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■春風(11)
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そのまま最後までいったん弾いてから、また最初に戻り、さきほど弾いたものを少し修正するような感じで和音付きで弾いていく。これを3回繰り返すと、青葉自身、何となくまとまってきたような気がした。政子も
「あ、かなり私が思ってたものに近くなったよ」
と言う。
「じゃ、取り敢えず書き留めてみます」
と言って、青葉は五線紙を借りると、それに音符とコードネームを記入して行った。コードネームの進行から逆に部分的に音を修正したりもする。
「冬にしても、雨宮先生とかにしても、聞いた曲をそのまま楽譜に書いちゃうけど、青葉もそれができるんだね」
などと政子が感心したように言う。
「ある程度、音楽やってる人ならできますよ」
「私は5年歌手やってるけど、できん」
「政子さんがその付近の感覚があまり発達してない分、冬子さんが発達してるんですよ。ふたりはセットだから」
「ああ、それは他の人にも言われたことあった」
やがて書き上げる。再度弾いてみる。政子が青葉のキーボード演奏に合わせて歌う。歌い終わってから「この辺が少しだけ違和感がある」と言われた所を少し修正した。それで再度歌う。
「おお、いい感じになった」
「でも私、素人ですから、後で冬子さんに修正してもらってください」
などと言っているうちにIHヒーターがピーピーと鳴る。その音で冬子が起きた。
「あれ、いい匂いがする」
「冬が起きないから、青葉に御飯作ってもらった」
「わあ、ごめんねー」
「ついでに冬が起きないから、私の詩に青葉に曲を付けてもらった」
「おお!」
ビーフストロガノフの出来た大鍋と、御飯ジャーを持って来て、皿に盛りつけグリーンピースを散らし、生クリームを掛ける。
「頂きまーす」と言って食べ始める。
「おお、うまい、うまい。冬が作ったのと同じ味だ」
「いつだったか来た時に御馳走になりましたから、そのレシピで」
「出来上がった料理を食べて、作り方が分かるもの?」と政子が訊く。「だいたい分かりますよ」と青葉は答える。
「そうなのか。私は分からん」と政子。
冬子が微笑んでいる。
「あ、そうそう。これ青葉に書いてもらった曲」
と言って政子が譜面を見せる。
「へー。可愛い感じで書いたね」
「現役女子高生が書いた曲というのが、結構価値があるかも知れん」
と政子が言った時、冬子はハッとしたように言う。
「ね、ね、これ、槇原愛に歌わせたらどうだろう?」
「ああ、いいかも知れないね。女子高生が書いた曲を女子高生に歌わせる」
と政子。
「私の書いた素人の曲でいいんですか?」と青葉。
「いや、これは結構しっかり出来てるよ」と冬子。
「じゃ、クレジットは《鈴蘭杏梨絵斗(すずらん・あんりえっと)》で」
と政子。
「えっと・・・」
結局、青葉は水曜日の午後の飛行機で富山に戻った。それでお土産の受け渡しも水曜の夕方に高岡駅で全員まとめて行なうことになった。
「なんか凄い荷物だね」
「うん。東京で乗せられちゃってサックス買っちゃった。あとヴァイオリンとフルートはもらっちゃった」
「わあ、それはたくさん練習しなくちゃ」
「でもその荷物の量、ひとりで持てる範囲を超えてない?」
「あはは。空港からこの駅まで持ってくるのも大変だったよ」
「自宅まで持って行くの手伝ってあげようか?」
と明日香と奈々美が言うので手伝ってもらった。
自宅に戻ると、母からも「荷物凄いね」と言われた。
「うん。楽器が凄い。これ向こうで、乗せられて買っちゃったアルトサックス、こちらは政子さんからもらったヴァイオリン。こちらは冬子さんからもらったフルート。更には某作曲家さんから頂いたCDの山」
