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■春暉(7)
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「そういえばちー姉、よく大阪に行ってるみたいだね」
「まあ会う人がいるから」
青葉はハッとした。
「ね、まさかその人って例のヴァイオリンをくれた人?」
「そうだよ。桃香には内緒にしといてね」
「その人、結婚したって言ってなかった?」
「うん。さすがにあいつが結婚した時は私も落ち込んだ。だって中学1年の時から、何度も別れたり復活したりしながら11年続いていたからさ。でもとうとう自分の手の届かない所に行っちゃったかと思ったら、一週間泣き明かしたよ」
青葉は少し考えた。
「ミラ買ったのってそれと関係ある?」
「大いにある。その頃、青葉が危険な本を処理するのに高野山に行きたいって言った時、私、運転の自信がないって言ったでしょ?」
「うん」
「あまりにも落ち込んでいて、全てに自信が無かったんだよ。だけどふと通りかかった車屋さんであのミラを見かけてさ。衝動買いして、そのミラで青森から鹿児島まで日本列島縦断してきたんだ」
「ミラでよくそんなに走ったね!」
「ミラって燃料タンクが小さいし、GSの少ない区間もあるから、ガソリンの携行缶も積んでね。まあ結構楽しかった。それでまた運転する自信も回復したし、私自身の気力も回復した」
「ちー姉って強いね」
「青葉には負けるけどね」
「でも10年も付き合っていて、どうして彼と結婚しなかったの?」
「貴司って、浮気ばかりするんだよ。だいたい年間3−4人は新しい恋人作るからさ」
「たかしさんって言うんだ?」
「うん。あいつが結婚した相手もただの浮気相手かなと思ってて、油断していたら婚約したと言うからびっくりした」
「でもちー姉って、もしかして浮気症の人ばかり好きになるとか」
桃姉もちー姉と同棲しているのに、かなり浮気しているみたいだもんなあと青葉は考えていた。
「そうかもね〜。桃香が熱心に私を口説いても、基本的に私は桃香には友情しか感じないと言い続けたのは、自分自身思い人があったのと、桃香が多数の女の子との関係を続けていたからというのもあった。まあ、桃香のことは好きだから、セックスには応じていたけどね。だけど、貴司が唐突に結婚してさすがに私も落ち込んでいた時に、桃香がエンゲージリング買ってくれて再度私にプロポーズしたから、私は桃香の愛を受け入れた。もう浮気はしないなんて言うしさ。それでふたりだけで結婚式も挙げたんだよ」
「やはり式を挙げたんだ?」
「だけど、桃香って、実際には1ヶ月もしない内に、他の子とホテル行ってたんだよ」
「ひどい」
「さすがに私もカチンと来たから、それ以来桃香からもらったエンゲージリングは絶対に左手薬指には填めないんだけどね」
「ああ、それで右手薬指に填めてるんだ?」
「そうそう」
「右手薬指にでも填めてあげるちー姉は優しいと思う」
「もっとも私はバスケやってるから、普段は何も付けないけどね」
青葉はまた考えた。
「ちー姉って、まさか現役選手?」
「KARION金沢公演で私のシュート見たでしょ? 現役から遠ざかっている人があんなにゴールできるわけないじゃん」
「バスケまだやってたんだ!?」
「昔の仲間と一緒に、最初は健康増進のためとか言って始めたんだけどね。私自身が事実上のオーナーになっている千葉ローキューツとは競合しないように、東京都のクラブバスケット協会に登録した。40minutesというチーム。実際にはローキューツのOG、東京の江戸娘(えどっこ)という所のOG、TS大学やW大学のOGなどが多い」
「ちー姉さ。どうも話を聞いていると最初から女子バスケット部だったみたいなんだけど」
「話せば長くなるんだけどね。私は中学時代は女子バスケ部の男子選手だったんだよ」
「へー!」
「うちの中学は男子バスケ部が強くて、私は実際問題として当時初心者だったし、体力も運動能力も無かったし、男子バスケ部の入部テスト受けても落とされるレベルだった。でも女子バスケ部の子たちと仲良くなってさ。そちらは人数も5人しかいなくて、練習に参加するだけでもいいから入らない?と言われて入部したんだよ。だから中学の時は大会にはほとんど出てない」
「そうだったのか・・・」
「それが男女ミックスでも参加できる大会に出ていて、うちの高校のバスケ部顧問にスカウトされてさ。それで最初は旭川N高校の男子バスケ部に入部して特待生になったんだよ」
「その頃から、シュートがすごかったの?」
「そうそう。私は実際シュート以外の才能は無いと思う。まあドリブルとかもそれなりに練習はしたけどね」
「その話、奈々美にしていい?」
「うん。彼女には話してあげて。きっと力になると思う」
「よし」
「まあそれで高校1年の時は男子選手として試合に出ていたし、当時はほんとに頭も丸刈りにしていたんだよ」
