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■春空(1)
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(c)Eriko Kawaguchi 2013-03-01
12月31日に新幹線を使って、桃香と千里が帰省してきた。千里が勤めるファミレスは、今時珍しく12月31日から1月2日までは年末年始のお休みである。また、千里は(性転換したことで)実家から勘当されてしまったので、帰省する先はこちらしか無い。
「ちー姉、あの付近の調子はどう?」
「だいぶいいよ。青葉のお陰だよ。もうほとんど痛みは無いし。東京でアフターケアしてくれている病院でも、ここまで回復したらセックスしてもいいですよと言われた。セックスする相手のアテが無いけどね」
「私がディルドー使って、入れてあげようか?と言ったのだが、拒否された」
と桃香。
「せっかくペニバンと一緒に買ったのにな」
「お姉ちゃんたちセックスは全然しないの?」
「毎日のように指は入れられている」
「そのくらいは入れる」
朋子が呆れて「あんたたち、中学生の前なんだけど」と言うが、桃香は
「いや、青葉の方がよほど進んでるから。彪志君とはもうしたんだろ?」
と訊く。青葉は微笑んで、ぬけぬけと
「うん、こないだしたよ」
と答えた。
1月1日には、桃香・千里、それに青葉が振袖を着て、朋子は訪問着を着て近くの神社にお参りに行った。今年は「去年歩くのしんどかった」という桃香の提案で、お屠蘇は日本酒ではなくみりんで作ったので、千里が車を運転しての往復となった。桃香も免許は持っているのだが、少々乱暴なので、千里がいる時はだいたい千里の方が運転することにしているらしい。青葉はしばしば、菊枝の運転、桃香の運転、そして少し遠い記憶になってしまったが曾祖母の運転の中で、誰の運転がいちばん荒っぽいだろうと考えてみたことがあるが、どうも甲乙付けがたい(丙丁付けがたい?)気がした。
「しかし昨年は青葉も千里も無事女の子になれた。めでたいめでたい」
と桃香が言う。ちなみに千里は既に戸籍の訂正も終え、法的にも女性になっている。青葉の戸籍訂正は20歳になるまで出来ない。
「私はふたりとも手術が無事済んだのでホッとしたよ。亡くなる人もいるんでしょう?」
と朋子。
「それはあるけど、お産で亡くなる人より確率低いよ」
と千里。
「でも娘3人いるのは悪くない。誰が最初にお嫁に行くかねえ」
「ちー姉」「青葉」「青葉」
と娘3人の意見。
「多数決で青葉だな」と桃香。
「いや、ちー姉は学校出て2〜3年したら結婚しそうな気がするけどなあ」と青葉。「それは許さん。阻止する」と桃香。
「おやおや」
桃香も千里も既に大学院の試験に合格し、春からは修士課程で学ぶことが決まっている。「学校を出る」のは2年後である。
「でも誰も桃香と言わなかったね」
「ああ。私がお嫁に行くのはあり得ん」
「と本人も言ってるけど、どうする?お母ちゃん」
「まあ、桃香のお嫁入りは諦めてるから。赤ちゃんだけ産んでくれたらいいよ」
「あ、それは産むつもりだから心配無く」
3人の娘の内1人は妊娠可能だが結婚する気が無い。2人は結婚する意志はあるものの子供が産めない。考えてみると自分たちって変な姉妹だと青葉は思った。
桃香が「子供は産むつもり」と言ったのに、千里が笑っていた。
桃香は千里が去勢前に採取して冷凍保存している精液を使って子供を産むつもりなのである。桃香は、純粋に精子の提供だけ求めたので、実質的にAID(非配偶者間人工授精)と同等であり、養育費などは求めたりしないとは言っているが、ただ出産の前後は働けないから、その間だけ友人として支援して欲しいと言っており、千里もその線で了承している。一方、朋子は桃香が妊娠出産するのは恐らく30歳すぎと思っていたので、その頃もしもう青葉が社会人になっていたら、出産前後の桃香を経済的に支援してあげて欲しいと青葉に頼んでおり、青葉もその件はぜひ支援したいと言っていた。その子はいわば、桃香・千里・青葉の3人の子供のようになるのかも知れない。出産する機能を持たない青葉にとっても、その子供はちょっと楽しみであった。
お参りをしてから神社の境内の茶屋で休んでいたら、見知った顔の子が通る。
「呉羽〜」
と言って呼ぶと、こちらにやってきた。呉羽は可愛いピンクのセーターに白い膝丈スカートを穿いていた。