「作曲家さんって、田中鈴厨子?」
とCDを見ていた明日香に指摘される。
「うん。でも他の人には言わないでね」
「OKOK」
「ローズ+リリーのこないだ出た『The time reborn』『100%ピュアガール』
と5月1日発売予定のローズクォーツの『魔法の靴』もあるよ」
「お、発売日の一週間前にというのが凄い」
「でも、取り敢えず、お土産のおやつ食べない?」
と言って、青葉はケーキの箱を出した。
「わあ、きれい!」
「資生堂パーラーのモンブランとタルトフレーズ。なんか巨大だよね」
「このモンブラン、本当に山だ!」
「いや、買ってから、私とお母ちゃんだけで食べきれるかなと心配になったんだけど、明日香と奈々美が来てくれて助かった」
「お、荷物の運び賃だね」
「うんうん」
お茶を入れてみんなでケーキを食べながら、CDも流す。田中鈴厨子さんからもらったCDを掛けていたら、母が「この曲、懐かしい〜」などと言っていた。
「女子高生生活1ヶ月、感想は? 青葉」
と奈々美が訊く。
「満喫してる。最初ちょっとだけ緊張あったけど、すぐ慣れた」
「まあ、女子中生生活を2年やってるからなあ」
「どうも日香理とかからの話(椿妃情報)聞くと、実際は中1の時もほとんど女子中生だったみたいだし」
「あはは」
「先生たちも呉羽のことについては日々話し合ったりしてるみたいだけど、結果的に青葉のことは忘れられているね」
「うん。何も考慮しないからと言われたけど、ほんとに女子生徒としてしか扱われてないから、こちらも気楽」
「呉羽さあ・・・」
と明日香が少し声を小さくする。
「もしかしてもう性転換してない?」
「うそ。いや、こないだお風呂で隠してるにしては上手だなとは思ったんだけど」
と奈々美。
「タマはもう無いってこないだ言ってたよ。でもそのことあまり人に知られたくないみたいだから、広めないようにしてあげて」
と青葉は言う。
「ああ。他人にというより、親に知られたくないんじゃない?」
「だと思う」
「今の話、私は聞かなかったことにするね」と青葉の母。
「じゃどこかで密かにタマだけ抜いたのかね〜」
「普通は18歳以上でないと手術してくれないんだろうけど、年齢誤魔化せばしてくれる所もあるかもね」
「でも呉羽は声が課題だね」
「うん。話し方が女の子だから、同じクラスの子にも特に疑問持たれてなくて、*田**子みたいな感じの低音女子と思われてるみたいだけど、もう少し純粋に女の子の声に聞こえる声を出せるようになるといいよね」
「練習はしてるみたいだけど、なかなかうまく出ないみたいね」
「あの子、結局お父さんにはカムアウトしたの?」
「それもまだみたい。でもバレる前に自分で言った方がいいよ、とは言ってる」
「うん。それは絶対そうだ」
奈々美が楽器弾いてみせてよ、というので青葉はまずサックスを取り出した。
「可愛い〜!」
「ピンクのサックスって初めて見た」
「お前、それ幾らしたの?」と母が訊く。
「ごめーん。145万」
「きゃー!」
「すごー!」
「まあ、自分で稼いでるんだから、いいけどね」と母。
「うん。でもこの後、しばらく漫画買う量減らす」と青葉。
「漫画を少々減らしても145万には遠く及ばない気が」
取り敢えず練習で吹いていた『ムーンライト・セレナーデ』を演奏する。
「おお、割と吹くね」
「間違っても、うまく誤魔化すね」
「初めてどのくらいだっけ?」
「17日にマウスピース買って、それをひたすら吹いてて、実際のサックス吹いたのは、実は月曜日が初めて」
「まだ一週間なのか!」
「よくそれでそこまで吹くね」
「うん。だからたくさん誤魔化した」
次にフルートを吹くが、これはきれいに吹けるので、拍手をもらった。
「青葉、フルートは前からやってたんだっけ?」
