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■春空(12)

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「ああ、温泉オフは18日になった?」
「うん。それで確定。木曜日ね」
「メンツは?」
「今いる子+若干名かも。過去に青葉鑑賞会に出た子には声掛けてるから」
「今回は呉羽鑑賞会かな」
「あ、そうかも」
 
「あ、でも呉羽は温泉オフの前に新入生合宿でも女湯に入らなきゃいけないよ。女子生徒として通学するなら」
「どっちみち、もうおっぱいあるなら、男湯には入れないしね」
「あ・・・合宿では特別に個室の浴室を使わせてくれるって学校から言われた」
「へー」
 
「トイレとか更衣室とかは?」
「トイレは女子トイレ使っていいと言われた。更衣室は個室を用意するって」
「まあ、それは女子更衣室に拉致して行けばいいね」
「うん、そうしよう」
 
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翌日。4月1日。青葉はお昼過ぎ、T高校から「ちょっと相談したいことがある」
と連絡があり、T高校の制服を着て出て行った。校長室に案内されると、そこには、美由紀と日香理が来て居た。美由紀・日香理に軽く手を振って席につく。
 
「もうひとり来るはずだから」
と言われて少し待つ。その時、美由紀が校長室に掛かっている水墨画に目を留め
「あのお坊さんの絵、何て書いてあるんだろう?」
 
と言うので、校長が
「これは一休禅師の絵です。トンチの一休さんで有名な人ですね。書いてあるのは、亡くなる直前の句で『借用いたす昨日昨日、返済申す今日今日、借り置きし五つの物を四つ返し、本来空に今ぞ基づく』というものです。何か難しい意味があるみたいですが」
と校長は草書体の字は読めても、句の意味までは知らないようだ。青葉が口を開いた。
 
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「五つの物というのは、地水火風空といって、五大という物です。地水火風はヨーロッパとかインドで四大とか四元素と言って、この世界のものは全てこの4つでできているとされていたもので、占星術の星座も地の星座・水の星座・火の星座・風の星座に分類されます。現代物理学的な解釈だと地はアップクォーク、水はダウンクォーク、火は電子、風はニュートリノみたいなものですね。この世の物質のほとんどはこの4つで出来てるから、古代の人の思考は結構的を得てました」
校長や日香理がなるほどという顔をしているが美由紀はよく分からないような顔をしている。
 
「空はこの四つに更に付け加えられるべき要素として考えられたものですが、地水火風で物質的なものは全てできてるから空に属すのは、物質的に捉えられない世界のものですね。現代物理学ならグルーオンとかフォトンとか」
「幽霊みたいな?」と美由紀。
「そうだね〜、まあ霊的なものは空かもね」
 
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と言って、青葉は数日前の夢の中で瞬嶽が五輪塔の空輪を指さしていたことを思い出した。
 
「この五大を表すのが五輪塔で、下から順に地を表す四角い石、水を表す丸い石、火を表す三角の石、風を表す半球形の石、そして空を表す宝珠形の石を積み重ねたものです」
「ああ、それ見たことある。古いお墓にあるよね」
 
「一休禅師の言葉も、自分は天から地水火風空の五大をお借りしたが、その内、地水火風はお返しして、空だけの存在になります、という意味。授かった物理的な肉体はお返ししますということで、もうすぐ自分は死ぬということを表しているんですよね」
「へー。さすが一休さんだね。『もう死ぬ〜』と言えば済むことをわざわざ分かりにくく書く」
と美由紀が言うと、日香理は吹き出した。
 
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校長が感心したように
「そういえば、神さんか仏さんかしておられるんでしたね?」と言う。
 
「ええ。実はその神様か仏様かよく分からないのが困ったもので。うちの祭壇は両側に阿弥陀仏・観音菩薩の額が掛けられていて、中央にも阿弥陀如来像がありますが、その前に伊勢の神宮で拝領した鏡が置かれ、後ろにも天照皇大神宮の大麻が置いてあり、太鼓叩いて祝詞上げますから」
「ああ、江戸時代頃まではそういうの結構あったんでしょ?」
 
「ええ。今は太鼓叩いてますが、曾祖母の代には木魚打ちながら祝詞をあげていて、それが江戸時代頃の神社での標準的なスタイルだったらしいです」
「へー。何だか不思議な世界だね」
「明治の神仏分離で、両者が分けられましたからね。でも田舎だとこんな感じの所は結構残ってたみたいですよ」
 
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そんなことを言っている内に、ひとり見知らぬ少女が入ってくる。やはりT高校の制服を着ている。こちらに会釈して座った。
 
