とかにも御利益(ごりやく)があると思います」
 
「お、そういうこと霊能者さんが言ってたと広報誌に書いていいですか?」
「いいですけど、この道、せめて舗装しましょう」
 
「それは予算取れると思います。地元対策費ということで舗装させますよ」
 

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最後に神社跡と新神社の間をつなぐのに使った紙を新神社の境内でお焚き上げして完了とした。燃やした後はしっかり水を掛けて消火しておく。こういう場所での火気の扱いには慎重な配慮が必要である。
 
「でも参拝客が来るなら、手洗場とトイレは付けた方がいいですよね」
「トイレは箱形の置くだけのトイレでも充分だと思いますよ。手洗い場はどうしようかな」
などと青葉が言ったら千里が
「そこの地下水を吸い上げればいいんじゃない?」
などと言う。
 
「ああ、そこを掘ればいいよね」
と青葉は千里に話を合わせる。ちー姉が言うんだから間違い無いだろう。
 
「地下水が出ます?」
「ここにありますよ」
と千里はその場所に立って言った。
 
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「ここを掘れば2mくらいで地下水脈に達します」
「掘らせよう!ちょっと印を付けておきます」
 
と言って、魚重さんは車に積んでいた鉄パイプを1個そこに刺した。
 
この場所からは豊かな地下水が湧出して、結果的にそのことで魚重さんは青葉たちの「処置」を信用してくれたようであった。
 

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2014年9月28日(日)。青葉は軽音合唱部のメンバーと一緒に愛知県稲沢市を訪れた。合唱コンクールの中部地区大会が開かれるのである。稲沢市は名古屋の北西にある市で、青葉たちは《しらさぎ》で名古屋までいったん出てから名鉄に乗って会場最寄り駅まで行った(岐阜羽島駅からは交通の便が悪い)。
 
「だけど凄い雨ですね」
「台風が近づいているからね」
「こんな時期に台風って変じゃないですか?」
「どうもここ数年異常気象だよね」
「たぶん震災の影響もあるんですよ」
 
駅から会場まで1km以上あるので、一応みんな傘は持っているものの、随分濡れてしまった。
 
「風邪引いたらどうしよう?」
「歌唱が終わるまでは風邪のウィルスを抑えておいて」
「どうやって押さえつけるの?」
「やはり睨みを利かせて」
 
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温度が下がっていることもあり、会場側も空調を入れてくれたが、今度は湿度が不足する感じである。飴を持って来ている子がみんなに分けてあげたり、会場のロピーにある自販機でお茶などを買って飲んでいる子もいた。
 

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中部地区大会といっても新潟県と長野県の代表は関東甲信越大会に出ており、こちらに参加しているのは、東海地区の静岡・愛知・岐阜・三重、北陸地区の富山・石川・福井、合計7県の代表18校であった。
 
青葉たちは「すげー」「さすが各県のトップが集まった大会」などと感嘆の声をあげながら聴いていた。富山県大会でW高校が歌った、例の現代音楽的な女声合唱曲を歌った学校もあった。愛知県の女子高校であったが、そこが結局優勝した。
 
「いや、私でもここの歌はすげーと思ったもん」
と現代音楽が嫌いな空帆でも聞き惚れるほど、そこは巧かった。
 
「ここは中高一貫校だから、中学生の内から練習させてるのかも」
「なるほど。そういう手があったか」
「やはりこんな難しい歌、数ヶ月じゃモノにならないよね」
 
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「でも女子高の制服ってのも可愛いね」
「富山県には女子高って無いもんなあ」
「須美ちゃん、女子高に行きたかった?」
「うーん。女の園って、男が居なくて緊張が無い分、女としての意識が低下しそうだ」
「ああ、女子高の実態って、結構やばいみたいだよね」
 
青葉たちの高岡T高校はそれでも5位で、全国大会進出はならなかったものの十分健闘した。高岡C高校は8位だった。
 
「来年は全国大会行きたいね」
「また頑張ろうよ」
「やはり来年は4月になったらすぐ曲を決めて練習しよう」
「それ去年も言ってた気がする」
 

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大会が終わったのがもう5時近くで、暗くなりかけた道を駅まで雨の中戻り、名鉄で名古屋まで出たのだが・・・
 
「運休?」
 
なんと台風の接近で新幹線が停まっているのである。
 
「どうしましょう?」
 
今鏡先生がバス会社に問い合わせてみたものの、富山方面に向かうバスもこの天候で運行を見合わせているということであった。
 
先生が途方に暮れて思考停止していたので、真琴部長が
「宿泊しましょう」
と言い、先生も同意した。
 
それで結局、名古屋市内のホテルを確保し、そこで全員1泊することになった。しかし会場からの移動でみんな服が濡れていたので、ホテルに泊まるのは結構助かるという声もあった。ホテルは栄にあるので、商店街で着替えの下着やトレーナーなどをみんな確保していた。お金を持っていない子には先生や青葉が貸しておいた。ホテル代は取り敢えず先生の個人カードで決済しておいて、週明けに集金することにした。
 
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「でも結構な出費だ」
「あとでお母ちゃんが頭を抱えそう」
 
