広告:兄が妹で妹が兄で。(4)-KCx-ARIA-車谷-晴子
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■春暉(4)

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2014年の8月は、ローズ+リリーは月末に大宮アリーナでローズ+リリー始まって以来の大人数のライブを1回だけする以外はおやすみで、新しいアルバムの制作に専念しているという話であったが、一方KARIONは全国アリーナツアーを敢行していた。
 
8月20日(水)。そのKARIONの金沢公演が行われたので、青葉は友人数人と一緒に関係者枠でチケットを確保してもらい、金沢スポーツセンターまで見に行った。市街地から見ると一応周辺部にはなるのだが、最近の金沢市はかつての中心地である武蔵・香林坊地区より、周辺部の方が活性化している。北陸は車社会なので、車でアクセスしやすい周辺部の方が人が集まりやすいというのもあるのだが(それで中心部でも大駐車場を持っている金沢駅周辺は再活性化している)、青葉たちは(建前上)車が使えないので、高岡−金沢間の高速バスで金沢駅まで行き、そこから主催者側が手配してくれているシャトルバスで会場入りした。
 
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「来年3月に北陸新幹線が金沢まで開業するけど、高岡市民としてはメリットが少ないよね」
「大阪に出るのに、いちいち金沢で乗り換えないといけないしね」
 
北陸新幹線金沢開業でサンダーバード(大阪行き)・しらさぎ(名古屋行き)がこれまで富山まで運行される便もあったのが全て金沢発着になってしまうのである。一方東京方面に出る場合、速達タイプの《かがやき》は新高岡に停車しないので、いったん富山で乗り換える必要がある。
 
「青葉は東京や岩手に行くのにけっこう便利になるんじゃない?」
「そうだねぇ。富山で乗り換えるのが面倒なんだけど。それでも今までなら朝1番の《はくたか》に乗っても一ノ関に着くのが13時だったんたけど、新しいダイヤならたぶん10時くらいに着くんじゃないかと思う」
 
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「かなり速くなるね」
「それなら前夜から夜行バスで行かなくても良いんじゃない?」
「うん。もしかしたらそうなるかも。料金は高いけどね」
「ああ、それはあるな」
 

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開場前に玄関近くに居たら、ばったりとKARIONのバックバンド、トラベリング・ベルズのSHINさんが通りかかる。
 
「おっひさー。今日出演するんだっけ?」
などと訊かれる。
「こんにちは。今日は純粋に観客です」
「へー。あ、でも外は暑いよ。ちょっと来ない?」
 
などと言われて、付き添い含めて全員会場の裏口から中に入れてもらった。楽屋に行くと、トラベリング・ベルズのメンバーの他、千里を含むゴールデン・シックスの6人、櫛紀香、ピアニストの古城(美野里)さん、オルガニスト&ヴァイオリニストの川原(夢美)さん、フルーティストの秋乃(風花)さんなどがいる。
 
KARIONの4人は別室のようである。
 
「どなたかしら?」
と訊いた30代の女性が居る。
 
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「土居さん、こちら作曲家の大宮万葉、別名リーフ、別名鈴蘭杏梨絵斗さん。槇原愛の曲を何曲か書いていますし、ローズクォーツのヒット曲『聖少女』はケイちゃんとこの子が共同で書いた曲なんですよ。こちら彼女の地元なんです」
とSHINが説明する。
 
「へー!『聖少女』なら、古くから活動してるんですね。金沢在住ですか?」
「いえ、高岡なんですけどね」
「あ、この近くの町?」
「ええ、そうです」
 
「大宮さん、こちらはKARIONの新しい担当の土居さん」
とSHINは彼女を紹介した。
 
青葉が『作曲家・大宮万葉』の名刺を出すと、向こうも慌てて『★★レコード制作部・シニアA&R・土居有華』という名刺を出した。ちなみにこの大宮万葉の名刺はマリが勝手に作って、6月に青葉が東京に行った時、どーんと100枚セットで渡されたものである。
 
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他に、地元のイベンター、スピカ北陸の柳瀬さん、後援に名を連ねているJR西日本の金沢支店・北陸新幹線開業準備室の魚重さんという人と、青葉は名刺交換した。
 
「名刺交換とか、青葉なんか偉い先生みたい」
と美由紀が言うが、
「いや、青葉は充分偉い先生」
と日香理がコメントした。
 

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「ちー姉、フルートはどんなの使ってるんだっけ?」
と青葉は尋ねる。
 