「あら?呉羽ちゃん」
と朋子も笑顔で迎える。
「明けましておめでとうございます」
と言って恥ずかしがるような顔。勉強会で何度も家に来ているし、ここしばらくはずっと女の子の服を着ていたので、こういう格好を見てもすぐ朋子には呉羽を識別できた。
「明けましておめでとう。その服も可愛いわね」
と朋子が褒めると、呉羽は
「はい」
と言って、また俯いてしまう。
「なんだか今時珍しい純情な女の子だな」と桃香が言うが
「こういう格好にまだ慣れてないからよ」と朋子。
「ふだんは学生服が多いもんね」
「へ?まさか、この子?」
「うん。男の子よ」
「おお、青葉や千里の同類か」
呉羽はまた顔を赤らめるので、桃香が「可愛い、可愛い」と言っていた。
呉羽にもお団子をおごってあげて、しばらく話をしていたが、その内、朋子がトイレに中座する。するとその背中を見送ってから呉羽が決意したように言った。
「ね、青葉、相談事があるんだけど」
「ん? じゃ、どこかで聞こうか?」
「今あまり時間が無いから、ここでいい。あのさ、私、おっぱい大きくしたい」
「ん?いいんじゃない。いよいよ男の子辞めて女の子になるのね?」
と青葉が言うと、桃香が横から口を出す。
「おお。君みたいに可愛い子は女の子になっちゃった方がいいよ。胸を大きくするのならだなあ、まずは牛乳を飲んで牛肉食べて、あと豆腐とか納豆とかも効くぞ」
「あ、はい」
「あとは乳の周辺をお風呂に入った時よくマッサージして、ツボ押しだな。青葉、乳がでかくなるツボを教えてあげなよ」
「あ。うん。えっとね。おっぱい大きくするのに効くツボはね。触るよ」
「うん」
「ここと・・・・ここと・・・ここと・・・ここ。毎日朝起きた時とお風呂に入った時と寝る前に5〜6回ずつ押すといい」
「ありがとう。でも私、春くらいまでに最低Aカップくらいの胸になれないかなあ、と思って」
と呉羽が言うと、またまた桃香が横から口を出す。
「ああ。特急で大きくするなら、美容外科に行って豊胸手術してもらうのが手っ取り早い」
「豊胸手術・・・でもあれ高いよね?」
「うん。80万円くらいかな」
「きゃー。とてもそんなお金無い」
「後はヒアルロン酸の注射を胸に打ってもらう手もあるぞ。これは少し安いし、シリコン埋め込むのほど痛くない」
「ああ。あれ幾らくらいかな?」と呉羽が訊く。
「1ccで1万円くらいだよ」と実際に打ってもらったことのある千里が答える。
「でもあれ、目立って『胸がある』と感じるくらいにするには40ccくらいは打たないといけない」
「・・・ということは?」
「1ccで1万円なら40ccだと40万円かな」
「きゃー」
「しかも1年程度で身体に吸収されて元に戻ってしまう」
「うーん。。。40万円でもお金が無い」
「後は、少し時間が掛かるが女性ホルモンだな。注射してもらうか錠剤を飲むか。そもそも乳首や乳輪まで発達させるには、この方法しかない。シリコン埋め込むだけでは乳首は小さいままだ」と桃香。
「実は・・・女性ホルモンは飲んでるんだけど」
「おお。じゃ、もう男は辞めたんだ?」と桃香が訊くと、呉羽はこくりと頷く。
「それなら、後は青葉に頼んで、気功で女性ホルモンの効きをよくしてもらうかだな。でも青葉の料金も高いぞ」と桃香が言う。
「うん。実はそれをお願いできないかと思って」と呉羽。
「青葉、女の子たちで胸が小さくて悩んでいる子たちにヒーリングして、胸大きくしてあげてたでしょ?」
「いいよ。既に女性ホルモン飲んでるんなら、こちらもやりやすい。何飲んでるの?」
「今はダイアン35。でも今プロベラを新たに注文して到着を待ってる所」
「ああ」
「青葉にヒーリングお願いした場合、どのくらい払えばいいの?」
「友だち特別価格で、1回につきおやつ1個」
「どんなおやつでもいいの?」
「その時の懐具合で」
などと言っていたらまたまた桃香が口を出す。
「あれって無料にはしないんだよね?」
「うん。無料では絶対に仕事はしない。無料ですることで心が甘くなってはいけないから。料金を取ることで責任感が出る」
「なるほどね。だけどこういう仕事している人の中には金を取ると金の亡者になってしまうから無料でやるという人たちもあるだろ?」
「それぞれの考え方だと思うよ。私は取る方針。それに過去に対処した人が新たな問題で悩んだ時に無料では申し訳無いと思って相談を躊躇したりしてはいけないからね。お金が無いから頼めないと思うほどの料金は私は取らないし」
