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■春風(12)
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その日の夜、青葉はまた「例の夢」を見た。
今夜は誰の夢に入っちゃったのかな・・・・と思ってあたりを伺うと、呉羽だった。呉羽はAKB48の歌を歌っていた。どうも発声練習代わりに歌っているようである。
『あ、青葉』
『発声練習頑張ってるね』
『うん。でもなかなか女の子らしい声が出なくて』
『少し出やすくしてあげようか?』
『ほんとに?』
『ちょっとそこに寝て』
『うん』
呉羽がベッドに横になると、青葉は呉羽の喉のところに手を当てた。鏡で声帯の状態を確認する。
『ちょっと声を出してみて。そうだな。きらきら星を歌って』
呉羽が歌っている時の声帯の動きを観察する。なるほどね。
『ちょっと声を停めて』
『うん』
青葉は剣などの道具は使わずに、気の塊で声帯の端をこじ開けた。ここの部分が閉じていることで喉は『閉管楽器』になり、ここを開けたまま声を出す習慣のある女性よりオクターブ低い音が出るのである。女性はここが開いている時間が長いので事実上『開管楽器』になる。
『ちょっと今特殊な状態にしてる。このまま、きらきら星を歌ってみて』
『きらきら光る・・・あれ?』
『女の子の声だね』
『嘘みたい』
『この感覚を覚えておいて。これが女の子の声の出し方だから』
『うん』
『このままたくさん歌うといいよ。私も付き合ってあげようか』
と言って、その後、青葉は呉羽と夢の中でたくさんAKB48の歌を歌った。それは女の子がふたりで歌っているようにしか聞こえない歌声であった。青葉は途中で気の塊で強引に声帯を開けておくのをやめたが、それでも呉羽の声は女の子の声のままであった。自分で開けておく感覚をつかめたのだろう。
『ところでさ、青葉』
『ん?』
『私・・・去年の暮れに夢の中で青葉に性転換手術される夢を見て』
『ふーん。きっとヒロミが性転換されたかったんだよ』
『やはり願望の表れなのかなあ』
『だろうね』
『それでちょっと相談事があるんだけど・・・って夢の中で相談なんてできるんだろうか?』
『きっとヒロミの心の中で、自分のセルフとかあるいは老賢者とかと対話してるんだよ』
『あ、そうか。それでね・・・』
と言ってヒロミは恥ずかしそうな顔をして、話を始めた。
木曜日。青葉が東京で買ったサックスを持って練習に出ていくと
「わあ、マイサックス買ったんだ?」
と言われる。
「うん。東京に行った時に友人の知り合いのサックスプレイヤーさんに見立ててもらった」
「ピンク色のサックスって可愛い!」
「でもこれ、なんかすごーく高いサックスのような気がするんですけど」
「うん。高かった」
「やはり」
「もしかして学校のサックスの10倍くらいしない?」
「あはは。40倍だったりして」
「げっ」
「このサックス1本で学校のサックス40本買えるのか!」
「でもヴァイオリンとかだと、もっと高いのをみんな使ってるし」
「ああ。ヴァイオリンは上限がエンドレスだから怖いね」
と自分でもヴァイオリンを弾く美滝が言う。
「あ、そうそう。それでマウスピースの咥え方が間違ってたんだよ」
と言って青葉はサックスを吹く子を集めて、正しい咥え方を教える。
「おお!音の出方が違う!」
と言って、みんな感動していた。
その日は楽器の練習を1時間してから、合唱の練習をした。合唱は女声四部で構成する。
ソプラノ 青葉、美滝、敏子、星衣良、世梨奈、空帆
メゾ1 美津穂、須美、治美、朝美
メゾ2 公子、真琴、明日香、康江、郁代
アルト 日香理、立花、ヒロミ、都美子、真梨奈、美香
と分けていたのだが・・・
「あれ?ヒロミちゃん、高いトーンが出るようになってるね」
「なんか昨夜突然出るようになりました」
とヒロミはもう女の子の声にしか聞こえない声で答える。
「ちょっと待って。声域を再確認しよう」
と言って、ピアノに合わせて歌わせてみる。
「うーん。これはむしろメゾソプラノの音域だ」
「じゃ、ヒロミこっちおいで」と美津穂が言うので、ヒロミはアルトからメゾソプラノ1にコンバートされた。
声帯の状態を変えたのでヒロミの声は1オクターブ上がっている。元々がテノールだったのが1オクターブ上がれば、メゾソプラノ〜ソプラノになる。
この21人の他に、美滝が誘った4人がソプラノ2、メゾ1、アルト1ということだったので、ソプラノ8、メゾが6-5、アルト6 という構成になることになる。
コンクールで歌う自由曲は、初心者が多いので、あまり難しくない曲にしましょう、ということで易しい合唱曲、あるいはJ-POPのヒット曲などを中心に意見を出し合う。色々な案が出たあとで
「KARIONの『海を渡りて君の元へ』とかどうだろう?」
という意見が出た。
「あれ、格好いい曲だよね」
「あ、やりたい、やりたい」
「KARIONの曲ってハーモニーがきれいだから、合唱でも多分映えるよね」
「でもKARIONって三重唱じゃないの? 四部に変えるのは大変じゃない?」
「あの曲は四重唱なんですよ」
「へー」
「KARIONって三人しかいないのに、しばしば四重唱とか五重唱とかの曲まであるよね」
「うん。五重唱はさすがに少ないけど、四重唱は割と多い」
「やはり、あれじゃないの? KARIONは実は四人いるという噂が昔からあるよね」
「そそ。ずっとプロフ非公開になってる作曲者の水沢歌月が実は4人目のKARIONなんじゃないかという説もある」