「私のはこれ。ヤマハのYFL-221 白銅製。カバードキー、オフセットでEメカ無し、という初心者用。青葉もフルート持って来たんでしょ? 見せてよ」
 
「うん、持ってこいと言われたから持って来た」
と言って青葉は昨年マリからもらったフルートを見せる。
 
「ヤマハのYFL-261。白銅製銀メッキ。リングキー、オフセットでEメカ無し」
「リングキーは指の押さえ方で微少な音程調整ができるからね。ポルタメント練習した?」
「ごめーん。そもそもフルート自体を練習してない」
と青葉。
 
「だけど龍笛が吹けるんだから、フルートは吹くの自体は問題ないでしょ?」
 
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「それなんだけど、私考えてみたら、ちー姉が龍笛吹く所って見たことないんだよね。一度聴かせてくれない?」
と青葉が言ったが、千里は
 
「やだ」
と言う。
 
「なんで〜?」
 
「だって、青葉みたいな超名人の前で、私の龍笛なんて聴かせられないよ」
 
「ちー姉、私の龍笛って聴いたことないよね?」
「録音でなら、8年くらい前から聴いていた。毎年進化しているから凄いと思っている。とてもじゃないけど、私の手が届かない所に行っちゃってるもん」
 
「嘘。私の演奏の録音なんて無いはずなのに」
「ここに8年前からの録音がmp3で入っているよ」
と言って千里はUSBメモリーを見せる。
 
「うっそー!?」
 
「だけど青葉ちゃん、千里ちゃん、私は純粋に横笛吹きとして、ふたりの演奏を聴きたい」
と秋乃さんが言った。
 
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彼女は冬子(ケイ)の高校時代の友人で音楽大学の管楽器科(フルート専攻)を出ている。
 

「じゃ、こうしたら?」
とゴールデンシックスのリノンが言った。彼女は千里と高校時代の同級生らしい。
 
「千里が露払いで吹いて、青葉ちゃんが真打ちで吹くというのは?」
 
「うーん。まあ、梨乃がそういうのなら」
と言って、千里は荷物の中から龍笛を取り出す。
 
「ちょっと見せて」
と言って青葉がその龍笛を見せてもらう。
 
「凄いね。煤竹(すすたけ)の龍笛だ」
「普通に40-50万円ほどで売っている品だよ。もっとも私はその代金を払ってないんだけどね」
 
と千里は言った。
 
千里が吹き始める。
 
その音が鳴り始めた瞬間、部屋の中に居た人たちの会話が停まった。みんなが千里を注目する。青葉も驚くような顔でその千里の演奏する姿を見た。しかし千里はそのみんなの視線をそのまま受け止めて緊張もせず、ごく普通の表情で笛を吹いている。
 
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ドアが開いて、KARIONの4人が冬子を先頭に入って来た。
 
この音を耳にして、飛んできたのだろう。
 
演奏は7−8分続いた。幾人かが何かを確かめるかのように天井を見上げていた。途中で落雷があるが、その音に驚いた人の方が少なかった。
 

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演奏が終わると、物凄い拍手である。千里は微笑んで礼をした。
 
「龍が来てた」
と青葉が言った。
 
「ほんとに来てたんだ? 何かの気配は感じたんだけど」
と和泉が言う。
 
「ちー姉、それ意識して吹いてたよね?」
と青葉が言うものの
「さあ、そういうの私、全然分からないから」
と千里は答える。
 
「でも、その龍笛いつから吹いているの?」
「中学に入った時に神社の巫女さんのバイト始めたから、それで習ったんだよ。だから、11年くらいかな」
「私より長いじゃん!」
と青葉が言う。
「でも私の演奏は青葉の足下にも及ばないよ」
 
「こんな凄い演奏をしてから、そんなプレッシャー掛けないでよ」
と青葉は言うと、自分の龍笛を取り出した。
 
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「龍笛自体、私のは花梨製の安物だし」
などと青葉は言っている。
 
この花梨製の龍笛は曾祖母の唯一の形見の品である。自宅に置いておいたので、津波で失われたと思っていたのだが、実は母のボーイフレンドの遺体が、沖合に沈んでいた車ごと引き上げられて発見された時、その車内にあったのである。おそらくは母が持ち出してくれたものなのだろう。何ヶ月も海中に沈んでいたにしてはあまり痛んでおらず、和楽器の専門家にオーバーホールしてもらったら前よりも深みの増した音で鳴るようになった。
 
しかし青葉がその龍笛を吹き始めると、その場の空間が変質してしまったのを多くの人が感じた。ここにいる人の多くが音楽家である。音楽家独特の感覚で、この演奏の超絶な響きを感じ取っていた。
 
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ただひとり、千里だけが優しい微笑みで青葉を見ていた。それはまるで母のような優しさだと青葉は思った。もっとも青葉は純粋な「母の優しさ」を知らない。青葉は実の母から愛を感じた経験を持っていない。
 
