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■春暉(2)

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向こうから上級生らしき人が来て、説明してくれた。
 
高岡C高校の女子バスケット部が千葉県八千代市で行われるインターハイに出場するので、学校で有志によるチアチームを結成して、応援しに行くことになっていた。ところが行く予定だった子が風邪を引いて動けないということで、ついさきほど連絡があったらしい。
 
「チケットは12人分買っているので、どうしようと思っていた所なんですよ。キャンセルは可能みたいだけど」
 
「行けなくなった子の数は?」
と日香理が訊く。
 
「3人なんです。いつもの年は20人くらい参加するのに今年は12人しかいなくて、そもそも寂しいなと思っていたんですが、更に3人減るのは辛いなとも思っていたんですよ」
と、リーダーの3年生・酒橋さんが言う。
 
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「いつ出発するんですか?」
「9:37の《はくたか7号》に乗るのですが」
 
青葉は時計を見た。
 
「10分後じゃないですか!」
「さっきその3人と連絡が取れたところで、他の生徒を呼び出す時間がもう無いんですよ」
 
「チアの衣装は予備も含めて14着持って来ているんですけどね」
「チアやるんですか?」
「うん。でも難しいフォーメーションは無いから」
「隣の人見ながら似たような動作してればいいよ」
 
その時、唐突に美由紀が発言する。
「千葉って、東京より向こうだっけ?」
 
「そうだけど」
と青葉はツッコミたい気持ちを抑えながら答える。
 
「じゃ、行こうよ。ついでに東京でクリスピー・クリーム・ドーナツを買ってこよう」
と美由紀が言う。
 
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クリスピー・クリーム・ドーナツはまだ北陸には店舗が無いのである。
 
「まあ行ってもいいか。私は志望校の東京外大を見学してこよう」
と日香理。
 
「結局、私も行くことになるのか」
と青葉は言った。
 

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駅で友人の世梨奈に連絡して何とか3人頭数を揃えて、代わりに七夕の手伝いに行ってもらうことにし、青葉たちは奈々美たちと一緒に《はくたか7号》に乗り込んだ。
 
「私たち、運賃は払わなくていいんですか?」
「往復の旅費は生徒会持ちなのよ。宿泊費が個人負担なんだけど」
と酒橋さん。
 
「まあ、それはいいですよ」
と青葉が言うと、美由紀が唐突に青葉の手を握り
「お友達」
と言う。青葉は笑って
「美由紀と日香理の分は私が出すよ」
と言った。
 
「もっとも今日で負けたらそのまま帰ることになるけど」
と奈々美。
 
「日帰り!?」
「試合は何時ですか?」
「17時からなんです」
「相手は強い所?」
「うちと似たような力の所みたいなんですけどね」
 
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「17時からの試合が終わってから高岡に帰られるんですか?」
「東京駅を20:12の《とき》(上越新幹線)に乗ると、越後湯沢でほくほく線の特急《はくたか》に乗り継いで23:38に高岡に帰着できるんです」
 
「会場から東京までは?」
「40-50分くらいみたいなんですよ」
「ぎりぎり間に合うわけか・・・」
「やはり今日は勝って欲しいな」
 

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「だけど奈々美、中学時代はチアとかしてなかったのに」
と美由紀が言うが
 
「いや、私はバスケット部だから」
「あ、そうなんだ」
「インターハイの12人の選手枠に入れなかったんだよ」
「ああ、厳しいよね」
「今回のメンバーも半分はバスケ部員」
 
「奈々美ちゃんは県大会までは選手で、特に準決勝では決勝点を入れたんですけどね。県大会までは15人なのを本大会では12人に絞らないといけないので、顧問の先生もかなり悩んだみたいですよ」
と酒橋さんが言う。酒橋さんは元々チアリーダー部らしい。但しチア部は現在部員が3人しか居ないのだとか。
 
「奈々美、高校では卓球部じゃなかったんだ?」
「うん。うちの高校は卓球部無かったからバスケに入った」
「脈絡を感じんな」
「いや、奈々美ちゃんは才能あるって、顧問の先生言ってましたよ。1年生で入った時は、ドリブルもまともにできなかったのが、凄く成長したって」
と酒橋さん。
 