「そういうことだったのか」
「ところが私が男子の試合に出ていると、何度も本当にあんた男子なの?と言われちゃってさ」
「ああ・・・」
「それでとうとう病院で検査受けてほんとうに男なのか確認してもらってくれと言われちゃって」
「ふーん」
「で、検査を受けたら、あんたは女だと言われて、女子チームに転属になっちゃったんだよ」
青葉は混乱した。
「もしかしてちー姉って半陰陽?」
「まさか。私は間違いなく生まれた時は普通の男の子だったよ」
「普通じゃない気がするけど」
「それ青葉に言われたくないな」
「うっ」
「正直、なぜ私が女だと診断されたのかは自分でも謎だった。だって先生は私のおちんちん触ってたんだよ。それでも女子と判定されちゃったから、私も仕方なく男の身体なのに一時期、そのまま女子の試合に出ていた。だけどそれってアンフェアじゃん」
「ちー姉って、本当にそのアンフェアというのが嫌いみたいね」
「それで神様にお願いしたんだよ。私を本当の女の子にしてくださいって。そしたらかなえてくれたんだよ」
「へ?」
「だから私は2007年の5月21日から女の子として生きている」
「でも性転換手術を受けたのって2012年だよね?」
「そうだよ。2012年7月18日。私もこれ以上は説明不能」
「うーん・・・」
青葉は運転席に座る千里の顔を見たが、千里が嘘や冗談を言っているようには見えなかった。でも青葉には千里の言葉の意味が理解できなかった。
「それでさ。大阪に行ったのは今回は貴司の子作りに協力するためだったんだよ」
と千里は言った。
「どうやってそんなの協力するのさ?」
「彼の奥さんって、不妊症なんだよ。卵子が育たなくて、それで前の旦那とも離婚になっちゃったらしい」
「ああ、向こうは再婚なんだ?」
「うん。貴司だって事実上私と結婚していたんだから再婚だけどさ」
「たかしさんとも結婚式あげたの?」
「三三九度したし、結婚の記念写真も撮ったよ。当時はまだ2人とも高校生だったんだけどね。私の携帯取って」
「うん」
「それでデータフォルダ/フォトフォルダを選んで、上矢印を7回押す」
「うん」
「開いてみて」
「わあ・・・」
それはまだかなり若い千里がウェディングドレスを着てタキシードを着た男性と並んでいる姿であった。
「まあそれで、昨日体外受精を実施したんだよ。体外で精子と卵子を受精させて分裂し始めた所で奥さんの子宮に入れる」
「うん」
「結果が分かるのは数日後だけど、失敗したと思う」
「ちー姉がそう言うのなら、きっとそうだろうね」
「成功確率を高めるために実際の奥さんの生理周期に合わせて実施しているから、来月リトライになると思うんだ」
「うん」
「受精卵が子宮に着床するには、物凄く微妙な条件が必要なんだけど、あの奥さん、生理を司っている脳下垂体の調子がよくないみたいでさ。きちんとそれをコントロールできてないんだよね。不妊の原因の大半はそれだと思うんだよ。あと卵子の質、精子の質、双方にも問題がある」
「体外受精なら精子は元気なのを選別するんでしょ?」
「そう。でも卵子はあまり選べないんだよね」
「確かに」
「あの卵子を採取するのって凄く辛いんだよ。膣から針を刺して卵巣まで届かして、そこから卵子を取ってくるんだけど、目をつぶって釣りをしているようなものだから、なかなかうまく取れないんだよ。何時間も掛けて何十回とやって数個しか採取できない。それもうまく成熟しているのが取れる確率は低い」
「痛そう・・・」
「うん。麻酔は掛けてもらっているんだけど、凄く痛かったよ。来月もしないといけないと思うとうんざり」
青葉は千里のことばに何かひっかかりを感じた。
「卵子を採取したのって、奥さんだよね?」
「内緒」
「なんで〜〜!?」
「まあそれは置いといてさ」
「うん」
「来月、それやる時に、青葉、パワーを貸して欲しい」
「私でできることなら」
「青葉のヒーリングの波動を受けていたら着床が成功する確率がぐっと高くなると思うんだ。だからその受精卵を子宮に投入する時に青葉に電話するから奥さんにヒーリングの波動を送ってあげて欲しい」
「実際に会ったことのない人にはヒーリングはできないよ」
「それまでには会えると思う」
「うん」
やがて千里が運転するインプレッサは高岡駅に着く。駅近くの駐車場に駐め、駅前で魚重さんと落ち合った。青葉は「姉でやはり巫女をしているんです」と千里を紹介した。
「姉妹で巫女さんって凄いですね。やはりそういう家系なんですか?」
と魚重さんが訊くと
「曾祖母がイタコだったんですよ」
と千里が答える。
「へー。それは凄い」
と魚重さんが言うが、青葉はびっくりした。そんな話、聞いたこと無かった。
それで魚重さんの車でG峠に行くのだが、やはり魚重さんは神社を見付けきれない。
「あれー。どうしてかなあ」
と悩んでいる。
「私が運転します」
と千里が言うので交代すると、神社は5分で見付かった。
「ちゃんと案内板がありましたね。なぜ私見落としたんだろう?」