校長がおもむろに言った。
「みなさん、来てくれてありがとう。実は、みなさんに今年一緒に入学する呉羽大政さんのことで、念のため相談しておきたくて。みなさん、呉羽大政さんを知っているのではないかと思ったので」
全員が頷く。
 
「私たち3人と彼女と自己紹介しあった方がいいですかね?」
と青葉が尋ねる。
「ですねー」
と彼女の方も言う。
 
「うんうん」
「じゃ、私から。◎◎中学出身、社文科に合格した川上青葉です」
「同じく◎◎中学、社文科、石井美由紀です」
「同じく◎◎中学、社文科、大谷日香理です。私たち3人は呉羽さんと中3の時の同級生です」
「私は§§中学出身、理数科に合格した清原空帆(うつほ)です。私は小学校の時の呉羽さんと同級生ですが、呉羽さん、どうかしたんですか?」
 
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そこで校長が、呉羽が女性になりたいという意志を持っており、この高校には女子制服を着て通学したいと希望し、保護者もそれを認めているので学校側も彼女を女子生徒として受けれることにしたという経緯を説明する。そんな話を全然知らなかったらしい清原さんは「え−!?」と驚いていた。
 
「呉羽さん、小学校の頃から、そういう傾向あったんですか?」
「私、全然知らなかったです。あ、でも男の子より女の子の友だちが多かったですね」
「なるほど。でも当時は自分の性別傾向は隠してたんでしょうね」
「私たちも3年の1学期までは知らなかったもんね」
「うん。2学期から急速に女らしくなって行ったね」
「きっと性別意識を確立していく時期なんだろうね、この時期って」
 
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「それで一応『呉羽ヒロミ』の名前で学籍簿には登録します」
「ああ。じゃ、ヒロちゃんのままでいいんですね」と清原さん。
「そちら、ヒロちゃんと言ってたんですか?」
「そうそう。小学1〜2年生の頃から付き合いのある子同士では、男の子でも名前で呼び合うことが多くて。彼は女子たちから『ヒロちゃん』と呼ばれてました」
 
「うちの中学では猫をかぶってたのかな。彼、中1の時にこちらの中学に転校してきたからな」と日香理が言う。
 
校長は呉羽の扱いについて、教室の名簿では女子の列に入れ、出席番号も女子の並びの番号にすること、トイレは女子トイレを使用するが更衣室は男子とも女子とも分けて個室を用意すること、体育の授業は女子と一緒に受けてもらうが、身体測定などはひとり単独でおこなうことなどを説明する。
 
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「体育の授業は社文科の女子と理数科の女子が合同になるのですが、柔軟体操などで組む場合はどうしようかとこちらで言ってたのですが」
と校長が言いよどむと
 
「ああ、私と組めばいいです」と青葉が言う。校長が頷くが
「私も組んでいいですよ」と日香理が言い
「あ、私もOK。呉羽、ほとんど女の子だから全然構いません」と美由紀も言う。
 
校長は微笑んで「ではその辺りでうまく回してください」と言った。
 
「結局、この集まりって、呉羽さんが女の子になったので、特に以前から知っている私たちに仲良くしてあげてってことですかね?」
と清原さんが訊く。
 
「ええ。だいたいそういう趣旨です」
と校長は頷いた。
 
「じゃ私も昔の友だちのよしみで、女の子同士の会話の輪に引きずりこんだりします。特に同じクラスになるのは私だけみたいだし」
と清原さんが言うと
 
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「ええ、よろしくお願いします」
と校長は言った。
 
その後、校長が他にも微妙な点として先生たちの会議で議題にあげられたことを言うが、青葉たちの方は全然問題無いとして回答した。
 
美由紀たちが呉羽が中学の文化祭でチアガールをしたり、女子と一緒にダンスをしたりしたこと、また生徒たちの間で自主的におこなっていた勉強会には女の子の格好で参加していたことなどを話すと、校長も清原さんも「へー」と言って感心していた。
 

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校長室を出た後で日香理が清原さんに「少し情報交換しません?」と持ちかけ、校内の食堂に行って(食堂自体は春休みで営業していないものの)自販機のジュースを飲みながら少し話した。
 
「苗字で呼び合うの面倒だから、名前の呼び捨てにしません?」
と日香理が言って、お互い了承する。
 
「じゃ、あらためて自己紹介。私は埼玉生まれ・岩手育ちの青葉」
「私は長野生まれ・高岡育ちの日香理」
「あ、えっと。私は高岡生まれ・高岡育ちの美由紀」
「私は、輪島生まれ・高岡育ちの空帆」
 