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「でも奈々美って160cm無いし、バスケでは不利でしょ?」
「そうそう170cm代の選手に囲まれると、もう何もできない感じ。竹馬履いてやる訳にもいかんし」
「それは違反のような気がする」
「いやまともに走れん気がする」
 
「今回はインターハイ枠落選、悔しかったけど、ウィンターカップに向けてまた頑張るよ」
と奈々美。
 
「ウィンターカップって?」
と美由紀が質問する。
 
「インターハイとウィンターカップというのが、高校バスケットの2大大会なんですよ」
「へー」
 

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一行は越後湯沢で上越新幹線に乗り換え、上野から地下鉄で茅場町に出て、そこから東西線・東葉高速線の直通列車で八千代中央駅まで行き、そこから10分ちょっと歩いて、八千代市市民体育館に入った。到着したのは14:50くらいであった。
 
体育館の外でC高校のメンバーがウォーミングアップをしていた。すると
「良い所に来た」
などと言われて、奈々美を含むバスケ部の子が数人練習に参加してパスの練習やマッチングの練習などをしていた。青葉たちはチアの衣装に着替えて軽く動きの練習をした。
 
17時から試合は始まったが、最初接戦が続いた。取っては取られでシーソーゲームが続く。青葉たちも応援に熱が入り、声をからして声援を続けた。
 
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しかし第3ピリオドに相手チームが15番の背番号を付けた1年生を出してくると、その子がひとりであっという間に8連続得点(16点)して大きく点差を広げる活躍を見せる。その後は、その点差が縮まらないまま試合終了となった。
 
「ああ・・・」
「負けちゃった」
「残念」
 

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「みんなどうする?」
「私帰る」
「私は泊まれるものなら泊まりたい」
 
結局チア12名の内、奈々美や青葉たちを含む8人が一泊して帰ることになり、残りの4人は今日バスケ部の子たちと一緒に帰るということになった。
 
それで青葉・美由紀・日香理・奈々美の4人は東京に出ようという話になった。八千代市周辺の宿泊施設はインターハイの選手でいっぱいだし、この付近に泊まっても特に用事は無い。それで駅まで戻ろうということになるのだが、美由紀が
 
「反対側の駅に行ってみようよ」
などというので、八千代中央駅ではなく、反対側の村上駅に行くことにした。市民体育館はこの2つの駅の中間くらいにあるのである。
 
それで4人で歩いて新川(印旛放水路)を越えて国道16号まで来た時のことであった。
 
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「青葉!」
と言って手を振る影がある。
 
「ちー姉!」
と青葉が声を挙げる。
 
「あ、青葉のお姉さんだ」
と美由紀も声を挙げた。
 
「どちらまで行くの?」
と千里。
 
「東京に出てどこかホテルに泊まろうと思ってたんだけど」
と青葉。
 
「取り敢えず晩御飯でも食べない?」
と千里が言うと
 
「おごってくれるなら大歓迎です」
と美由紀が言った。
 

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千里はインプレッサ・スポーツワゴンで来ていたので、4人を乗せて千葉市方面へ、そのまま国道16号を南下した。
 
「へー。バスケットの応援に来てたの? 青葉たちの高校、バスケ強かったんだっけ?」
「いや。うちは地区大会で1回戦で負けた。でも奈々美たちの高校がインターハイに出たんだよ。私たちはその応援に駆り出されて」
「奈々美ちゃんってどこだったっけ?」
「高岡C高校です」
「ああ。桃香の出た高校か。あそこは昔から強いね。うちもC高校とインターハイで対戦したよ」
 
「ちー姉の高校時代?」
「そうそう」
 
青葉は前々からどうももやもやとしていたものがあったので千里に尋ねてみた。
 
「ちー姉って、その時選手だったんだっけ?」
「そうだけど」
「女子だよね?」
と青葉。
「高岡C高校も強いのは女子だけでしょ?」
と千里。
「そうなんですよ。男子はまだ県大会に進出したことないんです」
と奈々美が言う。
 
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その時、日香理だけが「あれ?」という顔をした。美由紀はその問題に気付いていないようである。
 
