広告:兄が妹で妹が兄で。(3)-KCx-ARIA-車谷-晴子
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■春暉(11)

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「鴨乃清見の正体が醍醐春海なんて全然知らなかった」
 
と織絵もゆみも言った。
 
4人はスタジオを出てから近くのスタバでお茶を飲んでいた。
 
青葉は考えていた。醍醐春海はたくさん居る中堅の作曲家のひとりにすぎない。しかし鴨乃清見はこれまでいくつものヒット曲を生み出している。恐らく年収は1千万を超えている。だったら、だったら・・・ちー姉、一般企業に就職する必要なんて、全く無いじゃん!!!
 
「醍醐春海さん、きっと私にデビュー当時の初心に帰れって意味で、ここのスタジオを紹介したんだと思う」
とゆみは言う。
 
「あの時は大変だったんでしょ?」
と織絵。
 
「実質プロデュースしてくれていた人と、名目上のプロデューサーさんとがふたり続けて亡くなって。それであすか・あおいが辞めちゃうし。それで予定されていたデビューは中止。追加オーディションでメンバーを3〜4人にすると言われて。もう私、本当にデビューできるのかなと、不安でしょうがなかった」
 
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とゆみは言う。
 
「でもその時、上島先生が、AYAは私ひとりでいいと言ってくださって。それで雨宮先生が音源はこちらで調整して、ボーカルが1人になったからと言って、決して3人版より見劣りしないものにしてやるからとおっしゃって」
 
「あ、そうか、そこに雨宮先生が絡んでいたのか」
と青葉は言った。
 
だから、ちー姉は駆り出されたんだ! どうもちー姉って実は雨宮先生の3番弟子か4番弟子くらいのポジションみたいだし。
 
「この曲を実はこないだケイちゃんに渡して、ローズ+リリーで歌って欲しいと言ったんだよ。私が帰京したら一緒に音源製作しようと言われている」
 
と言って、ゆみは1枚の譜面を取り出した。
 
「水森優美香作詞・戸奈甲斐作曲。これトナカイって読むの?」
「そうそう。実はAYAのインディーズ時代の実質的なプロデューサーだった人のお姉さんなんだよ」
 
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「へー」
「デビュー直前に亡くなったという方の?」
 
「そうそう。私が長期間休んでいるのを心配して訪ねてきてくれてね。それで一緒にこの曲を作ったの。でも自分ではまだ歌う気力無かったから、ケイちゃんに託した」
 
「そういうのもいいと思うよ」
と織絵が言う。
 
「戸奈甲斐さんにしても、醍醐春海=鴨乃清見さんにしても、いろいろ私のために配慮してくれてるんだなあと思うと、私もまた頑張ろうかなという気持ちがだいぶ高まってきた」
 
「そうだね。ゆみはまた頑張れると思う」
と織絵。
 

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「私ね。実は親の愛ってのを知らないの。うちのお母さんシングルマザーで私を産んだんだけど、子供抱えてひとりでお仕事頑張ってたから、私はずっと保育園に預けられたままで、小さい頃の記憶って、めんどくさそうな顔の保母さんに、おやつとか与えられて、しばしば静かにしなさいって叱られてって、そんな記憶ばかりでお母さんとの思い出が無いのよね」
 
とゆみは突然語り出した。
 
「その内、お母さんが結婚して、新しいお父さんは、お母さんが出かけている時とか、私を裸にしてじっと観察してたりしてさ」
「まさか・・・・」
「レイプはされてないと思う。でもそれに近いセクハラをされてる。そのうち、そのお父さんが唐突に世都子(せつこ)を連れてきて、あんたの妹だよと言われて。でもあの子、泣いてばかりいたからいつしか、私があの子の世話をするようになって。だから私、小学3-4年生の頃から主婦してたんだよ」
「へー」
 
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「そのセツコちゃんが、遠上笑美子ちゃんだね?」
「うん。この話、これまでしたのはケイと高崎さん(元マネージャー)に、小学校の同級生だった元リュークガールズの朋香くらいかなあ」
「ともかちゃんと同級だったんだ!」
 