「わっ」
と声を挙げたのがJR西日本の魚重さんである。何か荷物に入れていたものが壊れたようで、パリンという音がした。
 
更にプツンという音もあった。TAKAOさんが持っていたエレキギターの弦が切れてしまったようで慌てている。更にガチャン!という激しい音がして、部屋の窓ガラスが2枚も割れてしまった。しかし誰も動けない。
 
やがて演奏が終了する。
 
しかし誰も拍手ができなかった。みなむしろ呆然としていた。
 
ずっと笑顔で見守っていた千里が拍手をすると、それでやっとみんな我を取り戻したように拍手をした。
 
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「ごめーん。できるだけ控えめに吹いたんだけど、あれこれ物を壊しちゃった」
「ガラス代は私が弁償するからいいよ」
と冬子が言った。
 
「TAKAOさん、替えの弦ありますか?」
「持ってない」
 
「私が買って来ます。品番とか教えてください」
とKARIONのマネージャーの花恋が言うので、TAKAOさんが伝えて、花恋はイベンターの人に楽器店の場所を聞き、飛び出して行った。
 
「魚重さん、何か壊れたようですが」
「いや、実はこれなんですが」
 
と言って、魚重さんが見せてくれたのは、素焼きの皿である。
 
「何か祭礼に使うものですか?」
「私もよく分からないのですよ。今朝、高岡駅に新幹線反対派の方が見えられましてね。ちょうどそちらに行っていた私が対応したのですが、神様か何かなさっている方のようでしたが、この皿が新幹線を走らせれば大きな不幸が訪れると言っていると言って、渡されたのを、時間が無かったのでそのまま持って来たんですが。割れちゃったのはやばかったかな」
 
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と彼は言ったが、青葉はその皿を見て
 
「問題ありませんよ。何か変なものを持っておられるなとは思っていました。でもこの皿は今はきれいになっています。何かが封じ込まれていたようですが、中にあったものはもう消えてしまっていますね」
 
と言う。
 
「封じられていたものが消えたということは逃げ出したんですか?」
「いえ。消滅しています」
 
と言って青葉は千里を見るが、千里は知らん顔だ。青葉はこれって多分ちー姉の仕業だなという気がした。この皿が割れたのは自分の龍笛の作用だ。しかしそこから飛び出してきたものが、次の瞬間、何かに「捕食」されたのを青葉は意識の端でとらえていた。ひょっとしてちー姉って、眷属遣い? でも眷属を連れている人は、その眷属をたとえ隠していても、青葉にはその波動が読み取れる。でもちー姉には全くその手の波動が見当たらない。青葉はまた千里に対する疑惑を大きくした。
 
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「そうだ、千里ちゃん。青葉ちゃんの8年前からの龍笛演奏っての、私も聴きたい。そのUSBメモリー、コピーもらえない?」
と秋乃さんが言う。
 
「青葉の8年前からの龍笛?」
と冬子が驚いたように言う。
 
「私にもちょうだい」
と冬子。
「青葉が良ければ」
と千里。
 
「私はいいけど。というか、私にもちょうだいよ」
と青葉は笑いながら言った。
 

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冬子がいつもUSBメモリーを何個も持ち歩いているので、千里は自分のパソコンを経由して、希望者分だけデータを冬子のUSBメモリーにコピーして配った。
 
青葉もそれを1個もらうが、(被害を出さないように)イヤホンでその中身を聴いて、青葉は絶句した。
 
「ちー姉、もしかして天津子ちゃんと知り合いなの?」
と青葉。
「天津子ちゃんとは、私、旭川での女子雅楽合奏団の同輩だけど」
と千里。
「知らなかった! それで、こんなの持ってたのか!」
 
「女性だけの雅楽合奏団ですか?」
と小風が訊く。
 
「そうそう。雅楽って男の世界でしょ。女が居たら穢れるみたいな言い方をする人もあるし。実際、昔は女性は人前で演奏するどころか、習うことも禁じられていたらしい。だから敢えて、女性神職や巫女さんだけで結成したのよ。私は大学進学で関東に出てきたから脱退したけど、向こうではまだ続いているみたい」
と千里は説明する。
 
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「へ〜。女性だけのね〜」と青葉はまた思う。
 
別途聴いていた冬子が言う。
「ほんとに青葉の演奏は8年前から進化してるね。8年前の時点でも物凄いんだけど」
 
「まだその頃は、初心者だったんだけど」
「いや、その時点で既に名人の域を超越している」
 
「どうもね。私、青葉、ケイ。この3人は知り合ったのは2011年の震災の直後なんだけど、その数年前から、いろいろと複雑に絡み合っていたみたいなのよね」
と千里が言う。
 
「何だか、神様でさえ分からないような、大きな運命の歯車の中に組み込まれている気がするよ」
と冬子も言った。
 
 
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