「音源で四重唱している時にKARIONの3人以外に聞こえるボーカルが毎回同じなんだよね。デビューCDの中に入ってた『鏡の国』以来。声色使ってるから気付きにくいけど」
「バックバンドでピアノ弾いてるのが水沢歌月じゃないかという説もあるよね」
「バックバンドでヴァイオリン弾いてるのが、五重唱の歌唱者ではという説もある。5人目の声もやはり毎回同じなんだよね。『トライアングル』以来」
「ああ、KARIONの『泉月』の曲の編曲許可は難しいと思う
とひとりの子が言う。
「うちの中学で『星の海』をとりあげようとして、編曲の許可を取るのに、顧問の先生が水沢歌月さんへの接触を試みたんだけど、どうしても接触できなかったらしい。KARIONの事務所宛にも手紙を送ったんだけど、音沙汰無かったから、大量のファンレターの中に埋もれてしまったのかも知れないって」
「水沢歌月さんなら連絡取れるよ」と青葉が言う。
「えーーー!?」
「『海を渡りて君の元へ』を使う?」
「使えるなら」
「じゃ電話する」
と言って青葉は携帯で冬子に電話する。
「おはようございます、水沢歌月さん」
「おはよう、青葉」と冬子。
「今大丈夫ですか?(水沢歌月の話をしてもいいですか?)」
「うん。今はOK」
「うちの合唱部でコンクールの自由曲に『海を渡りて君の元へ』を取り上げたいという声が出てるんですが、あの曲、四重唱だから、女声四部にするのはそのまま移行できそうなんですけど、演奏時間が6分ほどあるから、4分30-40秒程度に短縮できないかと思って、編曲のご許可を頂けたらと思うのですが」
「あ。いいよ。規定は5分以内だったっけ?」
「はい。そうです。最初の音を出してから最後の音が消えるまでの時間が5分0秒以内。でもテンポが遅れることもあるから、4分30秒くらいの編曲にしておかないと怖いので」
「確かにそうだよね。んじゃピアノ伴奏女声四部4分30秒版を作ってあげるよ。中高生レベルのソプラノ,メゾ1,2, アルトに音域調整もして」
「えーー!? でも今、最高にビジーなのでは」
「さっき、ちょっと難しいこと考えてて、頭が爆発した所なんだ。気分転換にいいから、書いてあげる。そちらにPDFをメールすればいいよね?」
「はい。あの、今年は初心者が多いのであまり難しくなくして頂けると」
「了解〜。そそ、JASRACの支払いはそちらでよろしくね」
「はい!」
電話を切ってから説明する。
「ということで、御自身で4分半に編曲して送ってくださるそうです。それから同じ四重唱でも、KARION版は、ソプラノ1,2, メゾ,アルトで、こちらの女声四部はソプラノ, メゾ1,2, アルトだから、音域を少し調整してくださるそうです。私の所にメールしてくださるそうですから、明日にもプリントして持ってきます。JASRACの使用料は払っておいてね、ということなので、先生手続きをお願いします。確か2000円くらいだった気がします」
「うん、分かった」
「ね、水沢歌月って誰なの?」
「水沢歌月は水沢歌月ですよ。写楽が写楽であるのと同様です」
「やはり水沢歌月が4人目のKARIONなの?」
「そのあたりは守秘義務で」
と青葉は笑顔で答えた。
連休明け。校内で球技大会が開催された。
各クラスから、男子ソフトボール(9-10名), 男女バスケット(各5-6), 男女バレー(各6-7), 男女卓球(ダブルス), 女子バドミントン(個人戦)のどれかに全員参加ということになっていた。バスケットは5人チームと6人チーム混在である。バレーも6人チーム7人チーム混在となる。バレーで7人と言ってもリベロを置く訳ではなく、7人最初からコートに入っているアバウトな編成である。ソフトボールも10人チームは外野を4人にしていた。
青葉たちの社文科では男子12人、女子18人なので、男子はバスケットとバレーに6人ずつ、女子はバスケット2チーム(10人)、バレー1チーム(6人)と卓球2人という構成にした。青葉は美由紀・日香理・美来・凉乃と一緒にバスケットに参加。「1年S組B(1年社文科Bチーム)」として登録した。
いきなり1年R組B(1年理数科Bチーム)と対戦する。呉羽や空帆・絢子が入っているので、対戦前からハグ大会になったが、呉羽は美由紀や日香理にハグされて照れている。
素人チームなので、フォワードもガードも無い。みんな適当に攻めて適当に守る。守る側もマンツーマンだかゾーンだかよく分からない。適当に攻めてきた子の所に行って妨害する。
社文科の方は日香理が結構内側まで走り込んでレイアップでシュートを決めて点数を稼いでいくが、理数科の方は呉羽がスリーポイントを撃って対抗していた。ただ、呉羽のスリーポイントはしばしば飛距離が足りずに届かず、本人も少し首をひねっていた。
結局36対35の1点差で社文科が勝って2回戦に進出した。
お互いに握手して試合を終える。
「ヒロミ、なんか首をひねってたね」
と青葉は小声で話しかけた。
「あ、うん。このくらいでちょうど届くはずと思うのが届かなくて」
「女性ホルモン優位になって、筋肉が落ちてるからだよ」
「あ、そうか!」
「ヒロミの身体は今、男の子の身体から、女の子の身体に作り替えられて行っている最中だからね。あと半年もしたら、完全に女の子の身体になっちゃうよ」
「うん」
と言って、呉羽はまた恥ずかしそうに俯いた。
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