「うん。あの頃は私、世都子とふたりで毎日おやつ作って食べたりしてた。ホットケーキ焼いたり、フルーチェ作ったり。晩御飯まで作ることもあった。カレーくらいなら作れたし。でも私、世都子が来たことで、やっと愛情というものを学ぶことができたんだと思う」
 
「でも、ゆみって愛情をもらった方の経験が無いんだ」
「うん。そんな気もするよ。だから、私、男の子から好かれても、全然気付かなかったんだよね。小学生の頃」
「そういう育ち方してると、そうなるのかもね」
 
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「でも中学生の頃からモデルのお仕事するようになったから、それからは私に言い寄る男の子もいなくなったし」
 
「ゆみちゃんは自立することで、自分の心のバランスを回復したんだろうね」
 
「実はさ」
「うん」
「うちのお父さんが6月に死んじゃったんだ」
「知らなかった!」
「全然報道されてないね」
「私、葬式にも行かなかった」
「なんで〜?」
「行きたくなかったもん」
「私が行かないと言ったら、世都子もじゃ私も行かないと言うんだけどさ。あんたにとっては実の父なんだから行きなさいと言って行かせた」
 
「今回のゆみちゃんの長期休業って、それもあったのかな」
「自分の心の中では、もうとっくに赤の他人のつもりでいたんだけどね」
 
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しばらく4人とも何も話さなかった。しかしおもむろに玲羅が言った。
 
「ゆみさん。お墓参りでもしてきませんか。生きてた頃はいろいろあったろうけど、死んでしまったら、もうみんな仏様ですよ」
 
「そうだねぇ」
 
「私もそれがいいと思う。それで自分の心に決着を付けなよ」
と織絵も言う。
 

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その日はもう遅くなったので旭川に泊まることにしてホテルを取った。夕食を和食の店でのんびりと取っていたら、近くのテーブルに芸能関係者っぽいオーラを漂わせた30歳くらいの女性と、その女性に伴われた16-17歳くらいの女の子がやってきた。
 
ゆみがそちらに視線をやらないように小声で織絵に訊く。
「知ってる?」
「見たことある気がする。えっとね・・・・分かった。ラッキー・ブロッサムの元マネージャーさんだよ」
「じゃ、∞∞プロの人か」
「そうそう。谷津さんの部下。名前何だったかなあ」
「やべー。谷津さんなら私の顔を知ってる。谷津さんも来るのかな?」
「いや、ゆみの顔は誰だって知ってるって」
 
そんなことを言っていたら、ふたりの連れであろうか。そのマネージャーさんと同世代くらいの感じの男性が入って来て、テーブルに座った。
 
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「あの人は★★レコードの八雲さんだよ」
と小声で織絵が言う。
「サマフェスの打ち上げの時に会った」
「でも織絵、男装してるし気付かないかも」
「ゆみも男装する?」
「それも楽しそうだけどな」
 
「あの女の子は知らないから、誰か新人歌手かなあ」
「聞いてる?八雲さんが担当した新人さんって、ブレイクすることが多いんだって」
「それって、逆にブレイクしそうな人を預けているのでは?」
「いや。絶対売れると思って何億も掛けて売り出した人が全く売れないのがこの世界だよ」
「確かに、確かに」
「毎年何十人もメジャーデビューするけど1年後まで残るのは5−6人、3年後まで残るのは1人いれば良いほう」
「08年組って、そういう意味では凄いよね」
「言えてる、言えてる」
 
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「でもそろそろやばい気がする。出ようか」
「うん。そうしよう」
 

それで4人は席を立ち、八雲さんたちが居るテーブルを見ないようにして歩いてお勘定場まで行き、精算した。それでホテルを出てコンビニにでも行って、おやつでも買って部屋で食べようという話になり、みんなでロビーの方へ行く。そしてホテルの玄関を出ようとした時のことであった。
 