と魚重さんが言うが
「それは魚重さんの守護霊が強いからですよ」
と千里は言った。青葉も頷いた。危険なことに関わらせないように作用しているのだ。
青葉はその神社の周囲に何かを埋めていった。家から持って来たシャベルを千里が使って穴を掘り、青葉がそこに白い布袋に入れた何かを入れ、千里がその上に土をかぶせる。
青葉は千里が掘る穴の位置が物凄く的確なので驚いていた。やっぱりちー姉って、かなり上級の霊能者だ。だけど、なんでこんなにオーラが小さいんだろうと考えていた時、青葉はハッとした。
それは青葉がまだ小学生だった頃、佐竹さんのおじいさん(佐竹慶子の祖父:佐竹旺)から言われたことだった。
「お嬢ちゃん、あんた凄いオーラ持っているし、人のオーラも見えるだろ?」
「はい」
「それで相手の力量もだいたい読めるよね?」
「ええ。おじいさんは凄いオーラ持ってるからかなりの使い手です。でも、佐竹のおじさん(慶子の父:佐竹伶)は小さいから、あまり力は無いみたいです」
「あはは、それ本人の前で言わないように」
と言ってから、
「でもね。本当に物凄いパワーを持っている人は、逆にオーラは大したことないように見えるんだよ」
「へー」
「だから、そういう相手には気をつけないと、そのタイプと対峙したら、一発でやられるから」
その後青葉は多くの霊能者と知り合った。特に旺と知り合った2ヶ月後に遭遇した菊枝は凄まじいオーラに驚愕したが何と言っても驚いたのが瞬嶽師匠だった。
瞬嶽師匠のオーラは底知れないと思った。しかし瞬嶽はそのオーラをとても小さく装っていた。だから、レベルの低い霊能者が瞬嶽を見てもその凄さには気付かないだろう。せいぜい国内トップレベルの霊能者のひとりくらいにしか見えない。しかし本当の師匠のオーラは人間レベルを遙かに超越している。
それで瞬嶽に会った時、青葉は旺の言葉を思い出し、ほんとに凄い人は自分のオーラを小さく装えるんだなと思ったものである。
しかしその瞬嶽もある時、青葉に言った。
「上から下は見えるけど、下から上は見えない。本当に凄い人は相当ハイレベルな人にしか、その凄さが分からないものだから」
と。
もしかして、ちー姉って、私にも本体が見えないくらいハイレベルなの?
そんなことに思い至っていた時、千里は青葉の心を見透かしたように言った。
「私、時々、なんか凄い人じゃないかって誤解されるみたいなんだけどね。私ってほんとに大したことないから」
「ちー姉、もうネタバレしてるから、素人を装うのはやめようよ」
と青葉は言ってみる。
「青葉は凄いと思うの。青葉って軍艦にたとえると駆逐艦なんだよ。小回りが利いて、素早く相手を攻撃して打破する。私は客船みたいなもの。私には悪霊と戦ったり、人の病気を治したりする力は少なくとも存在しない。ただ、物事の移りゆく様を傍観しているだけ。私はたぶん観察者なんだよ。あと私は青葉のバッテリーだから」
そう言って千里は巫女服の袖の中から梵字を書いた2枚の紙を取りだした。
「あ・・・・」
「こちらの梵字はオン。こちらはオフ。天津子ちゃんが勝手に私のパワーを青葉に貸しちゃったから、私はバスケの試合中とかは、これで流れを止めていたんだよ」
もしかして、もしかして。震災の後で私のパワーが上昇したのって、それはちー姉と出会ったからなの? そういえば今私が使っている数珠って、ちー姉が買ってくれたものじゃん!
「その梵字、誰に教えてもらったの?」
「内緒」
内緒って・・・ちー姉、秘密が多すぎるよ!!
全てのアイテムを神社の周りに埋めたところで、千里と魚重さんには車の中に入って待機してもらう。車には結界を掛けて、今からここに来る「もの」がふたりに悪影響を及ぼさないようにした。
そのあと、青葉は多数の白い紙を道を作るかのように地面に置きながら、古い神社の所まで行った。この間、約1kmほどである。紙は10mくらいおき、つまり100枚ほど使用した。
やがて古い神社跡にたどりつく。青葉は緊張して「そこ」を見た。私の霊鎧さん、頑張ってね。そんなことを心の中でつぶやきながら、作業小屋の裏手にある緑色の大きな石の前まで行く。近くに大きな棒が転がっている。青葉はその棒を取り、真言を唱えながら棒を緑色の石の下に差し込み、ぐいっと押した。
「わっ」
と青葉も内心声を挙げた。
ちょっと巨大だぞ?大丈夫かな?と思ったが、向こうには千里がいる。恐らく何か問題があれば対処してくれるんじゃないかな、と思って後ろの女神様を見ると、何だか鼻歌を歌っている!
『青葉、ここ静かでいいし、私の別荘にしてもいい?』
『私の土地じゃないですけど』
『誰も来ないから平気だよ』
『来年の3月になったら、この真下をたくさん列車が通ってうるさくなりますよ』
『うーん。トンネルを崩して、通れなくしようかな』
『勘弁してください』
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