「実は龍笛を小さい頃から吹いてたんだよ。だから、その応用。フルートは初めて吹いたのがこの2月だよ」
「へー」
「指使いがとっても怪しかったのを、東京でプロの人に直してもらった。その人が、フルートとサックスの名手で、サックスもその人に見立ててもらった。ケイさんのお友だちなんだけどね。初心者向きの10万くらいの買っても1〜2年で楽器の能力をこちらの技術が越えてしまうだろうから、一生使えるようなの買った方がいい、というのもケイさんのアドバイスで」
「ああ、学校の備品のサックスは星衣良でも半年で楽器能力限界を突破しそうな気がした」
と明日香。
「明日香はあのサックス、楽々吹いてたけど、明日香なら既に楽器の能力限界超えてるでしょ?」
「うん。越えてる。吹いてて不満だった。私がサックス担当になってたら、やはりマイサックスが欲しくなってたと思う」
「あまり予算が無い中で、取り敢えず数を揃えたいというので、あのメーカーになったみたいね」
「なるほど」
明日香はトランペットの経験者なのでトランペット担当である。それもマイトランペットを持っての参加である。
「ヒロミはトランペット、なかなか音が出てなかったね」
「うん、でも経験があれば比較的早く出るようになるんじゃないかな」
「ホルン吹きの公子さんはトランペットでも、いきなりちゃんとドとソを吹き分けられてたね」
トランペットは「ド」と「ソ」は同じ指使いである。息の吹き方で吹き分ける必要がある。
「あの人、器用さもあるみたい」
「でもホルンとトランペットが多分、金管楽器では難しいのの双璧かも」
「ヒロミはさ、多分女性ホルモン優位になって、男の子時代の筋肉が落ちてるから、色々なところで自分が思うように身体が動かない面があると思う」
「ああ、なるほど、それもあるのか」
「確かにこないだ触った時、かなり身体が女の子っぽくなってきたと思ったよ」
最後にヴァイオリンを弾く。
「なるほど。ノコギリを卒業した程度か」
「うん。サックスを集中して練習してたから、ヴァイオリンはまだほとんど練習してないから」
「それいくらくらいのヴァイオリン?」
「もらったものだから分からないけど、多分100万くらい」
「ひぇー!」
と奈々美が声をあげるが
「いや、ヴァイオリンはそもそも高い」
と明日香が言う。
「普通の楽器は100万とか150万まで行くと、最高クラスだけど、ヴァイオリンの場合は、まず100万とか150万から始まって、上級者が使うのは億単位」
「そんなの誰が買えるの?」
「買えないから、財団とかがあって、優秀なヴァイオリニストに無償貸与してる」
「でもこれ100万くらいだろうとは思うし、量産品だけど、凄く精密な作りなんだよね。普通の300万円くらいのハンドメイトのヴァイオリン並みだと思う」
「ああ、量産品でも、たまにそういうのがあるんだよね」
「ところで東京に行ったんなら、彼氏ともデートしたんでしょ?」
「いや、今回は遠慮して欲しいと言った」
「なんで〜? 滅多に逢えないんだから、近くまで行った時くらい」
「私、今喪中だから」
「ああ、お師匠さんが亡くなったという件?」
「うん。亡くなったのが3月21日だから、5月8日の四十九日までは彼とも会わない」
「ゴールデンウィーク終わるまでダメなのか」
「じゃ、ゴールデンウィーク明けの11-12日の週末、千葉まで行ってくるとか?」
「えっと・・・・」
「少し早めの誕生日祝いにすればいいよね」
「だったら18-19日の週末の方がいいかな」
「いや、次会うのはたぶん夏休み」
「えー?だって可哀想じゃん、彼氏」
「きっとセックスしたくて、したくてたまらないでいるよ」
「うーん・・・」
母が笑っていた。
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