「おや、珍しい人たちが」
と、今外から入ってこようとしていた男性が、ゆみたちに声を掛けた。
 
「鈴木さん・・・・」
 
それは∞∞プロの鈴木社長であった。
 
「ゆみちゃん、ちょっと心配してたよ。前橋君からもちょっと相談受けてたんだよね」
「すみませーん。サボってばかりで」
とゆみ。
 
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「その男装の麗人さんも、少し元気回復した?」
と社長。
 
「バレてますよね?」
と織絵。
「美人が男装すると、すごく素敵な美青年になるね。僕もそちらの趣味があったらデート申し込んでしまいそうだよ」
 
「社長、バイですか?」
「普通の男の子とも、おっぱい大きくしてる男の娘とも寝たことはあるけど、あまり楽しくなかった。基本的に僕はストレートだと思う」
 
と社長は言った。
 

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鈴木社長は新人歌手のキャンペーンで来ているのだと言った。
 
「社長自ら同行なさるって、物凄い期待の新人ですか?」
「いや、期待の新人ではあるけど、実際には大雪山の観光協会から相談を受けてきたついでに、ちょうど日程の合ったこちらにも顔を出しただけ」
「なるほど」
 
社長は結局4人を連れ出して、良い雰囲気のスナックに連れていった。
 
「未成年は、そこのリーフちゃんだけ?」
「はい」
「じゃ、リーフちゃんにはウーロン茶で、他は水割り行けるかな?」
「はい」
 
「でもよく私をご存じですね」
と青葉は言った。
 
「まあ商売柄ね」
「鈴木社長って、自分のプロダクションのタレントさん全員の顔を覚えているという伝説がありますけど」
「そりゃ自分とこのタレントさんは全員覚えてるよ」
「だって∞∞プロのタレントさんって系列プロ所属の人まで入れると1000人を越えますよ」
「まあ小学校の校長先生の気分だね」
「ああ!生徒全員の顔を覚えてる校長先生って結構いますよね」
 
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「そうだ。こんなの作ったんですよ」
と言って、ゆみは今日スタジオで作ってPVも撮影した『Take a chance』のビデオを自分のスマホで再生した。
 
「面白いね。これ。ユニット名は?」
 
ゆみと織絵は顔を見合わせる。
 
「何も考えてませんでした」
「じゃ僕が名前を付けてあげる。XAYA ってのどう?」
「いいかも!」
「これ君たちが書いた曲?」
「そうです。私が作詞して、曲は音羽ちゃんが付けました。編曲と打ち込みは醍醐春海さんにして頂いたのですが」
 
「ああ。あの人とは長い付き合いだなあ」
「長いおつきあいなんですか!?」
「うん。あの人が高校生の時からだから。初期の名作が『See Again』だよ」
 
「そうか!あれ鴨乃清見だ!」
「鴨乃清見という名前を付けたのは僕」
「そうだったんですか!!」
 
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「この曲は、作詞 AYA, 作曲 XAN ということで」
と鈴木社長が言う。
 
「なるほど」
「音羽ちゃんが XAN, 光帆ちゃんが FUS で合わせてXANFUS」
「そういう説は初めて聞きました」
と言って織絵は笑っている。
 
「音羽君、どこかの事務所と再契約しないの?」
「そうですねぇ。もう少し気力が戻ったら」
「契約すると気力が戻るよ」
 
「うーん。そうかも知れない」
「うちの子会社でさ、@@エンタテーメントというのがあるんだけどね」
 
ゆみは織絵は顔を見合わせる。ふたりとも知らないようだ。しかし青葉が発言した。
 
「それって、一度引退した人や高年齢でデビューした人専門の事務所ですよね?」
 
「そうそう。よく知ってるね」
 
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ゆみも織絵も「へー」という顔をしている。鈴木社長は現在そこに在籍している人のリストを見せてくれた。
 