取り敢えずホテルの部屋に入って、各自お風呂に入って着替えてから夕食に行く。予約とかを入れておいた訳でもないし、大量に1ヶ所に行くのはお店にも迷惑になるだろうということで数人単位でバラバラの行動になる。青葉は日香理・美津穂・ヒロミと4人でサイゼリヤに入った。
 
「このメンツだとあまり食欲旺盛な子がいないから」
「美由紀とかはよく食べるんだけどね」
「いや、こないだの千葉のお寿司屋さんとか1万円超えていたからびっくりした。私が払ったんじゃないけど」
 
あのお寿司屋さんは千里のおごりである。
 
「なんか大量に皿が積み上げられていたもんね」
 
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夕方であること、それに台風で足止めを食った人がけっこういるせいか、店はわりと混雑していた。4人はシーフードピザとミートピザを取り分けて食べながらおしゃべりしていた。
 
「あまり長居しないようにして、コンビニでおやつでも買って帰ろうか」
と青葉が言う。
「うん、それがいいかもね。きしめんとウイロウと味噌カツ丼でも買って帰ろう」
と美津穂。
「よく入るな」
と日香理。
 
4人が座っていた席のそばを24-25歳くらいの感じの男女カップルが通りかかる。ちょうど青葉のそばで、その女性の方が転んでしまった。しかも立てない感じだ。
 
「大丈夫ですか?」
「あ、はい」
と言ったものの、女性は膝を押さえている。
 
「雨で床が濡れてるもんね」
 
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「ちょっと見せてください」
と言って青葉はその女性の膝を触る。
 
「こちらに座ってもらいなよ」
と日香理が言って席を立つので、青葉は女性をそこに座らせ
「ストッキング下げてもらえませんか」
と言う。
 
「はい。看護学生さんか何かですか?」
と言いながら女性はストッキングを下げた。彼氏は心配そうに見守っている。青葉はその彼氏の顔を見た時、どこかで見たような気がしたものの、すぐには思い出すことができなかった。
 
「内出血してるね」
とのぞき込んだ美津穂が言う。
 
「念のため消毒しよう」
と言って日香理が自分の荷物からマキロンを出してそこに吹き掛ける。ティッシュで拭き取る。
 
青葉はその膝の患部に手を当て、目をつぶっている。
 
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5分ほどした頃
「何だか痛みが引いてきたみたい」
と女性が言う。
 
「この子はヒーリングの達人なんですよ」
と日香理が言うと
「それで! 嘘みたいに楽になりました」
 
「あとはふつうの湿布薬を貼っておけば明日の朝くらいまでには完全に痛みは取れますよ」
と青葉が言うと
 
「助かりました」
と彼女は言った。
 
「何だかお世話になりました。あ、私こういうものです」
と言って、男性の方が名刺を出した。
 
「あ、どうもです。名刺を切らしておりまして」
と青葉は言って男性の名刺を受け取った。
 
「私たちは通りがかりの富山県の女子高生ということでいいかな」
とヒロミが言う。
「まあ男子高校生じゃないよね」
「富山からいらしたんですか?」
と男性は言ったが
 
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「あ、そちらは大阪からいらしたんですか?」
と青葉は名刺を見て言う。
 
「ええ。ちょっとバスケの試合があったもんですから」
と男性。
「バスケットの選手なんですか?」
 
「あ、あなた、日本代表の細川選手ですよね?」
と美津穂。
 
「はい。でも社員選手なんで、バスケット選手という肩書きの名刺は作ってないんですよ」
と細川さん。
 
「サインもらえませんか?」
と美津穂。
「いいですよ」
「あ、じゃ、私も」
と日香理。
 
それで細川選手は2人の持っている手帳にサインを書いてあげていた。
 
青葉は何気なくその様子を見ていたのだが、ハッとした。名刺を再度見て確認する。
 
大阪?バスケット?そしてこの人の名前は「貴司」?
 
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ふと後ろを見ると女神様が何だかいやに楽しそうにしている。
 
やられた!
 
そうだ。この人見たことあると思ったのは、こないだちー姉が見せてくれた結婚記念写真に映っていた人だからだ!!
 
そうか。この人が、ちー姉の元彼か? いや元夫と言うべきか。
 
ちー姉は、会ったことのない人のヒーリングはできないと自分が言ったら、会わせるからと言った。そして今、自分はその元彼の奥さんのヒーリングをした。
 
ここでこの人たちと会ったのって、偶然じゃない訳〜〜!?
 
『ただの予定調和だよ』
と女神様が青葉に言った。
 
『ここで青葉が阿倍子さんと会うのは最初から運命の糸に定められていたこと。あんたの姉ちゃんは、その運命を無意識に把握していただけ。あの子は本人も言っていたけど、ただの観察者なんだよ。《あの子自身》は何も力は持っていないよ。たぶんね』
 
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青葉は頷いた。
 
そうなんだ。ちー姉の言動って、しばしば「できすぎてる」んだ。
 
でも今《ゆう姫》は最後に『たぶんね』と付け加えた。『たぶんね』って何だよ!?
 
青葉はずっと以前、青葉を襲おうとした暴漢が<偶然>千里が放置していた荷物につまずいて倒れて、青葉が難を逃れることができたことがあったことを思い出していた。
 
『だからあの子はあんたの保護者なのさ』
と姫様は更に付け加えた。
 
青葉は千里の腕に抱かれた赤ん坊のような自分というのを想像した。
 
 
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