「お姉さんも、もしかしてバスケの応援ですか?」
と奈々美が尋ねる。
「そうそう。うちの高校が来てたから。会場は松陰高校体育館」
 
その最寄り駅が村上駅なのである。
 
「勝ちました?」
「うん。勝ったよ。奈々美ちゃんたちは?」
「途中まではいい勝負してたんですけどね。後半投入された相手の1年生が凄くて。負けちゃいました」
「それは残念だったね」
 

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回転寿司屋さんがあるのを見て、美由紀が
「あ、あそこいいなあ」
などというので、そこの駐車場に駐めて中に入る。5人でテーブルに座ったが、コンベヤの隣には、美由紀と奈々美が陣取った。美由紀の隣が青葉、奈々美の隣が日香理で、千里は通路側の椅子に座る。
 
「欲しいの声掛けてね。どんどん取るから」
と美由紀が言っている。
 
「お姉さん、どのくらいまでなら食べていいですか?」
と日香理が訊くと
「お腹いっぱい食べて良いよ」
などと千里が言うので
「よし。食べまくろう!」
などと美由紀は言っている。
 
「奈々美ちゃん、バスケットやってるのなら、これ見せてあげる」
と言って千里はいつも持ち歩いているバッグの中から賞状のようなものを取り出して渡した。
 
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「え?これすごーい」
「何何?」
「嘘。インターハイのスリーポイント女王?」
 
「こういうのもある」
と言って、メダルも渡す。
「わぁ、インターハイの銅メダル!」
「すごーい。キラキラ輝いてる」
 
「インターハイで3位になったんですか?」
「うん」
「それでお姉さん、スリーポイントが上手かったんですか?」
 
「まあ、それしか能が無いというかね。インターハイだと180cm越える外人選手とか出てくるから、私の身長では中では勝てないんだよ。だから遠距離射撃専門。それで頑張っていたら、こんな賞状もらっちゃったんだよ」
 
「いや。インターハイでスリーポイント女王になるってのは凄まじいです」
と奈々美が言う。
 
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「奈々美ちゃんの身長でも、中では辛いでしょ」
「そうなんですよ! 県大会でも170cm代の選手がずらーっと並んでいるから。でも私ドリブル下手だから、ポイントガードにはなれないし」
 
「そういう子が生きる道がシューティングガードなんだよ」
「そうかも」
「奈々美ちゃんもスリーポイント頑張ってごらんよ。きっと伸びると思うよ」
 
「ほんとに頑張ってみようかな。私、フォワードとしてはどうしてもレギュラー取るのは難しいなと思っていたんですよ」
 
「でもどうして今日はこういう賞状を持ってきておられたんですか?」
「うん。顧問の先生から、奮起させるのに、私が取った賞状とかメダルとか見せてあげてと言われたからね」
「へー。それで」
 
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「私もこんなの見たら、頑張ってみようかという気になります!」
と奈々美は言っていた。
 

しかし青葉は正直呆気にとられていた。
 
千里が高校時代にバスケットをしていたというのは聞いていた。そのバスケットで特待生になったので高校は授業料が要らなかったのだとも言っていた。そしてそのために頭を丸刈りにしていたという話だったのに!?
 
ちー姉って女子選手だった訳!?
 
でもスポーツの大会で性別の扱いはシビアだ。青葉は中学3年の時、当時卓球部だった奈々美に誘われて、卓球部の女子の大会に出た。その時、去勢から1年経っていることを医師の診断書で確認してもらって出場の許可が出た。バスケのほうの基準がどうなっているか分からないが、少なくとも去勢は済んでいないと女子の大会に出る許可が出るとは思えない。
 
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ということは、ちー姉って当時既に去勢済みだった訳??
 
でもでも、ちー姉って去勢手術を受けたのは2011年の7月のはずで、その直前、4月から6月くらいに掛けて、精子の採取をしたはずなのに?
 
青葉は千里が「醍醐春海」としてこれまで多数の曲をKARIONとか同じ事務所の鈴木聖子などに提供していたことをつい最近知った。ちー姉って、奥が知れないという気がし始めていた。
 

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