「あ、近藤うさぎさん、ここと契約したんだ?」
「そうそう。魚みちるちゃんと一緒にね。あの子たち、まだ磨けば光ると思うんだよね」
 
磨けば光るか・・・・意味深な言葉だなと青葉は思った。
 
「ここと音羽ちゃん、契約しない?」
と鈴木社長が言った。
 
織絵は少し考えていた。
 
「実は内密にお願いしたいのですが、光帆が今月末に専属契約の解除申入書を提出するんです」
「まあ時間の問題だったね、それは」
「契約は4月更新なので、フリーになるのは4月からですけど、もしよかったら一緒にお世話になれませんか?」
 
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「大歓迎」
 
そう言って、鈴木社長は織絵と握手した。
 

その日、4人は鈴木社長と12時近くまでおしゃべりをしていた。鈴木社長は話題が豊富で、あちこちのイベントなどで経験した裏話などまで楽しく話してくれて、こういう世界と無縁の玲羅も「すごーい!」などと声をあげていた。
 
楽しい気分でホテルに戻る。部屋はシングルを4つ取っているので、廊下で3人と別れ、青葉は自分の部屋に入った。
 
しかし何だか疲れた!
 
今日はいろんなことがあったなあと思い返していたが、お風呂に入りたくなる。部屋のお風呂を使おうかとも思ったのだが、今お風呂の音を立てると、隣の部屋の織絵さんが寝付きにくいかなと思い、青葉は大浴場に行くことにした。
 
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着替えを持って地下に降りて行く。エレベータを降りて左手に青い暖簾に男と書かれた文字、右手に赤い暖簾に女と書かれた文字がある。青葉は微笑んで右手に行き、赤い暖簾をくぐった。
 
しかしこないだクロスロードの集まりでも話題になってたけど、あのメンツの中で男湯にかつて入っていたのって、あきらさん・淳さんだけみたいだよなと青葉は思った。自分は女湯にしか入ってないし、冬子さんもそうだ。ちー姉はノーコメントなんて言ってたけど、あれ絶対女湯に小さい頃から入ってる。和実も怪しいよなあ。
 
そんなことを考えながら身体を洗い、髪も洗って、そのあと軽く流してから湯船に入る。何気なく視線を泳がせた時、先に湯船に入っていた18-19歳くらいの人物と視線が合う。
 
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「あっ」
と向こうは明らかに男声で反応した。
 
「え?」
と思わず青葉も声を出してそちらを見る。
 
「ごめんなさい。ついこちらに入りたくなって」
と《彼》は言う。
 
「いや、あなた声さえ出さなかったら、男とはバレないですよ」
「ごめんなさい。すぐあがります」
「女湯はもう少しパスするようになってからの方がいいかも」
「すみません」
 
「でも私も男の娘なんですよ」
「え? そうなんですか?」
「もっとも、おっぱい大きくしちゃったし、下も取っちゃったからもう身体は完全に女の子になっちゃったけど」
「わあ、すごーい。いいなあ。手術しちゃったの?」
「そう。病院はね富山県の****って所。検索すれば出てくると思う」
「へー」
「ちょっと変な先生でね。美少年を見たら、手術代は分割払いでもいいから、今すぐ手術受けない?とか勧誘しちゃう。乗せられちゃって、うっかり性転換しちゃったなんて人もいるんですよ」
「面白そう」
 
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「あなたも女の子になりたいの?」
「私、実はよく分からないの」
「20歳くらいまではたくさん悩めばいいですよ」
「私もゆっくり結論を出せばいいかなとは思っているんですけどね」
 
何となく青葉は彼と女湯の湯船の中で10分近く、女装のことや、声の出し方とかを話した。
 
「なんか楽しかった。でも他の人来たらやばいから、あがります」
「うん。女湯はあまり無理しないでね」
「はい。今回女湯に入れて凄く満足したから、しばらくは我慢できると思う」
 
彼はそんなことを言ってあがっていった。彼は胸もお股もタオルで隠していたが、チラっとタオルの隙間から見えたお股には何もないように見えた。ああ。ちゃんとタックはしてたんだなと彼を見送りながら青葉は思っていた。
 
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でも今の子、どこかで見たような気がするんだけどなあ。どこで見たんだっけ?と青葉は考えてみたものの、分からなかった。
 

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