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■春風(8)
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「瞬花(菊枝)ちゃんは元々パワー凄かったけど、瞬葉(青葉)ちゃん、何だかとんでもなくパワーアップしてない?」
と瞬海が訊く。
「性転換手術したせいだと思います。今までと自分でも感触が違うのを感じてます」
と青葉。
「おお、本当の女の子になったんだ!」
「はい」
「瞬葉は、それまで男の身体で、女の方法で気を操ってましたから。女の身体になったことで、本来のパワーが出るようになったんですよ。いきなりパワーアップしたから私焦ってます。このままなら1〜2年以内に追い越されそうで」
と菊枝が言う。
翌日になると、全国から全部で30人ほどの弟子が集まってきた。出雲の直美夫妻も来て、直美は青葉・菊枝とハグして泣いていた。
来ている人たちは、みな瞬嶽から認められた人たちなので、物凄いパワーの持ち主ばかりである。このグループのことを「長谷川一門」と呼ぶ向きもあるらしい。どこかのお寺の住職をしている人も多いが、菊枝や直美などのように敢えて僧職には就かず、霊能者として活動している人もまた多い。
瞬嶺が導師を務め、瞬法と瞬高が脇を務めて葬儀は進んで行った。
長い長い読経が終わり、焼香を始めようとした時だった。先頭に立ってひとりの僧形の老人が焼香する場所の方に行き、作法通りに香を指先に取って掲げるようにしてから、火の中に投じた。
へ?
青葉は隣に座っている菊枝、その向こうに座っている直美の顔を見た。ふたりも気付いていた。その老人は向き直ると、3人の方に向かってニコっと笑った。そして参列者席の中に吸い込まれるようにして消えた。
「今の・・・師匠だよね?」
「間違い無い」
「気付いたの何人くらいだろう?」
「多分私たち以外では瞬醒さんくらいかも」
「師匠すごい。自分の葬儀で焼香するなんて!」
「でも師匠らしい!」
「うん。茶目っ気のある人だもん」
葬儀の後、参加者全員で精進落としの料理を頂く。瞬高さんが司会をして、一門の主座を瞬嶺さんが引き継ぐことで了承を得た。実際問題として師匠が山奥に引っ込んでいるので、ほとんどの事務的な処理はもう20年以上、瞬嶺さんが決済していたのである。
また師匠の遺品が、師匠自身により、袈裟は瞬花に、鉢は瞬葉に、鈴は瞬嶺に、書籍は瞬高に、庵と寝具は瞬醒に、毛筆と硯は瞬海に託されたことが報告され、その了承をお願いしたいと言ったら、自分は何ももらっていない瞬法が
「師匠が自分で託したんだから、それでいいじゃん」
と言った。
何ももらっていない瞬法さんの発言だった故に誰も異論を出さなかった雰囲気だった。恐らく師匠はこれを言わせるために瞬法さんには敢えて何も遺さなかったんだろうなと青葉は思った。
自分たちはそもそも瞬嶽からたくさんの教えを頂いた。本当はそれだけでも充分な遺産なのである。
「ご承認ありがとうございます。それで私が庵、瞬嶺さんが鈴をもらったのですが、これを交換することにしました。そして庵の新たな主となる瞬嶺さんの主宰で毎年夏に1ヶ月ほどの回峰行を実施しようと思います。日程が厳しい方は1週間の参加でもいいですが、もし参加なさる方は、事前に私の方までご連絡ください。食糧を運び込むのに2ヶ月くらい期間が必要なので」
霞の食事ができるのは、瞬嶺・瞬高・瞬醒に菊枝と青葉の5人くらいで、他の人は、瞬法や瞬海クラスや直美でも、それでは身体をもたせられない。最低でもお粥くらいは食べる必要がある。
「あの庵、私は瞬法さんとか、瞬醒さんとかに連れて行ってもらわないと辿り着けないんだけど、あそこって道を付けることとかはできません?」
という声が出る。
「道を付ける予定です。難工事になると思うので数年掛かりになるかも知れませんが」
「どこかの土木屋さんに頼んだら今年中に作れないかな。普通の工事の5倍くらいは工事費出さないといけないだろうけど、費用はみんなで出し合えばいいよね」
「それがあそこで一般の人を入れて工事したら、行方不明者が続出しそうで」
「ああ」
「あそこはルートから5m離れたら私でも元の道に戻れないと思う」
「作業する人全員に命綱を付けさせたらどうだろう?」
「なるほど」
「それはひとつの方法かも知れませんね」
それで庵までの道を作ることはコンセンサスが得られ、工事方法に関してはもう少し検討することになった。
青葉は最初土日に瞬嶽の葬儀に出たあと、いったん富山に戻り月曜は学校に出てから、火水とまた東京に行くつもりだったのだが、それではきついから奈良から東京に直行しなさいよと母から言われた。
それで学校は月曜から水曜まで休むことにしていた。車で菊枝・瞬高と同乗して大阪に戻った後、新幹線でそのまま東京に移動した。