「金持ちからはたくさん取り、貧乏人からは少ししか取らないって言ってたね」
と千里も言う。
「そうそう。年収3億の人とか、資産100億の人とかからは1回10万とか100万とか取ってるよ」
「おお」
「年収50万みたいな人には、お昼御飯を食べさせてもらって代金代わりにする。高岡は都会だから、こちらではそういうケース出てないけど、大船渡では畑で採れた野菜とか海で獲った魚とかで代金代わりにすることも多かった」
「なるほど」
「でも友だちはおやつ1個。買ったお菓子でもいいし、手作りクッキーとかでもいいし」
「ああ・・・手作りクッキー作ってみようかな」
「うん。それ勉強会のメンツで一緒に食べよう」
「うん」
青葉は早速呉羽のバスト・メイクのトリートメントをしてあげる。それをしている内に母が戻って来たが
「あら、ヒーリングしてるのね?」
と言ってから、桃香たちと色々話していた。
呉羽はトリートメントが終わると
「じゃ代金代わりに3日の勉強会に手作りクッキー持ってくるね」
と言って去って行った。
「でも、あの子、最近急に女らしさが増したわね」と朋子が言う。
「ああ・・・勉強会のメンツで盛んに、女の子になっちゃえと唆してるからなあ」
と青葉。
「ああ、そういうのを唆すのは良いことだ。可愛い男の子はどんどん女の子に変えてあげるのが親切だ。いっそのこと青葉、あの子を性転換しちゃえ」
と桃香が言うので青葉はちょっとだけ心が咎めたが、千里はまた笑っていた。
青葉たちがまだしばらく茶屋でおしゃべりしていたら、小振袖を着た女の子の二人連れが歩いて来て、その内の1人が手を振ってこちらに近づいて来た。
「明けましておめでとうございます、川上先輩」
「・・・・・田代!?」
「はい、そうです」
それはコーラス部の2年生男子でソプラノ(に正式に移動したらしい)田代君であった。
「あ、こちらは私のガールフレンドです」
「へー」
隣の女の子も会釈する。
「でもどうしたの?」
「いや、姉貴が振袖着ていたんで、いいなあとか言ってたら、あんたも着てみる?とか言われて、古いのを貸してくれたんですよ。なんか可愛いですね、これ」
「全然違和感無いよ」
「眉を削ったから、それで女の子に見えるみたいです。せっかくだからこれで初詣に行こうと言ったら、一緒に歩くの嫌と言われたんで、ガールフレンドを誘ったんです」
「あんた。彼氏がこんな格好でもいいの?」
「あ、可愛いのは全然問題無いです。この後、一緒に初売りで女の子下着を一緒に買おうかなんて言ってるんですよ」
「へー! 田代、女の子下着も着けるんだ?」
「いや付けたことないですし持ってないです。でも持ってないと言ったら、この子から、じゃ取り敢えず1組買ってごらんよと言われて」
青葉はちょっとクラクラと来た。この子たちの感覚はよく分からない!
「でも今はどんな下着付けてるの?」
「あ、和装だから肌襦袢ですよ。姉貴から古いのもらいました。下は裾除けってのを付けるらしいですけど、形がステテコと同じだからと言われて親父のステテコ1枚借りてきました」
「なるほど」
「だけど、声が女の子の声だね」と千里が言う。
「この子、ソプラノで歌えるんだ」と青葉が説明する。
「へー!」
「文化祭でもソプラノソロ歌ったよ」
「あれ良かったですね。惚れ直しました」と彼女。
「だけど、話す時にもその声使えるようになったのね?」
「はい、普通の会話でも出せるようになりました」
「へー。それで女装にも目覚めた?」
「いや、女装をするつもりは無いんですけどね」
「えっと、小振袖は充分女装だと思うけど」
「でもスカートとかは穿かないし」と田代君は言うが
「あ、スカート穿いたこと無いというから、うちで穿かせてあげるよと言ってるところなんです」と彼女。
「いや、そんなことしてたら女装が癖になりそうと抵抗してるんですけど」
「・・・・もう既に癖になってたりして?」
「あはは、そうかもですね。でも女の子になりたい訳じゃないし」と田代君。
「そうだ。ソプラノで歌ってるんでしょ?女子制服着る?」
「あ、○○ちゃんから、卒業したお姉さんの女子制服を譲ってもらいました」
「ああ・・・」
「3学期からはそれ着て練習に参加してね、なんて言われちゃってどうしようと思ってるんですけど」
「それはやはりちゃんと女子制服着よう」
「あはは、この子からも散々それ唆されてます。一週間後の自分が怖い」
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