「名前が空帆(うつほ)で苗字が清原だと、宇津保物語だね」
と日香理が言うと
「ええ。私の名前、宇津保物語から採ったそうです」
「へー」
 
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「宇津保物語って何だっけ?」と美由紀が言うので日香理が解説する。
 
「『うつほ』というのは空洞って意味でさ。ふたつの意味を掛けてあるんだよ。ひとつは主人公の子供たちが、貧乏で家も無くて大きな木の洞の中で育ったこと。もうひとつは主人公たちにまつわる波斯(ペルシャ)由来の琵琶が大きなテーマになってて、その琵琶の胴体が中空であること」
「ふーん」
 
「私も宇津補物語のことは結構小さい頃から親に聞かされていて、それで何となく小学4年生の頃からギター始めたんですよね。さすがに琵琶じゃないけど」
「ああ、だったらギターうまいんだ!」
 
「いや、うまいかどうかはそれぞれの見解があるので」
とは言うが、空帆はどうもかなり自信を持っている雰囲気だ。
 
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「それでこの物語、主人公は途中で代替わりするけど、最初の巻の主人公の名前が清原俊蔭なんだよね。内容的には特に第2巻以降は平安時代初期の宮廷が舞台になってて、そこでの様々な人間模様が描かれていて、源氏物語に先行する長編宮廷文学なんだよ」
 
「源氏物語って、源平の合戦の話?」
「それは平家物語!」
「美由紀。よく入試通ったね」
「まあギリギリの滑り込みだし」
 
「でも実は私、宇津保物語、最初の俊蔭の巻しか読んでないのよね」と空帆。
「ああ、たいていみんなそんなもの」
「源氏物語だって、須磨明石までって言うしね」
 
「だけど、あの呉羽君が女の子になっちゃったのか。早く彼の姿が見てみたいな」
「あ。じゃどこかに呼び出そうか。春休みだしきっと来れるよ」
というので美由紀が携帯で呉羽に掛ける。それで、15時にイオンのフードコートで待ち合わせることにした。
 
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「でも学校も多分青葉のことで色々準備していたものを結果的に呉羽のために転用できるんじゃないかな」
と美由紀。
「ああ、たぶんそうだと思う。私は『何の配慮もしません。単純に女子として扱います』と言われたから」
と言って青葉は笑う。
 
「へ?女子として扱うって?」と空帆。
「ああ。私、戸籍上は男だから」
「えーー!?」
と空帆は驚くような声を上げる。
 
「全然そうは見えない」
「この子、幼稚園の時からずっと女の子としてしか学校に通学してないし、男の子の服を着たことがほとんど無いんだよね」
「へー!」
「もう性転換手術も終わっちゃったから、あとは20歳になったら戸籍上の性別を変更するだけだよ」
「凄い!もう手術もしちゃったんだ」
 
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美由紀が言う。
「私とか、最初、青葉が転校して来た頃は、青葉をふつうに《女の子》と考える見方と、《女の子になりたい男の子》と考える見方とが、ミュンヒハウゼンの猫みたいに重なってたんだけどね」
 
日香理が一瞬考えてから訂正する。
「シュレディンガーの猫?」
「あ、それそれ。何か言ってて自分でも違うような気がした。ミュンヒハウゼンって何だっけ?」
「ほらふき男爵の名前だよ」
「へー!ほらふき男爵に名前があったんだ?」
「実在の人物だし」
 
「えー!? あ、で話を戻して、シューマッハの猫だったのは最初の内だけでね」
 
日香理もそして青葉も、もう訂正しなくてもいいやと思った。
 
「その内、普通に女の子としか思わなくなった。だって青葉には男の子の痕跡すら見当たらなかったから。触った感触も体臭とかも女の子だし、生理まであるし、だいたい話していて他の女の子と感覚の違いが全く無い」
「そりゃ、私は普通に女の子だもん」
と青葉は笑顔で答える。
 
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「少し足が不自由だったり耳が不自由だったり頭が不自由だったりしても、友だちであるのに何も支障は無いでしょ。青葉の場合も多少お股の付近が不自由だったかも知れないけど、それは個々の個性の範囲だよ。もうその不自由だった部分も手術して修正したから完璧だね。あとは妊娠できないくらいかな。あ、でも青葉って生理があるから本当は妊娠できるのかも」
と美由紀。
 
青葉は「頭が不自由」ってどんなんだろ?と一瞬考えてしまったが
「あ、私、結構妊娠出産するつもりでいるから」
と言う。
 
「ほほお」と日香理が感心するように言った。
 
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