青葉はその日はホテルに泊まるつもりだったのだが、こちらの行程を説明したら「うちに泊まって。ついでにヒーリングして」と冬子から言われたので、日曜の夜遅く、冬子たちの新宿区のマンションに行った。元々夜間の活動の多い人たちなので、夜遅く訪問するのに全く気兼ねが無い。
「こんばんは〜。これ奈良のお土産です」
と言ってお菓子を渡すと、政子が
「おお、これ好き!」
と喜んでいた。
その日は七星さんもマンションに来ていた。青葉は七星さんとは初対面だったので挨拶する。冬子が「日本一のヒーラー」と紹介したので七星さんが驚いていた。更に「まだ高校1年生だけど、実は昨年性転換手術を受けて女の子に生まれ変わった」と言うと、更に驚いていた。
「中学生でも手術してもらえるんだ!?」
「医学的にとても特殊な事例ということで、特例中の特例中の特例だったみたいですよ。アメリカの病院の倫理委員会で手術認可をもらったので、結果的には国内でも手術することができたみたい」
「へー」
「でもヒーリングは私より凄い人が何人もいます」
と青葉は言った。
最初に七星さんをヒーリングした。
「何?この心地よさは!」
と感動しているようであった。ヒーリングしている内に青葉は微妙な違和感を感じる。その元を辿っていくと・・・
「あれ?左手の薬指が・・・」
「あ、これこないだ戸棚を閉めようとしてうっかり挟んじゃって」と七星さん。
「ちょっと失礼します」
と言って青葉は七星さんの左手を両手で包むようにする。目を瞑って心の中で真言を唱える。そのまま5分くらいしてから手を離した。
「ん?なんか痛みが取れた」
「今夜お風呂に入って下さいね。暖めることでまた更に回復すると思います」
「わあ、ありがとう」
「管楽器奏者が指を痛めてると辛いですもんね」
「そうそう。ここ3日ほど凄く辛かったんだよ。よしお風呂入ろう。冬ちゃんお風呂貸してね」
「はい、ごゆっくりどうぞ」
その後、政子、冬子の順でヒーリングをした。政子は結局ヒーリングされながら眠ってしまった。冬子のヒーリングが終わった頃、七星さんがお風呂から上がってきた
「へー、それじゃ青葉、今度はサックス練習するんだ?」
「フルートが吹けるなら同じ木管楽器だしサックスも行けるでしょ?ということで」
「かなり違う気がする」
「ですよねー」
「青葉、こないだはフルートきれいに吹けてたけど、いつ練習したの?」
「私、龍笛を吹くんです。同じ横笛だから、多分似たような感じかなと思ったら、音が出ました」
「ああ。だったら、普通のフルートより、フラウト・トラヴェルソの方がもっと吹けたりしてね」
「フラウト・トラヴェルソ?」
「キーとかが付いてなくて、木の管に直接穴が空いているフルートなんだよ」
「へー! そういうのがあるんですね」
「ちなみに、この七星さんは、フルート、フラウト・トラヴェルソ、サックスの名手だよ」
「わ、そうだったんですか!」
「サックス、少し教えてあげようか?」
「え?でもお忙しいのでは?」
「私のさっきのヒーリング代と相殺というのどう?」
「ああ、いいですね」
青葉はここ一週間ほど、ひたすらマウスピースだけ吹いてましたと言って、取り敢えずマウスピースを咥えて吹くところを見せる。
「それ、咥え方がおかしい」と七星さん。
「えー?」
「ちょっとごめんね・・・こういう感じ」
と直接触って正しい咥え方に訂正してくれる。それで吹いてみると、よく音が出る!
「うーん。やはり素人同士教え合ってると危ないなあ」
「元々サックス吹く人いないの?」
「そうなんです!」
「危なっかしい部だ。吹奏楽?」
「いえ、軽音部です」
「あれ?青葉、高校では合唱じゃなくて軽音部に入ったの?」
「いや。それが、軽音部が7人、コーラス部が11人しかいなくて、どちらもまともな演奏にならないから、お互い協力して、両方の部合同で、両方の大会に出ようということで」
「要するに相互助っ人か!」
「そうなんです。でも軽音部には管楽器の経験者が少なくて。トランペットとトロンボーンはひとりずついたんですが、サックスやったことある人はいなかったんですよ」
「でも中学高校の部活だと、そんなものかもね〜」
「正しい吹き方教えてもらったから、これみんなに教えなくちゃ」
「サックス本体はどうするの?」
「学校の備品を使います」
「青葉、お金持ちでしょ。サックスくらい自分のを買ったら?」と冬子。「あ、私が見立ててあげようか?」と七星さん。
「わあ、買っちゃおうかな?」
「じゃ明日一緒に見に行こう」
「はい、ありがとうございます!」
「七星さん、この子、お金はあるから、安いのじゃなくて一生使えそうなのを選んであげてください」と冬子。
「了解」と七星さん。
そんなやりとりをしていたら、眠っていた政子が起き出した。
「ああ、気持ち良かった。そのまま眠っちゃったよ」
青葉がサックスを練習することになったというと
「うん。どんどん楽器覚えると良い。若い頃に色々経験しておくと大きいよ。40代くらいになってから始めてもなかなか上達しないからね」
などと言っている。
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